08
「はい、白にはチョコ味のシフォンケーキね」
「ありがと」
白以外には欲しいと言われていないから求められるまで渡すことはしなかった。
不機嫌だったこの前と違って大丈夫そうだ、ハムスターみたいに食べてくれている。
「和」
「うん、わかってるよ」
その食べている時に最近は頭を撫でることを求められるようになった。
そのため、ますますペットみたいな存在に見えてきてしまう。
「落ち着くの?」
「ん」
「そっか」
やり方に気をつけないと頭を押さえつけているように見えるから気をつけないと。
「立石さんはいいの?」
「なんで名前で呼ばない?」
「ああ、別に呼んでもいいんだけどさ」
なんだか名字呼びの方がしっくりくるんだ。
それに前みたいにまた白が拗ねてしまっても嫌だからこのままにしておく。
「白が嫌がるかなって」
「自意識過剰」
「本当?」
「ん、名前で呼んだぐらいで拗ねたりしない」
「おーい、憩さーん!」
ちょっとした冗談のつもりだった。
が、先程の発言はなんだったのか、こちらの手の甲をつねってくる彼女。
「いま名前で呼んだ?」
「うん、そうだね。白が名前で呼んでも拗ねないって言うから呼ばさせてもらったんだけど」
「でも、白は凄く拗ねた顔をしているけど」
「そうなんだよ、彼女の相手は大変でね」
特になにも言わずに撫でておいた。
本当はあげるつもりはなかったけど追加のクッキーも渡しておく。
これで金子さんか立石さんが食べられる枚数は減ったことになるが、恐らく大丈夫だろう。
「頭を撫でて甘いものを渡しておけばいいと思ってる?」
「違うよ」
「……和のそういうところは駄目だと思う」
「からかうようなことをしたのは謝るよ、ごめん」
全然困らないみたいに言っていたのにな。
ドヤ顔だったし確実に成長を確認できると思っていたんだけど……まだ子どもということだろうか。
「……ちゃんと謝れるのはいいと思う」
「ありがと」
なんだかんだ言って甘えてくれる彼女が好きだ。
ただひとつ残念なのはあくまで甘いものより上位の存在になれないこと。
つまり、どれだけ餌付けしても付き合えたりはしないということ……かな?
こうして一緒にいられるだけで十分だけど、そういう甘酸っぱい時間も過ごしてみたくもあった。
「なんかそうしているとお兄ちゃんみたいだね」
「白的に大切な存在でいたいんだけどね」
「白にとってはそうでしょ? 甘いものくれるし」
まあそうだよなあ、白にとっては僕はそういう人間だ。
いいか、ならたくさん食べさせて大きく成長してもらおう。
高校1年生でこれだから可能性としては微塵もないかもだけど……0ではないから。
「白、たくさん作るからたくさん食べてね……」
「ん、食べることなら任せて」
いつも通りで落ち着く、寧ろ白が照れたりしたら調子が狂う。
そのため、このまま引き続き同じスタンスでやっていこうと決めた。
「和」
「あるよー」
「あれ」
「あるよー」
「確か……」
「あるよ!」
あれからまた時間が経過して白が欲しがっている物を理解できるようになった。
こちらには一切関係ない情報けどそろそろ1ヶ月が経過するためあのふたりの仲が変わるかも。
ただ、生憎と外はずっと雨のため、そこそこ大変ではあるけれども。
「和、ちょっといい?」
「いいよ」
あれから金子さんもこちらのことを名前で呼ぶようになった。
とはいえ、彼女の特別な人は千賀先輩になるからこちらは名字呼びを続けている。
「そろそろ約束の時期よね」
「そうだね、受け入れるの?」
「そういう約束だからね」
これをわざわざ言ってくるのは先輩の知り合いでもあるからだろうか。
「でも、もし千賀の中に気持ちがなくなっていたなら……どうすればいいのかしらね」
「信じるしかないんじゃない」
「あんたはどうなの?」
「僕? 僕は白の専属お菓子係だからね」
恋とかそういうのは対彼女の場合は起きないだろう。
でも、それでいい、現状維持の全てが悪いわけではないからだ。
もうお菓子を美味しく食べてうことが快感になっているし、白だってそれ以上は望まないだろうし。
「あんたらっぽいわね」と彼女から言われた通り、僕たちらしさを貫けばいい。
「ねえ和」
「なに?」
「最低なことを言うけど……もし千賀の中にもうなかったら、その時はあんたが私を――」
「だめ! 和は僕のだから!」
「「白……」」
初めて見た、こんな怖い顔と大きな声を出しているところは。
「小雨相手でも渡さない!」
「それって甘いものをくれるから?」
「違うっ、僕は和のことを気に入っているからっ」
「大切?」
「大切! いーこと同じぐらい!」
立石さんと同じぐらいということは結構と言ってもいいのかもしれない。
「大丈夫だよ、金子さんは千賀先輩に求められるから。僕はどこかに行ったりしないからさ」
「約束っ」
「うん。金子さんも不安がらないでさ、待ってあげてよ」
「……それって私じゃ嫌だってこと?」
「いや、そんなことないよ、最初は君ともっと仲良くなりたいって思ってた。でも、千賀先輩が君を求めたからさ、あ、だからって白にシフトしたわけじゃないからね? ただただいまは友達としてしてあげられることをしたいなって考えているだけ」
こちらは選べる立場ではないのだ。
全ては関わる女の子次第、これまでもこれからも同じこと。
「そっか……あんたらしいわね」と金子さんも納得してくれた。
「ありがとう、あんたのおかげで自信がついたわ」
「うん、無事付き合えたらホールケーキを作ってあげるよ」
「和、僕には?」
「あははっ、白に作ってあげなさい、その一切れを貰うから」
「わかった、じゃあ待ってるから」
大切だと言ってくれたのが嬉しかったからまた頭を撫でておいた。
この子は僕を喜ばせる天才だ、無自覚にそれをするから恐ろしくすらある。
「手」
「汚れちゃった? ウェットティッシュ持ってるよ」
「貸して」
「いいけど」
差し出したらそのままぎゅっと掴まれた。
その意外にも結構強い力にドキッとする。
「離さない」
「どうして?」
「どこかに行ってほしくないから。こんなこと思ったのは家族に対してといーこぐらいだけだった」
「大丈夫、甘いものとかはちゃんと作るから」
「……説得力ないかもしれないけど……それがなくても本当はいい」
それは嘘だろ……さすがにそれだけはない。
作ってあげていなかったらここまで気に入ってもらえることもなかったと思う。
「和といたい」
「うん、ありがとう」
「……わかってる?」
「わかってるよ、甘いものとかを食べたいってことでしょ?」
「はぁ……」
いや、それ抜きにして僕といたいってことでしょ? なんて言えるわけがない。
そんなに痛い人間ではいないつもりだった、傍から見たらどうかはわからないけど。
それと、ちょっと心配になることでもあったから素直に喜べない。
だって甘いものを作ってあげただけでこの評価だよ? 怪しい人に付いて行きそうだし……。
「今日また家に来てくれればアイスあげるからさ」
「……ん、食べに行く。ちゆみにも会いたいから」
「うん、お母さんもきっと喜ぶよ」
休み時間が終了して授業が始まる。
それにしても大切か、まさか白から言ってもらえるなんてね。
元々優しかったからおかしくはないけど、まさか関わる子の中で白から言われるとは。
「和くん」
「え?」
「白のことよろしくね」
と、なぜだか任されてしまった。
僕の家に行くなどではなければふたりきりでいることはなくなってしまったふたり。
これってもしかして遠慮させてしまっているということか?
ただまあ、任せられたからにはしっかり守りたい。
あんまり調子に乗って甘いものを食べさせるのはやめようと決めたのだった。
「白、今日は甘いものではなくタンパク質を摂ろうか」
「いいよ、和が作ってくれるごはんは美味しいから」
くぅ、こう言ってくれるから食べさせたくなっちゃうんだよなあと困惑。
今度は鶏肉を焼くのではなく茹でて提供。
「好きなものを選んでかけてね」
「ん」
というか、こうして毎食ほとんど食べてもらっているけどいいんだろうか。
そろそろ彼女のご両親に「ごらぁ! なにしてくれてんねん!」と言われかねないのでは?
「美味しい」
「美味しいよね」
「でも、これって手作り?」
「いや、手作りではないかな……」
「騙した、和の卑怯者」
甘いものばかりではいけないということを力説しておいた。
手作りじゃないということ以外には引っかかってなさそうなので食べてもらった。
「さて、そろそろ帰ろうか」
「泊まっていく」
「駄目だよ、言うこと聞いてくれたらお菓子作るから」
「やだっ、絶対に泊まる!」
こういう時に役立つ金子さんや立石さんは当然いない。
僕だけで彼女の勢いに負けずなんとかしなければならないわけだけど……。
「着替えとかどうするの?」
「和の借りる」
「下着は?」
「いらない」
「困る困る」
貸したやつを着ようとした時に絶対意識しちゃうって。
陽キャってわけじゃないから泊まるってだけで引っかかるんだよ。
「じゃあ一旦取りに行く」
「それならそのまま帰らせるよ」
「……絶対に帰らない、抱きついてでも止める」
「……わかったよ、それじゃあ取りに行こうか」
「ん!」
数分して彼女の家の前にやってきた。
すぐに家の中に入っていった彼女を待っている時間だけど猛烈に放って帰りたい。
同級生の女の子と朝まで同じ家の中で過ごすとか緊張しちゃうから。
できることなら常識人の金子さんを呼びたい。
でも、千賀先輩とのことがあるからできないわけで、諦めて静かに待つことが唯一できることだった。
「行こ」
「うん、荷物持つよ」
「ありがと」
もう彼女に尽くすことだけを考えよう。
したいと言ったことをさせてあげて、できる範囲でしてあげて。
「ちゆみは起きてる?」
「わからない、どっちにしてもご飯の時は起こすけどね」
僕らはもう食べたから強制的に起こさなければならない。
そうでなくても頭を使うからきちんと食べらわないと、甘い物だって同じだ。
それを考えると白に頑張って作るよりかは母のためを考えて作る方が良さそう。
が、そんなことを言ったら絶対に不機嫌になる、彼女の子どもさを舐めてはならない。
「いま失礼なこと考えてる」
「そんなことないよ、行こう」
ちょうど雨が止んでて良かった、こういうところは彼女のおかげだ。
「あ、ちょっとコンビニに行きたい」
「まだ食べるの?」
「違う、ゴムを買いたい」
「ご、ゴムぅ!?」
「ん、髪を結ぶためのゴム」
ああ……ぶっ飛ばしたい僕の頭。
一緒に中に入ったら確かに普通のゴムを買っていた。
そうだよな、この子がそういう下属性の話題に興味を示すわけがない。
「まさか僕が和としたいと思った?」
「ぶふぅ!? な、なに言ってるの!」
「そういうのはまだ後で」
「そりゃそうだけど……って、え?」
……いや、自惚れない、これは試されているだけだ。
そりゃそうだ、ここで馬鹿みたいに乗ってくる奴なら距離を置くしかない。
ふぅ……金子さんといることより心臓に悪いぜおい……。
とりあえず雨が降る可能性もあるからすぐに帰って母を起こす。
「ん……なに? 白ちゃんが泊まるって?」
「うん」
「そう……ふぁぁ……襲わないようにね」
「襲わないよ!」
やめてよ……さっきので結構落ち着かないんだから。
幸い白は甘いものを食べさせておけば興味がそちらに向くから――って……お風呂ってどうなんの?
「は、白、お風呂ってどうするの?」
「もちろん入る。でも、ひとりだと怖いから見てて」
「それって洗面所にいろってこと?」
「そう」
「わかった」
もういちいち驚いたりしないようにしよう。
洗面所で待機が可能なら全然構わない、まだいるのに目の前で脱いでくれたけど大丈夫。
気持ちを切り替えたからなのか全然なんてことはなく彼女の入浴タイムは終わった。
僕もその後に入って今日は余計なことをせずに寝室へ。
ただ、いまからが1番大変なことになるとはこの時の僕は知らなかったのだ。
「え、ちょっ、なんで入ってきてるの!?」
「和の部屋で寝るに決まってる」
それだけならともかくなぜだか抱きしめてくる彼女。
理由を聞くとこうしないといつも寝られないそうだ。
立石さんがいない時は姉を抱きしめて寝ているらしい。
いや……無理だから、この温かさや柔らかさを感じながら寝るとか。
こちらのことを側面から抱きしめているから被害は少ないけど……下手をすると挨拶をすることになってしまう!
「同じ部屋でいいからせめて離れて!」
「和だからしてる……さすがに他の人にはできない」
「た、立石さんやお姉さんにしているんでしょう?」
「そういうことじゃなくて……そのふたり以外で気に入ったのは和だけだから」
こういう時にそういうセリフいいから!?
……変な感情が出てきてしまう前に寝てしまうことにした。
当然、すぐに寝ることができなかったのは言うまでもない。