第132話 【酒場“鬼の雫”のリリィさん②】
「ふむ…サクラの思い出が消えたのは歴史の修正で、今回は平和になったこの世界へ遊びに来たと」
咲楽の話を聞いて納得したように頷くリリィ。
「遊びに来てくれたのは嬉しいけど、ソエルの現状はクスタさんから聞いてる?」
「はい。ソエルは内乱中なんですよね」
「本当にうちはいつまでもバタバタしてごめんなさい」
リリィは申し訳なさそうに咲楽へ頭を下げました。
命を懸けて戦争を止めてくれた咲楽に自国の問題を知られるのは、リリィからしたら恥ずかしくも情けない気持ちになってしまいます。
「いえいえ、戦争が終わって万事解決するなんて思ってませんよ」
慌ててリリィを擁護する咲楽。
「それより紹介します。こちらが今回の仲間のアクリちゃんです」
咲楽がそう紹介すると、アクリは会釈をしました。
「よ、よろしくお願いします」
「アクリさんね、クスタさんから聞いてるよ。まだ若いのに遠路はるばるソエルへようこそ」
リリィは丁寧な対応でアクリを歓迎します。
その物腰柔らかなリリィの仕草には、ソエルの野蛮な印象はありません。
「アクリちゃん、この人はギルドの街ソエルで最も信頼できる人です。困ったことがあったらまずリリィさんに頼ってください」
今度はリリィの紹介を簡単に済ませる咲楽。
このリリィは世界を救う旅で咲楽の味方になってくれた数少ない恩人です。咲楽がそれほど信頼における相手なら、アクリも安心して気を許せます。
「…」
ですがアクリはリリィの容姿が気になって仕方がありません。
その異様な低身長はドワーフなら納得できますが、美しい金髪ととんがった耳はエルフの特徴です。はたしてリリィの種族はどちらなのか、質問しても失礼にならないかアクリはそわそわしていました。
「エルフとドワーフのハーフなんだ。人間から見たら異質でしょう」
そんなアクリの心を見透かしたように答えるリリィ。
「いえ、そんなことは…!」
「構わないよ。容姿について指摘されるのは混種の定めだから」
異世界プレザントにはエルフ、ドワーフ、妖精、人魚といった様々な種族が存在し、異種族の間で生まれるハーフは存在だけなら有名です。そういった種族の細かいお話については、次の街へ到着する頃に詳しく語ることにしましょう。
「世界を救う旅の時では、この酒場が私たちの拠点だったんですよ。あの頃は本当にお世話になりました」
咲楽は改めてリリィに深々と頭を下げました。
「サクラが頭を下げないでよ…この世界で、サクラに頭が上がる人種なんて存在しないんだから」
相変わらずの謙虚な咲楽を見てリリィは苦笑します。
「それでリリィさん…またしばらくここでお世話になってもいいですか?」
「もちろん!」
咲楽のお願いを即答で返したリリィは、小さい鍵を咲楽に渡します。
「裏口の鍵ね、自由に出入りしていいから。狭いけど二階の部屋を好きに使って」
「ありがとうございます!」
リリィに記憶封印解除を施したおかげですんなりと話が進みました。今回はこの酒場“鬼の雫”が二人の活動拠点となります。
※
咲楽とアクリは二階で自分たちの部屋を決めてから荷物を置いて、すぐ一階に戻って来ました。
「さて…ナキちゃんと総長さんのご挨拶に行きますか」
重たい荷物を下ろして身軽になった咲楽は大きく伸びをします。次にするべきことは、この街の長である総長ともう一人の英雄へ挨拶しに行くことです。
「そういえば…クスタさんはどこに行ったんですか?」
「ここに荷物を置いた後、計画が狂ったとか言ってすぐ出てったよ」
リリィの足元には例の木箱が置かれています。
クスタは咲楽に託された荷物を酒場に置き、リリィに咲楽の来訪とアクリの存在を知らせてからすぐ出て行ったようです。
「へぇー珍しいこともあるんですね」
クスタらしからぬ行動に驚く咲楽。
あらゆる情報を掌握したクスタが入念に練った計画は、ほぼ狂うことがありません。だからこそ彼は戦場の影で多くの人命を救った“空漠たる英雄”と呼ばれるようになったのです。
「完全無欠のクスタさんだけど、サクラが関ればすぐ乱れるんだよね~」
何故か嬉しそうににやけるリリィ。
「予定通り来ただけなのに何が狂ったんですかね…それより、その木箱を開けてみてください」
咲楽はお土産に用意した木箱を指さします。
「この木箱、何が入ってるの?」
「皆さんが喜びそうなお土産を用意しました」
「へぇ…」
不思議に思いながらリリィは木箱を開封します。木箱の中には、数本の瓶が詰められていました。
「もしかして…お酒?」
「私の住んでいる異世界、地球のお酒です」