第五話 黒鉄、再起動
闇がある。
闇の中で明かりが一つ、
いや、
幾つかの明かりが点灯していた。
そして、
その明かりの先には、一つの機体があった。
黒い、
そう、
黒く塗られた機体が。
漆黒、とまではいかないがそれでも黒さが目立つ、それほどまでの黒さがある機体が。
「よし、……よし。
動力回路の方は問題なし、回路は正常に動作開始中、魔力の動作は問題なし、と」
確認するように何かが描かれたモノを見ている男性が黒鉄に向かって確認を取る様に、機体を前に男性は疑問を口にした。
「どうだい、レイジ? 問題ないかな?」
誰にでもなく、ここにはいるはずのない誰かに、訊く様に彼はそう口にした。
その声は誰に向けられたモノか、それに応える者は誰もいない。
いや、
誰もいないのではなく、
応えられる者が一人だけいた。
『……問題ないな』
その声は男性の前に立つ黒鉄から発せられたモノで、僅かな時が過ぎた時に、黒鉄の顔面に光が灯った。
『ああ。……最高の気分だ、親父殿。
今ならどんな奴でも倒せそうだ』
ああ、
『……どんな奴でも、な』
その言葉を聞いて、黒鉄の前に立つ男は頷く。
「それは何よりだよ、レイジ。
この前より多少は良くはなったとは思うけど、どうも自信が無くてね」
ほら、
「僕は人の身で、君とは違うだろ? だから、不具合がどうとか分からないじゃないか」
まぁ、
「その君が問題ないというのなら、安心できるけれどもね」
それでも、
「この前やってきたあの龍を倒せるかどうか……、」
そこは、
「流石の僕でも確信できないよ。
次で倒せるか、それとも、君が倒れるか……」
それでもいいのかい?、と言外で訊いてくる男に対し、
黒鉄は、
いや、
レイジは笑う様な口調で答える。
『別に気しねぇさ。
腕が一本折れようが、脚が一本へし折られようが、まだ動けるんだ』
だったら、
『戦う意思さえあれば、
何処まででも戦える』
ま、
『それさえ砕かれてなかったら、って話だがな』
レイジは話をそう締めくくった。
昔、
それほど昔とは言う程ではないがどれ程と言えば昔になるであろう、
そんな例えが出来るほどには昔のことだ。
まだ学生時代を謳歌し、運動部に所属していた頃の話、当時の担任の教師、
レイジに技術を教えた師、
少なくてもレイジからは師匠だと言えるほど技術を教えた人物、
その人物がレイジに話した事があった。
あれは何時だったか、
確かレイジが反則技の使用で反則負けになり部を去る前の時だったか、
そうだ、
道場破りに来た不良もどきがやってきてレイジとその人物の二人だけで制圧するという事件が起きてしばらく経った時だったか。
彼女は思い出す様にこう口にしたのだ。
「おい、松田。お前は腕が折れて、脚も折れた状態で人間は戦えると思うか?」
その問いに対してレイジはこう返した。
「そうですね。腕は二本で、脚も二本なわけですけど、
身体のバランスを取ったりしなくちゃなんで難しいんじゃないですか?」
そう言ったレイジは、
心の中で、それは違うか、と思っていたのだ。
何故そう思ったのか、レイジの心の内に思っていたことを当てるように彼女はフッと表情を和らげると、
こう言った。
「バカか、お前」
いいか?
「人間ってのは腕が折れようと脚が折れようと戦える生き物なんだ。腕が二本あるからだとか、脚が二本あるからでもなく、な」
そう言うと、
和らげな笑顔を向けながら、口にした。
「なんでか分かるか、松田?」
その時は彼女のこともよく知らなかったうえに、何故そう思っていたのかが分からなかったので、
何言ってるんだコイツ、
とその程度の認識しか出来なかったが、今なら理解が出来る。
何故なら、
「それはな、松田。戦う意思、それと生きようとする意志。
その二つが折れていなければ人間ってのは戦えるんだ。
自分がどんな状態でも、な」
それが、
「人間って生き物なんだよ。だから、腕が折られてようが、脚が折られていようが戦えるんだ。
それさえ砕かれてなかったら、な」
言外で、
分かるか?、と訊く様に見てくる彼女に、
レイジは、
「それって意地みたいなもんですかね?」
と訊くと、
彼女は頷いて応えた。
「ああ、そうだ。それが世の中で言う意地ってヤツだな。
……ま、私は男ではないからよく分からんが、」
いいか?、
「男の子って生き物には意地があるといううわさ話なんだが。
……お前にはあるか、松田?」
そう訊かれ、
「分かりませんよ、んなもん」
と返事をすると、
そうだよな、と彼女は笑っていた記憶がある。
……ま、その後散々投げられたんだけどな。
嫌な記憶だ、とレイジは思った。
先生である私に口答えするとは何事か、
そう言われて十か二十、
いや、
憶えている範囲で数百はくだらないか、それ位に投げられた記憶があった。
あの頃から生徒に対する教師の態度が云々という話が多くあったが、彼女はそんなことに気にすることなく、その様に、レイジに接していたと記憶している。
教育的指導といういじめや体罰などではなく、その文字通りに教育的指導であったと、レイジがそう理解するのは卒業してからしばらく経ってからだった。
彼女は、
いや、
師匠は今はどうしているだろうか、昔の情景を思い出し、
かつての師を思うレイジであったが、
ふと、
今の状況を思い出す。
思い出すと時同じくして、レイジに男性の背が見える。
「ま、一応は背中のは使える様に調整はしておいたよ。
ただ、君から指摘された向こう、」
えっと、
「『シュツルム・アインス』の方は修正にまだ少し時間が掛かるかな?
『シュバルツ・アイゼン』の方の手直しに時間が掛かってしまってね」
『……いや、直すだけなら掛からない時間を、俺の要望に合わせて掛けてくれたんだ。
その分の礼はさせてもらうぜ、親父殿』
「そうかい?」
まぁ、
「一応、君からの要望で一から組み上げてるのはあるけど、すぐに動かすとなるとまだ少し時間が掛かるんでね。
出来れば、あまり損傷なりとかはしてもらいたくはないんだけど……」
こちらを向いて、
言外にどうにかならないかと、そう訊いてくる男に対し、レイジは首を振る。
『無理を言いなさんな、親父殿。
相手が人ならまだどうにかなるが、相手はあの龍の野郎だ。
……そうは問屋が卸さねぇだろうさ』
「……やっぱり?」
『ああ。……この前の戦闘でかなりのとこまでは追い詰めは出来たが、あの時から時間が経ってる。
となれば、次会うときはこの前のダメージは全快してるって思ってた方がいいだろうな。
下手すれば、前回より悪い五分五分とは言わずに六四。
それよりないしは、七三……、いや、八二、』
まぁ、
『それ位には厳しい戦いにはなるだろうな』
と言ったレイジに、
男は、ミハエルは恐る恐ると言った具合で手を挙げる。
「ちなみに、なんだけど。その割合って、君が勝つのが大きい?」
『まさか。……俺が勝つのは少ない方さ』
「なっ?!」
そう言ったレイジの言葉に、ミハエルは驚きの声を上げる。
だが、
レイジはそんな彼の様子に笑い、こう言った。
『ハッ。……別にそんなにならなくてもいいだろうが、親父殿』
まだ、
『あの野郎とは戦ってない。それで出来る範囲での予測を言ったまでさ』
と言ってから、
へっ、と笑ってみせる。
何故なら、
『……、……滾るねぇ』
「滾る?」
レイジがそう言った事に理解できない様に、
そう訊き返して来る彼に、
レイジは再び笑う様に言葉を返した。
『負けるかもしれねぇ、勝てるわけがねぇと分かってるんだ。
そんなに強いヤツに戦えるってだけで燃えない男が何処にいるよ』
だからこそ、
『燃えるねぇ。身体の血潮が滾って心が熱くなる位に』
ああ、
『……滾るねぇ』
と言い終わるや否や、
『負けたくないねぇ……』
とレイジは何かを願う様に呟いた。
その言葉は願う様にか、
或いは自身の決意か、
それは、
それはミハエルには分からなかった。
『それじゃ、親父殿。
身体を慣らすついでに、ちょっくらコンビニ行ってくるわ』
「……、……ああ、うん。気を付けるんだよ」
『なに、別に其処らで暴れてる野郎がいるとかじゃあるまいし。
あんま気にするんなよ、親父殿』
「そう言って暴れたのはどこの誰だったっけな~、う~ん?」
『あ~……、あ~、何のことでしたっけねぇ~。
何のことか、お兄さん、分かりませんねぇ~』
「いや、そこ忘れたらいけないと思うんだけど!!! ねぇ、聞いてる、レイジ?!」
背中越しに聞こえてくるミハエルの言葉に、
背後に向けて手を振ることで応えながら、レイジは作業部屋を後にする。
背後で扉が閉まる音を聞きながら、レイジは片手を閉じたり開いたりしてみる。
その反応は前と比べれば少しは早くなった様に感じられるが、
あくまでも多少といったものであり、
完全に、とはいえるモノではなかった。
その手の反応を見ながら、レイジはため息がてらに、
『やっぱり、生身の身体の方がマシだったかねぇ~……』
……とは言っても、生身の身体じゃ化け物に腕喰われたらおしまいだしな。
せめて魔法とかで治るとかだったら、まだいいんだが……、でもそれだとなぁ。治ったら治ったで慣らしとかに時間が掛かるよなぁ。
とレイジは考える。
地球の方では魔法というモノは存在はしないとされており、存在するとしても架空の世界、
そう、
物語の世界での話だ。
人がこうなりたい、
こんな風になりたい、
そう願い作った多くの物語の世界での話である。
一からゼロを作ることが出来る力、科学の力しか人間は使うことが出来ず、
ゼロから一を生み出せる力、魔法などといったモノは使えず、
使える者は異端の者、魔女等と呼んで魔女狩りと呼ばれるモノで排除した。
そして、その魔女が消えた世界にも関わらず、魔女狩りなどを未だに行っているのだ、あの世界は。
新しいモノを取り入れようとする者を魔女とし、古きモノを良きものとして変えようともしない。
個人的には、そういうのはどうなのかは分からないので、何も言えないのだが。
閑話休題。
と、考えるのであれば、
『そうなると、生身の身体よりお手製の方がいいかねぇ。』
概念的に考えれば、そうなのかもしれない。
腕が無くなろうとも、
頭部が無くなろうとも、
痛みを感じることなく、
動くことが出来るのだから。
そう言えば、と、ふと思うことがあったことを思い出す。
それは、先日あの龍と戦い左腕と頭部がなかった状態での時でのことだ。
腕がなく頭部もない状態のレイジが動いていたと、シュバリエから聞いたらしいミハエルが、こう言ったのだ。
「いや、ヒトの構成とだいたい似せてるから無くなったままで動くことはないと思うんだけど」
そう言って、疑問符を浮かべながらこちらを見てきたときがあった。
あの時は、
『いや、そんな目で見られても困る』
と答えてしまったが。
ミハエル曰くは、この身体の概念がもしかするとレイジがいた世界と、ミハエルたちの世界とでは異なるのではないのかという結論になった。
まぁ実際、レイジの世界ではロボットの頭部はメインカメラであり、身体の操作を行うのはコックピット、
つまり、
頭とは別の場所と、
そういった設定になっているモノが多くあり、
レイジ自身もそういうモノだと思っていたのだが。
頭部はモノを見る際に連動するメインカメラであり、身体を動かすのは機体の心臓部だと、その様なモノだと思っていたのだが、
どうやら、ここでは違うらしい。
と言われても、
……コックピットがやられない限りは大丈夫な作品が多いしなぁ。
そうとしかレイジには思えないわけだが。
むしろ、
……頭部が弱点って、それロボットものなら弱点むき出しなんだよなぁ。
としか思えないでいた。
そう言ったモノは、
脚なんて飾りです偉い人にはそれが分からんのですと、その様に語り乗せていた機体しか思いつかなかった。
まぁ、その場合だと、両腕が伸びて宙を自由自在に飛行しなければならないわけだが、
……そうなると、ブースターずっと吹かしていないといけないんだよなぁ。
と感じてしまうのも事実であり、ブースターの概念がなかったことがこの前のことで分かった以上は、そんな身体になるのはかなり先のことであろうと、レイジはのんびり考えながら、
……あれもあれでロマンはあるけど、どっちかというと近接武器で殴り合ってた方がいいんだよなぁ……。
と、あれに乗るとか頭が悪いとしか思えなかったのだった。
そんなことを考えながら歩いていると、
「おや、若様。お身体の方、治されたのですね」
そんな声が前から掛けられる。
その声に反応して、意識を前に向けると、
銀色に煌めく長い髪を揺らしながら歩いてくる女性、
いや、
少女の姿が目に映る。
レイジが知る中で声を掛けてくる人物は限りないほどまでに少なく、若様等と呼んでくる人物など限られてくる。
レイジ個人的に言わせてもらえば、何故若様等と呼ぶようになったのかを小一時間ほど問い質し、呼び名を変える様に二時間ほど言葉の矯正、もとい調教を行いたい欲に駆られるが、
その気持ちをグッと堪えて、
『シュバリエか。まぁ、な。
とは言っても直っただけで改良とかしてないから特には、なんだけどな』
レイジの言葉に、シュバリエは疑問符を浮かべる様に首を傾げる。
しかし、指摘するのであればそこではないことが分かっているのだろう、先程の言葉が終わってはいなかったのを確かめる様に、手のひらをこちらに向け、言葉を促した。
その動作に応える様に、レイジは一旦頷いて、
だが、
と言葉を続ける。
『あの龍の野郎と戦い合うとなりゃ、
向こうよりこっちの方が戦いやすい』
なんせ、
『向こうのは蹴り飛ばして戦うのが基本だし、
近接戦闘となりゃこっちの方がやりやすい』
分かるか?、と、
言外にそう言ったレイジの言葉に、
疑問に思ったのか、シュバリエは首を傾げ、
「しかし、そうなりますと別にそちらでなくともよろしいのでは?」
ほら、
「蹴り飛ばすのが基本なのでしたら、蹴っていればよろしいと思いますが?」
彼女の言葉にレイジは、
何言ってるんだお前は?、と、ツッコミを入れたくなる気持ちを抑え、
『気分だ、気分』
と言うことに留めておく。
そう言ったレイジの言葉に、不承不承ながらに承知したと、
そういう様子に、
「はぁ」
と答えるのだった。
そんな会話をしていると、レイジはある事をふと思い出した。
それは、
『そう言えば、あいつはどうなった?』
「あいつ……?」
レイジが言うのが誰だったのか、
それが分からないという様にシュバリエは訊いてくる。
その彼女の反応に、
……ま、そうなるよな。
と思いながら、
言葉を付け足す様に言った。
『ああ。……ほら、なんだ。
お前とちっこいの、二人の離れた場所で倒れたのがいたろ?血を流してたヤツだ』
「血を……、」
血を流して倒れていた、
その言葉で誰のことか理解できたという様に、軽く手を叩いた。
「ああ! ゼクスのことですか!!」
ゼクス……?、
彼女の言葉に疑問符を浮かべたが、
そこには指摘せずに頷く。
レイジの動作に理解したと感じたのだろう、彼女は言葉を続けた。
「彼女のことでしたら、ご心配なく」
と言っても、
「右目が見えなくなった等と言っておりましたが、今はもう元気に動き回っておりますよ。
今朝方も彼女の相手に、二、三人が掛かっていましたが、全員伸びてましたから」
シュバリエの言う伸びていたという言葉をレイジは考える。
彼女が言う伸びるというのはその文字通りに真っ直ぐに伸びることではなく、気を失い棒状に伸びる様になっていたと、そう解釈するべきだろう。
となれば、
レイジが返すべきは一つのみだ。
やや引き気味になりなりながら、けれども上体は後ろに下げず、脚を後ろに引かせながら、
『お、おぅ』
と言えることしかなかった。
彼女の知り合い、
ゼクス……というらしい彼女の様態も確認したので、
身体の慣らしも含め、外に少し散歩をしようと、シュバリエの横を抜けようとしたレイジに、
「そう言えば、若様」
今度はシュバリエが呼び止める。
呼び止められたのであれば、応えるのが男というモノ、
後ろを振り返り、言葉を促す様にして、何も言わずに頷いた。
その動作を促されたのだと思ったのか、シュバリエは話す。
「ゼクスで思い出しましたが、この前、若様が使っていた技。
あれには何か技名などがあるのでしょうか?」
『技……?』
「えぇ、そうです」
彼女の疑問に、
今度はレイジが疑問する。
技と言えば、あの不良もどき達に技をかけた気もしなくもない。
だが、
あれが技なのかと訊かれれば違うと答えるべきなのだろうが、技名があるかと訊かれればあると答えるべきなのだろうと、レイジは考える。
しかし、
この前不良もどきにかけた技は技としては完全ではなく、
あくまでも不完全なモノであり、そんなものを技と呼ぶかどうか如何せん悩ましい所ではある。
どう言うべきか、
それについて考えるレイジの脳裏に、
高校時代の顧問、
もとい師匠の言葉が思い出される。
それは、
「いいか、松田。技というモノはかけるまでがゴールではない。
技をかけ相手を投げ、審判が判定の有無を言って手を挙げるまでが技なんだ」
そう言われて、
疑問に思い、レイジは訊いてみた。
「ですが、師匠。その判定を出す審判がいない場合はどうなんですか?
その技は技ではなくなるんですか?」
そう訊かれた彼女は、
一回だけ、首を深く縦に振った。
「そうだ。審判が判定を出さない限りはその技は技としては成立しない」
だからこそ、
「道場破りだなんだ、とやって来た不良どもを投げ飛ばし、
逆に制圧してしまっても柔道の投げ技としては成立してはないわけだからいくら外野が騒ぎ立てようとも問題はない」
きっぱりとそう答えた彼女に対し、
レイジは心の中で、
……いや、でも、師匠。一応は相手を投げる時に投げ技使ってるから、その言い分は通らないんじゃ……ないんですかねぇ……。
と心の中でツッコミを入れていたのだが、
実際にツッコミを入れられていたのは、
後日に、
正当防衛として、被害届を学校側が警察に提出し、それが受理されていたことについてだった。
数多くの保護者から、
過剰防衛だの、正当防衛が成立するわけがないなどと、抗議の動きがあったが、
その抗議の声に臆することなく授業を行い部活動に精を出していた当時の部活動の顧問、
もといレイジの師匠である彼女に、
レイジはいたく感心して、彼女のすることに問題はないと、思っていたのだった。
レイジが反則技使用により出場停止処分になったのはそれからしばらく経った頃であり、
そう考えると随分と懐かしく思うな、と、そう感慨深く思ってしまう気持ちを脇に退かし、
レイジは考える。
あの時に使った技の多くは先程も言った通りに不完全なもので、
試合などで使えば一発退場は逃れないものばかりだったと記憶している。
であれば、技名を教えるべきではないと考える一方で、
技ではないが一応形としては成立しているものもあると思うのも事実であった。
技というモノは、単に相手を投げるなどというモノではなく、
スポーツを行う者として行うモノだ。
であるのであれば、技として言えるものは一つしかない。
それは、多くの意味としては謝罪というモノがあり、
そして、少なからずは相手に対する敬意から行うモノだ。
自分からは抗戦の意思はないことを示し、相手が攻撃を行おうとした時には、
何をしても構わないと、
全世界共有のもの、
それを説明するべきか否か、
レイジはそれを悩み、考える。
そして、
数瞬の思考の末、説明しても問題ないと結論を出し、口にする。
それは、
『……土下座だ』
「土下座……ですか?」
『そうだ、土下座だ』
ただ、
『下手すると、命を落とすから興味本位でやろうとは思わない方がいいぞ。
一応、型としては軽く指導はできるが、』
そもそも、
『取ってた段、全部剥奪されて何もなくなったからな。
それでも、というんだったら教えてることが出来るが。……どうする?』
「命を落とす……、そこまでに危険なモノなのですか、あの技は?」
『ああ』
命を落とすと言われたことにシュバリエは驚きの様子だったが、レイジからしてみれば冗談などでは済まそうなどとは考えていない。
事実、
あの顧問、
もとい師匠との練習のさなかで、
腕と足を折られた回数は定かではなく、意識が飛んだことも数えることができないほど多いのだ。
彼女との特訓、
もとい、
苦行に果てに手に入れたモノは確かに多い。
だが、失ったモノもあるのも事実だった。
と思っていたからこそ、その様な言葉が出たのだが、シュバリエはそちらには意識は向けてはいないようだった。
……土下座、それほど恐ろしい様には思えないのですが。
レイジの言葉を、シュバリエは思考する。
土下座とは恐らく、地に膝を着け、頭をも地に着けていたあの事だろう。
シュバリエ個人的には、その事について訊いたわけではないのだが、
そこを意識しているかは分からないが、技については説明しなかった。
だとすれば、技としては不完全なもので、人に教えるのであれば完全に形となっていた方が良いのだろうと、そうシュバリエは考える。
彼がその事について何も話さないのであれば、
恐らくはそうなのだろう、そう結論付ける。
とすれば、
命を落とすということも頷ける話ではあった。
であれば、シュバリエに出来ることはただ一つ。
それは、
「分かりました、若様。
それについて教えていただきますのはまたの機会に致しましょう。
若様は何やらご用事の様子。
何か、手伝うことははありますか? 私で手伝えることがあれば、助力いたしますが」
『あ? ねぇよ、んなもん』
そういうや否や、
慌てた様子で手を振って、
いや、と言葉を続ける。
『別に手伝いはいい。
ただこっちに身体を変えてから慣らすのはまだだから、
ちょっくらその辺を走ってみようかな、と思ってたんでな』
一応、
『親父殿にはそう言ってある』
と言ってもまぁ、
『お前が気にするほど変なことには遭わないだろうと思うぞ、シュバリエ』
そう言うレイジに対し、
シュバリエは口元に軽く手を当てて、微笑むように笑ってみせる。
「いえいえ、何を仰いますか、若様。
貴方がお越しになられてから色々あってお忙しく過ごされているではありませんか」
だって、
「つい先日も私を助けていただいてはないですか」
とあれば、
「何か起こるのではないかと心配するのも当然だと思いますよ?」
『そんなもんかねぇ?』
「えぇ、そんなものです」
首を捻る様に疑問するレイジに、シュバリエは引き締めた表情で言う。
いいですか?と最初に言って、
「若様がお越しになられた日もそうですが、ここ最近、若様の周りでは少し厄介ごとが起こり過ぎているような気が致します。
ミハエルさんを止めることが出来なかった私が言えることではありませんが、何やら不吉なモノを感じます」
心配そうに言うシュバリエに対し、
レイジは、
『気にするな』
と言ってから、こう言葉を続ける。
最初に、いいか、と最初に言ってから、
『別に呼ばれたからだとか、そんなものは関係ない。
……関係がないんだ、シュバリエ』
いいか?
『別に親父殿が行動に起こさなくても、
あの龍の野郎は来ただろうし、
もっと多くの被害が出てたかもしれないんだ』
まぁ、
『俺も自慢することじゃねぇが、俺がいなかったらあの部隊は生き残ることは出来ないだろうし、
この国の騎士団も全滅してるだろうな。
それが俺みたいな死にたがり一人で代わりになるってなら、喜んでなろうさ』
なんせ、
『戦う義務も責任も負えなかった野郎に生きる意味をこうして与えてくれたんだからな』
だったら、
『その願いに応えるってのが、男の子ってもんだ』
そう言うと、彼は気楽に笑う様に声を出した。
顔があれば、恐らく微笑むように笑顔を見せていたであろうが、今の彼の顔面には何もない。
人が顔に出す表情や、感情も。
彼が何をどう思っているのか、
言葉の調子から察することしか出来ないのだ。
その事に、彼は、気が付いているのだろうか。
と思えば、その言葉一つ一つに、どの様な重さがあるのだろう。
それを察することは、
恐らく、シュバリエには、
いや、
誰にも出来ないだろう。
そう思って、
シュバリエは、静かに頷いた。
「分かりました。……では、若様。お気をつけていってらっしゃいませ」
『おぅ。ま、気楽に其処らをぶらついてくるだけだけどな』
お辞儀をして送り出すシュバリエに、
気楽にと、そうしか思えない言葉を言いながらレイジは彼女に背を向け、外へ出て行ったのだった。