第七話 地獄へ、降下用意を
闇がある。
暗く、
暗い、
そんな暗闇が。
しかしその中で動くモノがあった。
そのモノの手には光があり、
光の先には黒く、
黒い、
そんな黒に染まった色をしている身体をしている金属の塊が一つあった。
その黒を照らす光の持ち主、
ミハエルが黒い身体をした金属に訊いた。
「それで、身体はどうだい? 動かしやすかったかい?」
そう問われ、
金属は、
いや、
レイジはため息を一つ吐いてから、
『動きやすいかどうかで答えるなら、相も変わらず……ってところだな。出来ればもう少し反応の速度を上げてほしいところだが……、』
まぁ、
『あの龍の野郎ともう一度やり合えるってなら、気にする事じゃねぇな』
「えっ。気にしないのかい? それだったら、別にいいってことなんじゃ……」
レイジの気にしないという言葉に、
ミハエルは反応するが、
その反応にレイジは手を上げ黙らせる。
『今すぐに済むんなら、って付け加えようか、親父殿?』
それだったら、
『すぐにどうにかしてほしいもんだが、今はどうにも出来ないだろ? だから言ったんだが』
「あ~……、うん。すぐにどうかしろと言われても、すぐには無理な話かな……」
『だろ? だからこそ、言ったんだが』
「そう考えてくれると有難いね」
『そりゃどうも』
ミハエルの言葉が嫌味の様に聞こえたレイジは皮肉を言う様に言葉を返したのだが、
ミハエルはその言葉には気にしなかった様子で言葉を続ける。
「ああ、そうそう。君から頼まれてたあの……なんだっけ?
100mm……?」
『「100mmマシンガン」?』
「そうそう、それそれ。一応、形としては出来たんだけど」
こんな感じかな?、と、
そう訊く様にして差し出されたミハエルの手には、
以前レイジが記憶を頼りに紙に出力したモノ、
『機関銃』に外見が近いモノがあった。
『……出来たか!!!』
それを見るレイジの声には喜びがあり、
興奮した様子でミハエルからせがむ様に手を差し出す様子は子供が親から欲しいモノをせがむ様に見えなくもなかった。
その事を連想したミハエルは少し口元に笑みを浮かべながらレイジに渡す。
「一応、中に術式を書いて撃てるようにはしてはいるけど、まだ試射……だっけ? それをやってはいないから保証は出来ないよ? それでも使うかい?」
『弾は出るんだろ? だったら使うしかないだろうに』
まぁ、
『射撃武器を作って使わないとあったら改良点も分からないからな』
「そう?」
『ああ、そうだとも』
そう言いながらレイジはグリップの感触を確かめながら、
トリガー部分に手を触れて引き絞ろうとする。
だが、
発射することなく、
持ったままの姿勢で器用に指を引っ掛けた状態で銃をクルクルと一回、二回と回してみせ、
数回回ったところでグリップを握ってその動きを止めると、
ミハエルに渡す様にグリップ部分から手を離して銃身を握り、
渡す様にグリップを向けた。
『……握り具合は悪くない。……使えるかどうかは分からないが、そこそこ良さそうには思えるな。いい仕事をしてくれてありがとな、親父殿』
「ああ、うん。そう言ってくれるのはそれを作った身としては嬉しいんだけどさ、……それを使うの、僕じゃなくて君なんだけどね」
そう言いながら渡して来るレイジに対し、
ミハエルは苦笑しながらそう言った。
そう言われたことに、
レイジは一瞬何のことかが分からない様に動きを止めて、
数瞬後に理解すると、
『ハハハ、悪い悪い。そうだよな、こいつを使うのは親父殿じゃねぇ。俺の方だったよな』
笑う様にそう言いながら、自分の手に銃のグリップを戻した。
そんな会話をしていると、
「おにいさま、いらっしゃいますか!?」
「待て、待ちなさい、ヒュンフ!!! こんなところに来ても、まだあれは動かないと言っていただろう!!!」
「いいえ、それはちがいます、おとうさま!」
「何が違うのだ!!! ええい、いいから、うちに帰るぞ!!! こんなところに来ても役に立てることは何もない!!!」
「あります!!」
「何がある!!? まだ力もないお前に何があるというのだ!!!? 親にこんなことを言わせるな!!! 頼む、頼むから、一緒にうちに帰ろう、ヒュンフ!!!」
「せめて、おにいさまにこれをわたさせてください! そうでないとくいてしまいます!!!」
「とは言っても、ここには動かない鉄人形がいるだけだろう!!!?」
「ちがいます!」
「何が違うと言うか!!!!」
という幼い少女と男のやり取りと、
足音が扉越しに聞こえてきた。
そのやり取りと音を聞いて、
レイジは一回だけミハエルの方を向いて止まり、
そのレイジの動きを見て彼は頷きを返した直後、
扉が勢いよく開かれる。
すると、
「ああ、おにいさま!!! さきほどぶりでございます!!!」
「だから、それは誰のことを……、……っと、失礼するぞ、ミハエル殿」
「いえ。構いませんよ、シヴァレース卿」
ミハエルがそうレイジの背後に言葉を向けている間に、
後ろで結った白い髪を宙に揺らしながらヒュンフはレイジの前に回り込み、
レイジの顔を覗き込む様に見上げる。
「おひさしぶり……、というほどではございませんが、おにいさまにわたしておきたいモノがございまして、ちちにわがままをいい、ついきてしまいました」
てへっ、と可愛らしく言うヒュンフの頭を撫でてやりたい気持ちにレイジは駆られそうになるが、
その気持ちをグッと堪える。
シュバルツ・アイゼンが動くということはミハエルとヒュンフの二人はもう知ってはいるので動いても問題はないだろうが、
ただ一人だけ知らない者がここにはいるのだ。
情報を知らないモノの前で動いて見せるということは、
より多くのことを要求されかねない。
それがレイジが知らない人物であれば尚更だ。
そうした事情もあって、
ヒュンフには申し訳ないところだが、
今すぐに動くわけにはいかなかった。
しかし、
それを知らないヒュンフは持ってきたものを見せる様に、
レイジの前で両手いっぱいに広げる様に見せた。
一つは何か文字……というよりかは上向きになっている矢印の傘を広くしたようなモノと、
英文字の「z」、
いや、
「s」に近い記号、
曲線が無くなり直線のみで書かれている記号、
その向きを少し斜めにしたものが描かれた布、
その二つが彼女の手の中にあった。
「つたないうででつくったモノをわたすのはどうなのだろうとはおもったのですが、わたくしにはこれくらいしかできません。なので、このていどのモノでもうしわけないのですが……、よろしければうけとってはもらえませんでしょうか、おにいさま?」
受け取って欲しいという彼女の言葉を聞いて、
レイジは受け取るべきだろうなと考える。
だが、
現状は動くわけにはいかない。
そのレイジの気持ちを理解してか、
ミハエルが助け舟を出す。
「あ~……、それだったら、僕が受け取っておこうか?」
「えっ。でも……、」
「いや、彼はついさっきまで動いていたんだけど、今は魔力が切れてしまってね。
……すまないね。彼が起きたら、君が来てそれらを渡そうとしていたことを伝えよう」
どうかな? と、
言外に言うミハエルに、
ヒュンフは訝しむ様に目を細める。
先程まで動いていたはずのレイジが動かなくなる、
そこを疑問に思ったのは、
まぁ、仕方のないことだろうと、
レイジは考えるが、
……すまねぇな、ヒュンフ。後で謝るから、今はとりあえず親父殿にそれを渡してくれ。
声に出さずに心の中でそう願っていると、
「わかりました。……それでは、のちほどおにいさまによろしくいっていたと、そうおつたえしていただけますでしょうか?」
「ああ、任せてくれ。彼が起きた時には言葉一つ抜くことのない様に伝えよう」
「わかりました、よろしくおねがいもうしあげます」
渋々といった具合でミハエルに渡すヒュンフでったが、
そんな二人を見る様にいつの間にかレイジの傍に寄って来た男、
シヴァレースがレイジの身体を観察する。
「ふむふむ……、うん? ミハエル殿、少し質問よろしいかな?」
「はい? ……何でございましょうか、シヴァレース卿?」
「いや、なに。つい先日見た時とは容姿が変わっている様に見えるのだが……、動くのか、こいつは?」
……こいつ? 今、こいつって言ったのか、このおっさん。えっ、何それ。それって、つまりお兄さんに喧嘩売ってきたってこと? そう解釈しても問題ないと。つまり、そういうことだよな?
喧嘩を売られた以上は買ってやらなければ男が廃る、
どんな規模であれども相手が「すまなかった」と謝罪するまでは容赦はするな、
そう言い聞かされたかつての師の言葉がレイジの脳内によぎる。
その言葉通りに一瞬で動かないことを投げ捨て動こうとしたレイジだったが、
動く数舜前に、
それを知ってか知らずかヒュンフがシヴァレースに文句を言う様に口にした。
「おとうさま! おにいさまは、こいつでも、そいつでもございません!! おにいさまにしつれいです!!」
「い、いや、しかしだな、ヒュンフ。お前がお兄様、お兄様と呼ぶそいつの名前を知らぬ以上は、そいつやこいつと呼ぶしかないのだが……」
「おにいさまのことをそうおっしゃるのであれば、わたくしにもかんがえがございます!!! こんご、しばらくおとうさまとはなにもくちをかわわしません!!!」
「えっ。……い、いや、待て、ヒュンフ。それだけは、それだけはやめてくれ!!! お前と口を交わせなかったら儂は今後どう過ごせというんだ!!! ヒュンフ、それだけは!!! それだけは頼むからやめてくれ!!! 頼む!!!」
「しりませんっ!!」
父であるシヴァレースの言葉を冷たく切り捨てる様にヒュンフはそう言うと、
では、とミハエルの方を向き、
「では、ミハエルさん。おにいさまにそれらのことを、たのみますね?」
「……えっ。……ああ、はい。任されました、お嬢様」
あの一瞬でシヴァレースを負かしたことにミハエルは呆けていたが、
ヒュンフの言葉で現実に戻ってくると、
彼は彼女にそう言葉を返す。
そして、
その言葉に満足がいったのか、
彼女は嬉しそうに笑みを浮かべると、
もう一度だけレイジの方に身体を向け、
スカートの両裾を持って頭を下げながら腰を折った。
そして、
彼女は父親を置いていくようにスタスタと歩き出し、
その小さな背を追う様に、
「ヒュンフ!!! 待ってくれ!!! お父さんが悪かった!!! お父さんが悪かったから、少し待ってくれ!!! 頼むから、そんなに早く歩かんでくれ!!!」
子供の様に謝罪の言葉を御大声で出しながら駆けだして出て行くシヴァレースが部屋から出て行くのを、
ミハエルとのんびりとレイジは眺め、
部屋の扉が閉まると、
『あ~……、何と言うか、子持ちの親ってのは苦労なもんだな』
二人の様子を見てレイジは思ったことをそのままに口にするのだった。
そのレイジの言葉を聞いてミハエルは、
少し苦笑しながら、
「いやいや、君はそういうけどね、存外楽しいものだよ?」
まぁ、
「僕の場合は、成熟した子を相手にしているものだけどね。」
『ふぅ~ん。そんなものかね?』
「あぁ。そんなものさ」
ミハエルの言葉にどう応えるべきか、
それを悩んでしまったレイジは、
素直に思った疑問を口にする。
子を、
いや、
好きな女性と結ばれることなく世を去った身としては分からなかったが故だったのだが、
ミハエルはそれに気づいてか気付かないでか、
そう応える。
そう言ったミハエルの手元を、
レイジは見る。
『それで? あの嬢ちゃんは何を持ってきたんだ?』
「へっ? ……あぁ。どうにも分からないけど、君への贈り物とは言ってたから、たぶん、そういう意味があるモノなんじゃないかな?」
そう言いながら、
ミハエルはほら、と、
レイジに見せてみる。
だが、
それが何を意味しているのか、
それを知らないレイジにとっては何が何だかよく分からないので、
『いやだから、どういう意味があるのかって訊いてるんだが』
「えっ? 知ってて言ってたんじゃないのかい?」
『いや? 知らないから言ったんだが』
そう言ったレイジに対し、
ミハエルは『何言っているんだコイツは?』と怪訝な目で見てきたが、
そう言ったミハエルに対し、
レイジも内心で、
……何言ってるんだ、親父殿は?
と思っていた。
そして、
どこか気まずい雰囲気となった空気を打開するように、
ミハエルは咳払いを一つして、
「ん、ん!! ……で、なんだっけ。あぁ、そうそう、これが何を意味しているのか、確かそういう話だったね」
思い出す様に話しかけるミハエルに、
心の中でレイジは謝って、
ミハエルの言葉に意識を向けた。
「これは恐らくだけど、『ルーン文字』だね」
『「ルーン文字」?』
「そうそう。何か願いとか望みとかある時に、それが叶いますようにと。そう願って『文字』を石に書いて占ったりするもんなんだ」
まぁ、
「戦場とかに行ったりする時にその人物の無事を祈って、武器に『ルーン文字』を書いたりする文化って、言うのかな……? そういうのがあるんだよね」
『へぇ、詳しいんだな』
「……あのね。こう見えても僕はそういった分野には強いんだよ? あんまりバカにしないでくれるかい?」
『あ~……、はいはい、分かった分かった』
「いや、それ分かってないでしょ」
『いや、もう十分に分かったさ。……それで? その二つはどういう意味なんだ?』
少し強引の様にも思えるレイジの言葉に、
ミハエルは不満に思いながらも、
視線を手元に落とす。
「そういうものだと推察すると、恐らくこっちのは『ティール』、」
いや、
「『テイワズ』の『ルーン』だと思うんだ」
『「テイワズ」?』
そう訊いたレイジの言葉に、
ああ、とミハエルは応えて言葉を続ける。
「戦士が戦い赴くときには戦士の無事を神に、『テイワズ』という名前の神に祈るのさ。『天におります、「テイワズ」神よ。どうか彼の者に加護を与えたまえ』ってね」
一応、
「『テイワズ』神は、英雄の神様でもあるから、戦いに向かう戦士たちに加護を与えてくれる存在だ、って思われてるらしいね」
だから、
「大体の所だと、剣とかあげる時には柄の部分に書いてあることが多いんだとか」
まぁ、
「僕は戦場には出ないから現物を見たことないんだけどね」
そう言いハハッと乾いた笑いをするミハエルに、
少し疑問に思ったレイジは訊いてみることにした。
『そう言えば、親父殿。あんたが作った槍にその「ルーン」だっけか? そういうの、見たことないんだが』
「書いてないからね」
『えっ』
「えっ」
レイジの疑問に書いてないと答えるミハエル、
その言葉に驚いた声を出すレイジに、
ミハエルも同じく驚いてみせる。
そして、
どこか気まずい空気が漂い始めた室内で、
再びミハエルが咳払いをする。
咳払いをすると、
先程までの空気を気にしないかのようにミハエルは言葉を続けた。
「……で、今度はこっちだね。こっちは神様とかそういうのじゃない、どちらかと言えば『太陽』とかそういう意味がある……、」
そう、と、
ミハエルが答えを言う前に、
『……「ソエル」だな?』
とレイジは先に答える。
……ふっふっふっ。残念だったな、親父殿。その『ルーン文字』、いや、文字の意味が『太陽』でならなら知ってるぜ。まぁ、何本か如何わしいゲームをプレイした俺にとってはもはや常識。そのくらいの『ルーン文字』が分からなくてあのゲームブランドのファンは語れないぜ。
内心で何処か自慢げにそう語るレイジであった。
如何わしいというだけで変な目でよく見られたレイジだが、
自慢に思うこともあるのも事実であった。
まぁ、
単に未成年がプレイできないだけとはあっても、
中身は十分に誰もが満足して楽しめるものなのだが、
どうにも世間はその如何わしいモノを面白くはないモノにしたいらしく、
そういうモノが面白いと話題に上がることはなかった。
レイジ一個人としては、
そういうモノを楽しめてこその『真のゲーマー』だと、
そう思ってはいるのだが。
そう答えるレイジの言葉に、
しかし、
ミハエルは頷きはせずに、
「……『ソエル』? なにそれ?」
と疑問の言葉を向ける。
「『ソエル』って『ルーン文字』は知らないけど、どちらかと言えば、これは『ソウェル』の『ルーン』だし、」
それにそもそも、
「これはどちらかと言えば、『シギル』の『ルーン』だよ?」
大丈夫かい?と、
レイジの気を確かめる様に、
ミハエルはそう言った。
その言葉を聞いて、
『「シギル」……?』
「うん、『シギル』」
そう訊いてくるレイジに、
ミハエルは冷静に答える。
『いやいや、親父殿俺はあんたよりも詳しくはないだろうさ、』
だが、
『その「ルーン文字」についてはそれなりに調べて他のヤツより詳しい自信がある。その俺が「シギル」ではなくて、「ソエル」として覚えてるんだから、その「ルーン」は「ソエル」でないとおかしいんだ』
そう半ば断言するように言うレイジに対し、
「いやいや、レイジ。その理屈はおかしいし、そもそも君がこの『ルーン文字』について知っているのはおかしいんだ」
となると、
「君の言い分はおかしいということになるから、この『ルーン文字』は『シギル』ということになる」
そう言ったミハエルの言い分もおかしいのだが、
それを指摘する者は、
残念なことに、
ここには居なかった。
と、
何を思ったのかミハエルはわざとらしく深呼吸をし始める。
なぜそんなことを始めるのか、
それを示す様に、
ミハエルは何処か誇らしげに口元に笑みを浮かべ、
「そう言えば、レイジ。君はこっちの『ルーン文字』、」
そう、
「『テイワズ』の『ルーン』については知らない様子だったね」
『まぁ、そっちのは知らないけどな』
……まぁ、ゲームの方で出てきてないのを何で知ってなくちゃいけないのかって話になるんだけどな。
話の流れからどんなことを言うつもりなのか、
それに対してレイジが考えていると、
ヒュンフ達二人が出て行った扉が勢いよく開かれ、
長い銀色の髪を揺らしながら一人の女性が入って来る。
その姿に見覚えがあったレイジはその女性に、
いや、
少女に声を掛ける。
『あん? どうした、シュバリエ? なんか急ぎの用か?』
「えっ、シュバリエ君? いやいや、シュバリエ君が来れるわけ……、」
来れるわけがないと言おうとして、
ミハエルは背後を振り返り彼女を見た。
「あれ、シュバリエ君? なんで君がここに居るの? 今日は実習があるとかでここには来れないとか言ってなかったっけ?」
「い、いえっ。実習での演習はあったのですがっ、少し事情が変わりまして、ですねっ」
荒い息を出しながら言おうと、
言葉を紡いで何かを伝えようとするシュバリエに、
レイジは慌てずにゆっくりと言葉を出す様にと、
ゆっくりと両手を上げたり下げたりして促した。
そのレイジの動きに、
シュバリエは急ぎなら、
しかしゆっくりと呼吸をして息を整える。
そして呼吸が整うと、
「つい先ほどになりますが。先日襲来してきた龍が現れまして、屋外演習をしていた騎士候補生全員に退避指示が出されました。ここへはミハエルさんや若様のお耳にはまだ入っていないだろうと思い、馳せ参じた次第で御座います」
「なるほどね。あの龍がまたやって来たのか」
彼女の言葉を聞いて、
ミハエルはすぐには指示を出さずに考える様に顎に手を置いた。
そんなミハエルを他所に、
レイジは笑ってみせる。
『はっ。あの野郎、また来たのか。いいぜ、今度こそ決着を付けてやる』
おい、
『親父殿。あんたが何を渋ろうか俺の気にしたことじゃねぇが、あの龍の野郎を倒せるんなら、俺は行くぜ』
だから、
『親父殿。この前使った槍とかは前の倉庫にあるのか?』
「……若様?」
レイジの疑問にミハエルは応えようとはせずに、
何かを悩む様にしていたのを疑問に思ったシュバリエはレイジに訊く。
しかし、
「……一応言っとくけど、君でなくても……」
訊かれた問いに答えるよりも前に、
ミハエルが言葉を口にした。
その言葉は出会った当初には口にしていないものであった。
故に、
『なぁに、心配要らねぇよ、親父殿』
レイジは勇気づけるのでもなく、
文句を言うのでもなく、
笑う様に、
ただ淡々と口にする。
そして、
いいか?、と言ってから、
こう言葉を続けた。
『死は避けられない』
何故なら、
『あんたも死ぬし、俺だって死ぬ』
それに、
『みんないつか死ぬ』
誰もが理解していることをさも当然だというレイジに、
何が言いたいのか、
それが理解できない二人の視線がレイジに向けられる。
だが、
レイジはそんな二人に鼻で笑う様に強く息を吐いてから、
『だが今日じゃない』
と言った。
『だから、大丈夫だ。そう簡単には死にはしない』
だから安心しろ、と言外で言うレイジに対し、
「で、ですが!! 若様、お一人だけでは!!! この間はどうにかはなりましたが、次に倒せるとは……っ!!!」
シュバリエの言葉が向けられる。
その言葉の言外で意味しているのはただ一つ、
それは、
倒せるとは限らない。
つまりは、そういうことだろうな、
そう思いながらレイジは彼女に言葉を返す。
『なぁに、大丈夫さ、シュバリエ』
まぁ、
『無事に済むわけないだろうが、少なくとも、死ぬってことはないだろう』
何故なら、
『俺は人の身じゃないんだから』
「ですがっ!!!」
人の身ではないから心配はするな、
そう言うレイジにシュバリエは興奮気味に反論しようとするが、
「……分かった」
レイジの覚悟を理解したのか、
仕方がないという様にミハエルの声が聞こえる。
その声に、
レイジはシュバリエから視線を外して、
ミハエルの方を向く。
「……調整は済んでる。この前仕舞ったところに置いてある。
……頼めるかい?」
頼むではなく、
頼んだでもなく、
頼めるか、
そう訊いてきたミハエルの優しさに、
レイジは感謝しながら、
『任されて』
親指をミハエルに立ててみせ、
笑う様にそう言って二人に背を向け倉庫へと歩き出す。
そうして歩いて行くレイジの後ろで、
「ミハエルさん!!! 分かっているんですか!! 若様は……っ!!
若様は……っ!!!」
「分かっているさ……っ」
ああ、
「分かっているとも……っ」
「だったら……っ!!!」
「だが、その役目を任せたのは僕たちだっ!!!!」
そうだとも、
「僕たちなんだ……っ!!!」
そんな二人のやり取りを壁越しに聞きながら、
……嬉しいねぇ。
そう嬉しく、
レイジは思っていたのだった。
……人の身じゃねぇ。ただの鉄屑にそんな風に思ってくれるたぁ。感謝しきれねぇってもんだな。
そう思いながらも、
でも鉄屑に魂を埋め込んだのはそっちで、俺はただやりたいことをやるだけだし、最初は俺に任せる予定で埋め込んだわけで別に貴方方のせいではないですよね? あれ、そうなると、俺がしようとしてることって駄目なの? えっ、でもそういうためにこうやったんですよね? あれ、だったら俺がやろうとしてることって別に間違ってなくね?
あれれ~、おかしいなぁ~?、
何処か棒読みに近い感じで頭を捻っていると、
目に映るモノがあった。。
それは先日の戦闘の際に自身の相棒になった槍、
『ツイン・マナエッジ・スピア』であった。
そうして槍を肩に担ぎ、
手にした中の感触を確かめて戻ってくると、
ふと思い出したようにレイジはシュバリエに訊いた。
『そう言えば、あの龍の野郎は何処に出たんだ? 近くか? それとも結構距離があるところか? あんまり遠いとこだといくらブースターが吹かせるとは言ってもすぐにはいけないぞ』
「それについてはご心配ないかと。たしか、この近くにある孤児院周辺にて一個小隊が展開しているのが見えましたので」
『孤児院? ……えっ、何それ。そんなのが近くにあるの? 俺、何回か外に出たけどそういうの見たことないんだけど』
「……恐らくですが、若様がお出でになりご覧になされたのは、墓地周辺では? あちらの方とは逆側になりますので多分そのせいでご覧にはなられていないかと思いますが」
『あぁ、そうだな。いくら孤児院って言っても墓地近くに作るわけないか』
そう言いながら、
言外でハハハ、と乾いた笑いをするレイジとは打って変わって、
「なん……だって……?」
シュバリエの言葉に顔から血の気が無くなったような顔で見てくるミハエルがいた。
「ちょっと待って。待ってくれ」
えっ、
「ということはあれかい? ルーティアがやってる孤児院の近くに出たってことかい?」
……ルーティア? えっ、誰その人?
ミハエルの言葉に今まで聞いたことがない女性の名前が含まれていたことに疑問符を浮かべるレイジを他所に、
シュバリエがミハエルに頷く。
「ええ。あの辺りで孤児院を開いておられる方はルーティアさんしかおりませんから、恐らくはその可能性があるかと考えます」
そう口にした彼女の言葉を聞くや否や、
ミハエルはレイジの方を向いた。
「レイジ!! 今すぐ行って倒してもらえるかい?! 彼女は……、
ルーティアは僕にとって大切な人なんだ」
だから、と、
言葉を続けようとしたミハエルに、
レイジは笑ってみせ言葉を上に被せた。
『任せろ、親父殿。あんたにとって大切な人を俺に託すってのは、まぁ、歯痒いだろうが、俺にとってもあの龍の野郎とは決着を着けたいと思ってたんだ』
だから、
『あんたは俺にただ一言言えばいい』
そう言うとレイジは外に出る様にミハエルに背を向ける。
右手に槍を、
左手に銃器を持って。
『「任せた」ってな』
「えっ……」
そう言ったレイジの言葉に、
一瞬考える様な言葉を出すミハエルだったが、
その言葉の意味を理解すると表情を引き締め、
「任せたよ、レイジ」
とミハエルは口にする。
レイジはその言葉を背で受け止め、
『あいよ』
と背を向けた状態でそう言うと、
その場を後にする様に外へと出て行った。
そして、
まだそれほど時間が経っていないにも関わらずほんの僅かの時間で身体を反転させるように戻ってくると、
『悪い、親父殿。忘れ物しちまった』
と言いながら、
レイジはミハエルの傍まで寄って来た。
そこでレイジが何を忘れ物をしたのか疑問に思っていたミハエルは合点がいったように頷くと、
「……ああ!! ごめん、レイジ!!! 君宛に持って来てくれたのに渡さなかった!!!」
『気にするな』
そう言いながら、
ミハエルは近くに置いてあった物入れに急いで手元にあった棒のようなモノと布切れの二つを中に仕舞うと、
「うん、これでよし!!! ……行っておいで!!!」
レイジの腰部にしっかりと括りつける様にそれを固定し、
レイジの、
いや、
黒鉄の肩を叩く。
その彼の反応にレイジは、
しっかりと頷くと、
『ああ。野郎を叩きのめして来るぜ』
そう言って背を向けると、
今度こそ部屋を後にしたのだった。