第127話 【クスタのもう一つの顔】
「うわ、クスタさん!?」
急にクスタが現れ咲楽は飛び退きます。
「ぶは!」
咲楽の拘束が解け息継ぎをするキユハ。
「だ、誰!?」
アクリは見覚えのない男が突如現れ困惑していました。
「随分と賑やかな旅だな」
そんな状況を見て苦笑するクスタ。
「クスタさん…どうしてここに?」
咲楽の疑問は当然のものでした。
ソエルの到着はまだ二日も先、ここは平原の真っただ中です。
「サクラの行動を予測して迎えに来たんだ」
「予測って…どこまで予想してたんですか?」
「ハルカナを適度に盛り上げてきたのだろ?」
「…」
「それから魔物に乗ってソエルに向かうまでは想定できたが、まさかのろまな亀に乗って向かっていたとは。おかげで到着予想時刻がズレて時間を無駄にしてしまった」
クスタは疲れた息を吐きながら、キユハとアクリに目を向けます。
「キユハの同行は当然だが、あの小娘も連れてきたのか」
どうやらアクリが同行することも想定の範囲内だったようです。
あらゆる情報を元にいくつかの可能性を的確に推測する、それが情報屋クスタの特質した長所です。
「…」
そしてアクリは、まだ状況が飲み込めずおろおろしていました。
「どうかしました?アクリちゃん」
その様子に気付いた咲楽。
「あの………その人は誰?」
アクリは謎の男、クスタを指さします。
咲楽がクスタと呼ぶその人物は、アクリがハルカナで会ったクスタとはまるで別人でした。
服装は薄汚れた黒のコートを羽織り、頭は長髪にバンダナを捲き、話し方や仕草も荒っぽく、ハルカナで受けた真面目な印象とは真逆に変わっていたのです。
「誰って…クスタさんですよ?」
「ハルカナで見た時と姿が違うよ」
「あ、そうでしたね。クスタさんはその時その時で姿とか話し方を変えます。この姿がソエルにいる時のクスタさんです」
「変装してたんだ…」
多くの謎に包まれたクスタは、様々な姿に変装して各国を渡り歩いてきました。決まった姿が存在しない、それが空漠たる所以です。
「ハルカナでは短髪の優男、ソエルでは長髪の荒くれ者をやらせてもらってるクスタだ。よろしくな」
クスタはハルカナでは見せなかった、男らしい笑みをアクリに向けました。
「あ、はい!アクリ・フリーライトです、よろしくお願いします」
アクリがフルネームを名乗りお辞儀をします。
「フリーライト?」
名前を聞いて妙な反応を見せるクスタ。
「…まだ若いのに旅とは豪胆だな。両親の許可は得てるのか?」
「母親からは許可をもらいました」
「父親は?」
「その…戦争で戦死してます」
そのことは咲楽も知りませんでした。
「そうだったんですね…辛かったでしょう」
「ううん。お父さんは私が物心つく前に死んじゃったから、思い出とかはないんだ」
アクリは平然と答えました。
どうやら強がっているわけではなく、父親のいない家族が当たり前のものと認識しているようです。一年前まで壮絶な戦争を繰り返してきたので、そう考える子供は珍しくありません。
「因みに父親が戦死したのは何年前だ?」
クスタが質問を重ねます。
「八年前くらいです」
「へぇ…」
聞くだけ聞いて黙り込むクスタ。
「それよりクスタさん、わざわざ何しに来たんですか?」
咲楽はクスタがここまで来た目的を尋ねます。
クスタが自ら迎えに来なくとも、咲楽が来るのを待ち構えていればいいのです。どうして時間と体力を浪費してここまで来たのか、効率を優先するクスタらしくない行動です。
「ん…ああ。実はソエルに入る前に、サクラに重大な報告がある」
クスタは椅子から立ち上がり、集会スペースの前に立ちました。
「報告ですか?」
「まず俺はハルカナで、ソエルに問題はないと言ったな」
「はい」
「あれは嘘だ」
あっさりと明かされるクスタの嘘。
アクリは驚き、キユハは顔を歪めます。
「じゃあどんな問題があるんです?」
咲楽は特に動じず、話を続けさせました。
ハルカナですら問題を抱えるこのご時世で、ソエルに問題がないなど咲楽から見ても現実味のない話です。
「サクラもわかる女になったな」
その物怖じしない姿勢にクスタは感心します。
「伊達に一年近くクスタさんと旅してませんし」
「そうだったな」
「それより、どんな問題を隠してるんです?」
「うむ…」
一呼吸置くクスタ。
「実は現在のギルドの街ソエルは、内乱状態にある」