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第131話 【酒場“鬼の雫”のリリィさん①】




 咲楽とアクリはまず階段を使って弐階に向かいます。


「カテンクは壱階~拾階の十階層で分けられています。私たちが目指すは玖階にある酒場“鬼の雫”です」


 階段を上がりながらこの街の作りを説明する咲楽。


「十階もあるんだ…」


「ソエルにある四拠点の中で、この崖下のカテンクが一番発展しているんですよ」


「へぇ~」


 未知の国に来たアクリはすっかり観光モードです。


「階段を上がったら、次は向こうの吊り橋を渡りましょう」


「吊り橋?」


 咲楽は反対側の崖を指さします。

 凝った作りの階段で弐階に上がったかと思えば、今度は頼りない吊り橋を使って反対側の崖まで渡らなければなりません。


「そしたら次は、梯子で参階に上がります」


「階段じゃなくて梯子…」


 咲楽の後をついて行くアクリは気付きました、この街の作りがあまりにもお粗末であることに。


「不便な街ですよね~」


 そんなアクリの様子を見て咲楽は苦笑します。


「う、うん…ハルカナ王国より複雑だね」


「何でもドワーフの大工さんが思い付きで改造と増築を繰り返したらしくて、迷路みたいな構造になってるんですよ」


 崖に挟まれた崖下のカテンクが発展するには、地上だけでは敷地面積に限界があります。そこで建物を上へ上へと積み上げる発想に至ったのです。ただ計画的に建設されたわけではないので、このような統一性のない継ぎ接ぎだらけの街となってしまいました。


「アクリちゃんみたいに強くて身軽な人なら、ぴょんぴょん飛び越えて近道できるらしいですよ。それとゴーレムを使った昇降機があるので、基本はそっちを利用したほうが楽ですね。今回は紹介もかねて歩きますけど」


 そうこう話している間に二人は、梯子を使って参階に上がりました。


「わぁ…」


 そして参階に到達したアクリは驚嘆します。

 参階は建物の中とは思えないほど草木が生い茂っており、木でできた水路から水が流れる自然豊かな空間となっていました。


「観光目的で言えば、ソエルが一番見所があるんですよね」


 久しぶりにソエルへ来た咲楽も、カテンクの凝った作りの街に目移りしています。

 カテンクの設計をしたドワーフの職人は、プレザントでは珍しい遊び心のある人物だったようです。構造や配置はめちゃくちゃですが、建物の作り込みには匠のセンスが光る見事なものとなっていました。


「すごいね…他の階が楽しみ」


 肆階、伍階はどのような作りになっているのか、アクリの好奇心がうずきます。


「そうだアクリちゃん、行く予定はありませんがここの地下には気を付けてください」


「え?」


「地下には盗賊の隠れ家があるので」


「と、盗賊!?」


 咲楽の話を聞いて血の気が引くアクリ。

 今まで感じた安心感が一気に消え去り、警戒モードに戻ってしまいました。


「ここってそんな危ない場所があるんだ…」


「どんな国にも闇はあるらしいですよ、クスタさん曰く」


 今回の咲楽の旅では優しい人とばかり出会ってきましたが、ハルカナにだって罪人はいます。そういった闇はハルカナでは上手に隠されていましたが、ソエルでは野放しになっているようです。


「でもカテンクはギルド本拠地があるのでまだ安全ですよ。西にある暗い洞窟“ウリク”はこっちの何倍も物騒です」


「…」


 まだ入国したばかりなのに、アクリは文化の差に驚かされてばかりです。そんなアクリの様子は、咲楽やリアが初めてこの街に来た時とまったく同じでした。





 入り組んだカテンクの街を登っていく咲楽とアクリは、ようやく目的地である玖階に到着しました。玖階は下の階よりも狭く、建物は飾り気のない家が並ぶだけの殺風景な内装となっています。


「着きました。ここが“鬼の雫”です」


 咲楽が見上げるその建物は、何の変哲もない小さな酒場でした。


「この酒場は総長さんやクスタさんが最も信頼する、ソエルで一番安全な場所なんです」


「ここが…?」


 酒場を見て不思議に思うアクリ。

 その酒場は今まで見てきた建物に比べ、かなり陳腐に見えたからです。


「えっと…日差しが酒場の扉を照らしてるから、タイミングもピッタリですね」


 咲楽は空を見上げて太陽の向きを確認しています。


「日差し?」


「この酒場は夜にしか開店しないのですが、午前の決められた時刻にノックすると開けてくれるんです」


 鬼の雫は世界一の情報屋クスタが利用する密会の場でもあるので、特別な人しか知らない暗号やルールが多々あります。陳腐な外装もカモフラージュの一環です。咲楽の世界を救う旅の時では、もしもの時の隠れ家として大いに役立ってくれました。


 コンコン…コン…


 咲楽はリズムを刻んで扉をノックします。


 …ガチャ


 ノックをするとすぐ鍵の開く音が鳴り、扉が開かれました。二人を迎えてくれた人物は、年端も行かない咲楽やアクリよりもずっと低身長の女性でした。


「リリィさん、こんにちは!」


 その小柄な女性に向けて元気よく挨拶する咲楽。この女性こそが咲楽が記憶封印解除に選んだ協力者、リリィです。


「…」


 ですがリリィは疑るように目を咲楽に向けています。


「その…咲楽ですけど、覚えていますか?」


「…」


 リリィは無言のまま、徐に咲楽の頬を摘まみました。


「なにふるんれふか」


「本物だ…」


 ホッとしたように表情を緩めるリリィ。


「思い出してるよ、サクラ…久しぶりね」


 その言葉に咲楽もホッとします。


「お久しぶりです!」


「さあ、中に入って」


 リリィは咲楽たちを店内に招き入れてくれます。


 鬼の雫は二階建ての小さな酒場で、店内は十人くらいの客が入れば満席になってしまう狭さです。それでも仕入れているお酒の種類は豊富で、麦酒、清酒、果実酒、薬草酒などなど数十種類のお酒が店内に並べられています。


「さて…早速で悪いけど、サクラに質問したいことが山のようにあるんだ」


 カウンターに回ったリリィは水を注いだグラスを咲楽とアクリに差し出しました。


「クスタさんから話は聞いてないんですか?」


「サクラがここに来るから、詳しくは本人に聞けってさ」


「そうですか…じゃあお話しますね」


 咲楽は久しぶりに今回の事情説明をすることになりました。もちろん本命の目的や記憶封印の真相、新種の憎食みについては秘密です。

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