07
「はい、ホットミルクだよ」
「ありがと……」
試しに読んでみたら確かに急なホラー展開で怖かった。
わざわざ買って怖い思いなんてしたくない、だから買うのは本当のファンだけだろう。
「……あと、これ飲んだらやっぱり帰る」
「うん、送るよ」
良かった……これでホラー以上にハラハラする展開にならなくて済んだ。
白や立石さんを送っておきながら金子さんだけ家に泊めましたじゃ疑われそうだし。
外に出るとなんとも言えない空気が僕たちを包む。
それでも嫌な気分にならなかったのは、彼女がこちらの袖を掴んできてくれているから。
この子にとっては怖くて嫌なんだろうけどね。
「あ、合わせてよ?」
「大丈夫だよ、君を送るのに先に行ったら意味ないしね」
意外と怖いのとか苦手ならしい。
「わっ!」
「きゃあ!?」
「はははっ」
「くっそっ、明日コテンパンにするからね!?」
コテンパンにされたくはないからこれ以上はやめておいた。
「お、まだ帰ってなかったか」
「千賀じゃない、なにをやっていたの?」
「ああ、彼女と話をな。小雨はそんな木内に抱きつくようにしてどうしたんだ?」
怖い本を読んで怖くなってしまったことを本人が説明。
千賀先輩は「そういえば昔から怖がりだったもんな」と言って笑っていた。
昔を知っているってなんとも言えない効力がある気がする。
最近出会ったばかりの僕とは違う感じ、そもそも差は確実にあるんだけど。
「もしかしてついに振られたんじゃない?」
「そうだ」
「え……あ、そうなの?」
「小雨を優先するのが許せなかったみたいだな」
「当たり前じゃない、どこに彼女の自分より他の子を優先してほしいと思う人間がいるのよ」
金子さんが言っていることは正しい、本当にその通りだ。
そして別れたばかりだと言うのになにもショックを受けてなさそうなところが恐ろしい。
「小雨」
「ちょ、待ちなさい。まさか今度は私とかって言うつもりじゃないでしょうね?」
「考えてくれないか、すぐじゃなくてもいいから」
「もしかしてずっと振られるのを待ってたの?」
「そうかもしれないな」
おいおい、格好いいからってなんでも自由にやれるというわけではないぞ。
そんなの金子さんが受け入れるわけがない――と、思っていたのに、
「1ヶ月後までその気持ちが残っていたらいいわよ」
なんて金子さんは言ってしまった。
いやまあ、彼女になってもらえるなんて考えてはなかったけど……。
先輩の方はその条件に納得して帰っていった。
「どういうこと?」
「なにが?」
「いや、良かったの?」
「そうね、別に嫌いというわけではないし」
「そっか、1ヶ月後も残っていればいいね」
たとえ先輩と付き合うのだとしても付き合い方は変える必要はない。
求められたことをこちらも淡々としていくだけだ、傷つくことのほうがおかしいし。
「送ってくれてありがとう」
「うん、早く寝なよ?」
「ね、寝られるかしら……」
「大丈夫だよ、おやすみ」
早く帰って抹茶クッキーを作ろう。
いまの僕にとってはそれが1番優先されることだから。
「和くんお願い!」
調理実習のためエプロンをつけてさあと頑張ろうとした時のこと。
いきなり頭を下げてきた立石さんに聞いてみると、白がどうしても僕と同じ班じゃないと嫌だと言って聞かないらしい。
一緒にやることは歓迎だけどさすがにそこは勝手に生徒が決めるわけにはいかない。
だから先生と向こうの班とこちらの班の子を含めての話し合いとなった結果、白の希望通りになることになった。
一緒の班になれたというだけでとても嬉しそうな白、巻き込まれたこっちは大変だけど……。
とにかく、今日作るのはホットケーキだから難しいことはなにもない。
それでも独りよがりにならないように気をつけて、なるべく裏方に徹することにした。
調理道具を持ってきたり洗い物をしたりとメインじゃなくても普通に楽しい。
「和が焼いて」
「他の子が焼いてくれるから」
「和が作ってくれたやつじゃないとやだっ」
「また帰ったら作ってあげるからさ」
「やだ!」
またこれか……こうなっても勝つのは白。
仕方ないから白のだけは僕が焼くことにさせてもらう。
なんだか兄とか父の気分だ、ワガママだけど可愛気があるからなんでもしたくなっちゃうみたいな。
「木内くんは上手なんだね」
「うん、結構やってるからね」
「男子なのに女子の私より上手いなんて……なんか複雑……」
「我流だからね、誇れることじゃないよ」
「「私たちにも作って!」」
求められたのなら断る必要はない、みんなの分も作らせてもらった。
今日は普段のと違って甘さMAXのやつだから白も満足してくれるだろう。
「「いただきます!」」
出来上がった物を食べてもらっている間にこちらはもう片付けに入る。
なんか洗い物とかが残っていると気になるのだ、残ったままだと次にいけないし。
「わぁっ、すっごく美味しい!」
「確かにっ、ふわふわしていて食感もいいしねっ」
「ははは、満足してもらえたなら嬉しいよ」
「「私の彼氏になってください!」」
「ははは……自分は大切にね」
食べている時は基本無言な白が気になって見てみたら、なんだかムスッとしているような感じだった。
食べている時に騒ぐなと言いたいんだろうか、もしそうなら静かにしておくけれども。
「白、美味しい? いつもと違って甘いからいいでしょ?」
「……知らない」
ありゃ……なんだか不機嫌のようだから話すのは後にしよう。
食べ終わったお皿も洗ってから自分のを食べたら冷めてても美味しかった。
いや……自画自賛したいわけではない、誰が焼いたって同じになるはず。
「あ、ごめんね、全部やらせちゃって」
「ううん、全然大丈夫だよ。普段からやっているから苦じゃないし」
「「謙虚……」」
「そんなことないよ。それより美味しいって言ってくれてありがとね」
白からは貰えなかったからなおさらありがたい。
女の子たちは僕のことをいいって言ってくれてるけど……なんだか気恥ずかしくて仕方がなかった。
最後に自分の分とやけにゆっくり食べた白の分まで洗って終了。
立石さんに頭を下げられた時は驚いたけど、落ち着いた時間が過ごせて安心した。
「白、戻ろうよ」
「……和なんて知らない」
「えぇ……あ、じゃあ立石さんと戻りなよ、僕は先に戻っているから」
ちゃんと白のだって作ったんだけどな、しかも今回は甘さ控え目ではなくMAXで。
あんまり美味しくなかったかな? それなら申し訳ないことをしてしまったことになるけど。
「和のばか……」
……早くあそこに行ってお弁当を食べよう。
どうやら継続してくれるみたいなので、気にせず金子さんと食べておけばいい。
ちょっと複雑心の白といると馬鹿とばかり言われそうだからいまは距離を保ちたい。
「クッキーだって立石さんにだけではなくあげたのになあ……」
「なにぶつぶつ言ってるの?」
「ああ、白が不機嫌でさ、馬鹿とか知らないとか言ってきてて」
こういう時に大切なのはこういうことを相談できる他の友達だ。
本人に相談することなどできないから、金子さんみたいな存在は大助かりというもの。
「あははっ、それは嫉妬しているのよ」
「嫉妬?」
「他の子と楽しそうに話しているのが嫌だったんじゃない?」
あの白が? 食べ物にしか興味がないのに?
それはなんとも珍しいことだと思う、一応本人は僕に興味があるとも言ってくれていたけれども。
「でも、僕だよ? 大好きな立石さんじゃなくて」
「いつの間にかあんたも白の中で価値が上がっていたんじゃない? それよりこれ食べてみてよ」
ん? なっ、なんだこの禍々しいのは。
い、いやっ、なんでも見た目で判断してはいけない! いくぞっ。
「あ゛……うっ、うん……お、美味しいよ。ちなみに……これはなに?」
「肉団子だけど」
「……だ、大丈夫! 美味しいよっ」
「あんた顔が青ざめているわよ、お世辞はやめなさい」
「ごめん……」
やはり何事も焦らずゆっくりとやるべきだと思う。
しっかり飲み込んだ自分を褒めてあげたい、くれた物を吐くなんて失礼なことだから当然だけど。
「いたっ」
「あれ、立石さん?」
今日はこうしてどこか慌てている立石さんを見る回数が多い。
が、決まって白関連なことがわかってしまうのが複雑だった。
「もう……教室で食べてよ和くん……」
「なんで?」
「なんでって……白が拗ねてるからに決まっているでしょ」
「拗ねてるというか、怒っているから一旦離れたんだけど」
「いいから来て! 小雨ちゃんも早く!」
「「あ、ちょっ、引っ張らないでっ」」
はぁ、あの子はワガママな子に育ってしまった。
最近は甘やかしすぎてしまったから自分の責任かもしれない。
でもしょうがない、求められたら応えたくなってしまうし。
で、立石さんに連れられて教室に行ったんだけど、白は突っ伏しているようだった。
いつもだったらなにかしらを食べているのに珍しい光景だと言える。
「白」
「来ないで……和嫌い」
「僕がなにかしちゃった?」
「来ないでっ」
側で見守っていた立石さんや金子さんに任せることに。
このままだと困るな、食べてくれないとたくさん作っちゃったから悪くなってしまう。
こっちはこれでも白優先で動いている時があるんだから、嫌わないでほしかった。
「白、いきなりどうしちゃったの?」
「……他の子に褒められてデレデレしてた」
「木内が? そんなことするわけないでしょ?」
「してたっ、それにワガママ言う僕の時と違って優しかったし」
そりゃ慣れている白とクラスメイトの子じゃ対応がどうしたって変わる。
だからと言って、白を馬鹿にするつもりなんてないし甘えてきてくれてありがたいくらいだけど。
「ふふ、いつの間にか木内が大切な人間に変わっていたのね」
「え……?」
「だってそれは嫉妬してるってことでしょ? なんで自分の時はしてくれないのにーって」
「し、知らない……わからない」
「なら木内といてみればわかるわよ。はい、木内のところに行きましょうねー」
「お、押さないでっ」
金子さんがお姉さんに見える。
白はこちらに意地でも行かないようにと踏ん張っていたようだけど金子さんに押されて終了。
「和……」
「うん?」
「さっき小雨が言っていたことは本当?」
だってそれってつまり……僕のことをいい意味で考えてくれているってこと。
ここで変にそうなんじゃないとか言ったら嫌われかねない、どうせならこのままでいたい。
「いや、それはわからないかな。白こそどうなの?」
「わからない……でも、和といて嫌な気はしない……けど」
「僕も白といるのは落ち着くからいいと思っているよ」
「……彼氏にしてくれって言われた時、デレてた」
「いや……気恥ずかしさしかなかったよ」
女の子って怖い、ああいうことを簡単に口にして相手をその気にさせてしまう。
変に影響がなかったのはそこまで自分に自信がなかったからだと思う。
卑下しているつもりはない、客観的に見られているだけだ。
「あんたそんなこと言われたの?」
「和くんは色々できるからね、彼氏が多才だったら嬉しくない?」
「うーん、でもこいつは誰にでも優しくするから」
「そこがいいじゃん、なんとなくそう言いたくなる気持ちわかるよ」
「うそ? あんた木内のこと好きなの?」
「いや?」
「なによそれ……」
本当にそれ、勘違いしてしまうようなことを言わないでいただきたい、モテたくてしているわけじゃないからいいけどさ。
もう少しぐらい自分がどれほど影響を与えてしまうのかということを把握しておいてほしかった。
「小雨ちゃんはどうなの?」
「私は千賀に告白されてるから」
「うそっ!? 千賀先輩にっ? 前々から怪しいと思ってたんだよねえ」
「1ヶ月間好きだという気持ちがあったなら付き合うって約束しているのよ」
「へえ、よく許可したね!」
「まあ、デメリットもないしね」
振られた瞬間に違う女の子にって行動するのは格好いいんだか悪いんだか。
なかなかできることではない、僕にもああいう大胆さというのがあれば違ったかもしれない。
ま、そっちはともかくとして、いまはとりあえず拗ねてる白の対応だ。
「白、帰ったら手作りのアイスがあるからさ、食べてよ」
「……いいの?」
「うん、白のために作ったようなものだから」
これは実際に大袈裟な言い方ではない。
もう大体の理由は白だ、食べたいって言ってくれた物を作って提供している。
「いーことか小雨のは?」
「あるよ? でも、来なければ全部君のかな。甘いのからちょっと苦いのまで揃ってるよー」
「じゃあ行く……」
「うん、じゃあ放課後にね」
良かった、喧嘩とかにはならなくて。
本当にそれだけがただただ嬉しかった。