第112話 【つつじと葵①】 □
キユハが地球にやってきて二日目。
ピンポーン
咲楽の家のインターホンが鳴りました。
勉強会の約束をした時間ピッタリです。
「来たかな…用意はいいですか?キユハちゃん」
咲楽は友達を迎えに行く前に、キユハに確認します。
「無論、大丈夫だよ」
椅子に座って本を読みながら適当に手を振って答えるキユハ。余裕そうに見えますが、キユハが内心穏やかではないことを咲楽は知っています。
ですがキユハが見栄を張っているのなら、咲楽も野暮なことは言いません。
「じゃあ招待してきますね」
咲楽は自室を出て友達を迎えに行きます。
「はーい」
玄関の扉を開けると、随分と久しぶりな再会に感じる二人の友人がいました。
「やっほー咲楽ちゃん」
元気に挨拶をする短髪の少女、向日葵。
見るからに体育会系の活発な容姿。太陽を擬人化させたような陽気で元気な雰囲気は、一緒にいるだけで賑やかな気分にさせてくれます。
「ごきげんよう、咲楽さん」
そして礼儀正しく挨拶する髪を左右に束ねた少女、雨宮つつじ。
こちらは葵とは正反対の文科系、絵に描いたような真面目な優等生です。その気品溢れる彼女と対峙すれば、背筋を立てずにはいられなくなります。
どちらも華岡学校で出会った、咲楽の大切な友達です。
「いらっしゃ~い、どうぞどうぞ」
「お邪魔しまーす!」
「お邪魔します」
咲楽は二人を中に招き入れました。
「そうだ、恋ちゃん今日は仕事で来れないって」
葵は玄関で靴を脱ぎながら咲楽に伝えます。
恋ちゃんこと泉恋花は咲楽と仲良くなった三人目の友達の名前です。
「学生タレントは大変ですね」
残念そうにするつつじ。
しかし咲楽にとって、恋花の欠席は今回に限っては好都合でした。
「あの…私の方からも伝えたいことがあります。実は今、外国の友達が家に来てるんです」
「それは初耳です…いつそんな予定を?」
「昨日、急遽決まったことです」
「…相変わらず行動が唐突ですよ、咲楽さんは」
つつじは呆れたように苦笑します。
咲楽が唐突にしでかす行為は、今に始まったことではありません。学校での咲楽も行く先々でトラブルを起こし、クラスメイトを湧かせ誰からにでも好かれる。どっちの世界でも咲楽の役どころは同じなのです。
「その子、日本語は問題ないのですがちょっと内気な子でして…仲間に入れてもいいですか?」
「もちろん大丈夫!内気な子の相手は慣れてるから」
葵が迷うことなく胸を張って答えてくれました。
※
二人を自分の部屋に案内した咲楽。
「紹介します。こちらがキユハちゃんです」
部屋の中にいるキユハを紹介すると、葵とつつじは丁寧にお辞儀をしました。
「どうもー私は葵だよ」
「初めまして、キユハさん。雨宮つつじと申します」
キユハも小さいお辞儀で返します。
「……どうも」
まだ愛想良く他人と接することの出来ないキユハ。ですが二人はそんなことで気分を害するような狭量ではありません。
「キユハさん、歳はいくつ?」
「…十四」
「私たちより一つ歳上ですね」
「運動と本、どっちが好き!?」
「…本」
「でしたら私と気が合います」
「ちぇー」
良い感じで会話を弾ませる三人。
その様子を見て咲楽は一安心します。
「じゃあ私、お茶を持ってきますね~」
三人を部屋に置いて咲楽は台所に向かいました。
「キユハさんは外国人なんだよね、どこから来たの?」
咲楽がいなくなっても質問を続ける葵。
「聞いても知らないくらい、遠い国だよ」
「へぇ~…もしかして咲楽ちゃんの言ってた異世界とか?」
葵は軽いジョークを投げかけます。
勉強会を約束する時、咲楽がにゃいんのやり取りで異世界という単語を使っていたからでしょう。まさしくジョークに相応しい、中身のない内容です。
「?」
しかし、キユハはまったく別の捉え方をしていました。
(サクラはこの二人に異世界のこと、全て話してるのか?)
異世界に関する情報を秘密にしていますが、それはあくまで公での話です。
自分やリアのように、この世界の友人には事情を全て話しているかもしれない。キユハはそう判断してしまいました。
「うん…こことは別の世界から来た」
「お、思ったよりノリがいい人だね」
葵はこの冗談にキユハが乗ってくれたと勘違いしている模様。
「じゃあ魔法とか使えるの?」
冗談には冗談で返す葵。
そしてキユハは、本気には本気で返します。
「まぁ…」
キユハは懐から精霊石を取り出しました。
(そういえばこの世界で魔法って使えるのかな…未知、未到)
※
「お茶持ってきましたよ~」
咲楽はお茶とお母さん特製焼き菓子、新鮮な苺を持って部屋に戻ります。
“吹け”
ヒュウ…
部屋の扉を開けると、窓を開けていないにも関わらず不自然な風が部屋から流れ込んできました。
「おおお…!本当に風が吹いてる」
「このような小さな石のどこから…?」
目の前で起きている非科学的な現象に驚愕する葵とつつじ。
「精霊石に内包された魔力が回復しない。確信、本当にチキュウには精霊が存在しないんだ」
キユハは精霊石を掲げながら魔力の調査結果を呟きます。
「魔力…精霊…!ファンタジーっぽい!」
「そんな……でも否定する根拠が…」
未知の出来事を目の当たりにした地球人二人、その反応はそれぞれでした。
その光景を見て茫然とする咲楽。
「キユハちゃん!?」
「え?」