第12話 【記憶封印解除(キユハ)】
世界一の魔法使い、キユハ・カーネット。
長く重そうな黒髪とぶかぶかのローブを地面に引きずらせた、どこか陰鬱とした雰囲気を放つ不愛想な少女です。
キユハは魔法を使うために必要な触媒“精霊石”の原理を解き明かし、発掘以外の手段で精霊石の生産を可能にした天才魔法使いです。
しかし、そんな名誉を称える人はキユハの周りにはほとんどいませんでした。戦時中は殺戮兵器ばかり作ることから“悪魔の子”と呼ばれ、人々から忌み嫌われていました。
ですがそれは、憎断ち戦争が終結する前までの話です。
人々を癒し兵士を支える希望の石“女神石”を生み出し、各国の精鋭でも歯が立たない憎食みを次々となぎ倒し、憎食みの親玉を仲間と共に討伐しました。今では“悪魔の子”ではなく“女神の子”と呼ばれ、希望の象徴とされています。
そんなキユハの人柄なのですが…
「雑多、騒音…こんな騒がしいところで研究したくない」
「そんな…キユハさん、一緒に女神石の謎を解き明かしましょう!」
「複製品は渡す。僕は研究所に戻って一人でやりたい」
「うぅ……わかりました」
ハルカナ士官学校の魔法使い代表、ファフゥは頼りなさそうにサンプルを受け取ります。キユハなしで研究が進むとは思えないからでしょう。
「不慣れ、煩わしい…」
キユハは重い足取りで自分の研究室兼自宅に戻ります。
研究に人生を費やす天才キユハは、社交性がゼロの根暗。ハルカナ国王が無理矢理に士官学校の魔法研究会に所属させていますが、本人は認めていません。それでもキユハは士官学校に顔を出したりと、過去に比べればかなり社交的になりました。
キユハが人として成長したのは、戦争を終結させた八人との冒険のおかげでしょう。
「はぁ…やっと帰ってきた」
自宅に着くと、真っ先に研究部屋へ向かい研究を進めるキユハ。
女神石は謎が多く、どうして女神石を生み出せたのかキユハ自身も理解しきれていません。原理を解き明かさなくては高ランクの女神石を生み出すことが出来ません。そんな女神石の研究は、天才キユハでも行き詰まる難題です。
………
……
…パリン
女神石のなり損ないは、無残にも砕け散りました。
「チッ」
キユハは苛立ちます。
研究に失敗はつきもの、失敗したからといって普段のキユハなら苛立ったりはしません。ですが、何故かキユハは焦っていました。
転移魔法。
低ランクの女神石でこの魔法を使用することは不可能です。もっと女神石のランクを上げ転移魔法の使用が可能になれば、バラバラになって仲間たちといつでも会うことが出来きます。
「…」
(そんなに会いたい連中か?)
考えている内に、自分の思考の矛盾に気付くキユハ。自分が何に焦っているのか、何処に転移したいのか、よくわからなくなっていました。
「はぁ…」
キユハは思考を停止させ、床に体を倒し目を閉じます。
進展のないいつもと変わらない毎日。
そんなキユハの毎日を、ある一つの夢が変えました。
あの時の出会いのように。
※
「お前の魔法、精霊石を使ってなかったよね」
「え?精霊石ってなんです?」
「未開、興味…その力、もっとよく見せて」
「え?え?」
■
「旅に付いて来てくれるんですか?」
「まだ女神の力は研究途中、どこかに行かれても困る」
「はい…よ、よろしくお願いします」
「…」
■
「魔法は精霊石の魔力を掴み、具体的なイメージを詠唱して対象に放つだけ」
「はい……ファイヤーボール!」
ぽすん
「…」
「…」
「視線がこわいです!」
■
「準備、完了……これで女神石が作れる」
「がんばってください!」
ぼん!
「…」
「…」
「絵に描いたような失敗ですね~」
「むぅ…」
■
「私の世界に魔法はありませんよ」
「ありえない、文明低そう」
「ふふ…それはどうですかね。私たちは空だって飛べるんですよ」
「どうやって?」
「えっと…」
「ふっ」
「本当ですよ!」
■
「私、ハルカナを離れます。あの化け物の狙いはきっと女神の証をもつ私です。このままではハルカナ王国の防壁が…」
「無謀、愚か…僕も行く。黒い化け物がサクラを狙ってるなら、集めて魔法で一層してやる」
「でも、危険ですよ!」
「サクラがいなくなったら僕は退屈で死ぬ。どうせ死ぬならサクラの隣がいい」
■
「明日、自分の世界に帰ることにします」
「そう…」
「女神石、完成して良かったです」
「未熟、未完…まだ完成してない」
「それでも…形になって、良かったです。これで私がいなくても…女神様の力を研究できますね」
「…」
「…」
「異世界転移。それが女神の力で行われているのなら、研究を進めれば僕にも可能になる」
「あ…」
「さよならは言わない、必ずチキュウに転移する魔法を発明して会いに行く。部屋を綺麗にして待ってなよ」
「は、はい!キユハちゃん!」
「抱きつくな…」
■
「………」
キユハは目を覚ましました。
(…研究を進めるか)
咲楽と交わした約束を思い出したキユハは、研究を再開させるのでした。