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鬼王神社を取り囲む、真っ暗な鎮守の森に潜む怪しい人影が3つ、しゃがみこみ小さくなり、境内に隣接した鬼王幼稚園を恨めしそうに見ていた。
もう辺りは暗いのに、いつまでたっても幼稚園が終わらないのである。
親分が言う。
「いつまで大騒ぎしてるのかね」
「ぐー」
子分は返事の代わりにいびきを返し、もたれかかってきた。
──ぺしん! 頭を平手打ちする親分。
「こら一、親分にもたれかかって寝るとは何事だ! 」
「もう6時間もこんなところにいるんですよ、暇で暇で寝ちゃいますよ、ああ腹減ったす…」
一は何の反省もなくけろりと言った。
人が少ない時を見計らって、境内に忍び込んだのだが、そのうち園児やら、保護者やらが次々と入ってきて、仕方なく森に隠れると、身動きがとれなくなったのだ。神殿に行くには、境内を横切らないといけないので、見つかったら厄介だ。
すると…
「ぐー」
今度は反対側でいびき、そしてもたれかかってくる体。
──がん! 反対側を向いて頭をこづく。
「うひゃー痛てぇ」
「ばか、二、静かにしろ、俺たちゃ潜んでいるんだぞ、暗闇に! 」
「そりゃ、知ってますけどね、あー腹減った」
「全く、お前たちはやる気があるのか、こんちきしょう」
「ありますよ、ありますから、蚊に刺されようと我慢してるんじゃないっすか…」一が答える。
「ふん! 」
「それにしても何やってるんですかね、あいつら」
「お泊り会に違いねぇ」親分が答える。
「あーそういや、幼稚園の頃やったなぁ懐かしい…」二が答える。
「こんな時にぶつかるなんてついてねーなー」一が言う。
「ふん、しょせんガキと女の先生だ、寝ちまえば起きねえよ」
「りょ、りょうかい…ぐー」
「お前らちゃんとしないと分け前やらんぞ!」
──シャキーン! 背筋を伸ばす一と二。
「「了解しました。親分についていきます」」
「ふん! 」呆れ顔の親分である。
3人は神殿に置かれた御神体を盗みに来ているのだ、神をも恐れぬ不届者たちである。
実はある一部の泥棒仲間で、鬼王神社の御神体は有名だった。
ソフトボール大の宝石で、売れば何億にもなるらしい、それだけでなく、御利益は半端なく、手にした者は大金持ちになるという。
現に鬼王神社の氏子総代は大金持ちだ。
親分と子分一、二は無謀にもこの宝石を狙っているのだ。
── ── ── ──
とある東京の郊外に、中道商店街を中心に栄えているその小さな町はある。
その町は、商店街の外れの鎮守の森に建てられた、鬼王神社に見守られるようにして発展してきた。
中道商店街は、JRの駅前に近く、さほど高くない雑居ビルが整然と建ち並び、飲食店や衣服店、総菜屋や自転車屋といった個人商店が軒を連ね、小ぶりのスーパーマーケットと共存している活気ある商店街だ。
この商店街が、バブル経済崩壊後の不景気にも負けず、シャッター商店街にならなかったのには理由がある。
鬼王神社の氏子総代であり、付近一帯の地主であり、町長であり、不動産屋を営む神馬権三が、大型ショッピングセンターの参入を認めなかったのと、近くの駅には繁華街らしい繁華街がなかったので、名店と呼ばれる蕎麦屋や鰻屋、中華料理屋や居酒屋、おしゃれな各国の料理店などを積極的に誘致して安価で提供できるように工夫した。その結果、手軽な値段で味わえるグルメスポットとして、人が集まるようになったからだ。
また、神馬家は代々その土地の領主として、農家を手厚く保護してきた。
更には和紙の製造業や織物業、製糸業などの産業も積極的に誘致し、近代になってからは伝統業に加えて、アパレルや機器製造業などを誘致した経緯もある。
権三の代になってからは、早くから少子化に備えて、海外労働者も分け隔てなく奨励し、自社管轄のアパートに安く住まいを提供するなど、手を変え品を変え、町を発展させてきた 。
それには、権三が神馬家代々の教えを棚子や町民たちに貫いてきた事が礎になっている。
その教えとは第1に『町は家族』そして第2に『子どもは町が育てる』この2つだ。
加えて、神馬家が代々鬼王神社の氏子総代としてだけでなく、祀ってある鬼王様の霊力を受け継いだ家系である事も確かだが…。
鬼王神社には宮司がいない。
他の小さな神社と同じように、行事やお祭りがある時に兼任している宮司を呼び、その任をお願いしている。
神社の庶務は、普段は氏子総代である権三を中心に神馬家が取り成している。
鬼王神社も神馬家の土地に建っている。
入り口にある大きな鳥居から100メートルほど広場を歩くと3段ほどの石階段があり、そこに続く鎮守の森を通って少し歩くと、境内がある。
境内の左手には、園長でもある権三が経営している鬼王幼稚園が鎮守の森に囲まれるように隣接し、石畳の参道に広場、中心奥に神殿というレイアウトだ。
── ── ── ──
今夜は満月。
辺りが次第に暗くなり森がざつきだすと、それとともに鬼王幼稚園は盛り上がりはじめた。
そう、今夜は年長組コアラ組のお泊まり会だからだ。
年に一度のワクワクいっぱいの時間が始まったのだ。
早めの夕食──勿論メニューはカレーライス。子どもたちが大好きなこのメニューも、権三が手配したフランス料理の名コックが作るから半端ない。
食事が終わると花火大会、そして、先生たち総出のお笑いいっぱいの出し物も終わり、参加していた保護者も帰り、子どもと担当の先生だけになり、更に大盛り上がりだった。
それをずーっと、盗っ人三人衆は森の中から見ていたのだ。
今夜泊まるのは体育館、布団をずらりと並べて、26名のクラスメイトに加えて担当の先生3名と一緒に寝るのだ。
みんな各自で歯を磨いて体育館に集合。
その中にいるのが、神馬さくら、そう、神馬権三の孫である。
友だちの人種は多様だ、フイリピン、中国、アメリカ、ブラジル…クラスメイトのおよそ半数が、純粋な日本人ではなかったが、子どもたちには何の問題もない。その中でも色の黒いアメリカ人のボブくんとはさくらは一番の仲良しだった。
──それはちょっとした用事で、先生たちが体育館からいなくなった時に始まった。
ボブくんが最初に枕をなげた。
それがさくらに当たったのだ。
「誰? ボブがやったの? 」
ボブはにやりと笑うと、その寝巻きから見えてる黒い腕を、ターンテーブルをこするように動かして、ラップ調に言った。
「♪ノーノー、さくらが、さくらが、隙だらけ、おっ、隙だらけ! 」
「なにおー」さくらは怒ると、枕を投げ返したが、コントロールが狂って中国人のふーちゃんの体に当たった。
「きゃー」ふーちゃんは、枕を取り上げると、投げ返すがコントロールが狂って韓国人のいーくんに当たった。
「いてー、おおおお!」いーくんの雄叫びが全員に伝染すると、
『おおおおおー!』枕があらゆる方向に飛び交った。
人種など関係ない、その場にいた子どもたちは枕投げに熱中し始めた。
きゃっきゃ言って大騒ぎだ。