第99話 【キユハの同行】 □
ノームとの話を終え、咲楽は今後を思案しながら広間に戻ります。
「お、来た来た」
「サクラ!待っていたぞ!」
咲楽が席を外している間に、リアと国王が来訪していました。
「今回のチェス大会の運営、協力に感謝するぞ!」
国王はハイテンションで咲楽を労います。
咲楽はチェス大会には参加せず裏方で動いていました。チェスの規約や新ルールの調整、賞品に使われる精霊石の入荷(主にキユハとの交渉)などが咲楽の担当でした。
「いえいえ、イベントお疲れさまでした」
「サクラには感謝してもしきれない。報酬として財宝を用意しているぞ!」
国王が指さす先には、金銀財宝の山が積まれていました。
「報酬なんていいですよ、私が貰っても持て余しちゃうので。ハルカナ王国でお金に困ることもありませんし」
「サクラの世界でも金は高価だろ?向こうで換金すればよい」
「出所不明の金塊は換金できないので」
「サクラの世界はしっかりしてるのう…」
「それに大会開催は私の願望だったので、お礼なんていりませんよ」
咲楽が報酬を丁重にお断りすると、国王は困ったように髭を撫でます。
「ぐぬぬ…相変わらず欲がないのう。もっと我を親だと思って甘えてもよいのだぞ?」
「そんなこと言われましても…」
設定上の親子となった国王と咲楽。
この親子設定も今後一波乱起きることになるのですが、それはまだ先の物語です。
「それより王様。チェスによる非公式での大会や賭け事は法で禁止にしてもらえます?ギャンブルは私の世界でも悪い文明なので」
念のためにと遊び文化における弊害を心配する咲楽。
「無論だ、そんなことをされては大会の印象が霞む。元より勝負事での取引はハルカナ王国で禁止にしておる」
しかし、いらない心配だったようです。
やんちゃな面を見せても国王は国王、その辺りをしっかり熟知していました。
「サクラ、我らのことは心配しなくてもよい。そして何かあれば遠慮なく頼ってくれ。思うがままにこの世界を楽しむのだ」
咲楽の充実した旅を望む国王。
「…はい」
咲楽は魔物の件を含めいろいろと隠し事をしているので、国王のありがたい配慮に罪悪感を覚えるのでした。
※
咲楽と国王がそうこう話していると、キユハが宿屋に訪問してきました。
「サクラ…」
「あ、キユハちゃん……どうしたんです?その荷物」
キユハは普段なら持ち歩かない大量の荷物を背負っています。
「いつハルカナを出発する?」
「え?えっと…明日か明後日ですが」
「僕も同行するから」
「……………え?」
さらっととんでもない事を言うキユハ。
リアも聞き捨てなりません。
「ちょっと待ってくれキユハ!それなら俺も…」
「待てリア!ナスノとアクリ、しばし席を外してくれぬか?」
リアの言葉を国王が遮ります。
「は、はい!」
「…はい」
国王に指示されアクリとナスノは国王から距離を置きました。そして国王と英雄三人は小声で話し合いを始めます。
「落ち着けリア!新種の憎食みが湧き出ているのだぞ!?あの怪物に対抗できる二人が外に出ては、誰が国を守る!?」
「な、ならキユハが国に残れば…」
「お前は騎士団団長だろう、団長の責務まで放り投げる気か!?」
「…」
ぐうの音も出ないリア。
「リアくん、流石に団長が士官学校を空けたらまずいですよ」
「適材、適所。僕はただの仮研究員だし、ハルカナの守護は足の速いリア一人で十分だろ」
続けて咲楽とキユハも指摘します。誰がどう考えてもリアが外出していい状況ではありません。
「………わかりました」
リアは断腸の思いで引き下がりました。
「でも…キユハちゃんが国を出るって大変ですよね。ソエルやフリムの人もビックリしますよ」
キユハが旅に同行することは咲楽にとって喜ばしいことですが、今のキユハは世界で知らぬ者のいない英雄です。そんな英雄が他の国に入国すれば街中に緊迫感が生まれてしまうでしょう。
その緊迫感は国おこし作戦に差し障るかもしれません。
「面倒…バレないように変装でもするか。記録だと僕って白いローブに長い黒髪だったよな……」
キユハは伸びきった自分の髪をかき上げます。
「リア、ナイフ貸して」
「え?いいけど…」
リアからナイフを受け取るキユハ。
そして…
ザクッ
キユハの長い髪が地面にボサッと落ちます。
「ちょ、キユハちゃん!?」
その光景を見て驚愕する咲楽。
キユハは何の躊躇いもなく断髪しました。
「軽快、後はローブを黒にすれば…」
「キユハちゃん!髪は女の命なんですよ!」
「大袈裟…サクラの世界の命は軽いな」
「そういう意味じゃなくて…ちょっと待っててください」
慌てて自室に戻った咲楽は、櫛と鋏を持ってキユハの背後に回ります。
「まったく、RPGの主人公だって思い悩んでから断髪するのに」
「あーるぴーじー…?なにその爆発しそうな名前」
「ちょっとジッとしててくださいね」
咲楽はキユハの髪を整えます。大胆に断髪したので、かなり短めのヘアースタイルに変わるでしょう。
「…またキユハちゃんと旅が始まるんですね」
「そうだな」
「ふふ…」
思わず笑みをこぼす咲楽。
何はともあれ、咲楽の旅にキユハが加わることになりました。咲楽はキユハの同行が嬉しくて仕方がないのです。
「…」
キユハの表情はいつもの仏頂面ですが、心なしか少し穏やかに見えました。