第130話 【崖下のカテンク】
巨大な双璧に挟まれた崖の隙間、そこにギルドの街ソエル最初の拠点“崖下のカテンク”の街があります。
崖の絶壁にはいくつもの拠点や戦闘用魔具などが設置されており、カテンクに攻め込む者や魔物の侵入を阻みます。大きな壁で敵を跳ね返すハルカナとは違い、ソエルは敵を大きな壁で挟み込み集中砲火を食らわせる形です。守ることに特化したハルカナ王国とは対照的、ギルドの街ソエルは攻撃に特化した戦闘都市となっています。
そんなギルドの街ソエルも、ハルカナ王国と同じく復旧中の状態。
「七番の木材、加工終わったぞー!」
「産廃回収班、ゴーレムの移動を頼む!」
「食料の用意できたから、手の空いた奴から食えよー!」
そこかしこで男たちが建物の修理に動き、街中はハルカナ以上の活気で溢れていました。ソエルの民だけでなく、ハルカナの騎士やフリムの軍人も復興の手助けをしています。
クスタが言っていた内乱状態である様子は、カテンクの入口では感じられません。
※
ギルドの街ソエルに入国する最初の門の前に立つ咲楽とアクリ。
門の前では、大剣を背負った蛮族のような大男が仁王立ちしていました。見た目からして怖そうな大男を前に、アクリは咲楽の背後に隠れます。
「こんにちはー!」
しかし咲楽は臆することなくソエルの門番に挨拶をかけました。
「おう、元気がいいな!見ない顔だが難民か?それとも移住か?」
咲楽に敗けないくらいの声量で答えてくれる門番。
「ハルカナから来た者で、ナキちゃんや総長さんに手土産を用意してご挨拶に伺いました。入っても大丈夫ですか?」
「ナキ姫の家来か!だったら問答は不要だ、入りな」
咲楽が持つナキの家来の証を見た門番はあっさりと承認し、合図を出して巨大な入口の門を開けてくれました。因みにソエルはハルカナと違って、出入国税は必要ありません。
「ありがとうございます!」
「ど、どうも」
咲楽とアクリは会釈をして、門を潜ろうとします。
「…そこの小娘」
「はい!?」
すると門番はアクリを呼び止め、呼ばれたアクリは体を強張らせます。
「ソエルは初めてだろ」
「そ…そうです」
「なら俺から助言を送ろう。ソエルの盟約に“なんでもあり”ってのがある」
「なんでも…」
「悪い方向に捉えるなよ、何でも前向きに受け入れろってことだ。そんな辛気臭い顔して俯いてちゃいけねえ。崖下のカテンクは上を向いて歩かないと危ないぜ」
怖そうな門番は親しみを込めた笑顔をアクリに向けました。
「は、はい!」
「いい返事だ、まあ好きにやりな」
門番は手を振って咲楽とアクリを見送ります。
「何というか…親切な人だね」
「だから言ったじゃないですか、大丈夫だって」
予想外の対応をされて驚くアクリ。
ソエルで最初に出会った門番の人からは、温かい人情と懐の広さを感じました。
※
しばらく道を進み、咲楽とアクリはカテンクの街に到着します。
(…思ったより普通だ)
初めて外国に来たアクリは拍子抜けといった様子です。
崖下のカテンクに目立った特徴はなく、ハルカナ居住区の平民街のように建物が並ぶだけ。あまり国外に来た実感が湧きませんでした。
「さあ、登りますよアクリちゃん。目的地であるリリィさんの酒場は上階にあります」
そう言って上を指さす咲楽。
「上階…?」
アクリは空を見上げます。
それは上を見るまで気付けないことでした。
カテンクの建物は大きな崖に沿って、天高くまで積み上げられていたのです。高く積み上げられた建物は不安定に見えますが、崖や隣接する建物に支えられ絶妙なバランスで保たれています。そして圧巻なのはその高さ、見上げても建物の天辺が見えません。
「…!」
その異様な街の作りに圧倒されるアクリ。
崖下のカテンクにとって上を見ないで歩くことは、前を向いて歩かないことと同義です。アクリは入口で門番の言っていたことの意味を理解しました。
「アクリちゃん、こっちです」
咲楽は近くの階段前でアクリを手招きします。
「私を見失わないよう気を付けてください。ここはすごく迷いやすい作りになってるので」
「…うん!」
未知の国に来た実感が湧いて来たのか、アクリは興奮気味に駆け出しました。