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小話集  作者: ライ
12/12

お届けにあがりました

応募期間終了作品

サクサクと、パキパキと。木の葉を踏み、枯れ枝を折る音がする。橋を渡る時の安定した足場の感覚はもう無い。くしゃりと、紙を握りしめる。

別に信じている訳じゃない。

こんな紙切れ一枚に、それもなんの特徴もないメモ用紙に書かれた内容を、真に受ける方がきっと馬鹿だ。どうせここまでの苦労は無駄になって、あぁやっぱり嘘だったな、なんて思いながら帰ることになるのだ。だってそうだろう。おじいちゃんはいつも、不思議な話を皆に語っては、嘘吐きだって嫌われてた。おじいちゃんは親戚のお葬式にも呼ばれないくらいの鼻つまみもので、そんなおじいちゃんに懐いてる私も、裏では厄介者扱いされてた。

私だって、内心ではおじいちゃんのことを馬鹿にしてた。黙っとけば皆に嫌われなくて済むのにって。私はおじいちゃんの話が面白いからおじいちゃんと一緒に居ただけで、おじいちゃんの話を本気で信じてた訳じゃなかったから。でも、嘘吐きは泥棒の始まりなんだぞって、私に教えたのもおじいちゃんだった。だから、おじいちゃんは嘘を吐かないんだって、おじいちゃんの話は本当なんだろうなって思ってた。おじいちゃんは信じられない話ばっかりするけど、それがおじいちゃんの見てる世界で、おじいちゃんが楽しそうなら、もうそれで良いかなって、そう思ってた。思う、だけだったんだけど。

止めた息を飲み込んで額の汗を拭い、覚悟を決めて空を睨む。


隠常郵便。


「……みつけた」

『隠常郵便』と赤錆の入った古臭い看板を掲げた、古ぼけた一軒家。洋風とも和風ともつかぬ風貌の外壁には蔦が張り、窓は磨りガラスでもないのに曇って中が見えない。メモ用紙が導いてくれた場所。

別に、信じてた訳じゃない。けれど、指示文があまりにも詳細に書かれているものだから、馬鹿げた話だって、またおじいちゃんの法螺話だって捨てるには、どうにも躊躇われて。捨てられないなって思ったら、試さずにはいられなかった。それだけだ。


宵町四丁目、北側。森の中の獣道を抜けて、大きな一本杉を時計回りに五回まわって、左の道へ。道に入って三歩目の地蔵の首を右、五歩目の地蔵は左、七歩目の地蔵は正面に向けて、その先の赤い橋へ。赤い橋の中央にある青い行燈に火をつけて、目を閉じる。肺の中の空気を全部吐き出し、肺の中全部を満たすように空気を吸い込んで息を止める。そのまま前へ進み、橋を抜け切ったら、空を見上げて一つ呟く。『みつけた』と。

それが、メモ用紙に書かれた、隠常郵便に辿り着くためのルール。

それを試した結果、先程までは何も無かったはずの橋向こうに『隠常郵便』が現れたのだ。

「おじいちゃんが見たら喜びそう。それにしても、郵便って言うからもっと確りした建物を想像してたのに、結構ボロいんだなぁ」

毎年の夏休みにおじいちゃんが連れていってくれる別荘も、結構ボロかったけど、それ以上にボロそう。森の中の家って皆そんなものなのかな。雰囲気は抜群だけど。

クシャクシャに握りこんだメモ用紙をポケットに突っ込んで、呼び鈴の見当たらない扉をノックする。扉もかなり古い。ノックをする度に、扉の上の方の隙間から砂埃が落ちてくる。袖口にかかった砂埃を払いながら、一歩引いて扉が開くのを待つ。

動く様子は……ない。

服の袖を軽く捲って、改めて扉をノックしてみる。また、一歩引いて扉が開くのを待つ。

「………………誰もいな、」

「お客さんだぁぁぁぁぁあああああ!!わぶっ」

「な、何、何?ちょっと大丈夫!?」

突然の叫び声と共に勢い良く開かれた扉は、勢いが良すぎたのか壁に当たって跳ね返り、飛び出してきた少女の顔を平たくした。

「いったた~、あっごめんね!久しぶりのお客さんだったからついテンション上がっちゃって!ささっ、どうぞ中へいらっしゃーい」

「お、お邪魔します?」

さあさあ、と少女に促されるまま家の中に足を踏み入れる。てっきり老婆でも現れるのかと思っていたから、自分より小さい子が出てくると何だか不思議な感じだ。招かれた玄関にはタヌキの置物や電球ランプが置かれていて、やはり和風とも洋風ともつかないが、外観に比べれば中は綺麗な方だ。物は散らかっているが、埃や虫の気配は無いし、靴棚の上の金魚鉢の中で、二匹のカエルが喉を膨らませている。

「可愛いでしょ。ポチとタマって言うの」

それは犬猫につける名前では。

「変わった名前だね」

「お兄ちゃんネーミングセンス無いんだ。話はリビングで聞くから、着いてきて」

「うん」

お兄さんも居るんだ。

脱いだ靴を、赤い紐の下駄の横に揃えて少女の後を追う。軽やかな純白のワンピースに、桃色の七宝柄の羽織が可愛らしい。

それにしても。

少女の背中から、家の内装へと視線を移す。二階へ続く階段を警備するように並べられた、二体のプレートアーマーに。長押からズラリとこちらを覗く能面。青色に染まった草花を詰め込んだハーバリウムに。矢絣模様の布で繕われたテディベア。和風なのか洋風なのか、新しいのか古いのか、何だかあべこべな空間だ。置かれているもの一つ一つを比べると、地域感も時代感も、季節感もバラバラで、風水師が見たら卒倒しそうなくらいに統一感がない。

雰囲気は、抜群だけど。

「お兄ちゃん、お客さんだよ!」

少女の声にハッとして、視線を前に戻す。

「うわ、綺麗……」

天井から吊り下げられたいくつもの青い行燈が辺りを照らす。梯子で繋がっているロフト部分からは、アイビーによるグリーンカーテンが垂れ下がり、その奥で色とりどりの魚達が大きな水槽の中を悠々と泳いでいる。自然光を取り込むように設計されたのであろう大きな窓には満天の星空が輝き、その異質な美しさに引き込まれるように足を進めると、暖かな空気が全身を包んだ。その正体を視線で追えば、レンガ造りの暖炉の中で焚火が燃えている。その片隅で微笑む三体の地蔵の頭に乗せられた木の実は、来る途中にあった一本杉のものだろうか。

何だか、居心地のいい空間だ。

「……ごめんね、お兄ちゃん今お出かけ中みたい。そこのソファー座って。あたしお茶入れてくる!」

「あ、うん。ありがとう」

グリーンカーテンの向こうに駆けていく少女に礼を言って、高級そうな革張りのソファーに腰掛ける。

お兄さんと二人暮しなのだろうか。玄関に置いてあった靴は女の子物の下駄だけだったし、少女の口からお兄さん以外の家族の話を聞かない。そもそも、親と呼ぶような存在が居るのかも分からないけど。

「おまたせ~、どうぞ!」

「ありがとう、いただきます」

少女から差し出されたティーカップを受け取って、湯気のたつ水面に息を吹きかけながらカップに口をつける。

「おぉ?良いのかなぁ~なんの警戒心もなく口つけちゃって~。それに口をつけたが最後、あなたはここから離れられなくな~る~!」

「ちょっと、黄泉竈食ってやつ?怖いこと言わないでよね」

「あはは、ごめん、冗談だよ」

楽しそうな少女の笑顔に半目になる。タチの悪い冗談を言うのはやめてほしい。こっちは先程、突然橋向こうに謎の家が現れる現象を体験したばかりなのだ。

「さっきも言ったけど、久しぶりのお客さんだからさ、人と話せるのが嬉しいんだ。ここまで来てくれてありがとう」

「本当にあるとは、思ってなかったけど」

「んふふ、嘘つきだねぇ」

「嘘つき?」

「隠常郵便はね、本当に信じてる人の前にしか現れないんだ。ここに来るまでにすっごく長い手順を踏んだでしょ?あれって、手順を正確にこなせるかっていうのもそうなんだけど、隠常郵便に来る資格があるかどうかの試験なんだよ。長い手順をこなす中で、少しでも隠常郵便の存在を疑えば、もうここには辿り着けないんだ」

「……そう、だとしたら、私はただ信じたかっただけだよ」

ティーカップの揺らぐ水面に目を落とす。

隠常郵便が存在を信じている人の前にしか現れないのだとしても、本気で信じていたとはどうしても思えない。ただ、残された手段がこれしかなかったから、信じたかっただけ。きっとそれだけだ。

「そっか。ねぇ、どうしてここに来たのか教えてくれる?あなたが届けたい"忘れもの"についても」

「……おじいちゃんの日記にメモが挟まってたの」


おじいちゃんが死んだのは突然だった。ピンピンコロリ。近所の竹内のおばちゃんが、畑で収穫した野菜を届けに行った朝。いつもならとっくに起きて将棋の番組を見ているはずのおじいちゃんが、寝室の布団の中で穏やかな顔で眠りに落ちていたそうだ。

おじいちゃんの最後が苦しくなかったのなら、それ以上は望まないけど、お母さんが病気で死んだ時はもう少し準備をさせてくれたんだけどな。なんて、ほとんど会いに行かなかったくせに、心の準備をさせてくれなんて変な話なんだけど。

おじいちゃんが亡くなって、掻き集めた親戚だけの少人数のお葬式も終わって。遺品整理の話になった時でも、嫌われ者のおじいちゃんの遺品を受け取ろうとする人なんて居なくて。ほとんどの親戚がそそくさと帰っていくなか、喪主をやっていたおばさんと私だけがおじいちゃんの家に残された。

まあおじいちゃん嘘つきだったし、皆が嫌がるのも無理はない。別に、何か悪いことをしてたんじゃないんだけどね。

おばさんもおじいちゃんのことは嫌いで、だからおじいちゃんが残した遺品はお金になるものでも全部、燃やして捨てようとしていた。日記なんかは、それこそ嫌いな人のどうでもいい人生が濃縮されている代物だから、真っ先に燃やされそうになっていた。

うん、それもしょうがない。嫌いなものは少しでも排除しようとするのが人間だ。しょうがない。

けど。

おじいちゃんの日記は、私にとってしょうがないで諦められるほど軽いものではなかった。だからそう、つい、口から出てしまった。


「おじいちゃんの日記を私にくださいって、おばさんの服の裾を引っ掴んで言っちゃったの。今思い出しても、あの時のおばさん凄い顔してたなぁ」

「凄い顔って?」

「ゴキブリでも見てるような最悪な顔。私が貰うってことはつまり、おばさんの家に置いておくってことだからね。そりゃ嫌だよね」

「でも、あなたにとってはとても大切なものなんだね」

「……そうだね、大切。おじいちゃんの日記って、絵日記なんだよ。小学生の夏休みの宿題みたいでしょ」


お母さんが生きていた頃は、よくおじいちゃんの家に遊びに行っていた。お母さんはおじいちゃんのことが好きだったから、おじいちゃんに懐いている私に「親子で似たんだね」って嬉しそうに笑っていたのを覚えている。おじいちゃんの方も、私が生まれるより前におばあちゃんを亡くしてたから、私に会う度にお年玉だって喜んでお小遣いをくれていた。孫が可愛くて仕方がないって、あからさまに表情を緩ませて。おじいちゃんの正月は一体何回訪れるのだろう。

と、そんな話は置いといて。

おじいちゃんの日記帳は、私にとって絵本みたいなものだった。絵日記だったからっていうのもあると思うけど、おじいちゃんが寝る前に読み聞かせてくれてたから。お狐様に会ったんだぞ~とか、のっぺらぼうがな~とか、おじいちゃんが体験した不思議な出来事が、その絵日記にはつまっていて。そういう不思議な話を、おじいちゃんの絵日記を一緒に見ながら読み聞かせてもらうのが、私にとって一番楽しい時間だった。

だから、おばさんがおじいちゃんの日記帳を燃やしてしまうのを見過ごせなかった。おばさんにとっては嫌いな人の人生が詰まったものだけど、私にとっては好きな人の人生が詰まったものだったから。

そうやって受け取った絵日記達は、私が知っている以上に冊数があって。そこに書かれている内容は相変わらず嘘みたいな話ばかりだったけれど、私にとって宝物であることに変わりはなかった。おばさん達に見せられる代物では無いことにも変わりはなかったけど。だってあまりにも現実味がない。お山の鬼に髪の毛を丸ごと持っていかれたんだ、なんて話を、一体誰が信じるというのだろう。禿げの言い訳にするにしたって随分と酷い。

そう思うのに隠常郵便のことを信じようと思ったのは、信じたいと思ったのは、おじいちゃんとの約束を果たすにはこれしかないと思ったから。突然亡くなったおじいちゃんは、私との約束を忘れてあちら側へ行ってしまった。


「この絵本を、おじいちゃんに届けてほしいの」

鞄から取り出した薄く硬い絵本を、少女の前へ差し出す。おじいちゃんが忘れて行ってしまった、私との約束。

「おじいちゃんの絵日記の影響で、小さい頃から絵本作家になるのが私の夢だったの。これはその最初の作品。おじいちゃんに見せる約束だったんだけど、忘れて行っちゃったからさ」

「絶対届ける。でもその前に、代償について話さなきゃいけないんだ」

「代償?」

「うん。この世とあの世を繋ぐっていうのは、本来許されないことだから。忘れ物を届けるには、代償を支払ってもらう必要があるの」

「それって、命とか?」

「違う違う!もっと、いや、うーん、命と同じくらい大切なものかな。思い出をね、貰わなきゃいけないの。あなたのおじいちゃんに忘れものを届けたいって気持ちを作った思い出が、忘れものを届けるのに必要だから」

忘れものを届けたい気持ちを作った思い出。ってことはつまり、おじいちゃんが私に日記を読んでくれたことも、私が絵本作家になりたいって夢を抱いた理由も全て忘れてしまう、と?

「隠常郵便への行き方はね、隠常郵便に辿り着けたけど忘れものを届けるのを諦めた人に残してもらってるの。だからあなたのおじいちゃんもきっと、隠常郵便に辿り着いたけど、代償を支払えなくて断念したんだと思う」

「そう、そっか」

だからお母さんの死んだ日にメモが挟まってたんだ。私がお母さんに会いに行こうとするから隠してたんだと思ってたけど、そっか、お母さんも何か忘れて行ってしまったんだ。親子で似たんだね、お母さん。

「私にどうしてここに来たのか聞いたのは、代償に支払うものを知るため?」

「うん。望まれてすることとは言え、あたし達が奪っしまうものの重みを、あたし達はせめて覚えておきたいんだ」

「……代償を支払うよ」

「いいの?」

「本当は良くないけど、いいの。最初から何があってもってそういう覚悟で来てたから。私の覚えていないことはきっと日記が教えてくれるし、私の代わりに君やおじいちゃんが覚えていてくれるでしょ。なら、それで十分。まっさらな状態でおじいちゃんの日記を読み直すのも楽しそうだしね」

「……ごめんなさい。あなたの思い出と忘れもの、ちゃんと届けるから」

「うん、よろしくね」


決意の籠った強い背中を、少女は兄と共に見送った。祖父に忘れものを届けるために嘘のような話を信じ、隠常郵便に訪れた彼女は、きっと明日には今日の出来事も含め全て忘れてしまっているのだろう。

「あの人、最後までお兄ちゃんのこと見えなかったね」

「零感なんだろ」

「それでも信じてここまで来たんだよね。凄いなぁ」

俯きながら微かに笑う少女の頭を撫でながら、少女の兄は薄く硬い絵本を郵便ポストに投函する。隠常郵便はあの世へ行ってしまった人へ忘れものを届ける場所だ。それには、あの世へ届けられるだけの強い思いが必要で、だからこそ隠常郵便に辿り着くための試験や代償が必要だった。それだけの思いの重みを、当人たちが忘れてしまう代わりに少女達が受け止め、あの世へ届ける。


「どうぞこの忘れもの、ただいまお届けにあがりました」


空になった郵便ポストの前で、少女は祈りを込めながら忘れられない思いを噛み締めた。

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