05
「……木内?」
「うん、木内和だよ」
母はこれから集中タイムだと言っていたから外で話すことにした。
しっかり調べた結果、このアプリでの通話は通信容量をあまり使用しないらしいから大丈夫……なはず。
「いま大丈夫なの?」
「うん、大丈夫」
声は普通に元気そうだ、こちらから余計なことは言わないでおくけど。
「明日もテスト勉強しよ」
「学校で?」
「うん、学校でいい。あと、持ってこなくていいからね」
「わかった、結構管理が大変だからありがたいよ」
白にはチョコ味のクッキーを作っていかないと。
それでテストが終了するまでは我慢してもらうつもりだった。
ちょっとテストに集中したいし、中途半端なことはするべきではないから。
「あんたいま外にいるの?」
「お母さんがいまから集中タイムでね、邪魔をしたくないし外に出てるんだ」
「いまから家の前に来て」
「さっき行ったばっかりだけどね」
「無理ならいいわ」
「行くよ」
22時までには帰らないと。
寝不足でテスト勉強をするわけにもいかないから作って23時には寝たい。
「来たわね」
「大丈夫?」
「うん、さっきは見苦しいところを見せて悪かったわね」
首を振ってから同じように壁に背を預けた。
気まずいというわけではない、それどころかこっちは勝手に心地良さを感じているぐらい。
「あんたこそ嫌なら断りなさいよ」
「嫌じゃなかったからね」
「なにもしてあげられないのに?」
「見返りが欲しくて君といるわけじゃない」
「友達だから?」
頷いて「その君が望んでいたらできる限り行くよ」と答えておいた。
ちょっと勘違いした痛い人間の発言だけど本当にそうだからしょうがないと割り切っておく。
「そういう言葉は千賀が言わないと似合わないわ」
「でしょ? 僕も痛いって思ったからね」
千賀先輩には彼女さんがいるみたいだけど金子さんのことを気にしているのは確か、もしそちらになにかがあったら金子さんに流れてもおかしくない。
「もういいよ、来てくれてありがとう」
「そっか、それじゃあいいかな」
「あんたを見たら元気が出た、またお弁当作りとか頑張るわ」
「無理しないようにね。なんでも僕を頼ってよ、できる限り応えるからさ」
……そんな可能性を考えるだけ無駄だし、さっさと帰ってクッキーでも作ろう。
それからお風呂に入って多少勉強してから寝る、そうすれば初の中間テストではミスらない。
問題なのは白がテスト終わりまで我慢してくれるかどうかだけど自分だけで説得が無理なら立石さんを頼ろうと決めたのだった。
「やだ」
「でも、テスト勉強とかをしなければならないからさ」
材料費もそこそこかかるのだ、積み重なれば馬鹿にならない金額になる。
「ちょうだいっ」
「今日の分はあるけど明日からはちょっと……」
「やだ!」
しょうがない、ここは立石さんに頼るしかないか。
友達と楽しそうに話をしていたのを邪魔するのは申し訳ないけど。
「こら白、ワガママ言っちゃ駄目でしょ」
「食べないと元気が出ない……」
「テスト週間が終わったらまたしてくれるって言ってるんだから」
「やだ……」
なんか僕が夫で立石さんがお嫁さんで、その子どもである白がワガママを言っているように見える。
まあこんなことは絶対に言わないけど立石さんが来てもこの調子だと……どうすれば納得してくれるだろうか。
「だから言ったのに、甘やかさないでねって」
「ついつい食べさせたくなっちゃって……」
「私で良ければ作るけど?」
「和が作ったやつがいい!」
「がーんっ!? 木内くん、これはもう諦めてもらうしかないよ」
そうか、自業自得だもんな。
枚数を絞れば毎日持って行くことは不可能ではない。
ただ、あんまり時間が経過するとしけってしまうから困ると。
「……わかった、じゃあ1日2枚でもいいかな?」
「ん、食べられないよりはマシ」
「うん、それなら大丈夫だよ」
家事、勉強、お菓子作り、大変だけどなんとかやらなくちゃ。
あんまり悲しそうな顔とか見たくないし、自分が頑張ることでそれを回避できるのなら最高だ。
となれば、休み時間は基本的に寝ることで過ごしたいと思う。
少しでも効率的に体力を回復させておくのだ。
「和、勉強教えて」
「ん……どこかわからないところあるの?」
「ここ」
なんで立石さんに教わらないのかはわからないけどここならわかる、教えられる。
「ありがとっ」
「他にもわからないところは?」
「えっと……」
「焦らなくていいよ」
「ん」
これも何気に勉強になっていい。
他にしなければならないことがあるからって勉強を疎かにしてはならない。
「ちょっとやってみる」
「うん、頑張って」
僕の机の上に広げているうえに、頑張っているのに寝るわけにもいかないから見守ることに。
「ここ」
「この数字をここにね」
「和は天才?」
「違うよ、平凡な学生」
だからこそ馬鹿にされないように努力してきた。
家事をいまのようにできるようになったのはそういうプライドもあったから。
とても感謝している、そのおかげでこの子ともいられているんだからね。
「また後で教えて」
「いいよ、わかる範囲でならだけど」
授業中、結構な眠気に襲われながらもなんとやり過ごした。
その後も約束通り一緒に勉強をして、お昼休みになったら金子さんとお弁当を食べて。
自分はなにかを食べると眠気が覚めるタイプだから助かった、放課後まで余裕だった。
「木内、来たわよ」
「あ、ようこそ」
そうだ、元々金子さんと約束していたのだからこちらを優先しないと。
「和、ここは?」
「えっと、それは最初辺りにヒントが隠れてるよ」
うぐ、だけど聞かれたら答えるしかない、がっかりされたくない。
「白、憩は?」
「友達と帰った」
「あんたなんで今日は別行動してるの?」
「和といるのも落ち着くから」
そう言ってもらえるのは嬉しいけどただ甘い物をあげていただけなんだけどな。
「まあいいわ」
「ん」
帰ったらご飯を作って勉強をして掃除をしてからお風呂に入らないと。
最低2枚の約束をしているからそれも作らなければならないし、なかなか忙しいな。
なるべく早く行動すれば寝る時間はちゃんと確保できる、勉強だって放課後に付き合ってもらってやっていれば70点以下ということもないだろう。
「木内」
一応テスト前に土日があるからその片方で急速回復させるのもいいかもしれない。
ここまで誰かに必要とされるなんてことはなかったから喜びしかそこにはなかった。
「木内、あんた大丈夫なの?」
「え? あ、全然平気だよ」
「でもこのちびっ子のワガママを受け入れたって聞いたけど?」
「まあそれぐらいならね、枚数が増えるとキツイけどさ」
いけない、大変だけど辛くはないんだから雰囲気には出さないようにしないと。
できないことはできないってちゃんと言える、コミュニケーションには自信があるからだ。
白7割、金子さん3割というペースで教えることになった。
限りなく効率的に過ごせたと思う、友達がいてくれて良かった。
「え、白は帰らないの?」
「和の家でやる」
「そっか、金子さんはどうする?」
「今日はもう私はやめておくわ」
「そっか、それじゃあね」
寧ろ50枚ぐらい一気に焼いてそれで我慢してもらえばいいのでは?
いや……この子のお腹具合だと1日で食べてしまう確率の方が高いか、破棄。
「ごはん」
「勉強は?」
「先にやるけど後でごはん」
「うん、わかってるよ」
招き入れたのが馬鹿だったのかもしれない。
勉強はちゃんとできたけどその後の対応がしくじった。
ご飯を食べてもらった上に出来たてのお菓子を食べてもらって笑っている自分がいたと。
そのせいで彼女の中にある僕の作ったお菓子が食べたい欲が上がって2枚で文句を言うようになった。
強くは出られないから4枚にして彼女を送って家へ帰宅。
片付けをしてお風呂に入って勉強をしてという一連の流れを今日もしてから睡眠。
翌朝になったら5時30分ぐらいに起きて洗濯物などを干して――などなどいつも通りに。
「眠たい……」
削るとしたら睡眠時間、23時に寝るつもりが24時就寝が普通になっているからあんまりないけど。
休み時間に寝ていれば余裕とか考えて、結局やって来た白や立石さんに教えてを繰り返し寝られず。
お昼休みも放課後も金子さんとの約束があるから結局駄目だったけど。
で、舐めすぎてて金曜日にぶっ倒れました、起きた後に笑ったぐらい。
休むと心配をかけるからそれでも行こうとしたら珍しく真剣な顔の母に止められ休むことに。
「今日はまだ白にクッキーあげてないんだよなぁ……」
またやだやだ攻撃を仕掛けられるかも。
それかこの際、愛想を尽かして立石さんのところに戻ってくれたら楽なんだけどな。
「和、大丈夫?」
「うん、もう動けるよ」
「じっとしてなさい」
ああ、なんだこの母親っぽいお母さんは。
こんなしっかりしたところはすごい久しぶりに見た。
しっかりしていなかったせいで仕事に集中させてあげることができなかったと。
「ごめん……僕のせいで」
「変なこと言ってないで早く寝なさい」
「今日はしっかり母親モードだね」
「たまにはねっ……って、こっちこそごめん……」
「謝らないでよ、十分助かってるんだから」
それに今日休んだということは土日を含めて3連休だ。
皆勤でなくなってしまったのは残念だけど、なにも悪いことばかりではない。
と、思っていたのは僕だけだったらしい。
「あんた大丈夫なの!?」
まさかのまさか、金子さんが家にやって来てくれた、それもすごい心配しているような感じで。
やはり休んだのは良くなかった、こんな形で休んでしまったら気になってしまうだろうに。
「うん、ごめんね」
「謝らなくていいわよ!」
「白は?」
「あの子は……自分のせいだって考えて来なかったわ」
「悪いことをしたな……白のせいじゃないんだけど」
ちょっと過信していたんだろうな、おまけに駄目だと言えなかったのも悪い。
立石さんから言われたことをきちんと守っておけば良かったのだ、従わなかった僕が馬鹿なだけ。
「この後はどうする?」
「どうするって……あんたが元気そうなのを確認できたし帰るだけよ」
「送っていくよ、その後に白と会わなきゃ」
「はぁ……ま、あんたがそう言うなら」
土日を挟ませてはいけない。
このままの気持ちでいさせるとかなり心にダメージがいく。
そういうことがしたくて優しくしていたわけではないのだから。
「あ、白?」
「……和」
「いま白の家の外にいるんだけどさ、来られないかな?」
「……怒らない?」
「怒らないよ、なるべく早く来てね」
大丈夫、強制的に寝られたことで治ったから。
「……和」
「こっちおいで」
「ん……」
あからさまにしょんぼりとしてしまっている白。
「心配かけてごめんね、それと、心配してくれてありがとう」
届くかはわからないけどこれで少しでも落ち着いてくれればいいと思う。
あれだけ立石さん大好き少女だった彼女がこういう顔を見せてくれるのが地味に嬉しい。
「今日は金子さんとやらなかった?」
「ん……小雨はすぐに帰ったから」
「さっき来てくれたよ、いま送ってきたんだけどさ」
金子さんにも悪いことをした。
食べ物を渡して許してもらうのは違うから……どうしたらいいだろうか。
経験がないからこれだ! という答えを引き出せないのがもどかしい。
「和は小雨が好き?」
「大切な友達だよ」
「僕は?」
「同じぐらいとは言えないかな。時間がちょっと違うからね。でも、大切な友達のひとりなのは変わらないよ」
作った物を食べてくれて美味しいと言ってくれて、僕のじゃないと嫌だって言ってくれて嬉しかった。
そもそもなんであれ求めてもらえるだけで幸せだ、たとえ欲を満たすためであったとしても。
お菓子欲でもなんでもいい、とにかくなんでもいいから側から離れてほしくない。
「最近は和のことも気に入っている」
「ありがとう」
「だから……心配だからもう帰って寝て」
「そうだね、休ませてもらおうかな」
「アイスとかクッキーとかありがと、だけどもういいから」
「そうなの? んー、じゃあ白が言うなら」
またしょんぼりとしてしまったから「テストが終わったらね」と言っておいた。
もちろん、同じような失敗はしない、今度からはしっかり制限をする。
なんでもかんでも甘やかせばいいわけではないから、相手が大切な友達であればなおさらのこと。
「白ー」
「なに?」
「また月曜日にね!」
「ん、ばいばい」
さて、母に怒られてしまうからそろそろ帰ろう。
こちらにできることは元気良く生活をして彼女たちに付き合うことだ。
今度は上手くやる、それにたまにの方がメリハリがついていいだろうからね。