第13話 【慌てる仲間たち】
ハルカナ王国、ハルカナ士官学校。
リアは執務室に座り、一年前に記録されたプレザントの歴史書を捲っていました。戦争の歴史に終止符を打った憎断ち戦争での出来事は、当事者が鮮明に記録しています。
しかし、その歴史書に“サクラ”という名前は記録されていません。
「どうして…どうしてだ!」
動揺して歴史書を床に落とすリア。
どの書物にも咲楽の名前が記載されていません。女神様の生まれ変わりにして奇跡の立役者。憎食みを討伐し戦争を終結させた英雄の名前が、どこにも残っていなかったのです。
すると執務室の入口から秘書のエッドが現れます。
「おはようございます…早いですね、ちゃんと寝ましたか?」
「エッド!サクラは知っているよね!?どうしてサクラの記録が書物に残っていない!?」
エッドが執務室に入るなり、リアは大慌てで問います。
プレザントの世界情勢や歴史に詳しいエッドなら咲楽を知っているはず、そもそも咲楽を知らない人などプレザントには一人もいないはずです。
「…サクラ?どなたでしょう?」
そんなリアの希望を打ち砕く一言。
「…!?」
リアは心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥ります。
(そんな馬鹿なことがあるか?サクラは確かに存在した。俺に勇気をくれ、英雄になるまで支えてくれた子だ)
あまりの事態に吐き気を催すリア。
自分だけ違う世界に迷い込んだような気分でしょう。それだけリアにとって咲楽の存在が大きかったのです。
「だ、大丈夫ですか?」
顔色の悪いリアを心配するエッド。
(誰か、誰でもいい。サクラを覚えている者はいないのか?……そうだ、キユハ!彼なら覚えているはずだ!)
「あ、どこに行くんですか!?」
リアは今日の仕事をすっぽかし、全速力でキユハのいる研究場に向かいました。
※
キユハの自宅は士官学校の外、居住区からかなり離れた位置にあります。常人なら士官学校からキユハの研究室まで徒歩一時間以上はかかりますが、リアなら一分くらいで到着するでしょう。
「キユハ!」
リアは研究所に到着するや、ノックもせず勢いよく扉を開けました。研究所の奥では、山積みになった本の隙間からキユハが顔を覗かせます。
「リアか……失礼、無礼、ノックも無し。驚かす見たいに入って…」
「無礼は承知、非常事態だ!」
「…」
嫌そうな顔でリアを迎えるキユハですが、リアの追い詰められた形相を見て作業の手を止めてくれました。
「なんだよ」
「君は、サクラを覚えているか…?」
「…どういうこと?」
リアはこれまでの経緯をキユハに説明します。
………
……
…
「確かに歴史書にも書いてないな」
リアから現状を聞きながら、手元の歴史書を捲るキユハ。
「そうなんだ、君ならサクラを覚えているよね!?君はサクラと一番仲が良かったじゃないか!」
再度、リアはキユハに尋ねます。
そしてキユハは歴史書を閉じて一言。
「忘れた」
「そんな…」
その言葉に愕然とするリア。
「…ああ、失言。正確には忘れてた、だね」
「………………………え?」
「思い出したのは今日だよ」
リアの表情に生気が戻ってきます。
「な、なら…知っているのか?サクラのこと…」
「女神様は、希望のないプレザントに種を植えた。その種は戦争に平和を咲かせ“希望の花”となり憎しみの連鎖を断った……だっけ?そのサクラは、僕らの仲間だ」
キユハがかつて歴史書に書かれていた文言を思い出して読み上げます。“希望の花”が咲楽に与えられた英雄の称号です。
「はぁ~」
リアは安堵の息を吐きます。
ようやく異国の地で知り合いに会えた、今のリアはそんな心境でしょう。咲楽が存在しないプレザントは、リアにとって異世界でした。
「ただ忘れてただけだと思ってたけど…異常、そんな生ぬるい事態じゃないな」
改めて事の重大さを認識するキユハ。
「こんな歴史改変、女神の仕業しか考えられない」
「女神様が?いったい何故?それになんで今になって俺たちだけサクラを思い出した?」
「知らない…正直、僕もけっこう混乱してる」
リアとキユハは現状をまとめますが、事態を読み切れません。
何故、咲楽の存在が歴史ごと消失しているのか?何故、リアとキユハだけが咲楽を思い出したのか?二人は女神様の真意を測りかねます。
その時、キユハの研究室のドアが開かれました。
「お前ら、お困りのようですね」