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第八話 決戦

 闇がある。

 暗く、

 暗い、

 そんな黒闇が。

 その暗闇の中で激しい剣撃の音が鳴り渡るが、

 堅い()()()()当てるような音が聞こえてくるだけで、

 肉が斬れたような音はしなかった。

 事実、

「たす、助け……っ!!」

 先程まで攻撃を行っていた騎士の身体を巨龍が口に挟むと、

 その身を砕く様に、

 上と下の歯で喰らう様に、

 騎士の身体を食い千切った。

 それを示すかのように、

 巨龍の周囲に鮮血の雨と身体から離れた肉片が、

 巨龍が左右に首を振る度に細かい肉片が飛び散った。

 その光景を見て、

 周囲にいた数人の騎士たちは絶望感に襲われる。

 もう何回も、

 何回も、

 見てしまったその光景が変わることはない。

 だが、

 それでも、

「くっ……!!! 怯むなっ!!! この程度で怯むわけにはいかん!!! 我々の後ろにはっ、背後には剣を持たない子供たちがいるのだぞ!!!!」

「で、ですがっ!!!

 もうここにいるのは我ら数名のみでこれ以上は……っ!!!」

 これ以上は難しいと言外で語る部下の顔を見る。

 その顔には希望などはなく、

 ただ単に絶望の色のみがあった。

 その表情を見て、

 小隊長の男は下唇を強く噛む。

 そうだ、

 そうなのだ。

 人間の身である騎士が、

 魔なる存在たり得る別種の存在、

 目の前にいる巨龍に敵うはずはない。


 ()()()()()()()()()


 ……だが。

「狼狽えるな!!! 我々がここに龍を長く居させることで他の部隊が応援に来る!!!」

 だから、

「だから、彼らが来るまでは我々で対処する!!!」

 そう言い終わるや否や、

 小隊長は己に気合を入れる様にして、

 剣を握る手に力を込めて、

 もう一度握り締める。

 己の手にあるはこの身に長年親しんできた相棒足りうる剣が一つ、

 目の前にいるは何名もの部下を食い千切ってきた巨龍が一匹。

 状況を見てみれば、

 希望を感じることは無理というモノで、

 絶望しかないと思うしかない。

 ……しかし。

 そう、

 しかし、だ。

 鱗に覆われていない箇所、

 昔に受けたと思われる傷の部分には身を守るために()()()()()鱗はない。

 傷としては治ってはいるだろうが、

 まだ完全に治ったというわけではない。

 ……であれば。

 だとすれば、と、

 小隊長は考える。

 完全に治っているわけではないということは、

 その逆、

 ()()()()()()()ということになる。

 ……()()()()、な。

 そうだ、

 傷を開くことさえできれば、

 今の状況を打開できる()()()()()()

 だが、

 傷を開くには近付いて攻撃を与えなければならず、

 そうして接近すれば先程の様に食い千切られると考えるのは、

 簡単なことではある。

 ……しかし。

 小隊長は浅く息を吸い込む。

 傷を開くために部下を行かせて、

 行かせた部下をこれ以上殺すわけにはいかないし、

 殺させるわけにはいかない。

 であれば、

 自身が行くべきか。

 ……いや。

 そうでもないと、

 小隊長は考える。

 しかし、

 時は止まるモノではなく、

 ()()()()()()()()

 それを示す様に、

 巨龍が咆哮の声を上げる。

 その咆哮に、

 小隊長は意識を現実に引き戻す。

「ちぃ!!! 総員、構え!!!」

「た、隊長?! な、何を……っ!?」

 背後から自身の声に反応してくる部下の声に、

 小隊長は左手を背後に見える様に軽く上げる。

「ほんの僅かしか稼げは出来ないだろうが、」

 ああ、

「時間を稼ぐ!!!」

「なっ?!」

 そう言うと、

 左手を元の位置に戻す様に降ろして、

 剣の柄を両手で掴む様に構え直し、

 前へ、

 ただ前へ、

 身体を向かわせようとした。

 その瞬間だった。


 ()()()が聞こえたのは。


『イエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェエイ!!!!

 ウィー、アー、オー、ディ、エス、ティィィィィィィィィィィィ!!!!

 イエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェエイ!!!!』


 その声が背後から聞こえた瞬間に、

 巨龍の身体に小規模な爆発が起こった。



『イエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェイ!!!!

 ウィー、アー、オー、ディ、エス、ティィィィィィィィィィィィ!!!!

 イエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェエイ!!!!』

 気合を入れる様にそう雄叫びに似た声を出しながら、

 レイジは左手に持った『マシンガン』の銃口を巨龍に向け、

 引き金(トリガー)を引き絞った。

 音と共に飛び出てくるのは何発もの連続した動きだと思われたが、

 それは連続した動きである連射ではなく、

 ただの一発だけ、

 そう、

 一発だけだった。

 その事実に、

 ……えっ。

 レイジは理解が追い付かずに身体の動きを止めてしまう。

 そうして、

 今のは果たして銃口から出たのか、

 それを確かめる様にして、

 銃の前後を確認してみる。

 銃口から出てくる煙があった。

 その変わることのない事実に、

 レイジはため息を一つ入れ、

『……単撃ちとか、ほぼ詰んでるじゃねーか!!!』

 と誰に向けるモノでもなくツッコミを入れた。

 その声に反応するかのように、

 巨龍の咆哮が聞こえる。

 その声に反応して、

 正面を向くと、

 真正面から太い巨木にしか思えない尻尾が自身に向かってくるのが目に映り、

『うおッ!!!』

 身体を逃がす様に後ろに、

 ただ後ろに背を反らす。

 だが、

 それだけで避けられるはずもない。

 後ろに反らしただけでは自身よりも長い尻尾を避けることは出来ない、

 それを理解しているからか、

 レイジは無意識で膝を折り、

 身体を低くして、

 右足元の地面を強く蹴る。

 それを強く蹴れば、

 身体は左に動くのは当然のことであり、

 左に避けるのを予測していれば、

 避ける方向に尻尾が振るわれるのも当然であった。

 だが、

 全てのモノには限りがあるのも事実であり、

 ()()()()()()()()()()()()()()

 それを証明するかのように、

 尻尾の先端部がレイジの身体を触れるか触れないか、

 そうとしか思えない絶妙な位置を刈り取る様に走った。

 だが当たるわけにはいかない、

 レイジはそう考えて、

 先に地に着いた左足で後ろ向きにさらに地を蹴った。

 そして、

 地に両足を着けると視界が開き、

 全体を確認することが出来た。

 それは、

 ……大したダメージにはなってねぇか、クソっ。

 先程の攻撃は受けたとは思うが、

 損傷が目立つと言う程のモノではなく、

 やや擦れた跡が目に付く程度のモノでしかなかった。

 その程度のもので連射ではなく、

 一発のみの単発しか出来ないとなれば、

 戦う手段は限られてくる。

 その答えを示すかのように、

 視線を全身からやや下に下せば見えてくるものがある。

 それは、

 ……一応、()()全快はしてねぇか。

 前回負わせて、

 未だに傷跡が残っている部分があった。

 騎士たちもそこに勝機を見出したのだろう、

 だが、

 その結果多くの騎士が巨龍の餌食になったのは、

 巨龍の周りに飛び散る細かい肉片と、

 武具の残骸が物語っている。

 そして、

 勝機を見出したのはいいが、

 攻め手に欠け攻めることが出来ずにいるというのも、

 巨龍を囲う様に広がっている今の状態から分かるというモノだ。

 攻めようにも攻めきれず、

 けれども守りに守ることも出来ない。

 そう、

 その状態を一言で言ってみれば、

 ……膠着状態、ってか。

 やれやれと、

 頭を振りながら銃口を再び巨龍に定め、

 引き金(トリガー)を引こうと力を込めようとして、


 ()()()()()()()()()()()


『………………………………………………………………………………はっ?』

 左手の感触が戻って来なかったことに、

 レイジは疑問の声を出してしまう。

 だが、

 時は止まることはなく、

 常に進んでいるのだ。

 それを示すかのように、

 再び巨龍が咆哮の声を上げる。

『……ちぃ!!!』

 突撃しようと頭を下し進もうとする巨龍から距離を開けようと、

 レイジは引き金(トリガー)を引く前に身体を横へ逃がすために、

 大地を蹴る。

 レイジの身体が地から離れた数瞬後、

 その地面の上を巨龍の身体が駆け抜けた。

 巨龍の身体はすぐには立ち上がることなく、

 未だに地面に着けるように低くしたまま。

 であれば、

 ……背中ががら空きだってな!!!

 振り向かない今が最大の隙(チャンス)と言えるだろう。

 事実、

 レイジが引き金(トリガー)を引き、

 弾丸が着弾した時には、

 その衝撃に驚いた様に頭を上げていた。

 しかし、

 弾丸が当たった所には怪我一つ見当たらなかった。

 怪我が一つも見当たらない、

 それは怪我になる程の威力はないということであり、

 とすれば、

 ……槍で突いた方が早い、ってか!

 レイジはそう答えを出すと、

 左に持った銃器を放り捨て、

 右手に持った槍を左手で添える様に手を置いて、

 構えた。

 その時になって、

 巨龍は体を起こして振り向き、

 レイジと対峙する。

 巨龍の前には一本の槍を構えた()()()が一つ、

 レイジの前には自身よりも大きい身体を持った巨龍(クソッたれ)が一匹。

 その構図は以前と同じモノであり、

 変わるモノは何もない。

 勝者は決まっており、

 敗者も決まっているのだ。


 だが、


 たった一つ、

 たった一つ変わっていることがあるとすれば。


 レイジの身体には傷が一つもないが、


 巨龍の身体には妙に目立つ傷が一つあることか。


 片方には傷はなく、

 片方には傷がある。

 両者にはそれだけの埋められない差が存在していた。

 しかし、

 とレイジは思考する。


 ……()()()()()、だ。()()()()()()()()()


 負けはしないだろうが、

 勝てもしないだろう。

 良くて引き分けか、

 もしくはそれよりもいいか、

 それよりも悪いか。

 前回よりも勝利の女神はレイジに微笑んでいるだろうが、

 それでも、

 と考える。

 いや、

 ()()()()()()

 そう思考しようとして、

『……ハハハッ』

 レイジは思考を止める様に鼻で笑った。

 槍を構える。

 その得物には鉄の刃はなく、

 ただ刃の形をしたモノ、

 魔力で出来たモノが二つ、

 ただそこにあるのみだ。

 その先端を見ることに神経を集中する様に、

 息を吸い込み、


『……ハッ!!』


 踏み込みと同時に、

 一気に溜め込んだ空気を吐き出す。

 巨龍との差を背中にあるバックパックからの噴射によって、

 瞬時に距離を詰める。

 瞬間的に距離が詰められたことに、

 巨龍は一瞬ではあるが、

 驚愕した様子で一瞬動きを止めてしまう。

 その一瞬に、

 レイジは勝機を見出し、


 ……まずは、()()!!!


 治りかけている傷に、

 刺突するように突き刺す。

 しかし、

 そこでレイジの動きは止まることはなく、


 ……()()!!!


 槍を一度引いて、

 今度は下段を狙い突いた。

 連続した二回の動きに、

 傷跡から赤い、

 紅い血が噴出する。

 だが、

 レイジの動きがそこで止まることもなく、


 ……()()!!!


 再び槍を引いて、

 今度は上段を狙う様に突き刺す。

 三回の連続した動き、

 その攻撃に痛みを感じたのだろう、

 巨龍が咆哮の声を上げる。

 しかし、

 当然の如く、

 そこでレイジの動きは止まるわけもなく、


 ……()()!!!


 上段を狙った槍を引いて、

 今度は下段を突き、

 そこから上段に()()()()()

 突き上げた槍は巨龍の胴体から離れる、

 そこで動きは止まるかと、

 その動きを見ている者たちが思っているのを他所に、

 レイジは動きを続け、


 ……()()!!!


 下段を狙う様に、

 槍を振り払いながら、

 レイジは後退するように、

 身体を後ろに動かす。

 そして、

 再び大地に両の足が着いたことを直感で悟ると、

『どうだ、()()()()()!!! いくら龍でも今のは……、』

 今のは流石に効いただろう、

 そう口にしようとしたレイジだったが、

 その言葉を出す前に、

 レイジは後ろに受け身を取った。

 数舜前にレイジが立っていた位置を、

 巨龍の尻尾が刈り取る様に薙ぎ払われた。

 だが、

 その尻尾はレイジの身体を刈り取ることなく、

 ただ何もない空間を刈り取るだけに終わり、

 その事に内心で安堵のため息を吐きながら、

 レイジは身体を起こした。

 そこには、

 上半身を血で濡らした巨体を持つ龍が一つ、

 もう既に血が足りていないという様に、

 怒り心頭と言った様子で見てくる巨龍に対し、

『おぅ、おぅ、おぅ。血が足りないみたいだなぁ、おい』

 でもまぁ、

『そう怒ってくれるってこたぁ、俺しか見えてないわけだぁな』

 ってことは、

()()()たぁ、いかないのが残念だが、殿(しんがり)としては十分な仕事ってわけだぁな、おい』

 そう言いながら、

 周囲に意識を向ける。

 そうすると、

 距離を空ける様に、

 多く居た騎士たちが足を退く音が聞こえた。

 ……へっ、()()を俺に任して自分らは後退しますよってか。ま、そうしてくれた方が俺には嬉しいねぇ。

 そんなことを思いながら、

 右手に持った槍を肩に担ぎ直し、

 龍を見た。

 そして、

 レイジは深く、

 深く息を吸い込み、

 吐き出すと同時に、

 再び一歩大きく踏み込んだ。


『まずは、()()!!!』


 そう言いながら出される動きは、

 先程と同様のモノ、

 ただ身体を突き刺す様に出されるモノ、

 だが、

 その動きを避けよおうとする動きを龍は取ろうとはしなかった。

 そして、


()()!!!』


 出される動きは二つ目の動き、

 槍を引いて、

 下段を差し貫く動きであった。

 二つ目の動きに、

 周囲に鮮血が飛び散る。

 だが、

 レイジは動きを止めることはなく、


()()!!!』


 槍を引いて、

 上段を差し貫く。

 その瞬間、

 レイジの意識と槍の刃が()()()

 だが、

 その事にレイジは気合を入れ、

 己を鼓舞するように、

()()()()()()()()()……っ、』

 言葉を吐き出す。

 それはかつての師が自分に言った言葉、

 そして、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは、

()()()()()()()()()ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』

 叫ぶように、

 そう声を出しながらレイジは再び槍を引き、


()()っ!!!!』


 一度突いた下段を再び突いて、

 上段へ向ける様に、

 槍を上段に()()()

 しかし、

 槍の長さは限りがあり、

 それを表す様に、

 上段から刃が宙へと抜ける。

 しかし、

 それこそがレイジの狙いであり、


『からのぉぉぉぉぉぉぉ、』


 宙へと抜けた刃を横に返し、

 上段から下段へと槍を回し落とし、


()()()ぇぇぇぇぇぇ!!!』


 刃を下段から切り払いながら、

 身体を後方へと下げる。

 その五つの槍の動き、

 先程の損傷を考えるのであれば、

 この五つの連撃、

 五連撃はかなりの痛手となったはず、

 そう考え、

 レイジは顔を上げようとするが、

 殺気を感じ、

 身体を左に動かしながら、

 右手に背を向け身体を屈める。

 その刹那、

 レイジは身体に風を感じながら、

 圧を感じた。

 振り向いて見れば、

 そこには巨龍の尻尾が去って行くのが目に映り、

『あっぶねぇな、おい!!!!』

 怒りを露わにした声を出しながら、

 槍を再び構えようとした、

 その瞬間、


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()






「……えっ」

 その光景を見ていた者たちは全員、

 突如として動かなくなってしまった()()に意識を向けていた。

 その中でただ一人、

()()!!!」

 ()()に対して声を上げる者が居た。

 だが、

 その声に応えることもなく、

 ()()は動くことはなかった。

 その為だろう、

 巨龍は先程まで動いていた()()が動きを止めたことを奇妙に思ってか、

 少しの間意識を向けていたのだが、

 時が経っても()()が動かないことが分かると、

 勢いに任せて身体を回し、

 ()()に力任せに尻尾を振って弾いてみせる。

 振られた尻尾に対処することなく、

 ()()は片腕を砕かれて、

 吹き飛ばされる。

 だが、

 その程度で巨龍の怒りが静まることなどあり得るわけもなく、

 遠くまで飛んで行った地面に横たわる()()の近くまで寄っていくと何を思ってか頭部を咥えると、

 誰もが見える様に頭を高く上げてみせ、

 ()()の頭部を渾身の力を込めるかのように、


 ()()()()()()()()


 噛み砕かれ、

 頭部がなくなった()()を宙に支えるモノはなく、

 ()()は地に落ちた。

 力が完全に抜けていることを表す様に、

 ()()()()()()()()

 曲がってはいけない方向に腕を向かせ、

 両足も人間ではあり得ない方に曲がっていた。

 その光景を見て、

 誰もが絶望した。

 先程まで巨龍と一人で戦っていた最後の希望、

 誰もが希望を抱いていた()()が、


 もう死んだ(いない)のだということに。


 それを示すかのように、

 巨龍は()()()()()()()を尻尾で弾き飛ばす。

 しかし、

 誰もが絶望を抱く中でただ一人、

 そう、

 ただ一人だけ絶望を抱かずに、

 希望を持っていた者が居た。

 闇が支配するその世界で、

 銀色に煌めく長い髪を揺らし、

 女性は、

 少女は、

 ()()に、

 いや、

 ()に声を向ける様に大声を出した。

()()()()()()()()()()()()!!!」

 何故なら、

()()()()()()()()()!!!!」

 願う様に、

 祈る様に少女は、

 彼女は()()に声を向ける。

 だが、

 そう向けられる声に、

 ()()は応える様にすることもなく、

 ただ、

 静寂のみが過ぎていく。

 もう立つことも、

 戦うことも出来ず、

 ただ絶望することしかない、

 その事を全員に思い知らせるように、

 再び巨龍は咆哮する。

 その咆哮に、

 怪我を負った何名かが身体を震わせた。


 無理だ、

 勝てない、

 勝てるわけがない、


 そうして口から出されるのは、

 もう勝てないと、

 もう無理だという、

 絶望に満ちた声があるのみ。

 少女も胸の内で希望が絶望に変わっていく音を聞いた気がして、

 両足に力が入らずにそのまま地にへたりと座ってしまう、

 それよりも前に、

 誰かが立ち上がり声を出す。


()()()()!!!」


 諦めるな、と。

 そう言った者へとその場にいた全員の視線が集まる。

「まだ諦めるな!!!! ()()()()()()()()()!!!

 戦っていた者が居なくなった途端に絶望するな!!!

 生きる希望を捨てるな!!!」

「し、しかし!! 我々には手段が……、もう……」

 もうないと続けるつもりだったのだろう、

 そう続くことが聞こえる前に、

 立ち上がる者が居た。

()のおかげであの龍の命はあと僅かとなったのだ!!! 見てみろ!!!

 先程までの威勢はもうないではないか!!!」

 その声の言う通り、

 巨龍を見てみれば確かに、

 ()が戦う前の威勢はもはやなく、

 抵抗する気力もない様に見えなくはない。

「であれば!!!」

 声は剣を抜いて、

 天高くに構える。

()がなし得なかったトドメを刺してやろうではないか!!!」

 檄を飛ばす様に言う声に、

 絶望に染まっていた者たちに僅かながらの望みが、

 希望が見え始める。

 あとどれ程の損傷か、

 あと何名がやられるのか、


 ()()()()()()()()()()()


 諦めるのは後でいい、

 まずは生きるために、


 ()()()()()


 誰もがそう思ってか、

 地に着いていた者たちは立ち上がり剣を手に取り、

 構えを取る。

 ある者は恐怖に震える手に剣を持ち、

 ある者は立つために剣で支え、

 ある者は己に檄を入れてから地に刺さった剣を抜いて、

 それぞれが目の前の敵に対峙する。

 一人、一人は龍と比べれば小さなものでしかない、

 だが、

 その数は多い。

 一人だけではなく、

 十人でもない。

 百……は超えてはいないが、

 それでも、


 ()()()()()()()()


 それが、

 その場にいた全員の胸の中にあった。

 だからだろう、

 対峙する者たちの瞳には先程までの絶望はなく、

 何としても生きようと、

 ()()()()()()()()

 そうした思いが宿った色を、

 瞳に宿していた。

 そうやって対峙する騎士たちとは打って変わる様に、

 一人の女性が駆け寄って来る。

 その女性に対し、

 一人の騎士が声を掛けた。

「何をしてる!!! ここはまだ……っ!!」

「で、ですがっ!!ここには彼が作ったモノが……っ!! ()()()()が戦っておられるのですよ!!!」

「何を言ってるんだ!!! そんなものはここにはいない!!!」

「ですが……っ!!!」

 女性と話していた騎士は、

 数回だけ言葉を交わしてみたところで話にならないことが分かったのだろう、

 まだ団には入っていないシュバリエに視線を向けると、

 女性に背を向ける様にし、

 彼女を指しながら声を掛ける。

「おい、そこのお前。ここは戦場になる。武器も持たない庶民を戦いに巻き込むわけにはいかん。

 ……お連れしろ」

「わ、私が、ですか?」

「そうだ、お前が、だ。見た所、お前は騎士ではなく、見習いだろう? だったら、任せた方がいいと思ってな」

 幸い、

「先程まで戦ってくれた()()()のおかげで、今いる連中から諦めが無くなったようではあるようだし、」

 そうだ、

「ここは我々に任せ、貴様は後退しろ」

 いいな、と、

 シュバリエの返事を待たずに彼女から目を離した途端に、


 鬨の声が上がった。


 その声の大きさに驚いたのだろう、

 女性は肩を震わせると、

 不審に思ったのか視線をあちらこちらへと向け始める。

 その様子にシュバリエは、

 苦笑してしまう気持ちを抑え、

 女性に近付く。

「失礼。ここはもうじき戦場になります」

「あ、貴女は?」

(わたくし)はシュバリエ。まだ騎士ではない見習いの身、」

 ですが、

「命令を受ければ話は別です。(わたくし)と共に来ていらっしゃいますね?」

 と言いながら手を伸ばすシュバリエに対し、

 女性は手を伸ばそうとはせず、

 首を横に振った。

「そういうわけにはまいりません」

「何故か、お話を御聞きしても?」

「先程まで彼が作った作品が、」

 いえ、

()()()()が戦われていたと思うのです。ですが、その()()()()の姿が見えません。何処に行かれたか、ご存知ですか?」

 その質問に対し、

 シュバリエは顎に手を置いて考える。

 そうしている間に、

 鬨の声はさらに大きくなり、

 騎士たちが駆け出したことを表す様に、

 鎧に使われている金属同士が擦れる音が鳴り渡る。

 その音を聞きながら、

 シュバリエは一つの解を出す。

 それは、

「お尋ねしますが、その彼というのは、ミハエルさんのことでしょうか?」

「……っ!!! ええ、そうです!!!」

 彼女の反応に、

 成る程、と、

 シュバリエは理解した。

 そうして理解するシュバリエに理解できなかったように、

 女性は彼女に訊いた。

「もしかして、なんですけど。

 貴女はミハエルさんのところに来ているという……」

「えっ? えぇ、シュバリエと申します。以後お見知りおきを」

「あっはい。こちらこそよろしくお願いいたします」

 すぐ傍で戦いが起きていると言うのも関わらず、

 二人はほんわかな会話をしていた。

 その空気とは打って変わった会話をする二人を他所に、

 騎士たちの怒声が周囲で聞こえる。

「援護しろ!!! 俺が突っ込む!!!」

「何言ってるんだ!!! お前だけに誰がカッコつけさせるか!!! 俺も行くぞ!!!」

「お前ら、勝手に突っ込もうとするな!!! まだ勢いが……っ!!」

「そっちに行ったぞ!!! 避けろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「……えっ?」

 疑問の声が上がった瞬間、

 何名かが吹き飛んだ音が聞こえる。

 その音を聞きながら、

 ……死を間近にした者はしぶといとはよく耳にしますが、果たしてここにいる騎士たちだけで仕留められるかどうか。

 そこが問題ですね、と、

 そう考えるシュバリエの肩越しから、

 女性が背後を見る。

「あっ。あれです、あれ!!!」

「……あれ?」

 女性の声に、

 シュバリエは背後を振り返る。

 そこには、


 腕を砕かれ頭を噛み砕かれ、

 ()()()()()()()()()()()残骸が一つ、

 そこにはあった。


 その事に、

 シュバリエは一つの答えを導き出す。

「……もしや、ミハエルさんが好意を抱いている女性というのは……」

「えっ?」

「失礼。貴女のお名前を御聞きしても?」

「えっ、ルーティアですけど」

「ルーティアさん……」

「えぇ」

 ルーティアと名乗る彼女の言葉に、

 そう言えばとシュバリエは思い出す。

 研究所に立ち寄る様になって暫くして、

 レイジの、

 いや、

『シュバルツ・アイゼン』の制作に取り掛かる様になってからだっただろうか。

 ミハエルが時折女性の好みは何なのだろうかとシュバリエに訊く様になってきたのを思い出す。

 まぁ、

 いちいちそう訊いてくるのも癪だったので、


『そうですね。解体用にダガーなどがあれば、(わたくし)は嬉しく思います』


 と答えたりもした時があった。

 そう答えたシュバリエの言葉に疑問を持たずに、

 ミハエルは理解した様子で四の五も言わずに分かったと言ってから外に出て行ったのだった。

 まぁ、

 特に怪我することもなく戻って来た上に、

 嬉しそうな顔で、


『ありがとう、シュバリエ君!! いやぁ、君みたいな女性が居てくれると嬉しいよ!!! 出来れば、騎士にならずにここに勤めてみるというのはどうかな!!!?』


 と言ってきた時に、

 思わず懐に一発拳を入れてしまったことを悔いに思う。

 あの時に何も言わずに外に出ていれば、

 今の様になっている可能性はなかったはずだ。

 たぶん。

 きっと。

 恐らく。


 閑話休題。


 となれば、

 話は変わって来る。

「ルーティアさん。ここはもう戦場です。命の保証は出来ません。(わたくし)と共に退いては貰えませんか?」

「えっ。で、でも、()()()()が……っ!!」

 そう言って指されるのは、

 今は動かない黒鉄であった。

 その事が分かると、

 シュバリエは声を張り上げる。

「大丈夫です。……あの方は、()()は大丈夫ですっ!!」

「で、でも……っ」

()()()()()()、」

 いいえ、


()()()()()()()()っ!!!」


 それに、

(わたくし)達がここにいれば、その分だけ騎士の方々に負担をかけてしまいます!!」

 ならば、

「ここは離れるべきだと判断しますっ!!」

 如何でしょう? と、

 言外でそう訊く様に彼女に手を指し伸ばすシュバリエに対し、

 彼女は渋々といった様子で彼女の手を取った。

 その手を掴んで離れようとした、

 その瞬間、

 周囲に突風が巻き起こった。

 その突風に、

 背後を振り返る。

 多くの悲鳴が聞こえてくると共に、

 巨龍の身体が宙に浮かび、

 数回羽ばたきをすると、

 彼方へと飛んで行った。

 その姿をシュバリエたち二人は遠目に眺めていた。






 ローリエ王国から距離があるエルトミナ帝国、

 その帝国の外にある森林において、

 傷を負った一体の巨龍がいた。

 傷と言ってもその傷はごく一部であり、

 瀕死とは程遠いものであった。

 しかし、

 その傷は深く、

 完全に治るには時間が多く要る様にも見えた。

 それもあってか、

 巨龍を仕留めようと動くモノがあった。

 それは、

 一見すると人の様に見えたのだが、

 人とは明らかに違うモノであった。

 何故なら、

 人であれば身体を覆うのは皮膚であり金属ではないし、

 人にしては妙に大き過ぎたからだ。

 ()()は、

 胴体部から猛烈としか表現できない程早い回転音を周囲に響かせながら、

 巨龍を囲う様に互いの間隔を開け、

 巨龍との距離を狭めていく。

 ()()

『魔装機甲』と呼ばれたモノに搭乗している一人が呟く様に口にする。

「……気を付けろよ。相手は手負いだからと言って油断するな。先に突っ走ったルイズとエルシィがどうなったのか、忘れるなよ」

『分かってますよ、隊長』

『ま、ルイズ達は手柄にしたかったから行ったとは思いますけど、私達はそんなヘマしませんって』

 大丈夫ですよ、

 呑気だとそう捉えかねない言葉を言う女性の声が聞こえる。

 その声に、

 男は注意を促す。

「……ベオウルフ。そう言ってよく突っ込むのはお前だろうが」

『いやいや、それは敵の強さが分かっている人間相手だから突っ込むのであって、流石に人間じゃない相手にはやりませんよ、私は』

 どうだかな、と、

 男は言外に呟いて、

 緊張を解す様に無意識に上唇を舐めた。

 相手は一体、

 ()()()はそれなりに練度を積んでいる『魔装機甲』が八体、

 数ではこちらの方が上ではある。

 しかし、

 先程言った通り、

 巨龍の足元に残骸となったモノが散らばっている。

 赤いような液体も見えなくもない以上は、

 少なくとも中にいた搭乗者は生きてはいないと推測するべきだろう。

 となれば、

 二体減った六体の『魔装機甲』が()()()が出せる全ての手札となる。


 ……いや、厳密には違うか。


 一応、応援を要請はしているから少なくとも六体以上になるな、と、

 男がそう考えた矢先だった。

『隊長。自分が前に出ます』

「なんだとっ!! 応援が来るまで攻撃はしかけんと言ったはずだろう!!!」

『しかしっ!!! 我々は帝国が誇る騎士であり、「魔装機甲」乗りですっ!!! 他の部隊が来てからとあれば、助けが来なければ戦えぬ卑怯者だとっ、そう思われてしまいますっ!!!』

 であればっ!!!

 そう口にするや否や、

 一体の『魔装機甲』が前に出る。

 その動きに触発されもう二体が前に出て、

 一体がこちらを見る。

『隊長っ。指示を、指示を頼みますっ!!!』

「ちぃ……っ!!!」

 ……少しくらい待てんのかっ!!

 内心で強く舌打ちをすると、

「前に出るっ!! ……ベオウルフっ!!!」

『はい? なんです、隊長?』

「援護しろっ!!! あのバカどもをあの龍に食わせるわけにはいかんっ!!!!」

『……ハハハッ。了解です、隊長』

 笑う様に応える()()の声に、

 男は一瞬乗せられたかと考えるが、

 その考えを振り払う様に頭を振うと、

 機体を前に押し出した。


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