第6話 ネロの条件 閑話 彼女の過去
「ねぇあなたはあの子の、シエルの飼い主で良いのよね?」
ネロは先ほどのようなおどけていた空気を一変し問いかけてきた。
「そうだ、ネロはシエルを知っているんだよな?今何処に居るんだ?」
「…そーね、彼女は知っているわよ。でも今は教えられないの、ごめんなさいね」
「なんでだよ、教えてくれたっていいだろ」
「だめよ」
「教えてくれたら俺が迎えに行くからさ」
数瞬の間を置いて今度は考える素振りをした後、真面目な様子を崩してネロは答えた。
「んー、やっぱりだーめ」
「なぁ、なんで教えてくれないんだ?もし俺にできることならなんでもするから、頼むから教えてくれないか」
「あなたはそんなにもあの子の事が大事なの?そうまでしてあの子に会いたいの?」
「あぁ、そうだよ。じゃなきゃ異世界なんて来ないだろ」
俺が異世界というフレーズを出した瞬間ネロが眉をピクンと顰めた気がした。
「そう、やっぱりあなた達も…」
「え?なんか言ったか?」
「いいえ、何でもないわ。そうね、そこまで言うのなら教えてあげない事もないけれど…でも条件があるわ」
「条件?」
「明日から少しの間私に付き合ってちょうだいな、そしたら教えてあげるわ」
せっかく異世界に来てからシエルの情報を知ってる人?猫に出会えたんだ。ここで逃す手はない。むしろ無理に聞こうとして機嫌を損ねたり、断って教えてくれなくなったり、よりはマシだろう。
「あぁ、わかったよ」
「あら、聞き分けが良い子でお姉さん嬉しいわ」
「誰がお姉さんだよ、ったく。でも一つだけ確認したいことがある」
「何かしら?」
「シエルは無事なのか?」
「えぇ…元気にしていたわよ」
「そっか、なら良かった。あー早くシエルに会いてぇなー」
シエルが元気にしていると聞いて、不安だった気持ちが少し晴れてきて両手を上に伸ばしてそのままベッドに倒れ込む。するとトンッと椅子を蹴ってネロが俺の隣へやって来た。
「それよりも、さっき言ってた私の奴隷になるって話忘れないでよね」
「はぁ?誰が奴隷だよ、そこまでは言ってないだろ」
「ふふ、冗談よ。でもしっかり付き合ってもらうわよ」
「わぁーったよ。そんなに何回も言わなくても大丈夫だって」
「そ、なら良いのだけれど」
ネロはそわそわしつつ、素っ気ない返事をしながらベッドの上に丸くなる。
「おいおい、ここで寝るつもりか?」
「あら、いけないのかしら?」
そりゃあ宿屋にペットは駄目だろう…
「でもネロは孤児院には帰らなくていいのかよ、お前の家なんだろ?心配とかしないか?」
「あそこはたまにお世話になってるだけよ(それに…私には家なんてないもの)」
いや、他の客、冒険者みたいな奴も獣魔みたいなの連れている奴もいたっけか、なら大丈夫なのかな。
「あー…いいのか、な。じゃあ、一緒に寝るか?」
「えぇ、そうさせてもらうわ。あ、でも私が可愛いからって変な事とかしないでよね」
「だ、誰がするかよ!人間だったらまだしもお前猫じゃねーか」
「あら、あなた人間だったら手を出すのかしら?まるで獣ね、引くわ」
真面目なトーンでしかもジト目で返してくるネロ。それに必死で言い訳する俺。
「いや、しない、しないから!てゆーかお前が言い出したんじゃねーか」
「あら、必死で言い繕っているのがバレバレよ。もし女の子を誘う時があるなら、もう少しスマートにしなさいな」
「だからしねーって!」
「ふふ、冗談よ。さぁ夜も遅いしもう寝ましょう」
「ったく、お前は…ほら、電気…じゃなかった、ランタン消すぞ」
「えぇ」
魔導ランタンの灯りを消しネロを踏まないようにベッドへと横になる、どうやら彼女は俺が入りやすいように少し横にズレてくれていた。
「それじゃ寝るか。おやすみ」
「おやすみなさい」
今日は異世界に転移して早朝からずっと動き回っていたせいか、余程疲れていたのだろう。
ものの数秒としない内に深い眠りへ誘われた。
―翔悟が眠り始めてからどのくらい経ったのだろう、ネロがもそもそと翔悟の方へ近づいて寄り添うようにまた眠り始める。
「…ご主人様」
彼女は深い深い眠りに落ちていた。
彼女は呟いた事すら自身で分かっていないのだろう。
彼女の目尻から溢れた雫は彼女の黒い毛を伝ってシーツへと染みこんで消えていった。
◇◇◇◇◇
ー彼女は夢を見た。どれぐらい前だろうか、今ではもう思い出せない程遠く昔の事。
それは彼女がまだ幼いころの話。
彼女は都会の片隅の廃墟で3匹の姉妹と共に産声をあげた。
生まれて間もない頃は母猫と3匹の姉妹猫と過ごしていた。
彼女達の母親は野良だった。
父親の存在なんて知らない。
母猫の食事は野良だからどこぞの家庭から飲食店から出たようなゴミを漁って食べるか、その辺にいる獲物などを捕まえて食べていた。
そのような食事だからもちろん栄養などは偏っており、乳の出は悪く自分も姉妹たちも満足にお腹は満たせなかった。
それでも母猫はカラスなどの天敵から守りように自分たちを安全な場所に隠しては獲物を捕まえて戻ってくる。
母猫は自分も満足に食事が出来ない中、必死に彼女たちを育てようとしていた。
子供心ながらに彼女たちはそんな母猫が大好きだった。
それからどのくらい経ったのか、彼女たちはそれなりに大きくなり爪も牙もしっかりとしてきた。
姉妹の中では一番のお姉さんだった。
下の子はやんちゃな灰色猫、おっとりとした白色と黒色のぶち、ちょっとおすましさんな白猫。
そんな彼女たちに母猫も乳と、ネズミか何かだろうか食事を持ってくる。
自分の食べる分を減らしてまで子供たちに餌を与えているのか、母猫は日に日に細くなっていくのがわかる。
一度、お母さんは食べないの?と母猫に尋ねたことがあったが、母猫はあなた達のために捕って来たのだからしっかり食べなさいと答えた。
お腹は常に空いていたが、優しい母親と元気な姉妹に囲まれて幸せだった。
ある日、彼女たちの母猫は戻ってこなかった。
いつもなら自分たちのお腹が空くであろう日が沈みかけたころ、必ず戻ってきてくれたのに。
寒い夜は皆で固まって更に母猫が覆ってくれたから寒くなかった。
でもその日は、気温は穏やかになってきたのにどうしようもなく寒く感じていた。
獲物を持ってきてくれる母親が居なくなって初日、飢えは水だけで凌いでいた。
朝になっても戻ってこなかった。
ただでさえ育ちざかりなのだからこのままでは直ぐに飢えてしまう。
彼女は姉妹猫の中で一番お姉さんだったので、姉妹を残して獲物を捕りに出ることを決意した。
姉妹たちには決してここから出ないようにと言い聞かせた。
母猫は外には危険がいっぱいだから気をつけなさいと口を酸っぱくして教えてくれていた。
廃墟のような住処から外に出てみると、見たことのない建物、見たことのない凄い速さの動く箱、通りを行き交う人間にそれは驚いた。
廃墟の入り口付近で誰かに見られていたが、彼女は気付くことも無かった。
彼女は人間に踏まれないように、天敵のカラスに目をつけられないように細心の注意を払ってご飯を探した。
時間はかかってしまったがどうにか一匹のネズミを捉えることが出来た。
育ちざかりの姉妹にこの一匹だけでは足りるはずもないが、ないよりはマシだろう。
日も沈み、辺りが夕焼けに染まる中、彼女は寝床にしていた廃墟へと戻った。
しかし、そこには母親の姿はおろか、大好きな姉妹の姿すらなかった。
どうして?なんで?あれだけ言ったのに何処に行ったの?
お母さんも居なくなったのにあんたたちまで居なくなったら…私。
突如として居なくなった母と姉妹たちはどうなったんだろう。
悲しくて寂しい、心にぽっかりと空いた虚無感に苛まれながらもお腹は空く。
彼女は姉妹たちに捕ってきたネズミを一人で食べる。
一人分にしたらかなりの量があった。
この日、彼女は初めてお腹いっぱいご飯を食べることが出来た。
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