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052  作者: Nora_
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04

「やっぱりあんたの家の道具でやったから感覚が違って上手くいかなかった!」


 多少焦げている卵焼きが詰まった容器を見せてくれた。

 ちょっとだけ悔しそうに頬を膨らませている、これだけ頑張っただけで十分だと思うけどな。


「じゃあそれ全部くれないかな?」

「えっ?」

「僕のおかずを全部あげるからさ、交換しようよ」

「い、いや……そんなの悪いし……」

「気にしないでよ、金子さんが作ってくれた卵焼きの方が美味しそうだからさ」


 まだ箸を使ってなかったから助かった。

 こちらと違って個別で卵焼きが詰められているため、そのまま受け取らせてもらう。

 金子さんには白米以外の右半分を食べてもらうことに。


「うん、美味しいよ」

「……お世辞はいいから」

「いや、本当に美味しいって。見た目はちょっと焦げちゃってるけどね」


 ちょっと待て、半ば無理やりに交換したはいいけど価値が見合ってないのでは?

 女の子が作ってくれた物と中途半端な我流野郎が作ったおかずたち。


「口に合わなかったら残してくれていいからね、後で全部食べるし」

「……食べる」


 少し交換ぐらいに留めておくべきだったか、調子に乗ってしまったな……。

 でも、美味しいな、努力したのがよくわかる。

 慣れないことでもやろうとするだけで十分魅力的だ、言わないけど誇ってほしかった。


「和発見」

「あれ、いーちゃは見に行かなくていいの?」

「もう行ってごはんあげてきた」


 よくこんなところを発見したなというのが正直な感想。


「さっきのクッキー美味しかった」

「あれは白専用の甘さ控えめの物だったけど、美味しかったのなら良かった」


 枚数を絞っているから食べすぎてしまうということもない。

 僕だって無限に作れるわけではないし、食べてくれるからってあげることはできない。

 あまり甘いものを食べてばかりいたら糖尿病になってしまう。


「明日はチョコ味がいい」

「了解」


 彼女は静かにお弁当を食べている金子さんの前に座る。


「それ、小雨が作った?」

「……違う、木内が作ったやつ」

「ひとつちょうだい」

「はい、あーん」

「あむ」


 なんだか複数の人に食べられるのも恥ずかしいな。

 それだけ我流の粗というのを発見されていくわけだからね。

 なのにそれを人に押し付け食べさせるなんて……申し訳ない。


「普通に美味しい」

「こいつはこういうところのスペックが高いのよ」

「いーこより上手に作れてる」

「僕のより金子さんが作ってくれた卵焼きの方が美味しいよ」


 さすがにこちらはあーんなんてできないけれども。


「ん、確かに美味しい。けど、不格好」

「形はどうでもいいんだよ。金子さんの頑張りが伝わってきて素晴らしいと思うよ僕は」

「べた褒め」

「うん」


 立石さんに怒られないように上手くやらないと。

 ちなみに、先にどのような物か食べてもらって確認してもらってある。

 それで許可が下りた物だけ白に提供しようと決めていた。


「とにかく、明日もよろしく」

「うん、任せて」


 こっちこそできないことはできないと言わないと。

 とはいえ、それはまだだ、まだまだ全然苦ではない。

 あのだらしのない母の世話をすることよりかはマシだ。


「はい」

「あ、うん」

「おかず、なにもないけどいいの?」

「いいよ」


 それでも残さないのがルールだ。

 あれだけたくさん卵焼きを食べたから大丈夫。


「ふぅ、ごちそうさまでした」

「私は戻るわ」

「あ、この容器は洗って返すから」

「いいわよ、貸しなさい」

「あっ……でもほら、口につけた箸が触れてるわけだし」


 しかも結局全て食べてしまったわけだから洗う必要がある。

 片付けまでがルール、こんなことは常識だろう。


「はぁ……いいから貸しなさい!」

「そ、そんなに怒らなくても……」

「別に怒ってないわ。また後でね、あ、放課後はちゃんと残ってなさいよ」

「なにかやるの?」

「違う、帰るだけ」


 ま、嫌われているよりかはいいか。

 一緒にそれぞれの教室に戻った。



  

 少しだけ金子さんの雰囲気が怖い。

 聞いても怒っていないと言うだけだから触れることはやめたけど。


「あんたさ、なんで卵焼きすらまともに作れない私の前でなんでも上手く作っちゃうわけ?」

「え、だから普通に美味しかったよ?」

「焦げてない綺麗な感じで仕上げたかったのよ、味より見た目よ」

「いや、見た目より味だよ。それに食べてみれば色々わかるから」


 それに最初を思い出せていいんだ。

 いつまでも忘れずに努力しようという気持ちになれる。

  

「あれは美味しかったよ、白だって言ってたでしょ?」

「……でも次もあれだったら食べたいと思わないでしょ?」

「普通に食べたいと思うけど。もちろん、その場合は僕のと交換してもらう形になっちゃうけどね」


 一方的に貰うことはできないから食べてもらうしかない。

 しかしその度に我流の食べ物を食べてもらわなければならないのだから申し訳ないという話。


「寧ろ僕が始めたばかりの頃は真っ黒こげだったからね、すごいぐらいだよ」

「嘘つき……」

「ううん、ご飯だって水分量間違えてベチャベチャだった時もあったし、お味噌汁だって味噌を入れすぎて味が滅茶苦茶だった時もあったよ。美味しいと言ってもらえる物を作れただけですごいよ」


 どうしたって不安になるから回数を重ねていくしかない。

 その点、母はハッキリ言ってくれるから本当に助かった。

 だからどこをどう改善すれば良くなるのかがわかったから。

 無根拠に美味しいと言われても不安になるということか。


「うーん、我流だから偉そうにアドバイスなんてことはできないけどさ、僕で試してくれればいいよ」

「何回でも味見してくれるってこと?」

「うん。まあ、その度に美味しいとしか言えないだろうけどね。それで自信つけてよ、たまには白とか立石さんにも食べてもらってさ。あ、千賀先輩もいいかもね、金子さんが作ってくれた物なら喜ぶと思う」

「あんたまだ勘違いしてんの?」

「いや、そんなことはないよ。でも、女の子が作ってくれたら嬉しいからさ」


 母がたまに作ってくれる時なんか嬉しくておかわりしちゃうぐらいだし。

 まあ、これは単純にいつもやっていない人が作ってくれて嬉しいだけなのかもしれないけど。


「というかあんた、結局白に甘くなっているじゃない」

「そうなんだよね……嬉しそうに食べてくれるからつい作っちゃって」

「なんでも作るな!」

「いや、そこまで小洒落た物は作れないからね。シンプルな物ばかりだよ」


 しかもかなり自分好みに設定してある、白が本当に喜んでくれるような物は作れていない。


「……女の私よりできるとか複雑じゃない」

「そういうの気にしなくていいって。これまで頑張らなくても良かったってことはいいお母さんだってことじゃん。いやまあうちのお母さんが悪いとは言わないけどね、頑張ってくれてるし」

「……むかつく」

「ごめん。なんでも言ってくれていいからさ、調理以外のことでもなんでも頼ってよ」

「じゃあテスト勉強。それだけはあんたに勝ってる気がするんだよね」


 別に勝負じゃないんだけど……あ、でもこれを利用すれば自然に金子さんといられるかも。


「なら教えてもらおうかな。僕はなんか小腹を満たせる物でも作ってくるよ。サンドイッチとかかな」

「私はハムが好き」

「じゃあハムと卵サンドで」


 こっちも頑張らないとな、いきなり赤点を取るわけにもいかないし。

 前にも考えたけど彼女の前でださいところを見せたくないから。


「今日からしよ」

「今日から? 金子さんがいいなら」

「うん、あんたの家でやりたい」

「わかった」


 その方が助かる、食材だって自由に使える。

 サンドイッチは今日作るのは無理だが、夜ご飯を食べていってもらえばいいだろう。


「ただいまー」

「お邪魔します」

 

 当然のように母はもう出てこなかった。

 このような場合は滅茶苦茶捗っているかやる気が出なくて寝ているかのどちらか。


「お母さん」

「ん……眩しい」

「ご飯作ったら食べる? 今日は金子さんもいるけど」

「小雨……ちゃん? あー、じゃあ食べる」

「わかった。19時頃に作るからできたらまた来るね」

「んー」


 こっちはそれよりテスト勉強だ。

 まだ範囲が分けられたわけではないけどやれることはたくさんある。


「はい、飲み物」

「ありがと」


 ファイルや教科書を取り出してお勉強開始。


「あ、そういえばここってやり方わかる?」

「ん? うん、これはこうしてこの数字を持ってくればいいよ」

「あ、そっか、ありがとう」


 白が満足しつつ過度にならない物と考えていたら聞き逃してしまった場所だった。

 やはりこういう時に友達の存在はありがたい、特に彼女みたいな真面目なタイプならなおさらのこと。

 そこからは黙々とお勉強タイムが続けられた。


「……あのさ、聞いてくれるんじゃなかったの?」

「え? ああ、わからないところはさっきのだけかな。それ以外は普段ちゃんと聞いてるからわかるよ」

「高校最初にやったテスト、最高点何点?」

「100点かな、なんにも自慢にならないけどね」


 入学してすぐにだったから慌てたけど全然簡単だった。

 それより前に受験でずっと頑張ってきたんだから当たり前かもしれないけど。


「……ちなみにここは?」

「Aだね」

「…………」

「ご飯作るよ、簡単な物だけどね」


 他人に勝ったところでなにも意味はない。

 もちろん、相手がこちらを敵視しているのであれば相手をしてあげよう。

 でも虚しいだけなんだ、そんなことで悦に浸ったところで上には上がいるのだから。

 だからいつまでも謙虚でいたい、なんでもできるなんて言われて喜びたくない。

 毎回毎回保険をかけるようにしていれば恐らく敵も作らないはず。


「照り焼きチキンでいいかな?」

「え、それ私にもくれるの?」

「当たり前でしょ? 今日のお礼だよ」


 母にはスタミナを回復してほしいからもも肉2枚で。

 我流だからなんでも簡単にさっとやるだけだけど。

 完成間際になったら出来たてを食べてほしいから母を呼びに行く。


「お母さん」

「……出来た?」

「出来たよ」


 差し出してきた手を掴んで立ち上がらせる。

 あれからお風呂には毎日入るようになったから普通にいい匂いだった。

 机の上の様子を見るに、これまで無我夢中でやっていたのだろう。


「座って」

「ん……あ、小雨ちゃんこんばんは」

「こ、こんばんは、お邪魔してします」

「いいよ、そんなに緊張しなくて。食べよっか」

「は、はい」


 僕も自分の分を食べさせてもらう。

 あれだな、本当にぱぱぱっとやったのに美味しい。

 これはもも肉と調味料が優秀なんだな、いつもいつもありがとうございます。


「美味い……」

「まだ寝ぼけてるの?」

「こんな息子がいてくれて幸せ」

「や、やめてよ、金子さんもいるんだから」


 なにが幸せじゃ、こっちはこうして普通に暮らせているだけで幸せなのに。


「ええっ!? な、なんで泣いてるの金子さん!」

「えっ……? あっ……な、なんでかわからないけど」

「ほ、ほらっ、タオルで拭いてっ」

「ありがと……」


 こっちはこっちでよくわからない状態になってしまった。

 そんなに精神的に追い詰めてしまうような光景だっただろうか。


「いや……あんたになにも勝てなくて悲しくなったのよ」

「そんなの気にしなくていいのに……」

「ひとつぐらいあんたに勝っていたかったっ、そうしないと……友達でいてくれなくなるかもしれないから……」

「そんなことないよっ、君は大切な友達なんだから!」


 まさか金子さんの方がそんなこと言うなんて。

 それは僕の役目だろ、いつ切られるんじゃないかって恐れてる。

 ならせめてって他のことで彼女のためになるであろうことを考えて行動しているのだ。


「……だって、なにもしてあげられないじゃない」

「気にしなくていいって、友達になってくれて本当に嬉しかったんだから」

「ま、まあ、とりあえず食べようよ」

「そうだね」

「はい……」


 とりあえず食べ終わったら彼女を家に送ろう。

 洗い物とかは後回しにして、いまはただ彼女を優先して動かないと。

 それにしてもなんで急にそんな弱気に、元々強気なタイプでもなかったけどさ。


「帰る……」

「うん、送ってくよ」


 白と違って下手に食べ物をあげたりすると嫌な気分にさせるかもしれない。

 馬鹿にしたいわけではないけどいまのところはやめておくべきなのかも。


「ごめん……結局なにもしないで」

「大丈夫だよ」

「後で連絡していい?」

「うん」

「ありがと」


 それはこっちのセリフだよって言うのはやめておいた。

 なんかプレッシャーになりかねないし、そういうつもりがなくても嫌かもしれないし。

 苛めと一緒だ、本人にその気がなくてもその対象が違う捉え方をしてしまったら終わってしまう。


「ここだから」

「そっか、それじゃあまた後でね」

「うん、じゃあね」


 後半はなんとか普通に戻ってくれていたような気がした。

 だからって平常運転ってわけじゃないだろうけどね……。

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