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052  作者: Nora_
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01

 高校生になったら友達10人作るのが目標だった。

 しかし残念ながら初日から風邪で休み、休日を挟んで月曜日に登校したものの上手くいかず。

 案外初っ端というのは重要だったらしく、それに参加できなかった自分は馴染めず1週間経過。

 それが2週間、3週間と長引き、あっという間に5月になってGWに突入してしまったのだ。


「しまったぁ!」


 風邪を引いてても行けば良かった、そうすれば絶対に変わっていたと思う。

 コミュニケーション能力には自信があるし、いけるはずだったのに……。

 だけどそのGWも今日で終わる、寝て起きて学校に行けば楽しい学校生活が始まる!

 はず、だったんだけどなあ。


「いーこ、お昼ごはん食べよ」

「いいよー、一緒に食べよっか」

「ありがと、いーこは優しくて好き」


 よく横で食べてる女の子ふたり組を眺めてため息をついた。

 僕もこうして誰かと仲良くお昼ご飯を食べているところだったんだ。

 男友達だけではなく女の子との友達を作って、やがて親密に……なんて感じで。

 どうせなら一般的な学生生活というものを送りたかったのに、話すことすらできずに終わっていく。

 まだ1年の5月でなにを大袈裟な、そう言われるかもしれない。

 でも、知っているんだ、ここで楽観的でいるとあっという間に3年間が終わってしまうと。

 実際に中学生時代はそうやって終わりを迎えた、思い出? 部活かな、卓球部の。


いこい、私も一緒に食べていい?」

「いいよー」


 おぉ、かなりの人気ぶりのようだ。

 僕? 僕は窓の外を見つめて空腹をしのいでいる。

 お弁当を忘れちゃったんだよね、せっかく自分で作ったのに。


「ねえ」

「え?」

「そこ、席貸して」

「いいよ、どうぞ」

「ありがと」


 どうせ教室にいたって空腹度が上がるだけ。

 そうなれば見なくて済む、お弁当を忘れてきたなんてダサいし。


「木内くん」

「え? あ、さっきの」


 人気な人、一緒に食べていた子の視線が突き刺さる。


「お弁当、忘れちゃったの?」

「あ、うん、そうなんだ。だから正直に言って匂いを嗅ぐとお腹が辛くてね……」

「少し分けてあげようか?」

「え、いいのっ? あ……ごめん、でも、貰うわけにはいかないから。席も譲っちゃったし外で時間をつぶしてくるよ。本当にありがとね!」


 教室から出る。

 少し分けてあげようかとあの子が言った時、後ろの子の視線が冷たくなった気がした。

 後からやって来た子ではなく、あの子のことをいーこと呼んでいた子の方だ。

 にしても、優しい子だなあ、なかなか初会話の人間に言えることではないのに。


「貰えるわけないんだよなあ」


 屋上には出られなかったからその手前で寝っ転がる。

 たとえ仲が良かったとしても簡単に物を貰わないようにしていた。

 理由は単純に返せないから、時間が経てば経つほど返しにくくなるしね。

 うーん、だけど貴重なチャンスを自らの手で潰してしまった気がする。

 いーこさんだけなら良かったんだけどな、ああやって睨まれちゃうとちょっと……。

 こ、コミュニケーション能力は高いけどほら、あからさまに歓迎されてないと行きづらいし。


「っと、私以外にもここを利用している人間がいたのね」

「あ、邪魔ならどくけど」

「別にいいわ、よいしょっ……と」


 あ、この子いい匂いがする。

 なんか凄くご飯が食べたくなるそんな匂い。

 そのせいでお腹が鳴ってしまい、ジロリと睨まれてしまった。


「食べてないの?」

「あはは……お弁当忘れちゃって」

「言っておくけどあげないわよ?」

「大丈夫、もうここから移動するから」


 あそこもどうやら利用できなくなってしまったらしい。

 人と遭遇しないであろう場所ってどこだろう。

 中庭? 裏庭? 校舎裏? 体育館裏?

 この中だったら裏庭と体育館裏がそれに該当しそうだ。


「到着」


 まさかわざわざ外の、しかもこんな裏で食べる人なんていないだろう。


「いーちゃ、おかずあげる」

「にゃ~」

「いい子」


 な……んだと?

 先程僕を睨んでくれたあの女の子が恐らく野良猫にご飯をあげてるところだった。

 ばれたら面倒くさいことになるから作戦を破棄、もう校舎内を歩くことにする。


「待って、なにをコソコソしている?」

「あ……いや、お弁当忘れたから誰もいない場所を探したら君がいたんだよ」

「なるほど。これ食べる?」

「い、いや……それはその子専用だよ」


 さすがに猫が口をつけたものをもう食べられないよ?

 さすがにそこまで強くないよ? 強かったら友達10人ぐらいもう達成しているよ。


「いーこと仲良くしたいの?」

「できれば友達になれたらいいなとは思ってるけど……なにも今日――」

「わかった、僕が協力してあげる」

「あ、ちょっとっ」


 この子の手は滅茶苦茶小さいな! あと温かい。

 あ、いや、そうじゃなくてこのままだとあの子の前で困惑する羽目になるぞ。


「あ、はくはやっぱり外に行ってたんだ」

「いーこっ」


 可愛い名前じゃないか、先程はなんで睨んできたんだろう?


「珍しいね、白が私たち以外といるの」

「体育館裏で発見した。いーこと木内が仲良くしたいらしい」

「木内くんが?」


 待て、ここで友達になってほしいと言うのは卑怯じゃないか?

 この小さくて可愛い子に代弁をしてもらった上で望むなど男ではない。

 故に僕は、


「連れてってくれてありがとう、これで戻るね」


 優しく拘束を解除して校舎内に戻ることにした。

 うぅ、貴重なチャンスがぁ!? だけどしょうがない、さすがにダサすぎる。

 大丈夫、こっちもそんなに大きいわけじゃないからエネルギーは全然消費しない。

 新しいゲームを買った日なんか1日中やってて食べなかったことだってあった。

 そのため、放課後までなら特に問題がない。

 そして実際に放課後まで普通に乗り切った。

 帰ろうっ、どこの誰よりも早く家に。


「待って」

「あ、君はさっきの。さっきはありがとね」


 井上白さんと立石憩さん。

 観察してみた限りでは立石さん優しさありきの関係のようだ。


「これあげる、飴」

「ありがとう。それなら僕も飴をあげるよ」


 こういう交換できるタイプなら受け取ったりもする。

 なにもない場合はもちろん受け取ったりはしない。


「うん、美味しい」

「木内から貰ったこれはコーラ味?」

「そうだよ、そのなんとも言えない絶妙な味が好きなんだ」


 市販で売っている物とは全然違う。

 けれど、このなんとも言えないチープな感じが気に入っていた。

 10円で買える物に過度な期待をするわけにもいかないのだ。


「良かった、井上さんが飴をくれたおかげで帰る元気が出たよ」

「ん、木内から貰ったこれも美味しい」

「でしょ? コンビニで10円で売っているから買ってみるといいよ、それじゃあね」


 教室を出てからすぐに飴を手の上に出す。


「おぇぇ……な、なにこの味……」


 袋を確認してみたらゲロ味……ゲロ味!?

 あの子の手前、無理して笑みを浮かべてみたけどばれなかっただろうか?

 立石さんだっていたから悲しませたくなかった、優しくしてくれているのはわかるしね。

 ……捨てるわけにもいかないからもちろんちゃんと食べましたよ、すぐに噛み砕いたけど。

 おかげで口の中は大変なまま家まで帰ることになった。


「ただいまあ!!」


 とにかくいまは水だ、それより優先されるものはない。

 食欲なんて後からいくらでも満たせる、このままだと不味さで物が食べられない。


「――ぺっ、よし」


 意地悪ではないことを願っておこう。

 その後は早めの夕飯を作った。

 なんでもかんでもひとりでやらなければならないなんてことはなく、


「……おはよ、和」

「あ、おはよう! って、もう19時だけどね」


 家には母がいるからあんまり大変ではない。

 こんな感じでも自分の部屋の掃除ぐらいは自分でやってくれる。

 それ以外の家事はまあ……僕がやらなければならないんだけどね。


「ご飯できてるよ」

「あんがと……ふぁぁ……」

「作家ってやっぱり大変?」

「そだね……ま、家でできるからいいんだけど。で、友達できたん?」

「ま、まだ……」

「そっか。ま、頑張りなー」

「ありがとう!」


 今日空腹じゃなくて1対1だったら立石さんと友達になれる予定だったんだ。

 コミュニケーション能力はあるからいけるんだ、近くに井上さんがいなければ。

 しかしそれはほぼ不可能と言ってもいい、休み時間でもなんでも側にいるから。


「こうなったら先にあの子と友達になってみよう」


 階段の踊り場で出会った女の子、意外と優しそうだしいけるはず。


「あんたの友達に?」


 翌日、今度はお弁当を持って待ち伏せをしていたらやって来てくれた。

 後に回してもいいことはなにもないため、本題を切り出させてもらう。


「私は別にいいけど」

「いいのっ!? ありがとう!」


 この子のことは必死に調べた。

 それでもわからなかったから名前を聞いたら金子小雨こさめさんという名前らしい。


「食べていい?」

「あ、どうぞっ。僕も今日はちゃんと持ってきたからここで食べるよ!」

「どうぞ」


 さて、僕はこの優しい金子さんになにができるだろうか。


「これあげるよ、友達になってくれたお礼」

「きんぴらごぼう? ありがとう」


 昨日の余り物だけど不味くはないはず。

 母は結構味付けに文句を言ってきたりするからその度に対応した結果慣れた。


「美味しいわ、あんたが作ったの?」

「そうだよ、自分で作らないと購買とかで買ったらもったいないからさ」

「そうね、私のはお母さんが作ってくれているんだけど」

「へえ、いいなあ」


 だけどもう高校生だしいつまでも甘えているわけにもいかない。

 家事ぐらいなんてことはない、そのかわりに家で過ごせているんだから。

 本屋さんに行けば必ず母作の商品が発見できるからそこそこ有名なんだろう。

 そのため、大変さもあるだろうから僕なりに支えていきたいと思っているのだった。


「あんたもしかして私が初めての友達?」

「そうなんだ……入学式の日に風邪で休んじゃってさ、それからも全然友達ができなくて……だから金子さんが友達になってくれて助かったよ」

「私もひとりだったのよ、だからありがたいわ」

「そっか! ならお互いにウインウインだね!」

 

 友達ができた状態で食べるお弁当が美味しいとよくわかった。

 目標はあくまで10人だけど、ひとりでもいてくれればとりあえずは安泰だろう。


「あんた何組?」

「僕は1組かな。金子さんは?」

「私は2組ね」


 行こうと思えばすぐに行ける距離。

 とはいえ、教室に行ったら彼女がいなかったとか平気でありそうだ。


「ね、ねえ」

「なに?」

「連絡先、交換してくれない?」

「別にいいわよ。はい、勝手に登録して」

「おわっ!? わ、渡すんだね……」


 ……いいのか? このまま触ってしまって。

 いやもう触れてはいるんだけど、操作までするというのは申し訳ない気が。


「ごめん、やっぱり操作するのはちょっと」

「んー、えっと――はい、これ表示しておけば登録できるでしょ?」

「あ、ありがとう」


 というか単純にスマートフォンはどうすればいいのかわからなかった。


「ありがとう」

「うん。ん? つかあんたのはスマホじゃないのね」

「全然利用する機会ないしいいかなって思って、それにほら安いからさ」


 これでも一応色々考えて動いていた。

 あまり利用していなくても毎月7000円近く消費するのはかなり大きい。

 そういうお金を他に回せればいいかなと考えていたんだけど……。


「じゃあメッセアプリじゃなくてメールアドレスでのやり取りになるのね、面倒くさいわね」

「うっ……ま、まあ、ほとんど利用されることはないだろうけど交換してくれてありがとう」


 これから井上さんや立石さんと友達になってもらう予定なのにこれじゃ不味いか?

 スマホも持ってないの? 連絡取るの面倒くさいからやだとか言われたら終わりだ。

 2年契約をしていることからすぐには変えられないし……少し考えなしだったか。

 もっとプランとかを調べて最安値を求めれば良かった、恐らくガラケーと同じぐらいのがあるはず。


「早く食べなさい」

「あっ、そうだねっ」


 友達がひとりできただけで浮かれていたら駄目だ。

 まだ残っていたおかずなどを食べてお弁当箱を片付ける。

 ところで、食べ終わったのに戻ろうとしない金子さん。


「教室にいるのが嫌なの?」

「いや、そんなことはないわよ。ただ、静かなところが好きなの」

「なるほど。いいよね、静かなところって」

「うん」


 立ち上がって少し彼女から離れてからホコリを払う。


「今日はありがとう、それじゃあまたね」

「私も戻るわ、どうせもう昼休みも終わるし」

「そっか、じゃあ戻ろう」


 なんでも受け入れてくれてありがたいけど、ちょっと危ないかなと感じてしまった。

 言うべきか後から言うべきか、友達になってもらったばっかりで言うのはおかしいかな?


「金子さん、嫌なことは嫌だって言ってね」


 いや、こういうことはきちんと言っておかなければならない。

 木内和ぼくがどんな人間かわからなくて、断ったらどうなるのかわからなかったから受け入れただけの可能性もある。

 先に嫌なら嫌でいいんだけどさと言うべきだったと後悔した。


「なにが?」

「いやほら、友達になってとか連絡先を交換してくれとか言われて簡単に受け入れちゃったからさ、危ない目に遭うかもしれないでしょ? だから気をつけてほしいなって。金子さんは友達なんだからそういうことで怖い思いとかしてほしくないし……あ、うんまあ、そんな感じ」


 なんだこいつと思われてもどうでもいい。

 友達になってくれたのだから心配するのは当たり前だろう。

 仮に友達になれていなくても困っているようなら、なるべくその人のために動きたいけど。


「ははは、心配してくれてるんだ?」

「うん」

「ありがと、だけど大丈夫よ」

「そっか、なら安心だ」


 本人がこう言うなら信じよう。

 こうして、いつもより楽しいお昼休みは終わったのだった。




「あー……人が来るからちょっと外に出ててくれない?」


 掃除をしてたら珍しく早く起きてきた母にそんなことを言われた。


「打ち合わせとか?」

「そ、あー……だるい……そうだっ、和が代わりにやるっ?」

「む、無理だよ……どれぐらい時間つぶしておけばいいの?」


 時間によってはボトルに水を入れて持っていく必要がある。

 空腹感はともかく、水分補給は怠ってはならないから。

 

「3時間ぐらい? ごめんねー」

「いいよ、それじゃあ行ってきます」

「いってらー」


 外に出てから少しして足を止めた。

 それから携帯を見つめて、どうしたものかと頭を悩ませる。

 友達ならこういう時に遊ぶのが普通なのでは?

 でもつい先日なったばかりだし、いきなり連絡をしたら非常識だと思われるかもしれない。

 明確な目的もないのに誘うのは失礼な気がする、よって、連絡はしないことにした。


「とはいってもなあ」


 3時間をただ歩いて過ごすというのは大変だ。

 お金を無駄に使いたくないし、どうしたって外限定になる。

 店内にいると買いたくなるからね。

 家の近所から駅近くへ移動して、土曜日だというのに僕は人の群れをぼけっと眺めていた。

 そんな時だった、井上さんを発見したのは。

 しかも都合良くひとりでいるよう、普段は立石さんとばかりいるのに非常に珍しい光景だ。


「白ー、先に行かないでよー」

「いーこが遅い、なんでそんなに歩くのが遅い?」

「白が早いだけだって。それに私、白とゆっくりしたいから」

「誰にでも言ってそう」

「なんでっ!?」


 耳がそこそこいいからよく聞こえてしまう。

 土曜日なのに家を追い出されぼけっとするしかない僕と、楽しそうなクラスメイトふたり組。

 雲嶺の差だ、僕もあんな高校生活が過ごしたかった。


「あ、木内を発見した」

「木内くん? どこにいるの?」

「あそこ」


 これで逃げたりしたら不自然だ、クラスメイトなんだから堂々としておけばいい。

 なにをしているのかと聞かれたら……どうしよう。


「邪魔したら悪いから行こっか」

「いーこがいいなら」


 あ……そもそも話しかけられすらしませんでした。

 友達じゃないしね、しょうがないねこれはもう。

 だけど僕、いまのでかなりショックを受ける形に……。

 ここだと楽しそうな人たちを嫌でも見なければならなくなるから移動を開始。

 だが残念、他のところも休日ということもあってたくさんの人がいた。

 土曜日だというのに制服を着ている子も多く見える。

 しかし、それでも彼ら、彼女らは楽しそうで、ひとり寂しく歩くことしかできない僕とは違って。


「はぁ……」


 いつの間にか人が少ない人を無意識に選んでいたらしく、静かなところへやってきていた。

 なぜ先程のような場所から街を見下ろせるようなところにいるのかはわからないけど。

 

「でも、綺麗で落ち着くな」


 空気も心なしか綺麗な感じがする。

 下と違って静かで金子さんが好きそうな場所だなと思った。

 まあ、だからなにって言われちゃうだろうけど。


「俺以外にも利用している人間がいたのか」

「あ、邪魔ならどきますよ?」


 明らかに年上っぽかったから敬語で対応。

 こんなやり取りをつい先日にしたなと内心で苦笑。


「別にいい。綺麗だろ?」

「そうですね」

「なによりここの良さは静かなところだ。どうしたって向こうへ行くと騒がしいからな」

「わかります、先程まで向こうにいましたから」

「そうなのか? ここは結構距離があるのによく来たな」

「気づいたらいました、脳が静かなところを求めていたんだと思います」


 みんなの楽しさパワーがひとりにはよく染みた。

 あれを見ていると逆に不幸せになりそうだったから歩き続けていたのだ。


「俺は千賀大将たいしょう、お前は?」

「僕は木内和です、高校1年生です」

「俺は2年だ。あの高校のか?」

「そうです、あの高校の1年です」


 敬語を使ったのは間違いじゃなかったっ。

 コミュニケーション能力が高くてもそこら辺はしっかりしなければならない。

 待てよ? でもそれだと金子さんにいきなりタメ口で話したのは失敗だったな。


「楽しいか?」

「楽しいですよ、先日やっとひとりめの友達ができました」

「はははっ、もう5月だぞ? それでひとりめかよ」

「はい……だけどたくさんいればいるほどいいわけではないですからね」

「それはそうだな」


 お弁当を分けてくれるタイプではなかったからてっきり断られると思ってたけど、そうじゃなかった。

 友達にもなってくれて連絡先だって交換してくれて、悪くも言ってこないしいい子だと思う。

 もっとズカズカ言ってきたりするタイプなら遠慮なく休日だろうが誘わせてもらったんだけどね……。


「何組だ?」

「1組です」

「そうか、なら月曜日に行くかな」

「え、来てくれるんですか? ありがとうございます!」


 年上の同性と友達になれたら大きい気がする。

 色々学校のことだって聞けるだろうし、なにより友達を増やす際のきっかけになるかもしれない。

 自分が目立ちたいと考えてはいないからオマケ的な立ち位置でいいのだ。

 先輩は大きいから目立つしね、それに格好いいから女の子だって興味を持つかもしれないし。

 そんな人といつも仲良くしていたら? 僕にだって興味を持ってくれる人が出てくるはずっ。


「それじゃあな」

「はい! それではまた!」


 時間を確認してみると12時手前だった。

 家を出てから2時間経過といったところだろうか。

 そう、母はたとえ10時起床だったとしても相当早いという扱いになる。

 いつもは夕方まで出てこないとか普通だから、あんなことは滅多にない。

 本当に打ち合わせなのか? もしかしたら男の人と会っていたりして。


「って、ないか、帰ろ」


 もし男の人と会うならもうちょいお洒落をするだろう。

 なのに先程の母ときたら寝癖がやばいしクマがすごいし少し汗臭くもあった。

 平気で3日ぐらいお風呂に入らないことだってある、が、さすがにそのまま会おうとは母でもしない。

 となれば、きちんとお仕事の話だということだ。

 いつも来てくれる人はそういうのを気にしないタイプ(装っているだけかも)なので、気に入っていると母はよく言っていた。

 気に入っている相手が来てくれるのだから最低限の常識は守った方がいいと思うけどね。

 とにかく街の方へと歩いていた僕だったけど。


「え、ここどこだ?」


 歩いてみてもよくわからない。

 ちゃんと向こうへ進めているのか、どんどん不安になってきた。

 もし間違えて逆方向や左、右方向に移動していたら限りなく時間だけがすぎることになる。

 それでも足を止めることはできなかった。

 足を止めたら最後、帰ることが2度とできなくなる。

 しかもいまさら感じ始めた疲労感、先輩がああ言っていたことの意味がよくわかった。

 遠い、とにかく距離がある、しかも正しいのかどうかわからないという不安さもそこにのしかかる!


「木内発見」

「えっ、あ、井上さん!」


 井上さんがいるということは正しい道を進めていたということだ。

 どうやら立石さんはもういないようだ、ひとりで大丈夫なんだろうか?


「こんなところでなにしてる?」

「実は迷子になっちゃってて……」

「迷子? こんなところで?」

「そうなんだよ。井上さんさえ良ければちょっと案内してくれないかな?」

「わかった、付いてきて」

「ありがとう」


 小さい背中が滅茶苦茶頼もしい。


「井上さんはアイスとか好き?」

「好き」

「向こうへ着いたら買うよ、お礼としてさ」

「ハーゲン○ッツ」

「あ、うん、それでもいいよ」


 これほどありがたいことはない、多少高かろうが問題はなかった。

 そして井上さんが先程「こんなところで」と口にしていたように、割とすぐに見慣れた場所に行くことができた。

 約束通り近くのスーパーでアイスを買って井上さんに手渡す。


「ありがとね」

「ん」


 いまなら友達になってほしいって言ってもいい気がする。

 優しくしてくれた彼女のことだ、きっと受け入れてくれるはずだ。


「井上さんっ」

「あー! そこにいたんだ……もう、どこ行ってたのっ?」

「いーこっ」


 ああ……また立石さんが来てしまった。

 立石さん的には井上さんは迷子だったらしいけど。


「木内とお散歩してた」

「お散歩というか案内してもらってたんだ」


 あんまり間違いではなかったから否定する必要もなかったか。

 寧ろお散歩と言ってくれた彼女には感謝しかない。


「どこにいたの?」

「向こうの方。僕はそのおかげで助かったんだけどね」

「そっか、ならいいかな。――って、そのアイスっ、また無駄遣いして!」


 立石さんは彼女の姉か母親かな?

 井上さんの方は「木内がお礼としてくれた」と落ち着いた対応だった。

 

「へ? あ、そうだったんだ……ごめんね、お金払うよ」

「いいよ、お礼だから。本当に助かったんだよ」


 あのままだと不安で体力を無駄に消費していた、それをせずに済んだのは彼女のおかげだ。


「そういえば木内、なにか言おうとしてた?」

「ううん、ありがとうって言いたかっただけだよ。それじゃあね、また月曜日に」

「ん、ばいばい」

「じゃあね、白を連れてきてくれてありがとー」


 いや、その井上さんが連れてってくれたんだけど……。

 もうちょっとぐらいは井上さんのことを褒めてあげてほしい。

  

「ふぅ、やっと帰ってこられた」


 時間的にはもう14時を過ぎているから入っても大丈夫だよね?


「ただいま……よし、靴はないぞ」


 ソロリソロリと歩いて確認。


「お母さん……うっ、な、なにこの部屋」


 片付けてくれているんじゃなかったのか。

 掃除をしているかと聞いたら「大丈夫ー」と言っていた母は嘘をついていたのか?

 臭いも、紙片も、ベッドがあるのに床に寝転んでいる母も。


「お母さんっ」

「ん……? ああ、和」

「片付けたいから出てくれない?」

「え、これぐらいが落ち着くんだよねー」

「駄目だよっ」

「はいはい……」


 もちろん捨てていいか確認してからごみ袋に投入していく。

 きちんと床も掃いて、消臭剤とかも新しい物に換えたりして清潔な場所に変えていく。


「お母さんは早くお風呂に入ってください」

「はいはい……」


 井上さんにとって立石さんがそうであるように、母にとって自分が親みたいな状態でいないと。

 ご飯も食べさせて、水分もしっかり摂らさなければならない。

 そうしないとあっという間に駄目になる、風邪だって引いて仕事ができなくなるから。


「打ち合わせはちゃんとできたの?」

「うん、今月また新しいの出すからね」

「売れてるの?」

「まあ、売れてんじゃない? ひとりで和を育てられてるんだから」

「家事はほとんど僕がやってるけどね」


 嫌だとは思っていないけどちょっと言ってしまった。

 お世話になっているんだから文句を言うべきではない。

 そのおかげで色々なスキルを身につけられたのだから感謝したかった。

 もっとも、僕がひとり暮らしをしてしまうと冗談でもなんでもなく死んでしまうからできないけど。

 母のズボラさを舐めてはならない。


「いつもお疲れ様」

「んー、和もね」

「ありがとう。で、早くお風呂に入って」

「和が話しかけてたのに……まあ、行ってきますよー、臭いって言われたし」


 言われたのにそのまま続行する母のメンタルがすごい。

 その鋼のメンタルがあれば、たとえ側に立石さんがいようと井上さんに友達になってくれと言えたというのに。

 いやまあ、これは見習いたくないけども。


「あ、これあげる」

「ん? え、スマートフォン?」

「そ、高校生ならスマホじゃないと困るでしょ。ガラケーは今度解約するから」

「え、でも違約金が……」

「大丈夫、そこは問題ない。だからいっぱい友達作って連絡しな」

「あ、ありがとう」


 なんだろう……優しすぎて逆に怖いんだけど。

 でも、金子さんと連絡がしやすくなるのならいいか、ありがたく受け取っておくとしよう。

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