プロローグ 運命の女神
今ここにはその神々しい姿を見ているのは誰一人としていない。
せっかくの女神の登場シーンなのだからと気合を入れて演出したのに、まさか召喚者が二度寝しているとは…
今までにこんなことは一度も無かったため、女神は目の前の光景にあっけにとられていた。
彼女は若干の焦りを覚えつつ、寝ている少年へと近づくと恐る恐る声を掛けることにした。
「あのう…」
「…」
「あ、あのう!」
「…んぅ」
「起きてください!」
最終的には柄にもなく召喚者である翔悟の傍らに跪きながら、揺すりながら起こす強行突破に出た女神だった。
「ん~?」
「起きましたか?」
「ん…シエル?」
寝起きのため瞳を開けても薄ぼんやりとしか見えない。そのために女神の銀糸のような髪がシエルの毛並みに見えてしまったのだろうか。
しかし、思っていた答えとは違うものが返ってきた。
「そうです!あ、いえ、私はシエルちゃんじゃないですけど、そのシエルちゃんのことで話があるんです!」
「んぁ?」
女神のようやく起きた喜びと切実さの混ざったような言葉で、徐々に自身の飼い猫ではないのだとは理解してのそりと起き上がる。それにこの目の前に居る人物はシエルの事を知っているようだ。
次第に意識がはっきりして焦点が合った。
お互いの視線が至近距離で交差する事数秒、どこか気まずい空気が流れていた。寝ている自分の傍らに絶世の美少女が寄り添うように跪いていたのだ。
俺はどうにか平静を保とうと女神へと話しかける。
「あのぉ、どちら様で?」
「あ、も、申し遅れました!わたしはフォルティナと言います」
「はぁ?」
「わ、わたし運命の女神などをやっていまして!こ、これ名刺です!」
「あ、ご丁寧にども、宮川省吾です」
新手の宗教の勧誘か何かかと怪しみながらも、居住まいを正し自己紹介をして名刺を頂戴し内容を確認をする。
受け取った名刺には《世界特殊法務省 地球担当 女神フォルティナ》と記載されている。その下には繋がるのかは判らないが省庁と個人のフォルティナの電話番号らしき数字の羅列があった。
しかし、これを本物だと仮定するとして何故女神が俺のところに…そういえばさっきシエルがどうとか…
「なぁ!あんたシエルを知ってるのか!?」
「ひゃっ」
肩を掴み至近距離で声を荒げると彼女は小さな可愛らしい悲鳴をあげてビクッとした。なぜか少し顔が赤いが今はそんなのは関係ない。
少し強く詰め寄りすぎたのを反省し、掴んでいた手の力を弱めてもう一度静かに問う。
「悪かった。で、あんたはシエルの事を知っていてそれを教えてくれるのか?」
「いえ、大丈夫です。はい以前シエルちゃんもこちらにいらしてますから」
「シエルがここに?」
「えと、何処から話しましょうか、そうですね…」
フォルティナの話を要約するとこうだった。
ひと月前、俺とシエルの住んでいたマンションに何者かが空き巣が入ったらしい。
いつもと違う気配に警戒していたシエルは俺も居ない事で、そいつを完全に敵認定をした。
玄関先以上には絶対に入れてはいけないと思ったシエルは、そいつを必死に食い止めていたんだと。
でもやっぱり猫と人間の膂力の違いに勝てるはずもなく、噛みついたところを思いきり頭から床に叩きつけられたらしい。
そして犯人は追い返したものの、シエルも打ちどころが悪かったのかそのまま息を引き取ったのだと。
「そっか…シエル、俺のために…」
俺達の家を守ってくれたっていう例えようもない嬉しさと、その場に自分が居ればという悔しさで気持ちがごちゃ混ぜになっている。目尻から一筋の涙がほろりとこぼれ呟く。
「でも、そっか、シエルは勇敢だったんだな…」
「あのぅ…」
「…天国でも元気でな」
「シエルちゃん死んでませんよ?」
「………へ?」
「だからシエルちゃんは死んでませんよ?」
「え、いや、でもさっき息を引き取ったって」
「あー…はい、確かに言いました。言いましたけど続きがあるんですよね」
「続き?」
「はい!シエルちゃんの勇敢さと功績、そして翔悟さんへの忠誠心が認められ特別に異世界への転生が認められました」
「はぁ?」
ここに来ていきなりぶっこんできたなこの女神。
いや、でもシエルがどうとか知っていたし、この子も女神を名乗っているのだから、あながち異世界転生ってのもあり得ない話でもないのか。
「それでですね、普段ならこんな事は絶対に起こらないはずなんですけど、シエルちゃんが異世界に行った影響なのかは判りませんが…今回本当にたまたま、すごい偶然で運命の輪が重なったのでシエルちゃんと最も繋がりの深い翔悟さんも、こことは違う世界アースガルドへ行けるのですが…」
女神フォルティナは少しばかり言うのをためらっているのか、その後の言葉が出てこない。
「その異世界ってところに行ったらシエルに会えるんだな?」
「それは…はい。ですがすぐに会えるかどうかはあなた達次第です」
「それでもいい、俺はシエルに会いに行く」
「この地球よりも科学的な部分では劣っていますが、その分魔法科学はそれなりですが大丈夫ですか」
「むしろばっち恋!」
「え?」
「あ、いや望むところだ」
シエルに会えるという喜びから一瞬変なテンションになってしまった。
「あと、その世界には魔物や魔族、竜種なども居たりするんですが大丈夫でしょうか」
「なんか能力ください!」
漫画やアニメで見知ったお決まりのパターンであれば、これでなにかしら便利な能力が貰えるはずなので恥や外聞など関係なくお願いしてみた。
「す、素直ですね。でもあなたのそういうところ嫌いじゃないですよ」
一瞬呆気にとられていたが、にこりと優しく微笑む女神フォルティナ。
「どのような能力があったら良いですかね?」
「そうだな…やっぱり収納系の魔法や鑑定、あ!言語なんかは違うだろうし翻訳できる魔法があれば」
「大丈夫ですよ、わかりました。他にはありませんか?」
「あとは…魔物なんかも出るって言ってたし戦闘とか魔法に関するものがあれば助かるかな」
「そうですね、あちらの世界では多かれ少なかれ戦闘に長けている方が多いようですので、何かしらご用意いたしましょう」
「あぁ、その辺は任せる。ありがとう」
「えぇ、任されました。では異世界アースガルドへ繋がる運命の扉を開きますね」
「あぁ」
女神フォルティナは再度にこりと微笑んだ後、元よりすっとしていた姿勢を更に正し両手を両手を掲げた。するとフォルティナが淡く光り、徐々にその光が目も開けていられないほど輝きが強くなる。
数瞬の後、目の前には精緻な細工の施された5メートルはあるのではないかと言う扉がその存在感をもって佇んでいた。
「ふぅ、これで準備は完了ですね。能力はその扉を通り、アースガルドの地に降り立つことで使用できます」
「わかった」
「あと、えーと、少し言いにくいのですが、こちらの世界で言うとちゅーとりある?ですか?わたしが説明する必要はなくて、でもそれなりに重要な部分とかはステータスプレートのへるぷ?に記載されているようです」
「なんで疑問形なの?」
「あの、すいません、このしすてむ?を作ったのが私では無くて上司にあたる方なので、うまく説明できないんです」
「とにかくわからなければそのヘルプをみたらいいんだな」
「はい、そうです」
「わかった。色々ありがとな」
「いえ、これがわたしのお仕事ですから…向こうでシエルちゃんにもよろしく伝えてください」
「おぅ!じゃあ行ってくる」
「はい!お身体に気をつけて!お元気で!」
女神フォルティナの声援をうけ、俺は自身の何倍もの大きさのある運命の扉の前に立つと、ギギギと重厚な音を立ててその扉は開いていく。
その奥は眩い光に包まれていて何があるのかすらわからない。少しの恐怖はあるが、シエルに会える嬉しさで自然と足は前へと進んでいた。
「いってらっしゃーーーい!」
背後からの言葉に嬉しくなり振り返ってフォルティナに手を振る。やがて俺の姿は光の中へと包まれていったのだった。
◇◇◇◇◇
フォルティナside
「はぁ~行っちゃいましたね翔悟さん」
誰も居ない中、独り言ちる。
「シエルちゃんもあんなに思ってくれるご主人さまが居て幸せだなぁ、あっちで早く会えると良いね」
ここには居ないシエルへと向けエールを送る。ふと女神フォルティナが何かしらの違和感を感じ、人差し指を唇にあてて考え始めた。
「ん?なにか伝え忘れてるような気が……」
そう、この女神は見た目にも美しく仕事にもとても真面目に取り組むのだが、一方で何処かしら抜けていることがあるのだ。これには彼女の上司もフォローが大変なのだが、それはまた別のお話。
「まぁ、大丈夫でしょう♪」
こうして一人の男と一匹の猫の異世界生活が始まった。
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