第135話 【鬼人のナキ】
酒場から出て玖階から拾階に上がると、すぐギルドの街ソエルの本部に到達します。
「この建物がギルド本部ですよ」
「…!」
咲楽が指差す建物を見上げたアクリは後ずさります。
本拠地の建物は下層で見てきた建物とは一線を画する立派な和風城でした。ハルカナ王国の士官学校に比べれば大きさも規模も遠く及びませんが、木造建築でこれほど大きな建物はハルカナ王国にもありません。
それに下層では狭い空しか見えませんでしたが、最上階である拾階の空は一面の青空が広がっており解放感あふれています。
「さー行きましょうアクリちゃん」
「う、うん」
圧倒されるアクリを先導する咲楽。
「…本部に何か用か?お嬢ちゃん」
「ソエルの者ではないようだが、何者だ?」
本部の前に着くと二人の門番が咲楽の前に立ちはだかりました。
「えっと、私は…」
咲楽は入国の時と同様、身につけているナキの家来の証を見せようとします。
その時…
「サクラー!」
建物の奥から咲楽の名を呼ぶ元気な声。八人の英雄の一人“最強の槌”のナキが咲楽目掛けて飛び込んできました。
ひょい
そんなナキの体当たりを咲楽は華麗に一回転して躱し、ナキは勢いよく地面に倒れ込みます。
「何故避ける!?」
体を起こして咲楽の対応に抗議するナキ。
「ナキちゃんの体当たりなんて、私の体じゃ受けきれませんよ。前の旅で何度も経験しましたよね?」
「だからちゃんと手加減を覚えたではないか!」
「今のタックルに手加減は見られませんでした。ほら、地面が少し割れてる」
ナキが倒れた地面には、しっかりと亀裂が走っていました。
「ぐぬぬ…久方ぶりの再会なのに冷たいぞサクラ!」
ナキは子供のように駄々をこねます。
その姿には英雄の威厳も最強の風格も感じられません。
「また会えて嬉しいですよ、ナキちゃん」
ナキを宥めるように微笑む咲楽。
「…うむ!流石は私の家来だ、ちゃんと帰ってきたな!」
「約束しましたからね」
二人は握手を交わしながら再会を喜びました。
異世界人やら鬼人やらと周囲から稀有な者として敬遠されている二人ですが、そのやり取りは普通の女の子同士にしか見えません。
「その小娘、ナキ姫の家来なのか…?」
一連のやりとりを眺めていた門番がナキに尋ねます。
「お前ら何を言っている。サクラは私と同じ英雄のー」
そう言いかけたナキの口を慌てて塞ぐ咲楽。
「ナキちゃんがハルカナ王国に来た時に、気に入られて家来にしてもらったんです!」
咲楽は咄嗟に話を誤魔化しました。
自分が忘れられた九人目の英雄であることは、記憶封印を解除していない人に説明しても無駄なことです。
「……サクラ、私にはちゃんと説明してくれるのだろうな?」
ナキは咲楽の拘束を解き、不満げに睨みます。
「諸々の事情は総長さんと一緒に話しますよ」
酒場でリリィに説明したばかりですが、記憶封印解除の対象者に然るべき説明をするのが事の発端である咲楽の責務です。
※
「サクラ、その小娘は誰だ?」
話が一段落したところで、ナキは咲楽の隣にいるアクリに注目します。
「今回の相棒のアクリちゃんです」
「ほう…」
興味深そうにアクリを観察するナキ。
(この人が…最強の英雄と呼ばれるナキ様)
そしてアクリも、伝説でしか聞いたことがないナキを観察します。
ナキはおでこに一本の角を生やした鬼人の少女で、背丈は咲楽よりも少し高いくらい。髪色は真っ赤で長さは肩にかかるくらい、それを乱暴に後ろに束ねています。黒色の和服から覗かせる白い肌は華奢で、地面を割る怪力があるようには見えません。
英雄の中で最年少にして最強、憎断ち戦争で最も戦果を挙げた豪傑。そう言い伝えられていましたが、見た目は鬼人であることを除けば普通の女の子です。
「お前、何か特技はあるか?」
「え?」
ナキは唐突にアクリへ質問を投げかけます。
「サクラが相方に選んだんだ、リアやキユハのような個性があるのだろう?」
「個性…ですか」
自分の個性について考えたことがないアクリは返答に困りました。
「ナキちゃん、その話は後にしましょう。まず総長さんに会わせてください」
二人の会話を咲楽は中断させます。
「む…仕方がない」
不満げに頬を膨らませるナキ。
咲楽とナキも話したいことは山のようにありますが、自由行動はお世話になった人たちとの挨拶が終わってからです。