第101話 【華護庭の結成】
アクリのお母さんとの面談も終え、宿屋に戻ってきた咲楽一行。
「それでは作戦会議を始めます」
咲楽、キユハ、アクリは椅子に座って今後の旅についての作戦会議を始めます。
まず咲楽から話すことは二つ。次の目的地がギルドの街ソエルであること、そして移動には亀の魔物“グランタートル”を利用することです。
「…魔物に家を載せて旅?」
まずキユハが疑問点を上げます。
「はい。快適な旅にしたいので、グランタートルという亀の背中に乗せてもらうことになりました」
「不可解、いつから魔物の仲間なんて作ったの?」
咲楽と魔物に繋がりがあることは、今までずっと言及されなかったことでした。
「そういえばサクラお姉ちゃん、グリフォンとも仲良しだったよね」
便乗してアクリも口を挟みます。
「えっと…精霊さんが紹介してくれたんです。今回は思い切って交友関係を広げようと思いまして、魔物とも仲良くなりたいなーと…」
魔物同盟の件を伏せつつ、話をでっち上げる咲楽。
「ふ-ん…まあいいや」
今回の旅で咲楽に何か秘密があることをキユハは感づいていましたが、この場では言及せず話を前に進めます。
「じゃあ僕の研究所もその亀に載せられる?」
「え、載せるんですか?」
「産業区から引っ越せ引っ越せってうるさいから、引っ越す」
「大胆なお引越しですね…」
悪魔の子として虐げられてきた過去を象徴するかのように、産業区の外れに追いやられたキユハの小さな研究所。それを建物ごと引っ越すつもりのようです。
「そうですね、あれくらいの小屋なら大丈夫だと思いますよ」
「荷物をまとめる意味なかったな…無駄」
不満げに持ってきた荷物を蹴るキユハ。
「でもキユハちゃんの研究所だけだと不便ですよね。寝泊まりできる宿みたいな建物があればいいのですが…」
「それなら良い提案があるぞ」
すると国王が咲楽たちの会話に入ります。
「西の辺境に使われなくなった建物がある。それを持っていくがよい」
「え、いいんですか?」
「元は駐屯地だったのだが、終戦してから用済みとなり取り壊しの要請もきていた。持って行ってくれるなら助かる」
「じゃあ貰います!」
「なら近場の組合に伝え明後日までに建物の整備、物資の補充をさせておこう」
咲楽の旅を積極的に支援する国王。
これで旅に必要な物は大方揃うでしょう。
「それとアクリよ」
「は、はい!?」
国王に名指しされびくっと体を震わせるアクリ。
偉い人たちに囲まれる状況に慣れてきたアクリですが、流石にまだ国王との対面は緊張してしまいます。
「我はサクラを守護する秘密組織を立ち上げるつもりだ。アクリにはその組織の成員集めを一任したい」
「秘密…組織?」
「サクラの剣となり盾となる組織…名を“華護庭”と呼称する!」
高らかと宣言する国王。
今回の旅で咲楽と深く関わった者、咲楽を覚えている者を集めて護衛組織を作るつもりのようです。
「これが会員証だ」
国王はアクリに一枚の札を渡します。
その会員証には「秘密組織“華護庭”はある人物を護衛する秘密組織である。この証を持つ者にはハルカナ王国内で隊長相当官の権限を持つ」と書かれていました。
「…」
会員証の内容を見たアクリは凍りつきます。
この組織に所属することで、アクリは隊長クラスの権限を手にしてしまったのです。その気になればこの権限で、ハルカナ王国の騎士を自由に動かすことも可能でしょう。
「この会員証はリンゼとファフィにも渡しておる。テオールには間に合わず渡せなかったからな、フリムで再会した際に渡しておいてくれ」
「え…えっと…」
「他にもソエル、セコイア、フリムには、英雄以外にもサクラに忠誠を誓う仲間たちがいるはずだ。その者らを勧誘してもらえないか?」
「…私がですか?」
「サクラの旅に同行する、アクリだからこそ頼めるのだ」
「…」
自分にしか出来ない重要な任務。
アクリは責任感を感じつつ、自分が特別な存在であることを再認識します。
「はい!お任せください!」
アクリは覚悟を決め、その任務を引き受けました。
現状の構成員はナスノ、ゼルス、クロバ、リンゼガード、ファフゥ、アクリ、国王の七名だけです。アクリが咲楽と共に世界を一周した頃には、どれ程の組織に成長しているのか…今のアクリには想像もできないでしょう。
「サクラよ。今回の旅で“華護庭”を大いに役立ててくれ」
「は、はい」
国王のテンションにやや押され気味の咲楽。
そんな様子をリアとキユハは他人事のように眺めています。
「…国王様、サクラが来てからずっと生き生きしてるね」
「前回の旅では大して役にたってないから、今回は必死なんだろ。その組織に僕ら英雄を入れない辺り、露骨、顕著」
「今回のサクラの旅は国王様に活躍の場があるからね」
「逆に今回は英雄の力なんて、必要ないのかもな」
「そうはいかないだろ…キユハはサクラの護衛、しっかり頼むぞ」
リアがキユハの背中をポンと叩き、キユハは面倒くさそうに短くなった髪を弄ります。
「サクラ」
「はい?」
「これあげる」
キユハは咲楽に向かって何かを投げ渡しました。それはいつぞや咲楽が返却した、ゴーレムを呼び出せるキユハ特製精霊石のネックレスです。
「ゴーレムの強さを調整した、それでいいだろ」
「…ありがとうございます!」
今度の咲楽は素直にネックレスを受け取り、自分の首にかけます。
「それと国王」
次に国王へと目を向けるキユハ。
「うむ?」
「大会の賞品に使う精霊石、追加で渡した分が最後だと思えよ」
「……ああ、ファフィにもそう伝えておく」
今後もチェス大会は盛大に行われる予定です。
賞品の品質を下げるわけにはいかないので、キユハはAランクの精霊石を大量に士官学校へ寄付していました。
しかしこれが最後の寄付、在庫がなくなるまでに魔法研究会は複製技術を向上させておけ…そんなキユハの意図が感じ取れます。
「我らも英雄陣営に負けてはいられぬ」
やはり英雄の存在は絶大です。そんな英雄の活躍と張り合うために、国王は“華護庭”を結成したのかもしれません。
「さて…話し合いはここまでですね。出発は明後日です」
咲楽の号令で本日の作戦会議は終了。
旅の再会は明後日となりました。