第109話 【界外留学生キユハさん②】
華岡図書館。
それは咲楽の自宅から徒歩三分にある図書館です。
館内は広々としており、無駄に高い天井の解放感は圧巻。木造建築であるこの図書館は、中に入ると温かみのある木々の香りが感じられます。この落ち着いた空間で勉学に励めば捗ること間違いなしです。
「うーん…」
本棚から本を抜き取り、咲楽は唸ります。
華岡図書館の貸出上限は五冊まで。今後の旅を考慮しつつ、必要な本を選び抜かなければなりません。
(夏の牡鹿は栄養豊富で美味しい……ジビエにも旬ってあるんだ。美味しいパンの焼き方……一次発酵に温度とか、いろいろ難しいんだよね。食材で作る旨味……ブイヨンとかならプレザントの食材だけで作れるかも。精進料理……お肉の代わりに大豆を使ってるんだ)
料理全般の本を片っ端から読み漁っている咲楽。どうして料理の知識を優先しているのか、それは咲楽が次に向かう街に理由がありました。
(機関車の本も借りておこうかな。魔物問題が解決したら旅行案も進められるかもだし)
こうして借りる本を決めた咲楽は、キユハを探しに館内を歩き回ります。
(キユハちゃんどこかな)
図書館に入るなり、フラフラとどこかへ消えていったキユハ。取りあえず咲楽は学生参考書がまとめられたコーナーに向かいます。
(……いた)
咲楽の予想通り、キユハは理科関連の参考書コーナーで立ち読みしていました。
「キユハちゃん、どうですか?」
「………」
咲楽の言葉にキユハは反応しません。
キユハはとんでもない速度と集中力で本を読み漁っています。
「そろそろ帰りますよ~」
「………」
「…」
声をかけても反応しないので、咲楽はキユハの頬を優しくつまみました。
「…あんだよ」
不服そうに本から顔を上げるキユハ。
「暗くなる前に帰りましょう」
「保留、時間を止めといて」
「そんな器用な時間停止、出来ませんよ。それに今日中に全ての本を読むなんて無理ですから」
「む…」
キユハは苦悶の表情を浮かべながら、途方もない本の山を見上げます。
「貸出できる本は五冊までですから、決めといてくださいね」
「……苦渋、辛辣」
※
借りた本を手提げに詰め、帰路についた咲楽とキユハ。
途中通りかかった和菓子屋に寄り、アクリのお土産もしっかり購入。家を出てからずっと立ちっぱなし歩きっぱなしだったので、二人は公園のベンチに座り休憩をとることにしました。
桜の木が公園を綺麗な桃色に染めています。
「…公園っていったか。不思議な物が設置されてるな」
物珍しそうに辺りを見回すキユハ。
「子供の遊び道具ですよ」
公園では子供たちが、滑り台やシーソーといったありふれた遊具で遊んでいました。プレザントでは決して見られない平和な光景です。
「あ、キユハちゃん。空を見てください」
咲楽は徐に空を指さします。
空の遥か遠くでは、一機の飛行機が夕焼けの空に雲を描いていました。
「あれが前の旅で話した空飛ぶ乗り物、飛行機です。あそこに大勢の人が乗ってるんですよ」
「………」
キユハは考えてから口を開くタイプの性格です。地球に来てから考えることばかりで、なかなか口を開けないでいました。
「どうです?地球の感想は」
そんなキユハに地球の感想を尋ねる咲楽。
「…脱帽。魔法がないから文明低いと思ってたけど、遅れているのは僕らの世界だったようだな」
図書館の本に然り、キユハは地球に来てから驚嘆しっぱなしです。
「見聞が広まった…悪くない」
「それは良かった」
嬉しい感想が聞けた咲楽は、紙袋から和菓子屋で買ったお饅頭を取り出しキユハに差し出します。
「和菓子屋で買ったミニさくら餅です、食べてみてください」
「さくら…?」
一口サイズのお饅頭を受け取ったキユハは、それを口に放り込みました。
「………あまうま」
プレザントでは絶対に味わえない優しい甘みは、頭を使って疲れていたキユハの空腹を優しく宥めてくれます。
「キユハちゃんにはいろいろな料理の試食に協力してもらいますよ」
「なんで…?」
「プレザント人の食の好みを知りたいからです」
「好み?」
咲楽の意図が読めず首を傾げるキユハ。
「次に向かう街、ソエルって料理がいろいろ酷かったじゃないですか」
咲楽は前の旅での出来事を思い返します。
プレザントに存在する四つの勢力には多種多様な文化が根付いており、その世界観はまるで違うものでした。ギルドの街ソエルは、ハルカナ王国とは全く違う異世界なのです。
「…同意、肯定。僕からしても、ソエルの食文化には抵抗がある。ソエルに住んでるナキやクスタも貶してたし」
プレザント人であるキユハですら、思わず否定したくなるソエルの食文化。そんな悪い食文化ですが、逆に考えれば美味しい料理の一つで革命を起こし得るということです。
「だから私が料理の力で、ソエルに美味しい食文化を広めようと思います」
咲楽は自分の特技である料理の力で、ソエルを国おこしさせる魂胆です。
ハルカナ王国でも料理を流行らせれば国おこしが望めたのかもしれません。ですが各国の欠点を見極め、それぞれの有効な手段を見定めることも肝心。ハルカナにはゲーム、ソエルでは料理、それが咲楽の見解でした。
「帰ったらお母さんがいろんな料理を用意してると思うので、楽しみにしててください」
「これも経験か……承知」
キユハは面倒くさそうにしていますが、その表情には薄っすらと笑みを浮かべています。