06
遠慮されると逆に作ってあげたくなる。
そのため、3日に1度は作って持っていくことにした。
そんなことを繰り返してテスト週間と本番を乗り越え、また落ち着く毎日がやってきた。
「和、何点だった?」
「合計点は450点ぐらいだね」
テストの点についてはこれでも学年で30位ぐらいだ。
もっと体調管理をしっかりしておけば20点ぐらいは多く取れたかもしれない。
「う゛……な、なんで和はそんなに優秀?」
「頑張るしかないからだよ。白は何点だったの?」
「……言わない」
「そっか」
あれから普通に戻ってくれたから大変嬉しい。
ただ、立石さんといる頻度が極端に下がってしまったのは良くない気がする。
彼女も彼女で全然気にしていないようだし、変に指摘するべきではない?
「和くん、この後家に行っていいかな?」
「うん」
あと、立石さんはこちらのことを名前で呼んでくるようになった。
それでも勘違いはできない、彼女の目的はいつだって母の作品だということを知っている。
白も当然のように今日来るメンバーに加わった、寧ろそうじゃない方が調子が狂うからありがたい。
「遅いわよ」
「ごめん、白や立石さんと少し話しててね」
「行くわよ」
「そうだね」
当たり前のように金子さんも参加メンバーだ。
そして、金子さんが来るなら必ず千賀先輩も付いてくる――と思いきや、どうやら今日はいないみたいだった。
立石さんは白と楽しそうに会話をしている、白の方も別に拒絶をしているわけではなく対応していて一安心。
こうして見てみるとやはり姉と妹にしか見えないけどそこは黙っておこうと思う。
「何点だった?」
「平均90点かな」
「倒れたのに? 家事だってしてたのにどうしてよ……」
「そう言わないでよ、赤点を取ったらこうやってみんなと遊ぶこともできないんだからさ」
こちらはまだ張り合っているらしい。
こちらに勝てるところを探っているようだけどこちらに勝っているところなんてたくさんある。
見た目がいいとか優しいとかいい匂いがするとか、恥ずかしいから言わないけども。
「どこかに行こうか、テストも終わったことだし」
「ふたりきりで?」
「それでもいいし、白や立石さんも一緒でもいいかな」
特にいい場所を知っているとかではないから無難に家に招くことになりそう。
もうすぐ梅雨だからその前にめいいっぱい歩いておくのもいいかもしれない。
「それにほら、結局まだサンドイッチ作れてないし」
「んー、でもわざわざ出かけなくてもいいんじゃない? 賑やかなところは好きじゃないし」
「順調に仲良くなってこられたからいいかなって思ったんだけどなあ」
「白や憩と行ってくればいいじゃない」
君がいなければ意味はないよ、なんて言えなかった。
だけど金子さんがいないのであればあまり意味はない気がする。
彼女が思っている以上に彼女が友達になってくれたのが嬉しかったのだ。
だからお礼がしたかったんだけど……なかなかどうしてそう上手くはいかないらしい。
「和くん遅いよー!」
「ごめん」
なぜだか彼女の家みたいになっていた、そこは僕の家だけど。
開けるとふたりがまず最初に入っていく。
後から入った金子さんはふたりの靴を揃えて後に続いた、偉い。
「ちゆみさんっ、今日こそ一緒に駅前の喫茶店に行きましょう!」
「あー……やめてっ、日の光がいまの私にはキツイのぉ!」
「ちゃんと外に出ないと駄目ですよ! そうしないといい作品が書けません!」
「は、白ちゃ……ん、た、助け――」
「まだ奢ってもらってない、ちゆみはいつ食べさせてくれる?」
「うぐはぁ!? い、いまから行こうか」
器用に片目から涙を流している母。
「和は家でお留守番」
「元々行くつもりないよ。ほら金子さん、一緒に行ってきなよ」
「私も残るからいいわ」
母はハイテンションなふたりに押されて出ていった。
涙をだばあと流していたけど、外に出ることも大切だと思う。
おまけにちょっとあれな話になるけど女子高生の絡みが見えるんだ、悪いことばかりでもない。
パフェ代を払っておけば合法的に見えるんだからね、あれは恐らく感涙の涙だ。
「とりあえず、お疲れ様」
「うん、お疲れ様」
こっちは最近ちょっと疎かになった掃除をやらせてもらうことにした。
金子さんがいる時にすることではないけどどうしたって気になるのだ。
潔癖症というわけではないんだけどなあ、しっかりしなくちゃならないという思いが強い。
「そんなに頻繁にしなくても綺麗じゃない」
「どうせなら常に綺麗な空間にしておきたくてね、最近は君たちもよく来るし」
「負担になっているのならやめるけど?」
「負担なんてまさか、寧ろ嬉しいぐらいだよ」
気になっているのは白や立石さんと仲がいいのかということと、千賀先輩と最近は会っているのかということだった。
「あんたって誰にでもそう言ってそう」
「嬉しかったら嬉しいって言うよ。それよりなんで行かなかったの? 金子さんと立石さんがメインで頑張っていたのに」
白なんか戦力外通告を受けてアイスを食べていただけだよ? なんなら先輩の方が役立ってたのに。
「そのためにしたわけじゃないから」
「無償で受け入れるつもりだったの?」
「見返りが欲しくてしているわけじゃない」
「偉いね、僕はどうしたって見返りを求めちゃうから」
「あんたが? どんな?」
その先になにかがなければ動いたりはしない。
友達でいてほしいとか、美味しそうに食べてほしいとか、そういうの。
人間的に言えば間違いではないけど、もう少しぐらいご褒美を考えずに動いてあげたかった。
特に自分じゃなく相手のことならなおさらに。
「まあまあ。そうだ、プリン食べる?」
掃除も終わったしちょっと休憩タイム。
にしても、掃除中もわざわざ来てくれるなんて嬉しいな。
「もしかしてそれって……」
「うん、作ったやつ」
「はぁ……食べるわ」
「わかった、いま出すね」
白用にはちゃんと甘さ控え目なのを作って確保してある。
いきなり夜にやって来て「甘いの食べたい」とか言いだす子だからないと大変なのだ。
金子さんには普通の甘いやつ、あまり食べない彼女にはノーマルが1番いいだろう。
「ああもう美味しいわね!」
「あはは……そんなに怖い顔をしなくても」
白はあんなだから金子さんに美味しいと言ってもらえると本当に嬉しい。
これで少しでも返せたらって思うけど、なんだか余計にライバル視されることになっていそうだ。
「あんたどうせ白に甘々だから作ってるんでしょ?」
「うん、こっちは甘さ控え目だけどね」
「作ってる本人が甘々だから無駄よ」
それを言われると大変痛い。
「なにかしてほしいことってない?」
「ないわ、あんたはじっとしていなさい」
「わかった」
と言われてもふたりきりで黙って過ごすのもなんだか違う気がする。
「……なんで泣いたのかしらね」
「あ、金子さんが?」
話題をくれたのはありがたいけど対応に困るやつだ。
劣等感を感じたからじゃない? なんて言ったら滅茶苦茶嫌な人間になる。
「そう……悔しいのは確かだったけど、大袈裟すぎたなって……」
「ごめん、なんて言ったらいいかわからないや」
「謝るな……惨めな気持ちになるじゃない」
「ならどうしたらいい?」
「たまにはのんびりしていなさい」
そう言われてもなあ……十分休んでいたから動きたいんだ。
それが人のためになるのならなおさらのこと、いまは金子さんのためになにかしたい。
だってあのふたりはパフェを食べているんだからね、それぐらいはないといけないだろう。
「君は我慢したからなにかしてあげたいんだけど」
「してほしいことなんてないわよ」
「いまからなんでも作って」
「なら肩揉んであげるわ」
「えぇ……」
こちらの肩を揉み始めてしまう金子さん。
「僕が君のためにしてあげたかったんだけど?」
「黙っていなさい、疲れているんでしょ?」
「いや、休み休みやってたから大丈夫だけど」
「はぁ……」
あ、でも越妙な力加減ではぁと息が零れるぐらいには心地良かった。
こちらは後でお昼ご飯を作ってたくさん食べてもらおうと決めた。
白と立石さんが楽しそうに話をしている。
金子さんは母から借りてきた本を滅茶苦茶じっくりと読んでいる。
女の子同士が仲良さそうにしている表紙だから不健全なものではなさそうだ。
「和……」
ただ、母はなんだか弱りきっている様子。
「私のお金がぁ……」
「でも、そういう約束だったじゃん」
「白ちゃんが……白ちゃんがぁ……」
ああ……あの子の胃袋はたくさん入るからな。
そして、たくさん食べさせたくなってしまうという最悪のコンボ。
その時はまだいいんだ、しかし後からかなりの確率で後悔することになる。
「ぐすっ……仕事してくる」
「後で軽食作るね」
「ありがとぅ……」
もう母の中では白がブラックリスト入りしたんだろうな。
「そろそろ帰らなくちゃ、白はどうするの?」
「僕も帰る」
「じゃあ送るよ。金子さんは?」
「…………」
読書に夢中のためふたりを送っていくことに。
反応できなくなるぐらい夢中になれる内容か、興味が出てきたので後で読んでみることにする。
あれも確か母が書いた本だからファンの人からすればかなり羨ましい環境だと思う。
「白、美味しかった?」
「ん。でも、和が作ってくれた方が美味しい」
「そ、それは大袈裟だよ……お店のやつの方が美味しいに決まってるし」
「白のことを考えて作ってるからじゃない? だから白が食べた時になおさら美味しく感じるのかも」
「甘さ控え目に作ってるんだけどね、うん……まあ嬉しいけどさ」
それこそ白には僕も母も立石さんも甘いと。
彼女と過ごすなら自分が変わってしまうことも覚悟しなければならない。
「ばいばい、今日も楽しかった」
「こっちこそ、それじゃあね」
「じゃあね、また明日」
こうして立石さんとふたりきりになるのは地味に新鮮だった。
普段彼女は白と行動するか、他の女の子と行動することが多いため、かなりレアな時間になっている。
「和くん、私にも今度クッキー作って」
「いいよ、何味が好き?」
「白より大人だからね、抹茶とかかな」
「うん、了解」
それ以外は特に会話はなく歩くことに集中することになった。
「送ってくれてありがと」
「うん、それじゃあね」
なるべく早く作った方がいいかということで今日作ってしまうことにした。
だからそこそこ急いで帰っている時だった、千賀先輩と女の人を発見したのは。
「なんであの子と一緒にいるの?」
「それって小雨のことか? 別にそういうつもりじゃないぞ」
やはり問題になったようだ、確かに頻度が高いと邪推したくなる気持ちもわかる。
金子さんがいれば必ずと言っていいほど現れる先輩、格好良く男らしいならなおさら怪しく見えるわけで……彼女さんからすればそれはもう落ち着かない毎日となってしまうだろう。
「私がいるのに他の子を優先するとか有りえない」
「そう言われても俺にそのつもりはないからな。妹みたいなやつなんだよ」
「私とその子、どっちが大切なの!」
「どっちもだ」
「ばか!」
その場だけでも君がって言っておけばいいのに、そこがまあ先輩らしいけど。
「盗み聞きするなよ」
「あ、すみません」
ばれていたみたいなので先輩の前に移動する。
先程の彼女さんは走って行ってしまったのに、このひとは全然気にしていなさそうなのがなんともね。
「良かったんですか?」
「ああ、俺にそのつもりはないからな」
「あなたの中ではそうかもしれないですけど……」
「大丈夫だ、これで終わるようならそれまでの繋がりだったってことだしな」
相手が白じゃなくて良かった、もし白だったらどっぷりのめり込んでいただろうから。
頑固か、信用しているのか、とにかく面倒くさい性格なのは確かだ。
「小雨と仲良くやっているのか?」
「多分ですけど」
「これからも一緒にいてやってくれ」
「それは僕が願う側ですから。それでは」
「ああ、またな」
先輩の彼女さんが同じようなことをしないように願っておこう。
そうしたらもう収集がつかなくなる、人間自分だけが我慢できるようにはなっていないから怖い。
ただなあ、この場合は彼女さんを優先するのが普通だと思うけど。
やはり金子さんをそういう意味で狙っているのかな? 人だから有りえないことはないし。
「ただいま」
「あ、木内! どこ行っていたのよ……」
「白と立石さんを送ってきたんだよ。帰るなら送る……ん? どうしたの?」
なんだかプルプルと震えている、顔も心なしか青ざめているような。
「……帰らない」
「え?」
「さ、さっきの本を読んだら怖くて……」
「え、ほのぼのストーリーじゃなかったの?」
「ち、違かった……急にホラー展開になって……帰らないっ」
こちらとしては同級生の異性を泊めることの方がずっと怖いけど……。
でも動いてくれそうになかったから諦めたのだった。