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女王の教室

私がβ組に入るとまだ始業10分前だと言うのに、ほとんどの席が埋まっていた。


「うわぁ…分かってはいたけれど、色んな人がいるなぁ…」


ディアンケル寮内にいた時も思ったけれど、この学院には多種多様な人がいる。

シリア様程とは言わずともとても美しい外見の生徒。

子供と見間違えてしまいそうなほど背の小さな子。

動物を教室の中に大量に連れ込んでいる生徒なんかもいる。


「これ…座れるところあるかな…」


私は教室をくまなく探し、一つだけ空いている席を見つけたので急いでその席に座った。

私が座った席は窓側の一番前の席で、不人気なのか最前列にあまり生徒が座っていない中唯一右隣に男子生徒が座っている。


「なあ、お前誰だよ」


「え?」


隣に座っている男子生徒が残り五分で始業というところで急に話しかけてきた。

仲良くなりたい、というよりも興味本位といった感じだ。


「私、フローレンス。フローレンス・リルヴァイン」


私が名前を言うとその男子生徒は心底驚いたような顔をしたかと思うとくつくつと抑えるようにして笑い出した。


「どうかしたの?」


「あ…いや。話に聞いていたフローレンス様とこうして会うことができるなんて感激だなーと思ってだな」


「………」


嘘だ。百パーセント嘘だ。

どう見てもそんな風に考えていたようには見えないし、どこか馬鹿にしている風さえある。


「……本当は?」


「貴族のくせに思ったより間抜けずらだなあ。と」


男子生徒は本音を隠すつもりなど毛頭なかったのか、私にそういうとにやりと笑って見せた。

なんて失礼なんだろう。先ほどのキース様の失礼度を1とすればいまのこの男子生徒は5はいっているだろう。しかも故意なのがさらにたちが悪い。

私は今後のクラスメイトに初対面で急に切れるのはそれこそ貴族らしくないと思い、叫びたい気持ちを必死に押さえつけた。


「あなたこそ…何者なんですか?」


「ん?俺?俺はアレン。平民だからファミリーネームはない」


「平民はファミリーネームがないの?」


びっくりした。名前にまで差別の影響があるなんて思ってもみなかった。

けれどシリア様も平民なのになぜファミリーネームを持っているのだろう。

平民が…という意識は毛頭なくて、純粋に疑問だった。


「最近の貴族ってみんなお前みたいなやつばっかりなのか?このクラスでも思ったけどさ、貴族っても案外たいしたことないのな。あのな、平民は皇帝から許しが出ない限りファミリーネームなんかあたえられないんだよ。無許可で名乗った瞬間即打ち首だ。」


「だけど…シリア様はファミリーネームをもってるよ?」


アレンはシリア様の名前を出した瞬間またくつくつと低い笑い声をあげた。


「そりゃシリア・ルコード先輩は平民の中でも特別だからだよ。

大商人の一人娘なうえ、あの魔力と見た目だからな。ルコード家は皇帝にも気に入られてるってかなり

有名な噂だぜ?」

 

「そうなの…」


道理であのあふれ出る気品と風格なわけだと思った。皇帝の御用達の大商人の娘だとあればいやでも教養や立ち振る舞いは身につくだろう。

アレンから聞いたことを一人かみ砕いて理解しているとアレンが怪訝な顔で私のほうをじっと見つめてきた。


「お前…本当に何も知らないんだな。城下町育ちの俺でも知ってることだぜ?箱入り娘ってやつか?

ま、いいや。お互い仲良くしようぜ、浮いた者同士な。」


アレンはそういうとにやりとほくそ笑んだ。


「え、私って浮いてるの?!」


私はアレンが言ったことに耳を疑った。

まだ何もしていないのにもうクラスで浮いている存在になってしまったなんて。

とてもじゃないけど彼のはったりだと思って信じられなかった。


「言っとくけど、別に増長して言ってるわけでも、作り話でもないぜ?俺は平民なんだ。しかも、ファミリーネームすら持たない”最底辺”のな。公爵家のお嬢さんがそんな奴と分け隔てなく話したらそりゃほかの貴族のお偉いさんには異物のように映るだろうよ。」


アレンは皮肉るようにそういうと忌々しそうに教室を見回した。

教室を見つめる彼の紅蓮の瞳は怒りに燃えているようにすら見えた。


「そんなこと…え……っ!!!」


やっぱりアレンが言っていることが嘘だとは思えなくて、私はアレンの視線の先に意識を移した。

すると、そこにはとても歓迎しているとは言い難い視線でこちらをにらんでいる生徒たちがひそひそと何やら固まって話をしていた。


「フローレンス様、今ならまだやり直せる。さっさとほかの席に移りな。俺はお前が気に入った、だからこんな忠告するんだ。空気を読むのは貴族様の得意技だろ?」


「え……?!」


アレンはそういうとそのまま私から顔をそらした。

私が訳も分からず固まっているとそのまま始業のチャイムが鳴った。


この授業は帝国史の授業で、眼鏡をかけた男性の教授がのっぺりとした音程で教科書をずっと読んでいたけれど、私は一つも身に沁みなかった。

ただ隣のアレンに習って映された映像をペンで書き写すだけの時間。

途中、何度か私はアレンのほうに意識を向けたけれどアレンはこちらを向くどころかむしろ私をいないものとして扱っているような感じだった。


そしてあっという間に授業が終わる。

だけどやっぱりアレンは話しかけても反応しないし、こちらを見ようともしなかった。

ここまでくれば、私はなぜ彼が私の存在を無視するかのように私の相手をしなくなったのかがわかり始めていた。私の評判を下げないように気遣ってくれているのだ、彼は。


「…」


「…」


ひたすら互いの間を無言の時間が過ぎていく。


「貴方が、転入生のフローレンス・リルヴァインさんね?」


その沈黙を打ち破ったのははるか後ろの席から聞こえる凛とした美しい声だった。


「え?」


慌てて後ろを振り向くとクラスにいる学生のほとんど全員と目が合う状態になっていることがわかった。

きっとほぼすべての生徒が私とアレンの親密さ加減を観察していたのだろう。

この場にいる学生たちの考えが手に取るようにわかってしまう自分に吐き気がする。

そして、しばらくあたりを見つめた私はある生徒に視線を向ける。

見た瞬間にこの人が声の主なのだと瞬時に理解することができたからだ。

美しく流れる金髪に引き込まれそうになるアメジストのようなきらめく瞳。そしてあの傲慢ともいえる立ち振る舞い、彼女以外にいようがなかった。


「あの…あなたですよね。私のことを呼んだのは…。私に何か御用でも?」


私がそういうと彼女は目を細めてニコリとほほ笑んだ。


「そんなに警戒なさらないで。私はアナスタシア・スティナーヴァ。フローレンスさんとお友達になりたいと思って声をかけたのだけれど…お邪魔だったかしら?」


「っ?!」


アナスタシア・スティナーヴァ。スティナーヴァ帝国の第一皇女様。なんでこんなところに。

さっきまでこの教室にはいなかったはずなのに。

名前を聞いただけで背中にいやな汗が伝うのに、彼女の女神のような笑みは何を考えているかわからないそれが余計に私の焦燥感を掻き立てていた。


「そこの…学生とのようがないなら良かったら今日はもう授業はないのだし、テラスでお茶でもしない?」


アナスタシア皇女様は目線だけでアレンを指すと、私にそう誘ってきた。

皇女様ならもしかしたら、とも思ったけれどどうやらそれはお門違いだったようだ。

皇女様こそ、彼女こそがこのクラスの中で最も平民を蔑んでいる。

彼女のアレンに対する当たりの強さからそれは明らかだ。

それにこの場にいる何人かはアナスタシア皇女様に恐怖を抱いている。それも相当のものだ。

もしかしたら脅されているのかもしれない。不穏な考えが膨らみに膨らんでいき、私の中の皇女様に対する憎悪は膨らんでいく。


「すみまs…いっ」


私が怒りに任せて断ろうとするとそれまで沈黙を貫いていたアレンが突然私の足を思いっきり踏んできた。

しかも周りにはばれないように。

「行け」ということなのだろう。


「……わかりました。行きましょう。」


「あら。てっきり断られるものだと思っていたから…うれしいわ。さあ、行きましょう?」


皇女はそういうとふわりと私の前に進み出てきて私の手をすっとつかんだ。

私の鼻腔をアナスタシア皇女がつけているであろうバラの香りの香水がかすっていく。


「あっ…」


ふと後ろを振り返ると燃えるような紅蓮の眼が私とアナスタシア皇女をとらえていた。

けれどその瞳は先ほどの怒りに狂ったようなまなざしではなく、どこか試すような、すがるような憂いを含んだ弧を描いていたのを私は見逃さなかった。


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