第105話 【出発と拠点確認】
移動拠点グランタートルを完成させ出発の準備は万端。咲楽は拠点の正面に立ち、手を前に掲げました。
「それでは、出発しましょう!」
意気揚々と咲楽が出発の合図を出すと、グランタートルのグラタンが足を前に出します。
のし…
……
のし…
……
「…遅いですね」
その動きは、非情に緩やかです。
「背中を揺らさず大地は壊さずゆっくりと…それがグランタートルだからね」
隣にいるノームがグランタートルの性質を解説してくれます。
「巨体だから感覚が狂うけど、サクラが歩くよりは早く進んでるんだよ。サクラの目的地までは…十日くらいで着くかな」
「なるほど…十日ですか」
次の目的地であるギルドの街ソエルの到着はまだ先、この移動時間を無駄にする手はありません。早速、咲楽は拠点での活動を始めます。
※
まず荷物を持って宿の中に入る咲楽。
「あ、サクラお姉ちゃん」
中でアクリが咲楽を迎えてくれました。
「宿の中はどうでした?」
「サクラお姉ちゃんがハルカナ王国で泊ってた宿屋に似てたよ。二階と三階にそれぞれ寝泊まり用の個室があった」
アクリは先に宿の探索を済ませていたようです。
一階は広々とした広間となっており、台所に机と椅子、さらに宿屋には無かった暖炉までついていました。二階と三階は各階ごとに六部屋の個室があり、合わせて十二部屋もあります。
「じゃあ私とアクリちゃんは二階の部屋を寝泊まりに使いましょうか」
「うん。キユハ様は?」
「キユハちゃんは自分の研究所があるので、こっちは使わないでしょう。もう引きこもって研究に没頭しているみたいですし…」
「ああー」
「アクリちゃんも到着は十日後らしいので、それまで好きにしてていいですよ」
「う、うん」
次の街に向かうまでの道中は自由時間です。
キユハは魔法研究、咲楽は諸々の事情で多忙。アクリはそんな二人を見習い、この旅で自分のすべきことを探すことから始まるでしょう。
「では早速…私は角部屋を頂きますね~」
「あ、じゃあ私は向かいの部屋…!」
咲楽とアクリは自分の部屋を決め、階段を上がって二階角部屋の個室に入ります。
室内はやや狭くベッドにクローゼットと最低限の物が揃っているだけ、地球にあるビジネスホテルのような簡素なものでした。
「まずは軽く整理整頓しますか」
咲楽は荷物を解き、衣類などはクローゼットにしまい、通貨や身分証などの貴重品を棚に収納します。
「女神様の像はここに置きましょう」
地球とプレザントを繋ぐ架け橋である小さな女神像は、日光が当たる窓際の机にお供えしました。
『…どうやら旅が安定したようですね、サクラ』
すると、女神像が薄っすらと発光し室内に声が響きます。
声の主はプレザントを管理する主神にして、咲楽が異世界に迷い込むきっかけを作った女神様です。女神様は女神像を通じて、咲楽の旅を見守ってくれています。
「はい!ノームくんのおかげなので、女神様からも後で労ってあげてください」
『ええ』
「そうだ、女神様。今更な質問なのですが」
『なんでしょう?』
「ここに来るまでの道中“憎食み”を一匹退治したじゃないですか。あれで女神様の感じた憎食みの気配が綺麗さっぱりなくなってたりします?」
憎食みとは負の感情を餌に繁殖する化け物。
今回の旅の最大目標は人々から湧き出る負の感情を地球の娯楽で癒し、世界の裏に潜んでいるであろう憎食みを完全に消し去ることです。
『いえ…まだ残っています』
「そうですか…」
一匹憎食みを倒したくらいで解決するほど、事態は単純ではありません。咲楽の“国おこし作戦”は引き続き継続する必要があるでしょう。
「それと、少ししたら地球に戻ろうと思うのですが…」
『わかりました。戻る時にまた声をかけて下さい』
「はい!」
女神様と会話をしつつ部屋の整理整頓を終えた咲楽。次にすべきことは、地球の物資を補充することです。
「地球に戻る前に、倉庫を見ておかないと」
咲楽は自室を出て倉庫へと向かいました。
宿の隣にある倉庫。
そこには国王が咲楽の旅に必要と判断した物資が大量に詰まっています。中には食材も含まれているので、腐らせて無駄にしないよう念頭に置かなければなりません。
(干し肉に野菜、チーズや香辛料……これだけあればいろいろ料理の試作が出来る)
種類豊富な食材、野外用台所に石窯、目的地に向かって移動してくれる拠点。この環境は料理を試作するには十分すぎるほどの充実ぶりです。
(うーん……私の料理知識だけじゃ限界がありますよね。地球の図書館で本を借りたいな…それと調理器具とかも)
必要な物をメモにまとめ、咲楽は地球に帰る準備を進めます。
※
「それでは作戦会議を開きます」
咲楽は今後についてを話し合うため、キユハとアクリを外の集会所スペースに集めました。
「これからは三人で生活することになるので、一日一回は集まって報告会を開きましょうね。食事の時も集まってみんなでとりましょう」
「細かいな…」
キユハが本を読みながら不満げに呟きます。
「いろいろ慌ただしい旅になると思うので、情報共有はこまめにとりましょう」
メモ帳を捲りながら話を続ける咲楽。
「今日は私、地球に帰って物資などを補充してきます。戻るのは明日のお昼過ぎくらいになると思うので、それまで二人はお留守番をお願いします」
咲楽が地球に戻っている間、地球同様プレザントの時間を止めることも可能です。しかしグランタートルには自分が不在の間でも、目的地に向けて移動していてほしいと考えています。なので咲楽は今後とも、地球の時を止めてもプレザントの時を止めるつもりはありません。
「チキュウ…?」
「…」
アクリとキユハの反応はそれぞれでした。
「何か質問はあります?」
自分の予定を話し終えた咲楽が質問を受け付けます。
「…あの」
「…あのさぁ」
同時に手を上げる二人。
「あ…キユハ様。先にどうぞ」
「いや、僕の話は長い。先にそっちを済ませて」
「えっと…」
「あと僕は身分を隠してるから、様はいらない」
「は、はい」
英雄キユハとは圧倒的な立場差があるアクリは緊張気味で、子供に気の利いた言葉を選べないキユハはぎこちない様子。
とても初々しいコンビです。
「ではアクリちゃん、先にどうぞ」
そんな両者を取り持つ咲楽。
キユハに遠慮しつつ、アクリは恐る恐る口を開きます。
「じゃあその……すごく、今更な質問なんだけど…」
「はい」
「…サクラお姉ちゃんって、何者なの?」
「…」
アクリが口にした疑問は、本当に今更なものでした。