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第141話 【同盟反対派】




 南にある海岸のカルカク。

 この拠点に入ると、まず木造建築に沁みついた磯の香りが迎えてくれます。


 カルカクは上へ上へと積み上げられた崖下のカテンクとは違い、広大な面積を利用して幅広く発展した街となっています。海産物が豊富なカルカクには様々な飲食店が並んでおり、その店舗数はハルカナ王国の比ではありません。


 海に面したカルカク最大の象徴は、カルカクから三拠点の土地を繋ぐ立派な大橋です。その橋を渡らなければカルカクの中核に到達することは出来ません。


 そんな大橋の入口では、度々賛成派と反対派で揉め事が起きていました。この入口は海岸のカルカクと三拠点を繋ぐ唯一のかけ橋なので、閉鎖したい反対派と閉鎖を拒む賛成派で争いが起きているのです。





 反対派の拠点は、何の変哲もない普通の酒場にあります。


「お邪魔するぞ」


 その酒場にギルドの街ソエルの英雄クスタが堂々と来店しました。急に英雄が現れ、同盟反対派が集まる店内の空気が張り詰めます。


「クスタさん…」

 

 数人いる反対派の中から、帽子を被った一人が前に出てクスタを迎えます。強いくせ毛の黒髪で片目を隠した鋭い目つきの女性。

 彼女こそが反対派のリーダー、ルーザです。


「反対派の構成員もだいぶ増えてきたようだな、ご立派なことで」


 店内を見回して嘲笑するクスタ。

 ルーザは不機嫌そうに前髪を弄ります。


「私たちに文句でも言いに来たの?」


「そう敵視するなよ。俺やナキはいつだって中立だ、賛成派にも反対派にも肩を持たない」


 クスタとナキは反対派と争ったことがありません。

 争いが起きた場合、どちらかに肩を持って片方を潰しても大きな遺恨を残してしまうでしょう。そんな解決法は円満とは程遠く、争いで生まれた遺恨は憎食みの餌となります。


 どんな時でも中立。

 それが“サクラ勢力”の中で生まれた暗黙の誓いです。


「文句を言いに来たのではないなら何の用?」


 クスタの用件を尋ねるルーザ。


「今、本拠地に大切な客人を招いている」


「客人?」


「サクラという少女だ、覚えておけ」


「…」


 咲楽の名を聞いてもルーザは何も思い出しません。ルーザもオルドと同様、咲楽が記憶封印解除の候補として保留にしている人物だからです。


「こっちにも来るだろうから、見かけたら気にかけてやってくれ」


「そいつはよそ者だろ。私ら同盟反対派が気にかける筋合いはない」


 ルーザたち反対派は外国からの来訪者を拒みます。中立の立場にあるクスタなら、ここで素直に引き下がるのですが…


「そうはいかないな」


 クスタは初めて反対派の意思を拒絶しました。


「サクラに危害が及ばないよう、ルーザは注意してほしい」


「…?」


 クスタの様子を見てルーザは驚きます。

 反論したことも変ですが、冷徹なクスタがここまで誰かに対して親身になっている姿を見るのは初めてだからです。


(そのサクラという少女を利用すれば、英雄を操ることができるかもな…)


 咲楽への恩義を忘れたルーザにとってこれはチャンスでした。強大な力を有した英雄に弱点があるのなら、利用しない手はありません。


「断ると言ったら?」


 挑発的にクスタを煽るルーザ。




「反対派を皆殺しにする」




 クスタの一言で酒場の店内は凍り付きます。


「…正気か?」


 平静を保つルーザですが、その声は少し震えていました。


「俺がどうして正体不明の“空漠たる英雄”と呼ばれているか教えてやる。それは俺が手を汚すことが仕事の、英雄ともてはやされる価値のない()()だからだ。平和の妨げになる俗物を何人も殺めている」


 クスタはいつもの調子で、淡々と言葉を続けます。


「サクラに危害を加えれば殺す、敵意を向けても殺す。ソエルの現状を知ってサクラが失望する結果となったら殺す」


 まるで雑談をしているかのように容赦のない言葉を繰り出すクスタ。その異常性には狂気すら感じられました。


「お前、サクラを人質にして俺や賛成派を操作するつもりだろう。明日までにその悪意を引っ込めなければ殺す」


「…」


 その言葉に偽りがないことをルーザは肌で感じました。平然としているクスタの言葉には、突き刺すような殺気が込められていたからです。


 どんな時でも中立。

 しかし、その誓いには例外があります。


 咲楽に危害を加える憎食みのような存在に対してなら、英雄たちは容赦しません。





 クスタが酒場から退出すると、店内の張り詰めていた空気が解かれました。


「ふぅ…」


 緊張の糸が切れ、近くの椅子に座り込むルーザ。


「大丈夫か?」


 反対派のメンバーがルーザを心配します。

 ただ会話をしただけなのに、ルーザはまるで死地から帰還した兵士のように疲弊していました。

 

「ええ…久しぶりにクスタから殺意を向けられた。あれは脅しじゃない、本気で私らを殺す気だ」


 英雄であるクスタが放つ殺意は、相手を蛇に睨まれた蛙の如く威圧します。強い精神を持つ反対派リーダーのルーザでなければ失神していたかもしれません。


「他人に対して無関心だったクスタがあそこまで気にかける人間……サクラとは何者なんだ」


 記憶が封印されたルーザは咲楽が残した戦果も、()()()()()()()()()()()()()()()()()も忘れたままなのです。

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