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第0話 森の中の一幕

 

 薄暗い森の中、茂みでは不気味に輝く赤い光を放っている。

 いくつもの赤い輝きは不離一体なのだろう、二つずつ離れて並んでいた。


 正面にある茂みからガサガサと音が鳴り揺れる。

 そちらに意識を取られていた為に真横からの不意打ちに反応が遅れる。


「グルゥウッ」

 

「くっ」


 低い唸り声を上げて襲い掛かってきたのは『レッドハウンド』、赤と黒の体毛に覆われた1メートル程のイヌ科の魔物でこの世界アースガルズでは割とよく見かけられる。

 鈍色に光る鋭い爪に俺の腕は浅く抉られる。自身の心臓がヒュッと縮こまったのがわかる。

 じわりと滲み出てくる血液によって染まっていく衣服。


 一歩後退し、近接していたレッドハウンドに剣先を向けつつ距離を取った。

 手にはじっとりとした冷や汗をかき、心臓の鼓動が加速していく。

 戦闘に臨む時はいつも鼓動が早くなる、どれだけ自分たちが強くなったところで戦場で絶対勝てるなどとは思っていないからだ。

 命あるモノはそのどれもが不慮の事故などでも命を落とすのだから…


「ご主人!」 


「大丈夫だ、ちょっと掠っただけだから」


 怒ってるような不安そうな彼女の声に反応する。

 今、俺とシエルは剣を構えてレッドハウンド達の襲撃に備えていた。

 傷を負ってしまった俺をチラチラと心配そうな顔で見てくる少女シエル。

 俺はそんな心配そうな顔をしている少女へと、大丈夫だと笑顔を向ける。 


 正直かなり痛いが大丈夫と言い張るしかないだろう。出来ることならばすぐにでも回復薬にあやかりたいところだが、それによってできる隙を相手が見逃してくれるはずもないだろう。

 だったら我慢するほかないのだ。

 俺の思いが伝わったのか彼女も腹をくくったのか短剣を構えた。


 太陽の光すらあまり通さない薄暗い森に一陣の風が吹きすさぶ。

 瞬間、俺達は同時に駆け抜けた。


 一瞬の事だったため、レッドハウンド達は反応できないでいる。

 俺は構えたロングソードを突進の勢いのままにレッドハウンドの首元に突き刺すと、握る力を少し入れてグルんと右に回す。そのまま引き抜くのと同時に左側に居たもう一体へ斬りつける。

 その斬りつけられた一体も予測できていなかったのか、反応が遅かった。

 そのまま両前足と胴体を別れさせ二体目が沈む。


 その後ろではシエルが腰に佩いた短剣を二本とも抜き放っていた。

 動いた瞬間には一本を投擲、一体の脳天へ投げつけ、その投擲に反応してしまった他の一体の喉元をもう一本の短剣で切り裂くと、鮮血をまき散らしながら倒れていく。

 

 一体、もう一体、次第にレッドハウンド達は数を減らしていく。

 不意打ちさえなかったらなんてことはないが、この状況はどうやら嵌められてしまったようだな。 


 初めは十数匹いた犬っころ達はもう数匹となっている。

 ぐるると唸りこちらを警戒していた一匹が不意に雄たけびを上げた。


「わおーーーんっ」


 森の奥の方からザッザッザッと地を駆ける音と茂みを掻き分ける音がしたかと思ったら、目の前には更に大きな個体が姿を現していた。

 『ブラッドハウンド』、レッドハウンドの上位個体になり体毛は血のように赤く、全長は2メートル程なのだが、その巨体からは考えられない素早さと膂力があり、全てにおいてレッドハウンドよりも厄介になっている。


「ちっ、でかいのは俺がやるからシエルは周りのヤツを頼む」


「わかったご主人」

 

「いい子だ」


 俺が頼んだらすぐに頷いて答えてくれた。彼女の絹のように白くサラサラとした髪を撫でて褒めてやると、猫耳がピクピクと動き一瞬ふにゃッとした表情をするけれど、すぐに気を取り直して敵へと向かって駆けていくシエル。

 さて、シエルが頑張ってるから俺もやりますかねっと。


「…ふっ」


 ぐるるッと目の前で唸っているブラッドハウンドへと突貫。姿勢を低くして詰め寄るり右手に持ったロングソードを地面を削りながら斬り上げた。

 ブラッドハウンドはそれを難なく避けるが、地面から掬い上げた砂や小石が顔面に礫のように襲い掛かるのは避けられなかったようだ。

 この怯んだ一瞬を使って俺は連続攻撃を仕掛ける。斬り上げた軌道を修正、今度は袈裟懸けに振り下ろす。

 少々鼻先を掠めた瞬間ブラッドハウンドは一足飛びに後ろへ下がる。


「グルルッ…ウガルアァァ」


 唸り一瞬の溜めの後に吠えたかと思うと、凄まじい咆哮と共に見えない衝撃が地面をガリガリと削りながら眼にも止まらぬ速さで迫ってくる。

 

「くそっ」


 迫りくる速さに避けることが出来ず、剣を盾にして耐えるが正面しかカバーが出来なかった。

 あれは、術後硬直かブラッドハウンドを見ると咆哮を放った時の状態で固まっていた。

 直撃した部分が痛むがここが決め所だと奮い立たせ一気に駆ける。

 

「はぁっ!」


 掛け声とともに、右手に持った剣を少しでも早くと突きを放つ、それと同時にブラッドハウンドの硬直も解けた。しかしタイミングが悪く避けられる距離ではなかった。


 ガキイィィィン、金属同士のぶつかる甲高い音が森に響き渡る。

 どうやらブラッドハウンドは己の牙をもってして寸でのところを止めたようだ。


「はぁ~~~?」


 なんでこんな犬っころに俺の剣が止められなきゃならねーんだよと、さっきの攻撃も痛かったし服もボロボロだ、おまけに最初の傷すらまだ血が滲んでいる。

 正直考え出したらイライラしてきたからもういい。未だに剣はブラッドハウンドが咥えている。


 俺は剣を離し右手に体内魔力を集中、周囲の精霊に呼びかける。

 徐々に膨れ上がるソレに風の精霊の力をのせ解き放った。


「くらえ犬っころめ雷光の射手(ライトニング・ボルト)!」


 瞬間、バヂィイイと耳を劈く音とともに周囲が光に包まれた。それと同時にグルアぁッと悲鳴が聞こえる。残ったのはプスプスと煙を上げるブラッドハウンド。


 ふっと一息ついて周りを見渡すと、後ろでは丁度シエルもレッドハウンドを全滅させたところだったようだ。

 無事な姿に安堵の息を漏らし、シエルへと声を掛ける。


「終わったみたいだな」


「余裕。……っ!」


 俺を見て優しく笑ったかと思うと、シエルはいきなりキッと俺を睨みつけ、その両手に持った短剣を構え駆けてくるではないか。

 

「えっ、ちょっとシエルさん!?」


 何故かシエルが俺に向かって武器を構えているかわからない。焦ってなんとか武器を構え防御だけでもしようかと思ったが、軌道がズレていくのでどうやら狙いは俺ではなかったみたいだ。

 シエルが駆け抜ける前に一瞬大きな影が俺の後ろに見えた。

 音もなく通り過ぎた数瞬の後、ブラッドハウンドの断末魔の叫びが聞こえズウゥンとその巨体が地面に沈み込んだ。


 どうやら俺の魔法では倒しきれていなかったブラッドハウンドが、よろよろと起き上がって俺に向かい爪を振るおうとしていたのを見たシエルがとどめを刺しにきたのだ。

 俺は完全に倒したと思っていただけにバツが悪い。何が終わったみたいみたいだな、だ。ちょっとドヤ顔しちまったじゃねーか恥ずかしい。

 ちょっと気まずい空気だし、シエルも俺の目を見て何にも言わねーし、なんと言ったらいいのか…とりあえずは礼を言おう。


「…シエル」

 

「なに?」


「その、サンキュ」


「別に、いい」


 照れ隠しに頭の後ろを掻きながら礼を言う。

 戦闘中は焦った表情を見せていたシエルも平常時はわりとドライと言うか―


「ご主人」


「…なんだ?」


「油断しすぎ」


「…それは」


「ご主人はいつもそう」


「…うっ」


「普通にしてればちゃんと強いくせに」


「…ぐっ」


「良いところをシエルに見せようとしてるのか知らないけど、たまにドヤ顔がうざい」


 そう、彼女のこのジト目での口撃がキツい。俺を心配してくれていて、尚且つド正論なだけに何も言い返せないのだ。

 あれ?ちょっと待てよ最後のうざいには反応しても良いのか?これ悪口だよな?よし、よし言い返すぞ。


「お前な!流石にうざいは―


「最初の攻撃もそう、シエルを庇ったのかも知れないけどあれくらい避けれるし」


 なんてことだ被せてきやがった…あれ?ちょっと涙ぐんでる。なんで!?


「だから、ご主人が傷つくのは…いや」


 普段は淡々としていて涙など絶対に見せないのに、瞳を潤しながらそう言った彼女はとても儚く美しく見えた。あぁそうか、口撃や優しさも含めてこの子の本心か…


「…はぁ、わかったよ。悪かった。だからそんな顔しないでくれ。次からは油断しないから」


 俺はシエルの頭の上に手を置いて優しく撫でながらそう言った。


「本当?」


「あぁ、本当だ」


 そう言って俺を上目遣いで見上げている彼女にニッと笑ってやると、彼女も涙を拭きながらふふっと笑い返してくれる。


「ねぇ、ご主人?」


「ん?なんだ」


「その顔気持ち悪いからやめてほしい」


「んなっ!」


「ふふっ冗談よ」


「お前なぁ」


「ねぇ、ご主人」


 泣いていたかと思うとまたジト目になり、更に今度は楽しそうに笑う彼女に俺は呆れるしかなかった。若干ムスッとした顔をしていたからかシエルはまた声を掛けてくる。


「なんだよ」


「お腹空いたわ」


「へいへい、なら今日はもう宿に帰って飯食うか」


「そうしましょ」


 シエルはいつもの淡々とした感じに戻り、しかし少し嬉しそうに尻尾を揺らしながらそう言った。


 そう、焦ることは何もない。俺達はこの世界でまた出会って一緒に旅をしている、時間はまだたくさんあるのだから…


 

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