幽霊(仮)とソーシャルディスタンス
幽霊が私の家に出る。
平屋で、奇妙奇天烈に安い物件があったから、不審に思いつつも借りてみたら、漏れなく付いて来た。
まぁ、本当を言えば、幽霊かどうかは分からないのだけど、半透明でなんとなく人の形っぽく思えるから、多分、幽霊だ。“多分”だから、一応、幽霊(仮)とでもしておくけど、宇宙人や未来人がこんな平屋に用があるとは考え難いし、私に用があるのなら、もっと前から私の前に現れているとも思うから、十中八九幽霊だろう。
その幽霊(仮)は、私にしつこく付き纏って来た。まるで寂しがり屋で甘えたがりの犬のようだ。
寝ている時はもちろん、食事の準備をしている時も、食事を取っている時も、その取った食事を排泄している時も、なんでか分からないが傍を離れようとはしない。
ただ、家の外には出られないようで、私が仕事に出かけようとすると、とても寂しそうな顔をする。まぁ、顔は半分見えないから、多分なのだけど。
そして、仕事から帰って来るととても喜ぶ。遅くなった時なんかは、激しくすり寄って来る。
本当に犬みたいだ。
実は犬が化けた妖怪かなんかなのじゃないかとも思いはしたけど、わ○チュールには反応しなかったので、恐らくは違うだろう(試したのかよ)。
それだけ始終、一緒にいられると、流石にまったく怖くはなくなった。ただ、その代わりにとてもうざい。
折角、一軒家で一人暮らしをし始めたのに、自分の時間がまったく持てない。
更に言うのなら、この幽霊(仮)は、流行り者が好きなようだった。タピオカが流行ったらタピオカを要求して来たし、流行りの漫画だとかも欲しいとねだって来るし。CMのネット番組でしかやっていないドラマが観たいというので、契約までさせられた。居候のくせに、遠慮がない。
ただ、そんなこんなで時間が過ぎて、例のコロナ19が流行り始めた頃、その幽霊は私の傍にピタリと寄って来なくなってしまったのだった。
「清々した」
と、思った半面、ちょっとばかり不安にもなった。もしかしたら、私は無自覚のうちに幽霊(仮)を、怒らせるようなことでもしてしまったのかもしれない。
その日も、帰って来た私を、少し離れた位置から幽霊(仮)は見ていた。もし仮に、さんざん付き纏っておいて、急に離れて寂しくさせるとかいうありがちな作戦だったとしたなら、私は見事にその作戦に引っ掛かってしまったと言えるかもしれない。幽霊(仮)が、好きなわらび餅を帰りがけに買って来てしまったのだ。
……いや、駅で売っていたものだから。
ところが、それでも幽霊(仮)は寄って来ない。
机の上のわらび餅を置いておいたら、それだけは食べる。
餌だけ、持っていかれた。
流石に、少々、腹が立った。
「ちょっと、あんたね! 文句があるのなら言いなさいよ! 何を怒っているのよ!?」
それで、ついそう怒鳴ってしまった。
ところが、怒る私に幽霊(仮)は首を横に振るのだった。
「何よ?」
と問いかけると、身振り手振りでこう主張する。
「え? 違う? 別に文句はない?」
大きく頷く幽霊(仮)。
私は首を傾げた。
それから腰に手を当てると、軽く溜息をついて私はこう訊いた。
「じゃ、どうして寄って来ないのよ?」
すると、幽霊(仮)は、テレビを指差したのだった。ちょうどニュース番組で、コロナ19について解説者が何かを語っている。
「……もしかして、ソーシャルディスタンス?」
その私の疑問符を伴った声に幽霊(仮)は大きく頷いた。
「幽霊にコロナウィルスが伝染るはずないでしょーが!」
それを聞いて、私は思わずそうツッコミを入れてしまった。
次の日、会社で同僚がこんな事を言っていた。
「最近、なんかついてないのよね。守護霊が離れちゃったのかしら?」
それを聞いて、私は即座にこう返した。
「もしかしたら、その守護霊はソーシャルディスタンスを取っているのかもよ?」
それに同僚は「何を言っているのよ、あんたは」と呆れた声でそう返し、私も“私は何を言っているのだろう?”とちょっと自分に呆れてしまった。