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転入生

「フロー、準備はできたの?」


「はい。お母様…。でも、これから2年間もお父様とお母様の元を離れなくてはならないなんて、とても寂しいです…。」


私の目の前にいるお父様とお母様の目は少し腫れていたけど、とても嬉しそうな満面の笑みを称えている。私が不満を口にしてもフッと顔を綻ばせて私の方を見つめた。


「大丈夫だよ。文通は好きなだけできるし、あちらにはシオンだっているだろう?今頃シオンもお前が入学するのを今か今かと待っているだろう。」


「ですが…お兄様と同じ寮になれるかも分かりませんし…」


「大丈夫よ。聖門は貴方にとって最もふさわしい居場所に導いてくれるでしょうから…。さあフロー、もう出発よ迎えの馬車が着いたみたい。」


お母様はそういうとちらりと窓の外を見て目を細めた。

扇子で口元を隠しているけれど、口角がわなわなと震えているように見える。


「お母様…お父様、行ってきます。」


私は慰めの意味も込めて肩を震わせていたお母様の手を握って頬にキスをした。

こうして家族のキスができるのもこれで最後。

またこの屋敷に戻ってきた時には私はもう大人になっているだろうから。

少し寂しさが増してしまった気もするけれど、そのままお父様にも別れのキスをして私は学院への馬車へと足を運んだ。


「お嬢様…。馬車に乗って頂いて早々申し訳ありませんが、先にお嬢様の学習道具を1式ご紹介させていただきます。

学院側からの指示ですので。」


私が馬車に乗ってまもなく向かい側に座っていた従者のルールーが申し訳なさそうに目配せして話しかけてきた。

ルールーは私が幼い頃から姉妹ように育ってきた、言わば幼なじみだ。実際はルールーの方が4歳年上だからむしろルールーからしてみれば私は妹のような存在かもしれないけれど。


「え?あぁ…わかった。お願いね。ルールー」


「かしこまりました。まずは…こちらの魔晶パネルをご覧下さい。」


ルールーはそう言ってゴツゴツとした魔法石を押した。どうやら学院の馬車に元から取り付けられている魔晶パネルのスイッチのようなものらしい。


「お嬢様は転入生ですので、正式な入学式なお受けにならなくても良いそうです。

代わりに入寮式をする必要がありますが、その点は行けばわかるということなので、説明は省略します。

まずはこちらを…」


パチンッ


ルールーがセリフを言い終わる前に目の前に綺麗な小箱がでてきた。乳白色の箱で、どうやらプラチナ鉱石の加工品のようだ。

それに、周りを縁どっているピンクパールの装飾品にトルコ石が調和していて、この箱自体が美術品のような美しさを放っていた。


「これは…?」


「これは、お嬢様の杖です。

奥様がミセス・ベルティエの魔晶具店でこの日のためにと準備されたものです。中をどうぞご確認下さい。」


ルールーがそわそわとしながら私の方を見つめてきた。

流石に普段冷静なルールーでもこれだけの装飾が施された杖入れには興味を持たずにはいられないようだった。


「わかった…って、うわぁ…。」


「お嬢様…?きゃ…すごく綺麗…。」


私はルールーと一緒に感嘆の声をあげたまま、しばらく硬直してしまった。

中の杖が箱に負けず劣らず美しかったからだ。


「あ…失礼しました…。その杖は別名アタラクシアと言うそうです。なんでも、治癒術に長けたものがこの杖を使うことが多いそうなのでそう呼ばれているのだとか…。杖の材料には大神殿の聖木の小枝、フェニックスの涙、ヴィーラの血が、

そしてその魔晶石は聖域・ハルモニアで取れたものだそうです。」


「ハルモニア?」


「まあ、大神官様が住まわれている土地です。大神官様の御加護で魔晶石もとても純度が高いものが生成されているんです。」


「なるほど…」


ルールーは一通り説明を終えるとうっとりと悦に浸るような表情で私の杖を眺めた。

私ももう一度杖を眺めてみる。

純白とまで言えるほど透き通った杖の芯、そしてそのまわりを縁取る黒々とした装飾。何より持ち手で輝くオーロラ色の魔晶石、そのどれをとっても思わずため息が出てしまいそうなほどの美しさだった。


「こんなに綺麗なもの…私が使ってもいいの…?」


「もちろんです。奥様がこの日のためにとお嬢様のご入学が決まったその日に手配したものですから。」


ルールーは微笑んで私の瞳をじっと見つめた。

言葉で言い表すのは難しいけれど、この杖からはお母様や…ルールーの愛情が感じられる気がした。持っているだけで心が暖かくなるような不思議な気分になって気持ちが高揚する。


「次は…教科書一式と、文房具、それから移動用魔晶石です。教科は全9科目ありますので、教科書は参考書含め15冊です。あぁ、もちろんこれらは私がお嬢様のお部屋までお運びするのでご心配なく。」


「9科目って…多くない?なんの科目があるの…?」


私が恐る恐る言うとルールーはクスリと笑って私のことを励ましだした。


「大丈夫ですよ。ほとんどの学生はきちんと全科目の試験をパスして卒業できます。科目は帝国史学、飛行術学、身体変化術学、治癒術学、呪術学、一般教養学、薬学、魔晶光学、

そして神聖術学です。」


「お、多い…」


「ですから大丈夫ですって!それにお嬢様の場合治癒術学はもう帝国でも5本の指に入る実力じゃないですか!治癒術学はほとんどの生徒が苦戦する難関科目です。そこを既にマスターしていると言うだけでもかなり強みになります。」


「そうかなー…」


そう。私が帝国内トップの学院である聖シャーマルト魔術学院に転入するのには理由があった。本来学院は貴族だろうが平民だろうか魔力を持つものしか受け入れず、たとえ貴族であっても魔力がないものだと入学することは許されない。1年前の私も例外ではなく、

魔力が確認されなかったため、学院への入学は許可されなかった。

だけど、今から半年前突然私の体に魔力が宿ったのだ。これを帝国内の人々は癒し手の誕生だと喜んだ。私の魔力が治癒術に長けたものだったから。

実際に訓練で怪我をしてしまった騎士の治療をさせてもらった時もあったけれど、初めて使うはずの魔力をまるで手足のように自在に操ることが出来たし、簡単な切り傷なら呪文を唱えずとも治せるようになっていた。


「お嬢様…もう着きますよ。正門が見えてきました。」


「わかった。」


その他諸々の道具の説明を受けると、いよいよ学院へとたどり着いた。

ふと窓の外に目を走らせると、とても活気に溢れた都市の様子が目に飛び込んできた。

流石は学院都市ということもあって、たくさんの人がいたしバザールも大いに盛り上がっているようだった。


「お嬢様、到着しましたよ。私はこれ以後、お嬢様の後について行きますので、お嬢様は学院関係者の指示に従ってください。」


ルールーはそういうと御者の人に合図をだして、その瞬間馬車のドアがガチャりと開いた。


「うん。ありがとう。じゃあ…行きましょうか!」


そうして私は、学院への少しの不安と大きな希望を胸にしまい込んで、新たな人生への第1歩を踏み出したのだった。

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