第129話 【出発の準備】
話し合いが一段落し、クスタは咲楽たちに背を向けます。
「重要事項は話した、俺は一足早くソエルに戻る」
「先に行っちゃうんですか?」
「ああ…俺にも準備がある。ソエルの歩き方は忘れていないな?」
「はい!」
「なら問題はない、気を付けて来い」
「あ、そうだクスタさん」
クスタが立ち去る前に咲楽は倉庫へと向かい、重たい木箱を引っ張り出してきました。
「この荷物をリリィさんの酒場に運んでもらえます?」
「ええ~」
ものすごく嫌そうな声を出すクスタ。
「お願いしますよ、クスタさんなら軽いでしょう?」
「別にいいが…なんだこれ」
「地球から持ってきた、皆さんへの手土産です」
木箱の中には地球のお土産、リリィや総長が喜ぶある物が詰まっています。
「ほう…期待しよう」
既にクスタは咲楽が持ってきた娯楽を味わっているので、地球のアイテムに仄かな好奇心が芽生えていました。
※
クスタを見送り、それから二日目の朝。
もうギルドの街ソエルは目前です。
「よし…荷物はこんな感じかな」
咲楽は自室で身支度を整えます。
重たい物はクスタに運んでもらったので、今回はリュック一つにまとめることが出来ました。
「女神様」
机に祭られた女神像に声をかける咲楽。
『どうかしました?』
その呼びかけに女神様は答えてくれます。
「これから街に出るのですが、女神像を持ち運んでいいですかね」
『ええ、構いませんよ』
女神像は地球とプレザントを繋ぐ唯一の懸け橋なので、肌身に離さず持ち歩かなければいけません。
「サクラお姉ちゃーん」
すると咲楽の部屋の外からアクリの声が聞こえます。
「入っていいですよー」
「お邪魔します」
アクリはお行儀よく扉を開け部屋の中に入りました。
「出発の準備できたよ!」
「私ももうすぐ終えるところですよ~」
「…あ、女神様だ」
机に祭られた女神像が目に入ったアクリは、迷わずお祈りの所作をします。これからの冒険を祈願し、故郷で自分の帰りを待つ母親の体調を案じて、アクリは真剣に祈りを捧げました。
「そうだアクリちゃん、ソエルで祈りの作法をする時は気を付けてください」
「え?」
「住人の中には女神様に見棄てられたと考え、信仰を過激に否定する一派がいます。念のため祈る時は人目に付かない所でした方がいいです」
ついでのように重要なことを話す咲楽。
四大勢力によって文化は様々ですが、中でもソエルは一番信仰を重要視していません。前の世界を救う旅では、女神の証を持つ咲楽に対して一番辛辣だったのがソエルでした。
「…」
その事実にハルカナ国民であるアクリは信じられないといった様子。それだけハルカナ王国の住人が信心深いということです。
「…女神様はそれでいいんですか?」
アクリは目の前にいる女神様に尋ねてみます。
『私に非があることも事実ですので…信用回復を信じて努力するしかありません』
女神様もプレザントの南側から得られる信仰が少ないことに悩んでいました。もしソエルの住人が女神様を信仰してくれれば、神力回復が格段に良くなるでしょう。
これも咲楽にとってどうにかしたい課題の一つです。
※
女神像を荷物に詰め宿を出た咲楽とアクリは、拠点を出る前にキユハの研究所を覗きに行きました。
「それじゃあキユハちゃん、行ってきますね~」
「おー…」
咲楽が室内に声をかけると、本に埋もれたキユハは適当な返事をします。
「食べ物は宿の台所に作り置きがあるので、適当に食べてください」
「ん…わかった」
「研究が一段落したら、リリィさんの酒場に来てくださいね~」
「……気が向いたらな」
手を振って二人を送るキユハ。
ソエル滞在中ずっと拠点にいるつもりなのか、それはキユハの気分次第でしょう。
「それじゃあ行きますか、アクリちゃん」
「うん!」
キユハの研究所を後にした咲楽とアクリは、そのままグランタートルの背から飛び降りました。
ギルドの街ソエル、いよいよ入国です。