作戦その1
「おはようございます、お嬢様」
「ああ…ルールーか。びっくりした…。すっかり様になってるね。」
「あまり褒められた気がしませんね」
次の日私はルールーと一緒に教室に向かっていた。
主人と従者としてではなくクラスメイトとして。
あの日その後にアレンとアナスタシア皇女のことを話すと間違いなくそれが原因だろう。ということと、思い思いの解決策を口にすると、とりあえず常に近くで私を護衛する存在をつけたほうがいいという結論に至った。
そこでその護衛の一番の候補に上がったのがルールーだった。従者では行動範囲に限りがあるから不適切だとシリア先輩が反対していたが、ならば生徒にすればいいというキース先輩の一声でその反論は収まった。もちろん学費や入学日はお父様にお願いして払ってもらったし、年齢のことはうまくごまかしておいた。
「ルールーが生徒として私の護衛になるのはいいとして…なぜ男装なの?似合ってはいるけれど…」
そうルールーは女生徒ではなく男子生徒として今この場にいるのだ。
普段メイドとして編み込んでいる長い薄紫色の髪は今は男子として違和感がない程度に切りそろえられ、後ろで一つにまとめている。もともと美人な顔立ちなので男子生徒の服を身につけている今は低身長なのも相まってはかなげな美少年といった印象だ。
「それは…わた…僕が、お嬢様の護衛としている以上、相手方になめられないためなのと、女より男のほうが動きやすいことも多いからです」
ルールーは少し恥ずかしそうにそう語った。確かにこの国はもうだいぶ薄まったけど男尊女卑の考え方をする連中がいないとも限らないから、男子としているほうが動きやすいというのは納得ができた。
相手になめられるかどうかという点においては今のほうがはかなげな印象になった分、むしろ逆効果な気がするのも否めなかったが、本人が一生懸命頑張りましたと頬を赤らめながらいうのでいいだしずらくなってしまった。
教室に入ると以前と変わらず何とも言えない冷たい視線で多くのクラスメイトちらりと視線を飛ばされたが、少し依然と違って見えた。恐らくルールーがいるおかげだろう教室のあちこちから令嬢たちの色めきだった歓声がひそひそと聞こえてくる。ルールー本人も先ほどまでの恥じらっていた表情はどこへ行ったのか、今は凛とした顔で少し目を伏せている。
恐らく自分がどのように周りに映っているのかをしっかり自覚しているのだろう。厳かに凛とすました表情のルールーはそこら辺の女子生徒と比べても圧倒的に美しかった。
「お嬢様…例のアレン様はどちらでしょうか」
「アレンは…ほらあの一番前のあそこに座ってる人だよ。」
ルールーは私がこっそり教えたほうを確認すると「ふむ」と少し考えるような仕草をした。
「どうかしたの?」
「あぁ…いえ、僕の勘違いでした。何でもありません行きましょうか」
「うん」
私たちは何気ない素振りでアレンがいる席の近くに移動する。アレンはまだ朝ということもあり、先ほどまではかろうじて起きていたはずだが今は机に突っ伏して気絶したように居眠りしている。
「アレン、おはよう」
「んー…」
私が声をかけても肩を思いっきり揺さぶっても全く目を覚ます気配がない。だんだんとルールーの顔も曇ってきた。
「お嬢様、少し失礼します…『エヴィーギレア!』」
突然ルールーが杖を取り出してそうつぶやいた。するとルールーの杖の先から白銀の光が飛び出して、アレンの体を包み込んだ。
とても幻想的な光景だけど、ルールーが何をしだしたのか全く理解できなかった。
「ちょっとルールー急に何してるの!」
「…彼は何者かによって眠らされています。早急に起こさなくてはいけません。申し訳ありませんがもう少し威力をあげます。お嬢様は僕の魔力に充てられないよう気を付けてください。」
「ええ?!」
ルールーはそういうとぎりっと歯ぎしりをした。するとルールーの勢いに呼応するかのようにアレンを包み込む白銀の輝きが一層強くなった。
周りのクラスメイトもさすがに何かあったのかと悟ったらしくルールーの杖の先とアレンとを交互にまぶしそうに傍観している。
「ん…えぁ?」
「アレン!」
ルールーの杖の先から白銀の光が消え去るとアレンがうっすらと目を持ち上げた。
どうやら本当に誰かに眠らされていたようだ。おおよそ誰が予想がつく。私にアレンと話してほしくなかったのだろう。
ルールーはアレンが目を覚ましたのを確認すると素早い手つきで杖を懐に直してさも何事もなかったかのようにすんと静かに立っていた。その後まもなくアレンが完全に覚醒した。
どうやらルールーは自分がアレンに対して魔法を放ったのをアレン本人に悟られたくないようだった。
「ん…なんだって…おわ!!なんでお前がここにいるんだよ!俺がせっかく忠告してやったってのに。
それに…そっちの…そいつは?またどっかの貴族家のぼっちゃんか?」
アレンがじとりとルールーの方を見てボヤいた。
まあ、無理もない。今のルールーはどこからどう見ても上流階級の子息といった見た目で優雅さすら兼ね揃えていたから。
しかし当の本人はそんなアレンの視線を諸共せずにニコリと笑って口を開いた。
「僕はお嬢様の護衛のルディと申します。護衛ですがアレン様やお嬢様と同じく学生です。これからよろしくお願いします。」
ルディとは一体誰のことだろうと考えたけれど、どうやらルールーの偽名、つまり男装時の名前らしかった。
急にルールーが偽名を名乗るのでびっくりしたけれど、よくよく考えたらむしろ偽名を名乗るのが当たり前な気がした。ルールーという名前はもともとメイドや女性の使用人に付けられるような名前だから
今のルールーにその名前は完全に不適切である。ルディという名前のほうが断然イメージに合っていた。
そんな事情はつゆ知らず、アレンはルールー、もといルディを数秒吟味するように眺めるとすぐに興味が失せたようで私のほうに向きなおった。
「ふーん。あっそ、で?世間知らずのお嬢様はなんで俺にまた話しかけてるわけ?
俺はさんざん忠告したよな?まさかとは思うがその女みてーななよっちい護衛が一人ついたからもう大丈夫だ。なんて、言わないよな?」
アレンの目はとても厳しかった。きっと私が何の対策もせずに話しかけてきたんだと思ったんだろう。
「私がそんなに間抜けに見える?それにルーr…ルディはとっても強い護衛なんだから。」
「ああ、十分間抜けに見える。少なくとも間抜けじゃない奴はあんな風に俺の隣に初日から座りにいかないだろ」
とにかく彼が私の評価を変えてくれそうにないことは明らかだった。さすがのルールーも我慢の限界だとばかりに陰でプルプルと震えている。
お願いだからアレンに怒らないで、とルールーに念じながら私は会話を続ける。
「とにかく私には策がある。ルディ以外にも私の味方はいっぱいいるのよ。とにかく詳しいことを話したいから、今から一緒に授業抜けてくれない?」
「いや…授業抜けんのは無理だろ…次の授業、魔法薬学だぞ?魔法薬学のベルセルク先生は絶対に抜けるなんて許してくれねーだろ。無断欠席がばれたら補修を受けなきゃならない。俺はそんな危ない橋には乗りたくないね。」
アレンはそう早口でまくし立てるとまるで見せつけるようにひらひらと魔法薬学の教科書を私の前で振り出した。アレンの言い分はごもっともだ。だけど大丈夫。その対策もしっかりとっている。
「アレン様、これを。」
ルールーがしてやったりという顔で一枚の髪をアレンに見せた。
ルールーが取り出した紙は古い羊皮紙で青のインクで許可証と書かれている。
「これは…このインクはベルセルク先生が独自開発した『契りのインク』…しかも許可証って…
どうやってこれを入手したんだ?」
そう、これは許可証だ。この授業を抜けるためにわざわざベルセルク先生本人に発行してもらったのだ。
アレンもそのことにはこの青インクの独特のにおいから察しているらしく、驚嘆してまじまじと契約書を眺めている。
「いえ…僕が個人的に所有している白烏の尾羽の話をベルセルク先生にお話ししたところ、大変興味を示されたようなので、この許可証との交換という条件でお譲りしたんです。きちんと魔晶記録機で現地も取れていますよ。ご心配なく」
ルールーが今の姿にそぐわない何ともいじらしい笑顔でにやりと口角をあげるとアレンはぽかんと口を開けて固まるのをやめて下を向いてくつくつと笑い出した。
「あーわかったわかった。ルディだっけ、さっきはなよっちいなんていってすまない。お前そこの主人と違ってずいぶん頭が切れるんだな気に入った。フローレンス、話ぐらいなら聞いてやるよ。」
「ありがとうございます」
アレンがさりげなく私のことを馬鹿にしたのはひとまず置いておいて、アレンが私たちの提案に乗ってくれた。これでようやく私たちの作戦が一歩前進したということだ。
私たちは医務室での一軒の後、それぞれの寮部屋へと戻り計画を立てた。
「対アナスタシア皇女計画」だ。大きな目的はアナスタシア皇女の平民や平民と親しくする貴族に対する圧政をやめさせること。そのためには当事者であるアレンの計画への参加が不可欠だった。
だから、アレンの勧誘に成功したということが私はとっても嬉しかった。
「アレン、いこう!」
私は気持ちが高揚してしまいついアレンの手をつかんで駆け足で廊下に出てしまった。急に引っ張られたアレンは少し体制をよろめかせながら目を丸くして私のことを見ている。
「おいフローレンス!あんまり引っ張るな!時間はたっぷりあるんだ。って…聞いてないな。」
アレンとキースは走りながら互いを見ると苦笑した。
けれどそれほどいやな気持はしなかった。それはなぜかと言われてもきっと答えられないだろう。
しかし、その場にいた私を含む三人ともこれから何かを変えることができるという期待に胸があふれていたのは確かだろう。
アメジストの輝きを宿す瞳がこちらを冷ややかに見つめているとも知らずに。