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第111話 【地球の約束】




 キユハは生まれて初めてお風呂を体験しました。


「良い香りになりましたね、キユハちゃん」


「…」


 咲楽の手で隅々まで洗われ、今のキユハは綺麗さっぱりです。


「………僕も丸くなったな」


 今の自分を見てしみじみと思うキユハ。

 誰かに無防備な姿をさらし、されるがままに身を委ねる。そんなことは咲楽と出会う前まで、ずっと一人で生きてきたキユハなら絶対にあり得ないことでした。


「確かに食べ過ぎでお腹が丸くなってますね~」


 そんなキユハの心境にも気付かず、どこまでも能天気な咲楽。


「些事…それより、今後の予定は決まってるのか?」


 キユハは部屋の中を物色しながら咲楽に尋ねます。


「明日は午前中に買い物を済ませて、プレザントに戻るのは午後の予定です」


 咲楽は予定の書かれた手帳を手に取り中を確認します。本日は図書館で本を集めたので、後は食材や調理器具などの生活用品を用意するだけです。


(プレザントに戻ったら、すぐにでもゴブリンの交渉に行かないと…忙しないなぁ)


 リアから教えてもらった、五日後に騎士団で行われるゴブリン掃討作戦。その作戦が始まる前に、ゴブリンに土地を移動するよう交渉しなければいけません。

 他にも忘れている予定がないか、咲楽は手帳を捲りました。


『葵ちゃんとみんなで勉強会。』


「あ…!」


 手帳に書かれた一文を見て、咲楽は慌ててスマホを確認します。

 ハルカナ王国滞在中、地球に戻って苺を食べていた時。にゃいんで友達と勉強会の約束をしていたことを思い出したのです。


「なに?」


「明日、友達と勉強会をする予定だったんです」


「この世界の…サクラの仲間か」


「どうしようかな…」


 地球とプレザントの事情が入り乱れ混乱する咲楽。


「……キユハちゃん、ちょっと予定変更です。プレザントに帰るのは明日の午後ではなく、明後日の午前にしましょう」


 咲楽は地球の滞在期間を伸ばし、友達との約束を果たすことを優先しました。


「じゃあ、僕は一人であっちに帰ってた方がいいか?」


「そっか…それもいいですね」


 勉強会はキユハにとって関係のない事なので、キユハだけ先にプレザントへ帰還する手もあります。


「女神様~」


 咲楽は食べきれなかった夕ご飯がお供えされた女神像に声をかけます。


『ん……話は聞いていました』


 咲楽の呼びかけに、女神様は少し間を開けてから答えてくれました。


『すみません。帰還する時は二人揃ってでお願いします』


「一緒の方がいいんですか?」


『まだ神力の多用は避けたく、複数人の場合は同時に行いたいのです』


 どうやら転移は個別よりもいっぺんの方が神力の効率が良いようです。


「そうですか…じゃあ勉強会が終わるまで、キユハちゃんは家で待機しててもらえます?」


「別にいいけど。まだ学びたいことは山ほどあるし」


 そう言いながらキユハは本棚の本を抜き取ります。滞在期間が延びることは、キユハにとっても有益なことでした。


「良かったら私の友達を紹介しましょうか?」


「………」


 咲楽の何気ない提案に、無言で悩むキユハ。

 過去のキユハなら二つ返事で拒否していたでしょう。しかし今のキユハは、咲楽が住む世界で顔見知りを作っておくことも悪くないと考えていました。


 今の咲楽のように。


「これも経験か…顔くらいは合わせてみる」


「じゃあ明日の予定は決定ですね」


 話が一段落つくと、咲楽は大きな欠伸をします。


「明日は今日以上に忙しくなるので、早めに寝ておきましょうか」


「ん…」





 キユハは咲楽のベッドで一緒に寝ることになりました。

 どうして添い寝することになったのか一瞬だけ疑問に思うキユハでしたが、お風呂を経験した後ではどんなことも些細に思えてしまいます。


「寝心地はどうですか?」


「悪くない…」


「まさか地球でキユハちゃんと一夜を過ごせるなんて…あの頃では想像も出来ませんでした」


「そりゃそうだ」


「出会ってから今日まで、本当にいろいろありましたからね」


「これからもいろいろするんだろ」


「はい。一緒にプレザントを楽しい世界に変えちゃいましょう」


「大袈裟、無茶苦茶……でも、サクラなら変えれそうだな」


 早めに寝ようと言いつつ、二人はベッドの上で雑談を続けます。


「………すう」


 そして先に寝息を立てたのは咲楽でした。


「…」


 咲楽の寝顔を伺うキユハ。

 未知の世界で様々な体験をし、かつてない疲労で眠気は十分あります。それなのにキユハはなかなか寝付けないでいました。


「僕は、浮かれているのか?」


 地球に来てから静まることのない鼓動と高揚感、それらがキユハの意識を覚醒させてしまうのです。キユハは心の底から異世界転移を楽しんでいました。

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