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小話集  作者: ライ
11/12

雨の境界線

別サイトのコンテスト応募用に書いたやつ。結果が出たので少し修正してこっちにもあげる。

音を聞きながら、後ろを振り返る。たった今通ってきた暗闇には、雨の気配はない。丁度このトンネルを境にして雨が降っているのだろう。ゲリラ豪雨の多いこの時期だ、珍しいことだが別段不思議なことではない。昔から、"夕立は馬の背を分ける"と言う。実際は夕立が局地的に降ることを誇張した例えでしかないのだけれど、妙に納得してしまえるのがこのことわざの面白いところで。馬の全長二メートル半の長さで納得してしまえるのだから、馬より数倍長いこのトンネルで雨が分かたれるのは、当然だろうと思うのだ。


───とはいえ。


雨が降るだなんてちっとも思っていなかった私の手元に傘はなく、また傘に入れてくれるような友人も傍にない。中途半端な心残りから、玄関先に折り畳み傘が干したままになっているのは覚えている。面倒臭がってそれを放置した、今朝の自分のずぼらさを恨むばかりだ。


溜め息を吐いて見上げた空は、雨の量に反して僅かに晴れ間が見える。通り雨なのだろうが、揺らぐ水面を着々と広げていく様子を見るに、傘無しで外に出るのは無謀と言える。急ぐ用事もないし、偶には日常の喧騒を忘れて雨音に耳を済ませるのも一興だろう。トンネルに反響した雨音が、くぐもった轟音に変わっていくのは少し残念だけれど。

瞼をゆっくり閉じて、境界線の外の音に耳を済ませる。ピチャン、ポチャン、とトンネルの屋根に溜まった大きな雫が軽やかな音を立てて落ちていく。いくつもの雨粒が折り重なった、砂嵐のような不確かな音も嫌いではないが、雫の軽やかさを思わせる音の方が私は好きだ。心が落ち着くからというのもあるけれど、何よりその方が可愛らしいから。小鳥が水を突く音や、水琴窟の透き通った音を想像するうちに、雨の煩わしさを忘れて少しずつ雨が好きになる。


そうして雨が好きになれば、人を困らせようとするかまってちゃんもそのうち飽きてくれる。


パシャン、と水溜まりの真ん中で立ち止まった少年にひらひらと手を振る。薄茶色のレインコートを着た少年は、一瞬チラッとこちらの方を見て、直ぐにそっぽを向いてしまった。悪戯が思ったようにいかなくてむくれてるらしい。いじけたように水を蹴り上げるその脚は裸足だが、小石に痛がるような素振りはない。

ゲリラ豪雨を鬼の仕業だと言って鬼雨と呼ぶことがあるようだけれど、実際にこうした雨を降らせるのは彼のような雨降り小僧だ。からかう相手を見つけては雨を呼び込んで、困った顔に満足したら去っていく。逆に、こうして悪戯が成功しないと拗ねて動いてくれなくなる。しばらく放っておけばそのうち飽きてくれるが、流石妖怪なだけあって面倒臭い。残念ながら、今日はその面倒に付き合ってやるつもりはないのだ。


「ねぇ、こっちおいでよ」


ドロップ飴の缶をカラカラと鳴らして、雨降り小僧に手招きをする。子供を釣る常套手段、お菓子をあげるからこっちにおいで作戦だ。雨降り小僧のような子供の姿をしている妖怪には、誘惑に弱い者が多い。人間の子供と同じように純粋で、尚且つ「知らない人について行ってはいけません」と教えてくれる相手が居ないからだ。雨降り小僧はフードの下の大きな一つ目を不思議そうにパチクリさせて、ノロノロとトンネルの中に入ってくる。鞄から学業成就のお守りを外し、缶から飴を二つ取り出して、目の前まで来た雨降り小僧にそれらを渡す。


「近所のお稲荷さんがさ、今度祝言を挙げるんだって。狐の嫁入りの手伝いをしてあげてよ。このお守りがあれば、場所はわかるでしょ?」


飴は駄賃代わりね。そう言ってレインコートの上から頭を撫でてやると、雨降り小僧はこくりと頷いてトンネルの中を歩いていった。握りしめた飴玉はきっと大事に食べてくれることだろう。

扱いやすくて何よりだ。遠ざかっていく雨音を聞きながら、したり顔で前に向き直る。


「さぁて、買い物に行きますか」


先月働きまくったおかげで財布が潤っているのだ。折角だ、この機会に可愛い長靴と可愛い傘を買ってしまおう。


陽気に鼻歌を歌いながら、雨の境界線の先へと脚を踏み出した。

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