02
「木内、来たぞ」
「あ、千賀先輩っ。こんにちは」
「おう」
井上さんと立石さんが仲良くしているところを眺めていたら千賀先輩が来てくれた。
本当に来てくれたところが格好いい、そして単純に格好いいから井上さんたちも先輩を見ていた。
「木内の知り合い?」
「そうだ、土曜日にたまたま会っただけだけどな」
「へえ、木内には誰も友達がいないかと思ってた」
「悲しいことを言ってやるな、それに友達はひとりいるみたいだぞ?」
そうだ、僕には金子さんという優しい友達がいる。
しかも今日はスマホまで持っているのだ、昼休みが楽しみすぎて落ち着かないぐらい。
「友達っていーこ?」
「私は木内くんの友達じゃないよ?」
ぐっ……それはそうなんだけど……そんな笑顔で否定しなくてもいいのに。
「木内、来たわよ」
「あ、金子さん! 来てくれてありがとう」
救世主が現れた。
ここで仲良く話しているところを見せれば井上さんだって納得してくれるはず――だったのに。
「あれ、あんたなんでいんの?」
「土曜日に木内と知り合ってな。木内の友達ってもしかして小雨か?」
「そうね」
ちょっと待てい! 初めての友達じゃないじゃんっ。
それとも同学年では初めてだったということなの? というかなんだその親密さは……。
別にそういう意味で狙っていたわけじゃないけど、なかなか複雑なのは確かだった。
「さと、大丈夫そうなのがわかったから俺は戻るかな」
「まだ残ってればいいじゃない」
「いや、あんまりいても萎縮させるだけだからな」
大丈夫、仲良くしているところを見ただけで精神がやられたからっ。
冗談はともかくとして、スマホのことは黙っておくことにした。
伝えたところで状況はあまり変わらない、近くに千賀先輩がいるのならなおさらのことだ。
「そうだ、あんたなにか言いたいことがあったんじゃないの?」
「友達になってくれてありがとうって言いたかったんだよ」
「それをわざわざ連絡してきたの? 律儀な男ね」
「そういうお礼とかはしっかり言えって躾けられているから。金子さんはどうして来たの?」
「暇潰しよ、教室ではやることないから」
「そっか、じゃあゆっくりしていってよ。こっちも特にないけどさ」
ぐぐぐ、順調に仲を深めて親友になりたかったのに。
まさかたまたま出会った千賀先輩がライバルになるとは思わなんだ。
どうすればいい? それともあと残り9人を探しに行くべきだろうか?
浅く広くは個人的には微妙だけど、一緒にいることで勘違いしてしまう痛い男になるぐらいなら新しい子を探した方が有意義な時間が過ごせる気がする。
「金子さん……」
「なに?」
「千賀先輩と仲良くね……」
「あははっ、あんたなにその顔っ。つーか勘違いしないでよ? そういう仲じゃないんだから」
「でもほら……ひとりだったって嘘ついたから」
先輩とのことはもういいんだ、いま気になるのは嘘をつかれたことで。
だって悲しいじゃん? 無理させてたんじゃないかって気持ちにもなるし。
「あいつは友達じゃないわよ?」
「嘘だっ、だって名前で呼んでたじゃん」
「私の兄の友達なの、それでこっちのことを名前で呼んでいるだけよ」
本当かなあ、つまり同じ学校にお兄さんがいるってことなんだよね?
「お兄さんは何年生?」
「2年よ。会ってみたいの?」
「……嘘かもしれないし」
「そんなのメリットがないじゃない。それよりあんた、ガラケーやめたの?」
「えっ? あ゛……うん、お母さんがくれたんだ」
指摘されてから気づいた、隠すもなにも机の上にこれみよがしに置いてあったと。
これじゃあ連絡先を交換したくて、でもできなくて悲しんでいる人みたいじゃないか。
実際、中学生最後の僕はそれだった。ウキウキで携帯を持っていったのに誰ひとり……うっ。
「へえ、じゃあメッセアプリをインストールしなさい」
「え、どれ?」
「貸して」
渡した瞬間にテキパキといじり始める金子さん。
正直に言ってなにひとつわからなかったから助かった、あのままじゃ宝の持ち腐れだったから。
「はい、自分でIDとか決めて」
「ありがとう。あ、わからないところがあったらさ」
「うん、聞いてくれればいいから」
なんかゴチャゴチャしているけどなんとかすぐに設定を終える。
なんで隠そうとなんかしたんだろう、ただ友達として仲良くなりたいだけだったのに。
「できた……と思う」
「見せて? あ、うん、できてるわね。私の登録しておくから」
「ありがとう」
なるほど、これでみんなはいま会話をしているわけか。
○○があるから行けないとか土曜日遊ぼうとかそういうの。
ただ相手との会話画面を開いてタップして送るだけですぐに伝わると。なんて便利なんだろうか。
「遠慮しないで送ってきなさいよ?」
「困る時間とかってある?」
「22時以降は寝ているから無理ね。それ以外で反応できない時は……多分ご飯を食べたりとかお風呂に入っている時だから、返事がすぐこなくてもしょんぼりするんじゃないわよ?」
「わかった」
家事ぐらいしかやることなくていつも20時に寝ていたからな、会話に付き合ってもらおう。
もちろん、高頻度ではない、3日に1度ぐらいか? 甘えすぎても良くないからね。
「じゃ、また後でね」
「うん、また後で」
してくれたお礼に今日は白身魚のフライをあげたいと思う。
それで少しでも返していければいいなと考えつつ、なんとも言えない心地良さを感じていたのだった。
「おいおい、こんなところで食べてるのか?」
「そうよ、悪いの?」
「別に悪いわけではないが……教室じゃ駄目なのか?」
「あそこは騒がしいじゃない」
うぅ、まさかお昼休みまで千賀先輩が訪れるなんて。
友達じゃないわよ? なんて言っていた金子さんは普通に会話しているし。
僕の弱々ハートは先程から大暴れだった、もちろんいい意味ではないけど。
「いいから戻りなさい、彼女がいるでしょう?」
「女子と食べているからな、そこを邪魔するわけにもいかないだろう?」
「だからってなんでこっちに来るの?」
「わかったわかった、戻るよ」
彼女さんがいるのに金子さんを狙うのはやめていただきたい。
……出会っていなければこの複雑さを味わわずに済んだのにっ。
「はぁ……心配性なんだから」
「心配性?」
「そうよ、昔からずっとああなのよ。私がひとりで大丈夫だと言っても大丈夫かっていちいち聞いてくるしね……心配してくれるのはありがたいけど、それって信用されていないのと一緒じゃない」
本当はその彼女さんではなく金子さんを狙っているのでは?
彼氏ではなく女友達を優先してしまう彼女さんが嫌になったとか。
「優しいんだね」
「まあ、それはわかるんだけどね」
いや、単純に兄目線みたいなものもあるかもしれない。
お兄さんの友達だと言っていたし、しっかり見ておかなければならない的な考えかも。
「そうだ、これあげるよ」
「フライ? じゃあ貰っておくわ」
とにかくいまはご飯だ。
特別会話があるという感じではないけど、誰かと食べられるのはとても嬉しいことだと思う。
朝も夜も母と食べられる時はほとんどないからだ、それにたまにあってもやる気がないし落ち着く時間ではなくなるから。
「あんた自分で作っているのよね?」
「うん」
今日も自分が作った物は安定していて普通に美味しい。
完全に自分好みというのも大きい、母が作ってくれたら嫌いな物を入れそうだし。
それだけならともかく、白米の上に梅干しドーンで終わる可能性もある。
「作るのって大変?」
「そうだね、そこそこ大変だよ。興味があるの?」
「……たまにはお母さんに楽してもらいたくて。それにあんたがご飯を作っているのに女の私がなにもしてないってのはなんとも……」
なんか自慢みたいになってしまったのだろうか。
そんなことを伝えたくて自分で作っているって言っていたわけじゃない。
「そういうの気にしなくていいと思うよ。でも、お母さん的には嬉しいだろうね」
普段自由人だけど家事をしてくれてありがとうって笑ってくれる。
日々大変であったとしてもそれだけで疲れが吹き飛んでしまうから感謝の言葉には力があった。
「なんかごめんね?」
「そこで謝られる方が困るわよ……」
「僕はとにかく感謝しているからさ、友達になってくれたり連絡先交換してくれて。それだけはわかってほしいし、馬鹿にしたりプレッシャーをかけたかったわけじゃないんだよ」
「それはまあわかってるけど……まあいいわ、とりあえずこの話はお終いで」
「うん、わかった」
残りを食べ終えて片付ける。
時間はまだ15分ぐらい余っているみたいだ。
このまま会話に付き合ってもらうのもいいし、適当に歩いてみるのも楽しいと思う。
「金子さんは猫って好き?」
「好きよ、犬も好きだけど」
「じゃあさ、ちょっと付いてきてくれない?」
「――?」
あの体育館裏に金子さんを連れて行った。
もちろん、僕単体であの猫が出てきてくれるとは考えていない。
だから裏技を使うんだ、そろそろあの子が来てくれるはず。
「いーちゃ、今日もごはんを持ってきた」
「にゃ~」
「ふふ、いい子」
来たっ、井上さんっ。
単独行動を心がけているということは立石さんは知らないかもしれない。
「へえ、可愛いわね」
「でしょ?」
「誰っ!」
コソコソとするのをやめて姿を見せる。
「木内? いーちゃを見に来たの?」
「うん、金子さんに見せたくて」
「いーちゃは知らない人に懐かない……ぃい!?」
こちらにやって来て金子さんの足元で鳴く猫。
「な、なんで……僕に懐くのだって時間がかかった、のに」
「優しい子だからじゃない? 金子さんもいーちゃ? ちゃんも」
「ん……でも、確かに怖い雰囲気は感じない。すぐ懐く理由もわかる」
その金子さんは戯れて楽しそうにしていた。
それを寂しそうに眺めている井上さんがちょっと印象的だった。
意味があるのかはわからないけど名前を呼んでからご主人様を指差す。
「にゃ~」
「いーちゃっ」
それにしても、いーちゃ、なのはなんでだろう。
いーちゃんなら立石さんみたいで愛情がもっと湧きそうだけど。
「むぅ……せっかく来てくれてたのに」
「ごめん……井上さんが寂しそうにしていたから」
この頬を膨らませているところを教室の子に見せたら人気出そう。
僕がやってもただ気持ちが悪いだけで終わるんだから差がすごい話だ。
「知ってるんだ?」
「うん、隣の席だしね。あ、立石さんって子が横で、その子のところにいつも来てるんだ」
「じゃあ友達じゃないのね」
「そうなんだよね……」
結局友達になってくれと頼めてすらいない。
ここで言ってもいいのだろうか?
「木内」
「なに?」
「またアイス買って」
「いいよ。あの値段のやつは無理だけど」
「大丈夫、アイスならなんでもいいから」
これはもしかしてちょっと懐いてくれているのかな?
そういう考えは良くないけどアイスを買ったのがいい方向へ繋がっているかもしれない。
「ぷふっ、それでいいのっ?」
「金子さんにも買おうか?」
「私はいいわよ、あんたってあんまりお金使いたくないんでしょ?」
「お世話になってるからさ、そのお礼として」
「いいわよ、もう十分貰ったわ」
きんぴらごぼうと魚のフライだけでいいと言うのか?
一緒に過ごす毎に恩が増えていくからそれだけじゃ足りないと思うんだけど。
「……無理なら我慢する」
「あ、大丈夫だよ」
「それにいーこが怒るから」
「立石さんが? 立石さんと井上さんってどんな関係なの?」
「小学生からずっと一緒だった。僕がお世話してあげてる」
あー……立石さんがこの場にいたら大変なことになりそうだ。
「お世話をしてあげてるのはどっちかな?」
残念ながらこれは防げなかった。
まさか自分の方から呼ぶなんて思わなかったんだ。
立石さん相手に僕ができることはない。
「僕、いーこは僕がいないとなにもできない」
「それは白だよね? ね? ねえ?」
「痛いぃ……木内の方が優しい」
「白……話し始めたばかりの木内くんと比べられたら辛いよ……」
そりゃそうだ、これまで頑張ってきたことだってあるだろうし言わないであげてほしい。
アイスを買っただけで優しい人扱いしてしまうというのも複雑なところではあった。
千賀先輩には金子さんではなく井上さんを見てあげてほしい。
「……ごめん、いーこはやっぱり僕がいないとだめだね」
「……もうそれでいいから行こ?」
「わかった。木内、アイスよろしくね」
「うん、大丈夫だよ」
また友達になれなかった。
それどころか逆に立石さんに邪魔をされている? 井上さんを取られたくないのかも。
「友達10人作るのが目標なんでしょ? 言わなくていいの?」
「うん、いまはいいかな」
「ま、頑張りなさいよ」
「うん、ありがとう」
いーちゃも帰っちゃったし教室に戻ろう。
いまはまだ金子さんがいてくれるだけで十分だ。