第114話 【プレザントに帰還】
キユハが地球にやって来て三日目。
咲楽とキユハは早起きをして、プレザントに帰還する準備を進めます。
「よし、これで荷物は大丈夫ですね」
忘れ物がないか確認する咲楽。
必要な知識が詰まった本、料理に使う器具、これから会う仲間へのお土産品。他にも地球滞在中に思いついた物を詰めるだけ詰めました。
「さて…戻りましょうか、キユハちゃん」
「おう」
衣服も忘れずプレザント仕様に着替え、帰る準備は万端。二人は女神像と向き合います。
「それでは女神様、転移をお願いします」
『はい』
「それと私がプレザントに行っている間、また地球の時間停止をお願いします」
『ええ、わかりました』
咲楽は忘れず地球の時間停止をお願いしました。
春の連休はまだまだ終わりません。
『それでは転移魔法を発動します』
女神様の合図で、咲楽とキユハは転移の光に包まれます。
「…」
無言でキユハの手を繋ぐ咲楽。
(…繋ぐ必要があるのか?)
そう思いつつ、キユハは咲楽の手を握り返すのでした。
※
転移の光に包まれた咲楽とキユハは、異世界プレザントの移動拠点グラタンにある宿に戻ってきました。
「戻って来れました~」
「ふぅ…」
咲楽は平気そうですが、キユハは疲れた息を吐いてベッドに座り込みます。異世界旅行初体験のキユハは、見かけ以上に精神的負担がかけられていたようです。
「大丈夫ですか?」
「ああ……でもしばらく一人で考えをまとめたい。研究所に戻るぞ…」
「はーい」
おでこを抑えつつ、覚束ない足取りで退室するキユハ。
「さて、アクリちゃんは大丈夫だったかな」
咲楽も荷物を解く前に宿の外に出ました。
プレザントの時刻は地球と同じく朝方、眩い朝日と肌寒い外気が咲楽を迎えてくれます。
「アクリちゃーん」
外に出ると、アクリが木刀を構えて素振りをしていました。
「あ!サクラお姉ちゃん、お帰りなさい!」
嬉しそうに咲楽の元に駆け寄るアクリ。
「ただいま戻りました。ごめんなさい、予定より滞在期間が延びてしまって…問題はなかったですか?」
「うん、ずっと平和だったよ」
「それは良かった」
一安心した咲楽はハルカナ王国の方向に目をやります。
「…けっこう進みましたね」
ハルカナ王国はもう遥か彼方です。
ロックタートル“グラタン”のゆっくりな移動速度に多少の不安を覚えていましたが、ノームの言う通り二日も経過すればそれなりに進んでくれていました。
地球での用も済ませたので、後はソエルに到着するまでのんびりするだけ…
「…っと、のんびりするのは後でした」
「まだ何かあるの?」
「もうちょっとお留守番をお願いします」
「はーい…」
寂し気に頷くアクリ。
咲楽はすぐ次の案件に取り掛かりました。まず懐から土の精霊石を取り出し、ノームを呼び出します。
「ノームくん」
「はいはーい」
精霊石の中からノームが現れます。
「おかえり、サクラ」
「お疲れ様ですノームくん。それで…ちょっとノームくんに相談したいことがありまして」
「ん?」
咲楽はゴブリンの件をノームに話しました。
ゴブリンが人里の近くで巣を作っていること。そして五日後にハルカナ王国の騎士団がゴブリンの討伐作戦に出ること。
………
……
…
「なるほど、ゴブリンがね」
事情を聞いたノームが南の方向に意識を集中させます。
「………確かに気配を感じる。妙だね、あそこはゴブリンの活動範囲じゃないのに」
「ハルカナ騎士団が討伐作戦を行う前に、ゴブリンに土地を引いてもらうよう説得したいのです」
「むう…仕方ないなぁ」
あまり乗り気ではない様子のノーム。
現界して話し合うだけでも、精霊はかなりの魔力を消費します。汚れた魔物の対処に備え少しでも魔力を節約したい状況で、下級魔物の小さな問題は避けたい案件でした。
「私も行きます。グリフォンを呼びましょう」
「サクラも来るの?」
「だって私がいればノームくんは魔力を使わずに済むじゃないですか」
咲楽は右手の包帯を解き、手の甲に刻まれた女神の証を掲げます。
証に溜まっている“落とし物の信仰”を“疑似魔力”に変換すれば、魔力消費なしで精霊を召喚することが出来ます。欠点は咲楽本人が近くにいる必要があることです。
「この件は私個人のお願いですし、協力したことは私とノームくんだけの秘密にしましょう。それなら問題ないですよね?」
「うーん………じゃあお願いしようかな」
ノームは躊躇いつつ頷きます。