第133話 【酒場“鬼の雫”のリリィさん➂】
咲楽とキユハが地球滞在中での出来事。
「お父さん、お酒が欲しいんだけど」
咲楽はお父さんにおねだりをしました。
「…ついに反抗期か!?」
今日までずっと良い子だった咲楽とは思えない要求にショックを受けるお父さん。
「違うよ、私は飲まないよ」
「じゃあなんでお酒なんか?」
「えっと…キユハちゃんの両親がお酒好きで、日本人がどんなお酒を飲むのか教えてあげたいの」
咲楽はまた適当な嘘をつきます。
次の目的地であるギルドの街ソエルには、酒好きの知人がたくさんいました。前の旅でお世話になった人たちに地球のお酒を味わってもらうため、身近な父親からお酒を譲ってもらおうと考えたのです。
「…」
そんな会話をキユハはテレビを観ながら聞き耳を立てていましたが、話し合いには参加せずスルーしました。
「そういうことか…お父さんは味の分かる大人だから、酒にはちょっとうるさいぜ」
「ふーん」
誇らしげに自慢するお父さんですが、お酒に興味がない咲楽のリアクションは薄いです。
「ちょっと待ってろ」
お父さんは自分の部屋に戻り、数本の酒瓶を持ってきました。
「この二本は自信を持って薦められるぞ」
「じゃあ貰っていい?」
「……咲楽もキユハくんも良い子だから心配してないが、未成年は飲んだらダメだぞ」
「はーい」
※
こうして咲楽はお父さんからいくつかのお酒を入手し、異世界まで持ち込んだのです。
「総長さんが大のお酒好きだったので、飲んだことがない地球のお酒をお土産に用意しました。ただ美味しいかどうか分からないので、渡す前にリリィさんに味見をお願いしようと思って…」
「総長はお酒にうるさいからね…わかった、味見なら私に任せて!」
自信満々で答えるリリィ。
すぐお酒を注ぐグラスを用意します。
「サクラは飲まないの?」
「飲めません。子供なので」
「それはチキュウの規則なんでしょ?ソエルに年齢制限はないよ」
「いえ、それでも遠慮しておきます」
真面目な咲楽は郷に入ってもお酒を飲みません。
お酒は二十歳になってからです。
「そっか。それじゃあ早速…」
リリィは無理強いせず、まず一本目のお酒を取り出します。
「これは何かな?」
「日本酒です」
「ニホン?」
「私が住んでいる国の名前ですよ」
日本酒とはその名の通り日本の米と水で作られた清酒の一種です。日本酒といっても種類は豊富で、本醸造、純米、大吟醸といろいろあります。
「えっと、私の父のお気に入りで…大吟醸“桜吹雪”っていう名前です」
「へぇ…サクラと同じ名前、面白いね」
リリィは酒瓶の蓋を開けグラスに日本酒を注ぎます。
「それではご馳走になります」
咲楽へ一礼し、リリィはグラスに入った日本酒を一口含みます。
「………」
リリィはしばらく無言で日本酒を噛みしめました。
「えっと…どうですか?」
「うん……濃厚なのに軽くて飲みやすい。後味も爽やかですっきりしてる」
「?」
感想を聞いても褒められているのか、いまひとつ分からない咲楽。
「…もう一本の方はどんなお酒かな?」
リリィは二本目の酒瓶を取り出します。
「そっちはワインです。ワインならこっちの世界にもありますよね」
言わずと知れた果実酒、ワイン。
ブドウなどの果物がないプレザントでは“フブトウ”と呼ばれる甘い果物でワインが作られています。どちらのワインも咲楽の目から見たら同じようなものに見えました。
「これ本当にワイン?うちのと香りが全然違う」
ですがリリィの感想は真逆。コルクを開け、放たれた芳醇な香りはプレザントのワインとはまるで別物でした。
リリィは恐る恐るワインをグラスに注ぎ、口に流し込みます。
「……ふぅ」
ワインを喉に通し、リリィは一息つきました。
「美味しかったですか?」
そろそろハッキリとした感想を聞きたい咲楽。
「うん………どれも革命的に美味しい」
※
リリィから文句なしの結論が出ました。
「まさかここまで味と香りに差があるなんて…むしろお酒ってここまで美味しく出来るんだ」
地球のお酒は酒場の亭主リリィの常識を壊すほどの味でした。
「そんなにですか?」
「うん…うちで作るお酒ってハルカナ王国の模倣酒でさ、味に関しては酷い物が多いんだ。だから薬草や果実を混ぜるのが基本なんだけど、この雑味のない美味しさには驚きね」
一年前まで戦争をしていたこともあり、ソエルのお酒文化はまだ発展途上の段階でした。そんな完成途中のお酒より、地球の洗練されたお酒の方が比べ物にならないほど美味なのです。
「総長にこのお酒を全部渡したら大変なことになりそう……挨拶にはこの一本だけを持っていきな」
悩んだ末、リリィは日本酒だけを咲楽に渡します。
「了解です」
日本酒を受け取った咲楽は風呂敷で酒瓶を包みました。
これで手土産の準備は万端です。
「それじゃあアクリちゃん、一緒にギルド本部に行きましょうか。そこで総長さんとナキちゃんが待ってます」
「う、うん…!」
緊張した面持ちで咲楽の後に続くアクリ。
いよいよギルドの街ソエルの総長と英雄に謁見する時です。
今までハルカナ国王や騎士隊長と様々な偉い人と関わってきたアクリですが、未だに目上との対面には慣れていません。ましてやここは外国、ハルカナ国民として失礼がないよう気を引き締めています。
そんなアクリですが、今は好奇心の方が勝っていました。八人の英雄の中で最も若く、多くの戦果を残した英雄ナキがどのような人物なのか。