第113話 【つつじと葵②】
「………なるほど、そうなりましたか」
キユハから事情を聞き全てを理解した咲楽。
あらゆる偶然が重なった結果、地球人である葵とつつじに異世界の存在がバレてしまいました。
「え、じゃあ咲楽ちゃんの言ってた異世界ってマジなの?」
「…そうですね」
「キユハさんも本当に異世界人なの?」
「その通りです」
「…」
いつも能天気な葵も、この衝撃の事実には困惑するしかありません。
「こことは違う世界…にわかに信じがたいですね」
対してつつじは冷静さを取り戻しつつあります。
「つつじちゃんはこんな非現実な話、信じないですよね」
「…否定しようにも材料が足りません」
「材料?」
「この精霊石…ですか?この道具を科学的に証明することが不可能である内は、異世界の存在も否定することは出来ません。何より咲楽さんが冗談を言っている様には見えないので…」
真面目な優等生であるつつじは先入観に縛られず、柔軟な思考で異世界の存在を捉えていました。
「じゃ、じゃあそっちの世界にはグリフォンとかドラゴンがいるの!?」
急に葵が目の色を変えてキユハへ質問を投げかけます。
「グリフォンはいる。ドラゴンは…精霊竜の四体がそうなのかな」
「おおー!騎士とか魔法使いの学校は!?」
「あるけど…」
「おおおー!」
質問を重ねるごとにテンションを上げる葵。
そして先程の異世界発言といい、やけに的確な質問が飛んでくるのでキユハは不可解に感じていました。
「おい、サクラ」
「なんです?」
「異世界について知らないはずだよな?なんか質問が的を得すぎてないか…?」
「この世界の創作界隈では、異世界なんて山のように生まれてるんですよ」
「異世界を創作?酔狂…」
娯楽のないプレザントには、創作物語のような人々を楽しませる書物が存在しません。これも別世界ならではの文化の差です。
「あの…葵ちゃん、つつじちゃん。このことはどうか内密に…」
バレてしまったものは仕方がないと、咲楽は異世界の存在を秘密にするよう懇願します。
「もちろん誰にも言わないよ!ファンタジーなら定番の秘密だよね!」
「不用意に言いふらしてはいけませんね」
「うぅ…ありがとうございます」
二人の対応に心の底から感謝する咲楽。
「それじゃあ宿題しましょうか」
事情も話し終え、咲楽は筆記用具を取り出し当初の予定通り勉強会を始めようとしました。
「ええー!この上がったテンションのまま勉強なんて出来ないよ~」
葵から抗議の声が上がります。
異世界について質問したいことが山のようにあるからでしょう。
「あっちの世界の話をしてたら、時間がいくらあっても足りないですよ」
「そんなぁ…」
「宿題が終わったらいくらでも話しますよ。私が冒険で使った装備品を見せてあげます」
「…早く終わらせよう!」
咲楽がそう囁いた途端、葵はやる気になってくれました。
※
猛スピードで宿題を終えた三人。
残った時間で咲楽とキユハは、異世界についてを葵とつつじに語り聞かせました。
グリフォンやベヒモスといった魔物が生息すること。四つの大国が平和を維持していること。騎士、魔法使い、冒険者などが剣と杖を携え活躍していることなど。
話す内容はポジティブなものだけです。
数年前まで戦争を繰り返していたことや、咲楽が辛い思いをして憎食みと戦ったことなど、ネガティブな内容は避けて話しました。
そうこう話していると、あっと言う間に日が沈みます。
「貴重な知見を得られました」
「いや~楽しかった!」
つつじと葵は玄関の前で満足げに微笑みました。
「次に会う時は学校でですね」
「またね、咲楽ちゃん」
「はい!」
咲楽は笑顔で二人を見送ります。
「…」
キユハはどう声をかけるべきか悩みました。自分は異世界人なので、再会の保証が出来ないからです。
「それではまた、キユハさん」
「また異世界のこと、いろいろ教えてね!」
「…!」
そんなキユハとは裏腹に、気楽に再会の約束をする葵とつつじ。
「……またな」
迷いながらもキユハは照れくさそうに手を振って答えました。
「…大変なことになりましたね~」
二人を見送り肩の力を抜く咲楽。
キユハも一息つきます。
「不覚、僕の落ち度であることは認めるよ…悪かったな」
「いえ…私が油断しすぎただけですよ」
お互いに反省する二人。
今日の出来事が今後の物語でどのような影響を及ぼすのか、今の二人には想像も出来ません。
「地球に来てみてどうでした?」
「…」
地球での用事を一通り済ませ、咲楽は改まってキユハに感想を求めます。
「上々……悪くない世界だった」
「それは良かったです」
キユハの初めての地球旅行は大満足の結果となりました。