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第134話 【記憶封印解除(ナキ)】




 これから、ある男の物語を語ることにします。


 これは英雄ナキの家来だった者の物語です。





 戦時中。

 その男は帝都フリムに故郷を滅ぼされ、大切な家族を失いました。


 全てを失った彼はフリムに対して強い憎しみを抱き、死ぬ覚悟で復讐の道を歩み始めました。もう護るべき家族はいない、もう自分の死を悲しんでくれる人はいない、もう彼に失うものなどありません。


 彼はギルドの街ソエルというフリムに抵抗しうる勢力を知り、迷わずフリムの戦力となることを誓います。フリムに一矢報いること、それが今の彼の生きる意味でした。




 フリムに故郷を滅ぼされる前、男は陶芸家でした。

 ただ飾り気のない陶器を作るだけではつまらない、色鮮やかな装飾を施し見ごたえのある陶器を作ることに生きがいを感じていました。ですが男はソエルで生活するようになってからは、陶芸から身を引くことになります。今の彼の目的はフリムに復讐することのみ、他はどうでもいいのです。


 そんなある日、彼はある少女と出会いました。


「これ…お前が作ったのか!?」


 その少女は、彼の部屋に飾ってあった花瓶に目を惹かれました。それは彼が故郷で最後に作った思い出の品です。


「気に入った!お前、私の家来になれ!」


 後に英雄となる鬼人の娘、ナキは無邪気な笑みを男に向けました。




 ナキは気に入った者を相手の了承も聞かず自分の下につかせ、女王のように命令を下す傍若無人の鬼でした。男が持つ陶芸の技術を気に入ったナキは、何度も彼に陶器の制作依頼をしに来ました。


 そんな横暴な行動をとっていても、ソエルの住人は誰もナキには逆らいません。鬼人ナキはそれだけの力を有していました。


 しかし死ぬことが目的の男にとって、ナキなどどうでもいい存在です。


 むしろナキに対して不快感すら覚えていました。

 戦時中だというのにどこまでも呑気で、鬼の力を有していながら戦力として数えられてもいない。ナキは復讐を覚悟した彼の意思を否定するかのような存在でした。




 ナキの家来は当時十人いました。

 家来同士の交流があったので、男はナキに対して不満がないのか家来たちに尋ねたことがあります。


「不満?大ありだよ!」

「餓鬼の相手は体力使うしな…」

「俺なんてほぼ毎日絡んでくるぞ」


 他の家来たちも男と同じ不満を口にしていました。ただ、心の底からナキを嫌っているようには見えませんでした。


 男もナキの相手をしているうちに、ナキの印象が変わっていきました。

 無邪気に接してくるナキを見て、記憶の底から懐かしい感情が蘇ってきます。かつて故郷で過ごした家族との思い出、冷たい世界の中で唯一楽しいと感じられる陶芸の時間。


 家来たちは無意識に、ナキが生み出す“平和”を欲していたのです。




 そんな中でも戦争は容赦なく激化していきます。

 ある日、家来の一人が戦死しました。


 男は面識のあった者の死を悲しみ、ソエルに対する憎悪がさらに増すことになります。他の家来から聞く限り、家来の死はこれで四人目のようです。


 そこで男はふと思いました。

 あの傍若無人のナキは家来の死をどう感じているのか。元々は赤の他人、たかが家来の一人。ちょっと不機嫌になるくらいだろうと想像しつつ、男はナキの様子を確認しに行きました。


 そこで男は、信じられないものを目撃しました。


「うう…」


 あの天真爛漫なナキ姫が、家来の死に涙を流していたのです。


 男は理解に苦しみました。

 戦乱の世、人が死ぬことなど珍しくもありません。それにナキと家来の関係はただの主従関係。奴隷が死んで悲しむ主人がいないように、家来が死んだくらいでナキが悲しむ理由が分からないのです。


「ナキ姫にとって、私ら家来は家族なんスよ」


 その疑問にナキの家来の一人が答えてくれました。


「あの子は絶滅した鬼人の生き残りで、同じ血を分けた家族がいない。だからナキにとっての家族は、自分が気に入った家来だけなんス。これまで家来は何人も死んでいったけど、ナキはそのたびに一晩中涙を流す。数日は立ち直らないから、しばらく気にかけてやってほしいっス」


 最強生物としてソエルで恐れられているナキですが、中身は寂しがり屋の女の子でしかありません。家来が戦死してナキが抱く感情は、憎しみではなく悲しみだけなのです。




 そして男は、ついに自分の死に場所となる戦場を見つけました。


 彼の復讐に迷いはありません。

 ですが彼の心には、憎悪以外の感情が芽生えています。


(自分が死んだら、あのナキ姫は泣いてくれるだろうか。最後に渡した陶芸品は大事にしてくれるだろうか。戦地に出る前にした約束は守ってくれるだろうか…)


 ナキには人間同士の醜い争いに関わらないでほしい。ナキが持つ“平和”を手放さないでほしい。願わくば終戦という奇跡が起き、ナキの悲しむ必要のない世界になってほしい。


 家来はナキの安寧を望み、戦争のない世界を望むのでした。





 それから数年後。

 咲楽の活躍によりプレザントの戦争は終わりましたが、ナキの家来は八人の英雄を除いて三人しか生き残りませんでした。


 その一人が咲楽です。


 ナキにとって咲楽は異世界からやってきた好奇心をくすぐらせる家来であり、戦場で生き残った数少ない家族であり、悲しみの連鎖を止めてくれた恩人でもあります。


 咲楽にとってもナキは、年が近く遊ぶことに関して意気投合した心許せる友人でした。


 そんな咲楽が地球に帰ることは、ナキにとって家族と生き別れになることと同義。仲間の中で一番咲楽との別れを悲しんでいたのはナキでした。


 クスタが咲楽の来訪をナキに伝えたのは、咲楽がソエルに到着する直前です。そうでもしなければ、ナキは待ちきれずハルカナ王国に向かっていたかもしれません。

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