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祖父と〈対〉の二人(3)

「なんだぁー、あんたじいさんの孫だったのか」

 とりあえずお茶を入れ、どこに通したらいいかわからなかったのでダイニングに通した。

 フロウが言っていたように、しおりは特別な許可を得てF市内に荷物を運ぶ運送業を営んでいる。この順一の家にも、食材などの必要な物資を運ぶためにこまめに寄っているのだという。

 しおりの話を聞いたのと同時に、理奈もこれまでのいきさつを話した。するとしおりは愉快そうに笑い声を上げた。

「いやぁ、なんか微妙に話がかみ合わないなぁとは思ってたんだよね。いつも私にこっちへ入れてくれって頼んでくる奴らって、ただの自衛隊マニアとか、写真愛好家とかが多いからさ」

 しおりによれば、そうした人物が勝手に区域内に入ってしまうと大変なことになるので、それよりはマシと思ってたまに少しだけ入るのを手伝っているのだそうだ。そうして満足させれば、おおかたの人間は割と大人しく帰っていくのだという。しおりは最初、理奈もその類の人間だと思っていたそうだ。祖父の家に行くと言い出した辺りで雲行きが怪しいと思い、連絡先を渡しておいたのだという。

「あんたがもし危険を承知でそのじいちゃんの家に居座るつもりだったら、って、ちょっと危ぶんでたんだよ。たまにどうしても自分の実家に戻りたいっていう人もいるらしいし。まぁでも、そのじいちゃんがここの順一っちゃんだったんなら安心だけどな」

 どうやら随分心配をかけていたようだ。

「ろくな説明もしなくて、ごめんなさい」

「いいって。もう済んだことだし。ぶっちゃけ今日あたり姿を見なかったら本部に報告かなぁとは思ってたけど」

 もう少しで大事になるところだったと思うと冷や汗をかく思いだった。しかし当のしおりはあっけらかんとしている。

「しかしあのじいさんも人が悪いな。こんな可愛い孫ちゃんがいるなら教えてくれればいいのに」

 そんなことを言われると恐縮してしまう。頬を膨らませて言うしおりは格好こそ作業着だが、明るく染めた髪を頭上でお団子にしていて、正直理奈なんかよりずっと女の子らしい。

「恥ずかしいです。しおりさんの方が『可愛い』って言葉が似合う乙女なのに」

「おとめ?」

 なぜかきょとんとして聞き返された。そしてしおりの口から出てきたのは衝撃的な言葉だった。

「私、あんたと同じくらいの息子いるよ?今中三」

「……えぇーーっ??」

 その言葉を理解すると同時に理奈は奇妙な声で叫んでしまった。だって見た目からすれば、下手をしたら自分より年下かもしれないと思っていたくらいなのだ。東京の駅で会った駅員が弟という話だからありえないのだが、つまりはそれぐらい若く見えるということだ。

 見た目と本人から告げられることのギャップがある人がここにもいた。理奈は自分の目が信じられなくなって少し凹んだ。


 その夜、理奈は順一と話をした。今日、しおりと話していて思ったのだ。ただの遠慮で訊きたいことを訊かないままにしていると、思わぬ行き違いを生みかねないのだということを。

「ねぇ、おじいちゃん。おじいちゃんはいつからアンドロイドなんて造る人になったの?前はそんな仕事してなかったよね?」

 思った通り、それを訊くと順一はぐっと詰まった。触れられたくない類の話なのだろう。だが理奈としてもここで引くわけにはいかない。今勢いに任せて訊いてしまわなければ、真相を知らないままなぁなぁにしてしまいそうな気がしたのだ。

 真剣に見つめていると、順一は根負けしたというようにひとつ息をついた。

「確かに。以前はごく一般的な、県の職員の仕事をしていたよ。だが定年も間近というときに、状況が変わった。このF市が全域、自衛隊の特別演習場になる計画が持ち上がったんじゃ。あれは、幸枝が逝ってしまってすぐの頃だ」

 順一はこの際余すことなく語ってしまうつもりらしく、いきさつを順を追って説明した。

「市民は最初、もちろん反対した。それは言うなれば、市民のすべてが故郷を追われるということだ。しかしそれは国の一大プロジェクトだった。わが国の恒久的な安全を守るためにはどうしても必要な施策であると、国は時間をかけてあの手この手で市民を説き伏せ、言いくるめていった。国なんていう巨大な組織が本気で動けば、それに対抗し続けることは至難の業だ。やがて反対勢力はその勢いを次第に失っていき、最後には本当に決定が下ってしまった。

 わしは、悔しかったよ。なぜ自分の故郷を奪われるのを指をくわえて見ておらねばならんのか。先に逝った幸枝になんと申し開けというのか。辛い闘病を終えた幸枝をせめてゆっくり眠らせてやりたいという残された者の願いも叶えられんのか。……しかし、それをわしが口にすることは許されんかった。その国の施策に賛成の立場をとった県の職員だったからだ。

 それで、わしはなんとかこのままF市に残る術はないかと模索した。そんなとき、県を通して声がかかったのだ。自衛隊所轄の研究員にならないか、と」

 訥々と語る順一の眉間には深い皺が寄っている。当時のことを思い出しているようだった。その目は理奈ではなく、過去のある一点を見つめているかのようで、その虚ろさに少しだけ恐れを感じた。

「わしはひとつ条件を出した。それはここに住み続けることだ。向こうは成果が出るならそれでもいいと言ってきたので、そこから死に物狂いで研究に明け暮れた。その成果が、あのテラとフロウだ」

 かける言葉が見つからず、理奈は黙ってしまった。本当はもっと訊きたいことはあったのだが、これ以上は憚られた。今までのいきさつを語る順一が、ひどく苦しげに見えたからだ。

 順一の話を聞いて理奈が思ったのはフロウのことだった。祖母の幸枝の若い頃に似せて造られたと思われるフロウ。彼女が造られたのが幸枝の死後間もない頃であったのなら、それも無理のない話だと思った。この世で一番離れがたい人と死に別れてすぐだったのだから。

 そして、やっぱり順一は寂しかったのだと思った。


 翌日、相変わらずテラと順一は出かけているが、フロウは家に残ったので昨日ほどの心細さはなかった。

「あの、フロウはいいの?仕事」

「うーん、元々私は補助的に入ってるだけだから。人間でいうパートタイムみたいなもの?それに今は理奈が家にいるからね。一人にしておくのはやっぱり心配だからって、博士が取り計らって私の勤務を減らしてくれることになったんだ」

「それは、私のせいってことだね。ごめんね」

「何も。私はむしろ理奈としゃべってるほうが楽しいしね」

 フロウは本当に楽しそうな笑みを浮かべる。それがあまりにも自然なので、まるで本当の人間と相対しているような気分になる。

 理奈が初めてフロウの名前を呼んだときなど、血など通っていないはずの頬が高潮したように見えたほどだ。興奮した様子で「理奈が初めて名前呼んでくれたーっ」とはしゃいでいた。ガラスの目も心なしか潤んでいた気さえする。フロウも、テラも、とても感情表現が豊かだ。特にこの二人が揃うと、お互いへの思いの表現が顕著になる。アンドロイド同士であるわけだからそこに感情の交流があるというのはひどく奇妙な感じがして、そんなところもやけに人間くさいと思ってしまう。

「ねぇ、じゃあ私からフロウに質問してもいい?」

 これまではフロウが理奈に訊いてくるのがほとんどだった。フロウにとって理奈はこの閉鎖区内ではほとんど出会うことのない「一般人」である。そんな理奈がこれまでどういう生活を送ってきたのかをひどく知りたがったのだ。フロウはクスリと笑って「どうぞ」と促す。しかしいざとなると言葉がつっかえてしまう。

「あのね、フロウはとても、仲がいいよね。あの、テラと。前も『大好き』って言ってたし……それってどういうことなんだろうってずっと思ってて」

「どういうこと、っていうのは?」

「うーん、うまく言えないけど……。私、二人がアンドロイドって聞いてすごいびっくりして。私のイメージではアンドロイドってもっと機械的というか、冷たいというか、そんな風に思ってたから。つまり、人間ともっと違うはずだって思ってたから。でも、その、フロウも、テラも、人間って言われても違和感ないくらいに自然だから。感情の表現とか」

 結局思っていることをただ順番にあげつらってしまった。これでフロウに伝わったかどうかは怪しいところだ。当のフロウはちょっと考えるそぶりをする。

「確かに博士もそんなこと言ってたかも。私たちに感情があるのは特殊なことだって。私は他のアンドロイドを知らないからよくわからないけど、私もテラも、生まれたときからこんな感じだったから、そこに違和感はないんだ。博士が開発したものらしいよ。〈対〉システムっていうんだって」

「ついしすてむ?」

「そう。対は一対、二対の対。私たちはこのシステムでつながってて、一定の距離以上離れると機能しないようになってる。だからお互いがどれくらいの距離にいるか認識し合っているし、基本的に側にいるようにできてるんだって。そのシステムがあるから、私はテラを『大好き』って認識する。感情に変換するとそういうことになるからね」

「ほ、ほう……?」

 急にシステマチックな話になってしまい、付いていきそびれた理奈はあいまいな相槌を打つ。システムを、感情に変換?よくわからない。

 頭の中を少し整理しようと考えをめぐらせていると、唐突にフロウが意外なことを言った。

「ひょっとして、理奈は私に嫉妬してるの?」

「ふぇっ?嫉妬??」

 思わず目をぱちくりさせる。フロウはフロウで何やら思案していたようで、まるでシャーロック・ホームズか何かのように腕を組み、顎を手で支えるポーズをとる。

「私の思考システムの中に今、そんな答えが浮かんだんだ。もしかして、理奈はテラのことを好きになったんじゃないか。それであまりにも仲がいい私とテラの関係が一体何なのか知りたくなった」

「そ、そんなんじゃないよ……」

 言葉で否定してみたものの、背筋を嫌な汗が流れる。まるで図星をつかれたと自ら白状するように。

 そんなつもりがなかったというのは本当だ。フロウとテラの関係に純粋に興味を持っただけだ。ただ、そのきっかけが何だったのかと言われれば、そういう感情が全くなかったと言い切れない自分がいる。今まで自分でも気づいていなかった、その感情。

 無理もないかもしれない。最初にテラと接触したとき、理奈は彼を人間の男性だと思っていた。そのテラにあの演習地から助け出されたのだ。あるときは横抱きにすらされながら。思い返すと頬が熱くなる。

「もう、理奈ったら可愛いなぁ。顔が赤いよ」

「でも本当違うから。そんなんじゃないから」

 顔に出ているので説得力はないだろうと思いつつ、とりあえず否定は続ける。だいたいもう既にアンドロイドであることを知っているのだ。あのときの感情が今さら舞い戻ってきたとして、どうなるものでもないこともわかっている。

 一方のフロウは余裕の笑みを浮かべている。

「やっぱり、理奈は家族が大好きなんだね。あのね、テラのモデルになってるのは理奈のお父さんらしいよ。だから全然おかしいことじゃないよ」

 しかしそれに対して理奈は両手で耳を覆いながら悲鳴に近い声で応える。

「そんな情報いらないぃ。あとフォローになってないぃ。まるで私ファザコンみたいじゃない……」

「ふぁざこん?」

「うぅぅ、もういいよ」

 最後には顔を手で覆ってうなだれた理奈を、「新たな一面を発見した」といって嬉しそうに見つめるフロウに、もう何も言えなかった。

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