第100話 【アクリの物語】
「サクラ殿、提案があるのですが」
国王たちの話し合いが終わったところを見計らい、ナスノがアクリを連れて咲楽の元に近寄ります。
「なんですか?」
「サクラ殿の旅に、このアクリを同行させてみてはどうです?」
「…え?」
またしても予想外な提案に、咲楽はキユハの髪を整える手を止めました。
「本人の希望ですよ。アクリは士官学校の入学が決まっています。まだ入学する年齢に達していませんので、飛び級入学させるか個人的に鍛錬を積ませる予定だったのですが……サクラ殿の旅に同行させた方が得難い経験を得られると思うのですよ」
ナスノが事情を説明してくれます。
「一緒に行きたいんですか?」
本人の意思を確認する咲楽。
「えっと……うん」
アクリは歯切れの悪い返事をしました。
「本当に大丈夫ですか?しばらくハルカナ王国に帰れませんよ」
アクリの実力は大人顔負けですが、まだまだ子供。この世界では七歳の子供ですら冒険者として活動できますが、地球の価値観を持つ咲楽からすればとても賛同できるものではありません。
「その……一緒に行きたい気持ちはあるけど、お母さんが病気だから心配なんだ…」
「う~ん…」
アクリは迷いを口にし、咲楽は唸ります。
ハルカナ王国に病弱の母を残して幼いアクリを長旅に付き合わせる。とてもではありませんが咲楽は同意できません。
「…アクリの母君はどのようなお仕事を?」
そこでナスノが口を挟みます。
「えっと、薬師です」
「ほう?」
アクリがそう答えると、何かに気付いたような反応を見せるナスノ。
「国王様」
「うむ?なんだナスノ」
「士官学校の新しい分野の候補に“薬学”がありましたよね」
「ふむ…リンゼが提案していたな。終戦後、騎士団の戦う相手は人間から魔物に変わる。魔物の爪や角、血液や内臓は薬学に精通している。薬学の知識を導入すれば今後の魔物討伐で有意義に活用できるだろう」
「その講師はまだ決まってませんよね」
「まだ募集もかけていないからな」
「それでしたらアクリの母君を講師として招くのは如何でしょう?」
「ふむ………その者の知識量にもよるがな」
咲楽は二人の会話を聞いて、ナスノの魂胆を理解します。対してアクリは訳がわからず困惑していました。
「ではアクリの母君と面会してみるか、今すぐ」
国王が立ち上がります。
※
「こ、こ…こちらが…店内で取り扱っている薬品になります…!」
アクリのお母さんが緊張した面持ちで資料の束を国王に差し出します。
ここはアクリのお母さんが経営する薬屋です。
薬を擦りながら店番をしていたアクリのお母さん。そんないつもの日常に飛び込んできたとんでもないお客様。
ハルカナ王国国王と、騎士団最強の男女で知られるリアとナスノ。咲楽とアクリも同行していますが、二人のことがどうでもよくなるほどアクリのお母さんは動揺していました。
「うむ、見させてもらうぞ」
国王は差し出された資料を受け取り目を通し始めます。
「…市販の物は一通り揃っていますね」
店内の薬品を見回すナスノ。
急に家宅捜索が始まり、アクリのお母さんは全力でアクリを手招きしています。
「ちょっとアクリ!なんで国王様と騎士隊長様が揃って来るの!?あなた何やったの!?」
「ええっと…」
小声でアクリを問い詰めるお母さん。
アクリも現状をよく理解していないので、多くは語れません。
「ふむ…基礎知識はしっかりしているようだな。内容も読みやすい、書き手が積み上げた経験、知識、熱意が伝わってくるようだ」
一通り資料に目を通した国王は、アクリのお母さんへと目を向けます。
「その堅実な知識、是非とも士官学校のために使わせてほしい」
「………………………」
いいかげん説明が必要ということで、ナスノがこれまでの経緯を掻い摘んでアクリのお母さんに説明しました。
………
……
…
「………事情は分かりました。私でよろしければ是非協力させて頂く所存です」
士官学校が薬学の知識を欲していることを知ったアクリのお母さんは、士官学校専属の薬師兼講師となることを承諾します。
「これでお母さんの心配はなくなりましたね、アクリちゃん」
「…!」
咲楽の言葉でアクリは全てを理解しました。
お母さんは居住区のしがない薬屋から、士官区の宮廷薬師に大出世。
これで金銭面での問題は解消。士官学校の中でなら、いつ体調が悪化してもすぐ処置できます。士官学校側が支援してくれれば、お母さんの心配はほぼなくなるでしょう。
「…その、お母さん」
今度はアクリがこれからのことをお母さんに話す番です。
………
……
…
「それで、このサクラお姉ちゃんの旅に同行する話になったんだ」
アクリは一通り事情を話し終え一息つきます。話を聞き終わったアクリのお母さんは、難しい顔で腕を組んでいました。
「あの…大丈夫なのですか?キユハ様が同伴してくださるのは頼もしいですが、アクリはまだ幼いので…」
それは母親として当然の心配でしょう。
「大丈夫ですよ。この若さで汚れた魔物を討伐し、私や騎士隊長が一目置く金の卵ですから」
「え…?」
ナスノが誇らしげにアクリを絶賛していますが、アクリのお母さんは初耳のようなリアクションをしています。
「アクリ、どういうこと?」
「えっと…」
お母さんに詰め寄られアクリは苦悶の表情。
その様子を見た咲楽がハッとします。
「アクリちゃん…まさか今までのこと、何も話してなかったんですか?」
「う…」
どうやら魔物討伐に出ていたこと、汚れた魔物を討伐したこと、士官学校に認められていたこと、その全てを秘密にしていたようです。
「やっぱり…素材採取や魔物解体だけにしては収入が多いと思ったら。魔物討伐はもっと大人になってからって約束したのに」
「ご、ごめんなさい…」
隠し事がバレ泣きそうになるアクリ。
「…そこまで追い詰めていたなんてね」
アクリのお母さんは悲し気に嘆息します。
黙って無茶をしたアクリを叱りつけたい気持ちと、自分が病弱のせいでアクリに無茶をさせてしまった責任。その二つの感情がぶつかり相殺されたような心境でしょう。
「アクリはどうしたい?」
「え…」
「私が不甲斐ないばっかりに、アクリには苦労をかけちゃったからね。でももう大丈夫、あとはアクリの自由に生きなさい。私は黙って背中を押すから」
「………」
アクリは考えました。
自分が本当にしたいことは何か、己の本能と好奇心の赴くままに、自分の中の答えを探します。
「…サクラお姉ちゃんと、旅がしてみたい」
アクリは自分の中の答えを声に出しました。
「よろしい、許可する!」
「…!」
「一人で無茶しないよう気を付けて行ってらっしゃい」
お母さんからの応援に迷いなく頷くアクリ。
そして、咲楽へと目を向けます。
「サクラお姉ちゃん、私を旅に連れてってもらえますか?」
「いいですよ~」
今度はすんなりと受け入れる咲楽。
もはや断る理由は見つかりません。
これで咲楽の旅に二人目の仲間が追加されました。
「娘をお願いします」
咲楽に深々と頭を下げるアクリのお母さん。
「お任せください!」
“ヒール”
咲楽は返事と共に、こっそりアクリのお母さんに回復の魔法をかけました。
女神様の魔法は生命を司る力、生命に害する怪我や病気には効果てきめんです。この魔法でアクリのお母さんの病気は少しずつ回復に向かうでしょう。