第123話 【みんなでお風呂】
アクリは倉庫から竹で出来た大きな貯水槽を持ち上げ、宿の裏庭に置きました。
「よっと」
「ありがとう、アクリちゃん」
「うん。それで…おふろって何するの?」
まだ咲楽が何をする気なのか理解していないアクリ。
「体を洗って、みんなでお湯に浸かるのです」
「…みんなで、外でやるの?」
「はい。露天風呂というものですね」
咲楽がやりたいことは、この広大なファンタジー世界の絶景を眺めながら温泉に浸かることです。
「外で裸に……ちょっと恥ずかしいね、無防備になっちゃうし」
まだ幼いアクリですら抵抗のある露天風呂という文化。
いつも丈夫な装備を身に纏っているプレザント人にとって、外で裸体を晒すなんて行為は絶対にあり得ないことなのです。
「ここなら私たち以外に誰もいませんから大丈夫ですよ~」
お風呂に対してまったく抵抗のない日本人の咲楽は、能天気に準備を進めます。
「キユハちゃん、水と火の精霊石でいい感じのお湯を張ってもらえます?」
「…」
無言で咲楽の言う通りに動くキユハ。
“満たせ”
まず水の精霊石で貯水槽の中を水で満たします。
“沸かせ”
そして火の精霊石を貯水槽の囲いに投下、水はぼこぼこと沸き立ちお湯に変わっていきました。
「おお…なんか料理してるみたいですね」
これで即席露天風呂の完成です。
「こんなこともあろうかと地球から入浴剤とかいろいろ用意してたんですよ」
咲楽は地球から持ってきた石鹸やシャンプーなどの入浴グッズを用意して、体を洗う準備もバッチリです。
「さあー入りましょ~」
そう言って咲楽は服を脱ぎ捨てます。
「サクラお姉ちゃん、大胆…!」
咲楽の躊躇わなさに驚くアクリ。
「…」
キユハも平然と服を脱ぎ去りました。
「キユハさんまで!?」
「一回やったら二回も変らない」
既にお風呂を経験し、咲楽に隅から隅まで洗われたキユハに動揺はありません。それにキユハは咲楽の言うことにいちいち反論しても、時間の無駄だということをよく理解しています。
「………」
ここではアクリが少数派、観念するしかないでしょう。
※
夕日に染まる空。
周辺が薄暗くなると、拠点周辺に設置された精霊石の燭台は自動で明りが灯り拠点を照らしてくれます。加えて外は大自然の絶景、露天風呂として文句のない形です。
「…」
「…」
「…」
湯船に浸かって空を見上げる三人。
料理、訓練、研究と一日を無駄にすることなく頑張って活動し、日頃の疲れや汚れた魔物騒動で疲労は十分蓄積されていました。
その全ての疲れを、お風呂は癒してくれます。
「いいものでしょう?露天風呂」
「癒されるね…」
「ん……」
もはや言葉はいりません。
三人は思う存分、露天風呂を満喫しました。
※
お風呂で温まったキユハとアクリは、外の集会スペースの椅子に座ってぐったりしています。初めて露天風呂を体験してのぼせてしまったようです。
「キユハちゃん、アクリちゃん。これをどうぞ」
そんな二人の前に小さな瓶を差し出す咲楽。
「何これ?」
「コーヒー牛乳です、お風呂上りはこれでしょう」
お風呂に必要な物は入浴グッズだけではなく、入浴後の飲み物も必須です。
地球に戻った時に咲楽はコーヒー牛乳を購入し、プレザントに持ち込んで冷やしていました。キユハが氷魔法を習得したので、地球のクーラーボックスの中に氷を入れておけば冷蔵庫の代わりになります。
「お風呂に上がって、このコーヒー牛乳を一気飲みするまでがお風呂の作法なのですよ」
適当なことを言う咲楽に促され、三人はコーヒー牛乳を一気飲みします。
「………はぁ」
「………はぁ」
「………はぁ」
コーヒー牛乳を飲み干し同時に息を吐く三人。
一日を全力で生き、露天風呂に浸かって疲れを癒し、コーヒー牛乳を飲む。これぞ日本人の至福の時です。
「お腹が空いた…」
キユハが唯一の不満をこぼします。
一日の疲れが取れ残ったものは空腹だけ、空腹はお風呂でも女神様の力をもってしても回復しません。
「ではご飯にしましょうか」
咲楽は完成させている料理の盛り付けに向かいました。