第四話 白き疾風、乱れ舞う
闇がある。
だが、
そんな闇の中で光を照らすモノがある。
その光の先には鋼の胴があり、下を見れば、白く塗られた鋼の足があった。
その鋼に問う様に、鋼に取り付けていた男が訊ねる様に口にした。
「どうだ、レイジ。なんか痛い所とかないかい?」
『いいや? 別に痛くも痒くもない、』
そうだな、
『言ってみれば……、問題ない、かな?』
「そうか、それは何よりだ。しかし、すまないね。
人の身体を持つ私にはどうにも君が感じるであろう痛みを想像することが出来なくて。
痛い思いをさせてるんじゃないか、どこか痛みがあるんじゃないか、痛みがあるのにそれを我慢してるんじゃないか、とかそう思ってしまうんだよ。常々言ってしまうことだが……、すまないね」
男の、
ミハエルの言葉に、
鋼は、
レイジは、何を言ってるのか、それがよく分からなかったが、一先ずこう言うことにする。
『気にするな。
別に痛みとかは感じないし、痛みを感じるならこの前の時に頭を食われて破壊された時に踏ん張って立ち上がろうなんかしないだろうさ』
それに、
『左腕を壊されてまだ動こうともしないだろうしな。それに比べれば、』
それに比べれば、
『別に痛くも痒くもないしな。だからってわけじゃないが、』
まぁ、
『気にするな、親父殿』
「……ああ」
ああ、
「そうするともさ、レイジ」
『あいよ』
会話は終わったとばかりに口を閉ざすレイジとは打って変わって、ミハエルはただ淡々と作業に集中する。
今行っている作業は至ってシンプルなモノで、元々あった場所にただ嵌めるだけの簡単な作業であるのだが、
ミハエルはそれを簡単なモノだとは考えず、慎重に慎重を重ね、
ゆっくりと、
だが正確に、確実に進めていくのだった。
その彼の動作にレイジは、
……別に丁寧にやらなくてもいいだろうに。
と何処か他人事に思っていたのだった。
まぁ、人間でも痛みを感じるのに、それを感じないことはあり得ないとは考えずに、
同じ痛みを感じているのでは?と、レイジのことを心配に思うのは分からなくもない。
心配されている側としては、
……ま、他人の心配するんなら自分の心配しろって言いたいわな。
と思ってしまう。
今のレイジは人間ではなく、
だが、ミハエルは人の身、つまりは人間なのである。
眠気を感じないからといって寝ることがないレイジと同じく、作業に集中して寝ないというのはどうなのだろうか、とレイジは考えてしまう。
事実、レイジは、ミハエルが寝ている姿など一度たりとも見たことがなかった。
まぁ、
実際の所、
レイジの目が届かない場所で寝ている……とは思いたいのだが、ほとんどレイジの目が届くところで日中を過ごしていた姿を見るに、寝てはいないのでは?と、レイジが心配してしまうのは仕方ないことだと言えよう。
そんなことを考えていたら、いつの間にか時間が経っていたのか、ミハエルが訊いてくる声が耳に届いた。
「で、調子はどうかな? 一応、接続は問題なく終わったんだけど」
『えっ? ……あ、ああ』
って言われても、
『実際に使ってみないことには何も言えないんだが』
「まぁ、うん。そりゃ、そうだ。実際に使ってみて使えるかどうかを見てみないことにはどうにもならないよね」
そう言った彼の言葉に、
レイジは、
『気にするな』
気にする事でもないという様に、そう言ったのだった。
その返事に、ミハエルは嬉しそうに、
「有り難いねぇ……」
と返してきた。
『……で、親父殿。今、取り付けた噴射式加速装置なんだが、どうやって使えるんだこれ?』
そう訊きながら、レイジは壁に張り付けていた身体を引きはがすと、
改めてそう訊いたのだった。
その問いに、ミハエルは特に気にした様子もなく、ごく自然に言葉を返す。
「そうだね。今回のランドセル……だっけ?」
『yes、噴射式加速装置』
「あぁ、ありがとう。……で、そのランドセルの方に、風属性の魔術回路、」
ああ、
「魔術を使うのに必要なモノ、まぁ、図形とかそういうのかな?」
『……図形?』
ミハエルが言いたいことが分からずに、
レイジは聞き返すが、すぐにどういったモノなのかを理解した。
それは、
『……ああ、要するになんかの方程式とかそういうのだな?』
「方程式?」
レイジが言ったモノが何なのか理解できずに、聞き返す様に言ったミハエルだったが、今すべき話はそこではないと意識すると、首を振って話を元に戻すのだった。
「まぁ、なんだ。君の思うモノがあるとそう、考えてくれ」
『……あっ、はい』
ミハエルの言葉に、何かを感じたレイジは指摘するべきなのかどうかを考えて、黙っていることにした。
「そう、それで何の話だったかな? ……あっ、そうそう。その魔術回路なんだけどね?
別に君が呪文とか言わなきゃいけないってわけじゃなくて、意識するだけで使える様にしておいたから」
『意識するだけで?』
「そう、意識するだけで」
ほら、
「何か、こう欲しいとかそういうの意識したりするだろ? そんな感じで意識すれば使える様にはしていたよ」
まぁ、
「結果的に君の神経と直接繋いだことになったから前よりも魔力の消費量が多くなると思うんだ」
でも、
「僕が考えた中では滅多なことが起きない限りは大丈夫だと思うんだけどね?」
『滅多なこと……ねぇ?』
「まぁ、そんなことが起こる確率なんてあり得ないってほどの低い確率だから、安心してよ」
安心しろというミハエルの言葉に、
……でも、そんなこと言うとフラグが更に強化されて絶対に起きるって言ってるのと同じなんだけど。
其処ら辺分かってるのかなぁ、と不安に思ってしまうのだった。
向こうでもそうだった、
絶対にあり得ないということは絶対にない、
少なくても、
何かは起こるのだ。
故に、レイジとしては、
あり得ないというよりも、
あり得るから気を付けろよと言ってくれた方がまだ安心できる。
何故なら、絶対にあり得ないということは、何かが起こった際に対処が出来ないと言っていることと、同じなのだから。
そんなことをぼんやりと思っていたのだが、実際に使ってみないことには分からないなと、そう思ったので、こう言うことにしたのだった。
『少し試しというか、慣らし……? をしといた方がいいよな?』
「まぁ、背中に加速装置なんてモノを取り付ける人はいないだろうし、ね。そうなると、多少は慣れておいた方がいいかもしれないね」
ああ、
「そういう意味では少し慣らしておいた方がいいかもしれないね」
一応、
「『シュツルム・アインス』の方はやって『シュバルツ・アイゼン』で使おうとして使えませんでした、ってことはない様に調整はしておくけど」
そう言うと、何かを思い出したように、
ポンっと手を打って、
「ああ、そうそう。この前、君に頼まれたアレ……、」
ええっと、
「なんて言ったっけ?」
『あん?』
ああ、
『「サブマシンガン」か?』
「そうそう、それそれ」
レイジの指摘に、
ミハエルは頷く。
「その、『サブマシンガン』だっけ。それの試作品が一応は出来たんだけど、持ってくかい?」
『……本当かっ!? そりゃ、』
ああ、
『持ってていいってことなら持って行きたいし、試射もやれるんならやりたいからな』
興奮した様子でそう言ったレイジに、
嬉しそうだなぁ、とミハエルは思いながら、机の上に無造作に置かれた黒塗りのモノを二つ手に取って、レイジにそれを渡した。
それをミハエルから受け取ると、レイジは感触を確かめる様に、手を緩めて、手を締めるという動作を何回か行っていた。
『握り具合は悪くないな。……で、親父殿。こいつは何発撃てる? 十か? 二十か? ……まさか、三十はないよな?』
「……えっ? ……いやいや、そこまで撃てるわけないだろ」
『だよな!! 一回六連射で三十回も撃てたらそりゃおかしいからな』
「えっ?」
『えっ?』
それはおかしいよな、と言い始めたレイジの言葉に、ミハエルはコイツは何を言っているんだ? と理解が出来なかった。
そのために出た言葉だったのだが、レイジにとっては、
たったそれだけしか撃てないとか何言ってるんだコイツ?、
そう言ってるような気がして訊いていた。
実際は一回に六連射が出来るはずもなく、
とりあえず弾みたいなのが出ればいいかな、と、
そうミハエルは考えていたために、連射という発想はなかったのだ。
その為に、レイジが口にした連射という言葉に、反応したわけだが、レイジはそうは捉えなかった。
その事について詳しく訊けばよかったのだが、
『まぁ、一応、預かっておくわ。なんかの機会に試射とかする機会があるかもしれないし』
「えっ? あ、ああ。そうだ、ね。一応、持ってもらっておいた方がいいかな。
置かれたままだと何のために作ったのか分からないし」
お互いにお互いが思った疑問について話し合うことはなく、
そういうこととして解決され、疑問などなかったこととして扱われる。
そして、二丁の『連射が出来ないモノ』を手に握り締め、レイジは外に出るためにミハエルに背を向け、
『それじゃ、身体の試運転がてらに、』
ああ、
『ちょっくらコンビ行ってくるぜ、親父殿』
「ああ。気を付けて行ってくるといい」
『了解した』
理解したという様に、レイジは背を向けたまま片手を上げ、そのまま扉を開けて、部屋を後にする。
たった一人、部屋に残されたミハエルは、
「……たまに何を言ってるのかよく分からないんだけど、そこら辺分かっててやってるのかな?」
わからない、わからないな。
たった一人、部屋に残されたままで、ミハエルは呟くのだった。
光が見える。
一度沈んで一日が終わり、
また一日を始めるために、
朝日となって日が昇るのだ。
その一日の始まりを感じながら、小さな背をした少女が、少女にとっては広く大きな廊下を歩いて行く。
その向かいから、こちらに向かってくる者がいる。
その人物は身体を金属、
いや、
鎧に身を覆っていた。
しかし、頭部には兜を被ってはいなかった。
何故ならば、ここは本来騎士が居るべき場所ではないからだ。
その為か、少女の姿に気が付くと、鎧に身を纏った年若い騎士、
青年は少女に柔らかな笑みを浮かべ、
「おはようございます、お嬢様」
と挨拶の言葉を向けてくる。
挨拶をされたのであれば、
挨拶を返す、
それが礼儀だと教えられた少女も、柔らかな笑みを浮かべ、腰を折りながら、
「おはようございます」
と挨拶を返した。
この屋敷は本来ならば騎士がいるべき場所ではないし、
いる必要がない場所だ。
そう、
貴族と言えば、
いるべきは執事やメイドなどの従者の存在が居るべきであり、
身体を鎧などで身に纏い、剣を腰に挿している存在がいるべきではないのだ。
それも、一貴族が抱える私設騎士団ではなく、国の騎士となるならば、尚更であると言えよう。
その事を示すかのように、外を見る様に目を向けてみれば、
「どうした!!! その程度の踏み込みで私を斬れると思ったか!!! もっと踏み込んで来い!!!」
「ちぃ!! まだ足りんか!!!」
「甘いぞ!!! もっとだ、もっと踏み込め!!! 踏み込んで来い!!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「甘いわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
甲冑を着込み、
互いの剣をぶつけ合い、怒号を掛け合いながら、訓練に励んでいる多くの姿が目に映る。
彼らはこの家が抱え持つ私設の騎士団ではない、
国を、
王国に身を預けている民草を、彼らを守るために存在する騎士団、
そう、
ローリエ王国騎士団、その騎士候補たちだった。
館の廊下を歩く少女には分からない、
彼らがどんな思いでここにいるのか、どんな思いで朝から訓練に励んでいるのか、少女には分からない。
ただ、
ただ一つ、
ただ一つ分かることがあるとすれば、
それは、
「お? おはようございます、お嬢様。本日も良きご様子。なにか、いいことがありましたかな?」
大きな扉の前に立つ騎士は少女にそう訊きながら、扉の取っ手に手を掛ける。
「おはようございます」
騎士の問いには応えずに、少女は挨拶を返す。
その少女の反応に、騎士は内心で肩を竦めながら、扉を開く。
開けた先には、
分厚くはないにしろ、軽度の武装に身を包んでいる者たちが椅子に座って、にこやかな表情をして食事を摂っているのが目に映った。
そんな彼らが座る机を横切る度に、声が掛けられたり、軽く会釈をする者がいた。
そんな彼らに対して、少女は言葉は返さずに、軽く頭を下げる程度で返事とする。
そうしている内に一番奥、
そこにある騎士が誰一人もおらず、小太りな男が一人だけ座っている机まで歩いて行くと、少女は男の近く、隣の椅子を後ろに下げて、腰を下ろした。
すると、
「おはよう、ヒュンフ。……? 今日は一人で起きれたのか? 偉いな」
男は少女に、
ヒュンフにそう訊いて、
ヒュンフはその言葉に頷きを返してから、言葉を続けた。
「おはようございます、おとうさま。いえ、おとうさま。わたくしはおとうさまのむすめです。
いつまでもだれかのてをかりてねおきなどしておられません」
ヒュンフのその言葉を聞いて、
「はっはっはっ。偉いな、お前は」
しかし、
「お前は難しい言葉を使うのには少し早すぎる。
そのような言葉を使うのはもう少し育ってから使っても悪くはないぞ」
それに、
「誰かの手を借りるということは恥ずるべきことではなく、誇るべきことなのだ。
世の中を生きていくには当たり前で当然のこと、」
それが、
「それが出来ない様では一人前にはなれん」
だから、
「誇りを持って助けを求めよ」
さすれば、
「さすれば、力は与えられん」
と、
「つまりは、そういうことだ。
助けを求められることが出来ん娘に育てるつもりはないからな」
そう言うと、男は豪快に笑う。
その笑い声に釣られてか、
数人が会話を止めて、こちらに視線を向ける。
そして、近くに座ってこちらの会話を聞いていた騎士が、苦笑交じりに言った。
「シヴァレース様は子の為、国の為と考えるのに忙しいですな」
「なに、今は亡き妻との約束だ」
それに、
「それに、国を思い悩むのは当然のこと、」
何故なら、
「何故なら、国あっての民草ではなく、民草あっての国なのだからな!!」
と言いながら、男は、
シヴァレースは豪快に笑った。
その声に、周囲にいる者たちは、胸の内に刻み付ける様に、
力強く頷く者や、何度も頷く者の姿が目に映る。
この世に生を受けまだ時が浅いヒュンフにとっては、それにどういった思いを込めて告げた言葉なのか、そういうことは一切分からなかった。
だが、
だが、一つ分かることがあるとすれば、
父の言葉に耳を向け、その言葉を笑おうとする者は誰一人いなかったということか。
そういった様子を見て、
……おとうさまはカッコいいな。
身体は太っていようが、太っていまいがそこは気にすることではない。
気にするのは、
そう言えて、皆にそう思わせるという、その一点だ。
そして、そう言い笑って、他の者が頷き賛同している。
ということは、
つまり、
父の言葉は正しいということであり、
そうなれば、
……わたくしもおとうさまのように、たみをまもれるひとになりたいな。
と、ヒュンフはその想いを胸に刻み、それまで手を付けていなかった朝食に、手を付けたのだった。
高く昇った陽の光を背に受けて、全身を白に染めた金属の塊が、誰もいない道を駆け抜ける。
その速度は人一人が出すにはやや遅いが、重量がある人には出せない程のものであり、
どちらかと言えば、スポーツ選手が出す程の速度ではなく、一般人が出せる程良い速度であった。
……普通に走ってこんだけ速度が出せれば上出来、ってか。
取り敢えずはという様子でレイジは納得するが、問題はそうではなかった。
実際の問題は、走れるか走れないかというそういうことではなく、背中に取り付けてある噴射式加速装置が使えるか否か、
そこが問題なのであるが、その問題を解決するために新たに浮上した問題をどう解決するか、そこが今解決すべき問題なのだった。
その問題とは、
『この噴射式加速装置って、
どう使えばいいんだ?』
ということだった。
これがゲームの話であれば至ってシンプルであり、前方へ出るために右のペダルを踏むと言った動作をするだけという、たったその一つの動作だけで問題が解決するのだが、
……そうは問屋が卸さないよなぁ~。
そんな易々に解決できるはずもない。
ミハエルは魔力を流し込めれば使えるにしておいた、と、そう言っていた。
だが、
だが、しかし、
その魔力をどう流せばいいのか、そこが分からないのが問題だった。
そうした問題があるのなら戻ればいいだろうと、それだけで解決できる問題なのだが、
……行ってくると言った手前で何も出来ずに戻るのってのはなぁ……。
身体の慣らしに行ってくると言った手前で、何もせずに戻ってくれば、
何のために外に出たのか、それが分からなくなる上に、調整に費やした時間も無駄になるということになる。
そうなれば、
この身体、『シュツルム・アインス』も、今修理中の『シュバルツ・アイゼン』も、無駄なこととして、なかったことにされかねない。
それは避けなければならないだろう。
今の状態で、『シュバルツ・アイゼン』の解体、或いは、『シュツルム・アインス』の解体を行われれば、レイジが呼ばれたことの意味もなくなってしまう上、もう一度来るであろうあの巨龍への対抗策が無くなってしまうことになる。
何故なら、
前回の戦闘の際に、騎士団、一個小隊規模とは言え、彼らの攻撃はあまり効果が見受けられなかった。
それに、
……あの龍の野郎とやり合って、あの野郎を倒さねぇと。
あの時の決着はまだ着いてはいない。
レイジは左腕と頭部を失い、龍の方は重症にはなったかもしれないが、まだまだ戦えるだけの力は残っていたと推察できる。
であれば、
まだ決着は着いてはいないと考えるのが妥当だろう。
どちらが地に伏せ、
どちらが立っているのか、
それはまだ分かってはいないのだから。
と言ったところで、
『まぁ、だいたいの野郎は龍の野郎を支持するだろうがな。』
ま、頭も腕もない野郎を支持する物好きってのはまずいないだろうし、
と思いながら、
……泣けるぜ……。
肩を落とした。
しかし、
『って言ったところでどうにかやらなきゃ、どうのもならねぇんだよなぁ……』
ま、その方が面白いし、
何よりも、
……楽しめるんだよなぁ。
分からない現状で、相手をどうやって自分たちよりも弱らせて倒すのか、
人間としては非常に不味い精神状態ではあるが、その代わりに返ってきた分は多くなる。
これを言葉にするなら、
勝負師、
と、人は誰しもそう言うだろう。
そして、誰しもが言うのだ。
ああいう風にはなりたくない、と。
だが、
だが、悲しいかな、賭けというモノは不必要の様に見えて、実際には必要不可欠なのだ。
なんせ、賭けというモノは、
娯楽でしかないのだから。
どこをどうやって、どう勝つか。
どの様に利益を得るか。
人間誰しもが自分だけ得をしたいと考える生き物なのだ。
そこに目に見えてすぐに手に出来るモノ、金銭の類などであれば尚更だ。
大抵の人間は目の前にあるモノを自分のモノにするであろう、それを他人の為に使おうなどする者などまずいないのだ。
仮にいたとしても、誰もが見てない所で何かをしている。
人間というモノはそういうモノなのだ。
レイジの場合もそうだ、
目の前にある勝利というモノの為に、自分の持てる分のことを限界まで引き出す。
全ては勝利という、たったその二文字を勝ち得るために自分が持ちうる全力を引き出すという、ただそれだけでしかないわけだが。
しかし、その限界を出すためには問題が多少なりともあるわけだ。
その問題を打破するためにレイジは、まず最初に全身に気を巡らす様に意識してみることにした。
何故そうしたのかと言えば、
……まず、よくある事と仮定して、だ。
そうだ、
魔法も何も知らない一般人が魔法を使うためにする事と言えば、自分の身体にある魔力を感じることだ。
そうしたことをしているのは、
向こうの世界で題材として描かれている場合が多い。
……まぁ、魔力が云々ってのを建前に性交渉をしてるのが多いけどな。
そして、悲しいかな、
それを建前として、性交渉を行うといったモノが向こうの世界では多かった。
まぁ、レイジがまだ人間の身であった頃に、そういったものを何回かおかずに使ってしまったのは、今では遠き記憶だ。
そう言えば、一度だけ、『ダガー付き』が家にやって来た時に、彼女に見つかったことがあった。
あの時の彼女は怖かったと、レイジは記憶している。
自分でも何処に仕舞ったのか分からなくなる程多くの荷物がある自分の部屋に呼んで、彼女を一人だけにしてしまったのが原因の一つであったと記憶してはいるが。
客人に茶と茶菓子を出さずに何を呆けていると言われ、準備に手間取り戻ってきた時には、それを題材にした薄い本を片手にこちらを見て、
「で、『グレート』さん。
貴方、こういうのをおかずに抜いてたりするんですかぁ?
う~ん? どうなんですかぁ、『グレート』さぁん?」
と笑いながら言ってきたのは今でも思い出す。
あの笑顔は狂喜を描いていた様に思えてならない。
その返しとしてレイジは、
「抜く? ……あぁ、腰を落としてやらねぇと上手く抜けねぇよな。
一回、親父が抜こうとして腰やったのを見てから抜くときには気を付けないとなぁ、って思ったもんだが」
と返してみれば、呆けた顔でこちらを見ていたのを思い出す。
何故そんな顔をしているのかを問えば、
「えっ? あんたの抜くって、何のこと?」
と分からないモノを訊く様に訊いてきたので、
「野菜じゃないのか?
……ほら、うちの庭に小さいけど畑があるだろ?
収穫の時なんかになると、たまに手伝えって言われるんだが」
と返してから、
「……で、お前が言う抜くって何のことですかね、『ダガー付き』さん?
いやぁ、お兄さん、あんまりテレビとか見ないもんだからちょっと話題に疎くって。
良かったら教えてくれませんかねぇ、若輩者?」
と聞き返したりしてみたのが昔のことのように感じてしまう。
まぁ、頬を赤くした『ダガー付き』に蹴られて殴られたりして、心配した両親が警察に通報して、やって来た警官に驚かれた記憶があった。
まぁ、身体が大きいレイジが、まだ成長途中の身体の『ダガー付き』一人に殴られ蹴られとしていたら、普通は驚くものなのだが。
そのことを『ミラー』に話したら、彼は大きな声を出しながら笑っていたが。
あの時の出来事と、『ミラー』に笑われたことが今でも分からないのが悔しく思ってしまう。
閑話休題。
魔力を身体に巡らせる、そのやり方はレイジには分からないが、他のことならまだ分かってはいた。
武道の基本であり、真の境地に至るために必要なモノ。
それは、
気だ。
気というモノに対する考えは、古来より存在する。
まぁ、多くの考えの基本となる考えには中国、日本の隣にある大きな国、そこにある考えだ。
身体には気を宿らすための気門というものがあり、その気門を開くために身体に常に気を宿さねばならないという。
実際には違うかもしれないが、レイジはそうだったと記憶している。
何故なら、
何を隠そうレイジもそういったモノに対する心得というモノを知っているからだ。
相手を投げるためにどのように動き、どの様に相手を刈るか、
その一点だけを追い求めた結果、反則技ではなくなったのに反則技ではなくなったことが日の浅いせいもあって試合に失格し、部を退部させられた経緯が今では遠い昔のことように懐かしく思ってしまう。
一度だけ、
折り畳みの小刀で武装した気になっている不良気取りの子供十五人に囲まれたことがあった。
あの時は『ミラー』や『ダガー付き』といった、一般人がいたせいもあって全力を出さざるを得なかった。
戦いの基礎も知らない一般人ほど使い物にならないモノは無い、とは言ったところで、一応は知識だけは豊富ではあったので一般人とは程遠い所にいたのだが。
しかし、知識はあっても、それを実際に使えなければ意味はない。
実際、
二人は何もしなかったから。
いや、出来なかったというべきか。
二人が動こうとした時には、武装した強気になっている十五人の子供たちは全員、地に伏せて、呻いたりしてたのだから。
それらに対峙した男は、
傷一つ追うことなく、
ただ、
地に両の膝を着き頭を大地に着けていた。
何故そんなことをしたのか、それにもきちんとした理由があるのだが。
しかしまぁ、地に伏せた子供も怪我一つ負うことなく、五体満足であったし、レイジも怪我をすることもなかったわけだが。
閑話休題。
そうしたこともあり、レイジは懐かしく思いながら、全身に意識を向ける。
この場にいるのは、
地を駆ける鉄が一つであり、
他は何も存在はしない。
身体は生身ではなく、
身体は鉄で出来ている。
全身に駆け巡るは血潮にあらず、
ただの魔力のみ。
この肉体には自はおらず、
されども意識はここにあり。
なれば、この肉体は我なれば。
意識する。
全身に駆け巡る魔力を、その流れが背中の一点に、ただ一点に向かっていく感触を。
であれば、自分はそれを解き放つのみであり、
その言葉を語るのみ。
そうして、レイジは意識を前へ、
ただ前へと向けて、咆哮した。
『……出やがれ、加速っ!!!』
その咆哮に応える様に、背中にある噴射式加速装置がレイジの身体を押し出す様に、
火を噴いた。
火が吹いた直後、レイジは風を感じた。
『よし……っ!!!』
それは、ただ一つの答えを示していた。
それは、
『よし、キタァァァァァァァァァァァ……っ!!!
イエェェェェェェェェァァァァァァ!!! ウィー、アァー、オー、ディー、エス、』
背中から火が吹いて、自身の身体が風に乗ったことに、
風に乗れたことにレイジは歓喜するように、咆哮する。
だが、それも長くは続くことなく、不穏なモノを感じさせる音がしたかと思うと、
レイジの足は先程と同じように、地に着いて大地を駆けるモノに変わっていた。
その結果、
『ティー、ってありゃ? 今ので吹かせなくなったのか?
いやいや、いくら何でもそりゃないだろ。噴射時間だってまだ一秒、』
というより、
『コンマ05位だったぞ。いやいや、コンマ05しか加速できねぇのは流石に無理があるだろ。
「シュバルツ・アイゼン」は元が「疾風」だろ? そうなると、「近距離型」、』
つまりは、
『加速時間は長いはず……、それがコンマ05ってお前、』
いくら何でも、
『冗談にしては悪すぎやしませんかねぇ……?』
そんなことを呟きながら、
……まぁ、一回やれたんなら長く出来る様に工夫するだけさ。
と心の内で呟いてみせた。
だが、その道が長いことになりそうだと、
そのことを理解すると、肩を竦めて、
『泣けるぜ……』
と呟きながら駆けていたのだった。
そうして、日が傾き始め帰路に着こうとした時だった、
その声が聞こえたのは。
「たすけ……、だれかたすけて……っ!!!」
『……あん?』
あれから試行錯誤を繰り返し、無意識で魔力を流せることに成功し、
とりあえず親父殿に文句でも言って改良してもらおうかと、そんなことをぼんやり考えながら走っていたレイジの耳に、誰かの声が聞こえる。
その声は大きなものでなく、限りなく小さいが高いもの、言うなれば小さな少女が出すような、
そんな印象が強い、そんな声だった。
レイジは誰が声を出しのか、ただそれだけが気になって、足を止め、周囲を見渡す。
周りに見えるは樹があるのみで、人の姿は一つも見えない。
となると、先の方からか、
後ろの方からか、その二択になるわけだが。
……後ろから聞こえてくるにしちゃ声が小さすぎるわな。
そう考えて、前を見た。
すると、先程見た時には気付かなかったのか、
四、五人に囲まれて、巨木を背にし、刃を向けているどこか見覚えのある女性と、彼女の足元に縋りつく様に抱いているこれもどこかで見覚えがある幼子の、二人の姿が目に映る。
そこから少し離れた場所で、一人の女性、
いや、年齢はまだ幼く見えるから少女と呼んだ方がいいか、
一人の少女が倒れていた。
こちらからは距離があるために様子は分からないが、地から離す様に横に向けている顔からは、赤い色をした液体が流れていた。
その赤いものはレイジにとっては懐かしく思えるモノであり、同時に今はないであろう腸が煮えくり返りそうになった。
そして、少女たちを取り囲んでいる者たちの方を見てみれば、その者たちの手には小さな刃が光っているのが目に見える。
刃の形状からしてみれば、小刀ではなくナイフやダガーと呼んだ方がいいだろうか。
それから連想するは今もう出会うことはないであろう一人の少女。
だが、
今はその時ではない。
相手は集団で武装していて、彼女たちは手負いと戦えない者が一人ずつ、
遠くから見てもどちらが優勢で、どちらが劣勢なのか、見て取れる。
考えるべきは手助けに入るべきか否か、その一点のみ。
ここは武装していれば国家の犬、もとい警察組織を相手にしなければならない日本ではなく、
地球とは異なる世界、
異世界だ。
そして、今のレイジはヒトではなく、
ただの金属に身を覆った化け物、人から恐れられる存在だ。
ここで手助けに入ってもいいだろうが、後で追及されるのはレイジではなく、
この身体の創造主、ミハエルだ。
後のことを考えずになりふり構わず手助けに向かうというのも選択肢の一つではあるが、責任を問われるのはレイジではない。
となると、彼女たちの手助けに入るのは得策ではないが、同時に彼女たちの顔には見覚えがあるのも事実。
であるならば、
ここでレイジが介入しても、それほど大きな問題にはならないだろう、そう考えるは妥当ではあるが、物事には必ずしも裏がある。
目の前で起きていることもそうしたことがあるかもしれないと、思ってしまうのは裏の裏を読もうとする経験からか、
そう考えると、
……戦場に長居し過ぎたかねぇ。
戦場に恋焦がれて戦うことに飽きることなく戦い続けたその結果なのかもしれないと、レイジはため息を吐きそうになる。
だが、今のレイジにそんなことで悩んでいる時間はない。
時間は有限で、
止まることなく常に進み続けているのだ。
そのことを示すかのように、武器を手に持った男たちが包囲網を狭めていくのが目に映る。
包囲網を狭めて動けなくすれば、その結果は目で見なくても予想が付く。
幼子を手に掛けるか手が届かないところまで運ぶか、
そのどちらかを取ると仮定して、少女の方はどうするだろうか。
抵抗してきた者をそのままにしておくはずはないだろう、
そうなればその場で手に掛けるか、
或いは楽しむか、
そのどちらかにはなるであろうがここは地球ではなく、
異世界なのだ。
であるなら、
……全員で楽しむんだろうな。
後者を取ると、そう考える方が妥当だろう。
何故ならば、少女の身体は少女と呼ぶには少し大人びている様に見えるからだ。
少女のような外見で女性の様な身体つき、
出るとこは出て、引いているところは引いている。
女性の身体としては立派だと呼ぶしかないだろう。
そして、そんな身体で長く伸ばした髪も魅力を感じる理由の一つだろうとレイジは考える。
美しいと、
ただそう思える身体で、夕日を受け紅く燃えるようでいて、それでも青空の様な青がそこにある美しい色、そんな髪をしている女性に惹かれない者はいないだろう。
とすれば、彼女の身体で楽しむと、そう考えた方がいいだろう。
であるなら、
……面倒くせぇなぁ、おい。
頭を掻きたくなる思いに駆られつつも、レイジはそちらに足を向け、両の手に握った得物を腰に取り付け、両手を自由にしておく。
幸いと言うべきだろう、男たちは少女に意識を向けていたからか、レイジに気が付いていない様であった。
目の前に美味しそうな獲物があれば目を離しはしない、その気持ちは分からなくもない、
俺も男だから分からなくはないと、
そう思いながら、近場にいた男の肩を優しく叩く。
「今、忙しいんだ。後にしろ!」
こちらを見ずにそう言った男に、
……いやいや、こっちに振り向いて、早いとこ周りの人たちに教えた方がいいですよ。
親切に心の中で語りながら、もう一度叩く。
そして、その事に苛立ったのか、
「今、忙しいって言ってるんだろうがっ!!! てめぇ、ふざけてんのかっ!!!」
罵声を出しながら振り返った男の首元、
左側から首元に目掛けて右腕を差し込み、左腕を右の脇を差し入れ掴んだ。
そして、続けるのは一つの動作。
それは、
『……どっこいしょぉぉぉぉぉ!!!』
その場で身体を半回転だけ回すことだった。
勢い任せに身体を回せば、出てくる答えはただ一つ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!??」
相手の身体もそれに釣られてただ引かれ回る、それだけだ。
更に、相手の身体を引いて右の振り足を止めれば、ただ当たるのみであり、
付け加えるのであれば、身体は引かれ空いた方へとただ動くのみ。
その結果、相手の胴は宙へ投げ出されることになる。
しかし、その動きはそれだけでは終わらない。
何故なら、レイジが前方へ、ただ前へと自身の身体を投げ出す様に跳んだからだった。
身体を前に投げ出す、それは一見すれば無謀と、無策だと笑われることだろう。
しかし、
しかし、だ。
投げ出す前に行った動きが一つある、それを忘れてはならない。
そして、それを止めようとしなかったこと、それも忘れてはならないのだ。
何故ならば、レイジの身体は相手の身体が地に着くのと同時には、
もう既に相手の身体から手を離しており少し距離を離したところから、
『ふぃ~。ったく、この身体になってから投げ技使うことになるとはな。
せめて使える武器の一つや二つくらいは持ってた方が、心にはいいんだが』
全く、
『泣けるなぁ~、おい。
野郎が四、五人で女二人で楽しもうってか』
いやほんとに、
『泣けるぜ……』
まぁ泣けるのは俺が普通の身体じゃなくてそちらさんと一緒に楽しめないことなんだがな。
言外でそう呟き、ため息を吐きながら、レイジは身体を起こす。
振り返る。
そこには、先程まで少女に意識を向け、今起きたことに口を開け呆けていた四人の男たちがいた。
二人の少女たちと、
男たち四人、
計六つの視線を感じながら、レイジは肩を竦めてみせる。
『……で? ……残りはあんたらなわけだが、……どうする?』
と言ってもまぁ、
『こっちが退く理由はないから、あんたらがこのバカを拾って退くか、』
そう言いながら足元に倒れた男を指を差して、
『それとも全員地面とキスするか、どちらか好きな方を選ぶしかないってわけなんだが』
ま、
『俺だって鬼じゃねぇ。出来れば今すぐに答えは欲しいところだが、少しくらいは待っててやるぞ』
そう言いながら、レイジは首をゆっくりと回して、腕を大きく回す。
その動作に何処か余裕を感じたのか、男たちは怒りを露わにする。
「だったら、お前を倒せばいいだけのことっ!!!」
「そうだっ!! お前を倒せば問題ないだろう!!!」
「そんなに余裕を持っているのも今だけだ!!!」
そう三人の男たちが口々にするのを聞きながら、
……あん?一人いない?
いつの間にか視界から一人が消えているのを不審に思った瞬間、
「死ねぇぇぇぇぇっ!!!!」
横、
厳密には横後ろから聞こえてきた声に、レイジは前方に身体を投げることで応える。
先程したように一回転をし、身体を起こして身体を振り向かせ確認する。
そこには、剣を振り抜いた格好のまま固まっている男の姿があり、レイジはそれを見ながらため息を吐いた。
『成る程な……。……それがお前らの答えか』
だったら、
『それに全力で応えないといけねぇわなぁ』
やれやれと、そう口にしながら肩を竦めて立ち上がる。
「隙ありぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
後ろを見せたレイジの背に、一人の男が斬りかかる。
背を見せているレイジにそれを避けることは出来ない、誰もが斬られると予想しただろう。
だが、その予想を裏切る様に、レイジは振り向くことなく、
ただ前に、ただ前に踏み込んだ。
その動きに先程斬りかかった男はすぐには反応することが出来ず、
「ちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
下に下す形になった腕を薙ぐ様に横に振った。
しかし、レイジは足を止めることなくただ前に、ただ前に身体を押し出す。
それでは横薙ぎに斬られてしまうと、そう予想した女性が大きな声を出す。
「若様!!!」
その声は恐怖か、
嘆きか、
それは分からない。
だが、その声に反する動きが二つあった。
それは、身体を振り向かせる動きが一つ、
横薙ぎに振られる剣に対しての動きで、右の腕を伸ばすモノの二つの動作だった。
避けるのではなく、
何故立ち向かおうと、
何故そうするのか、誰もが理解が出来なかった。
だが、
それは一瞬のことであり、そう思った次の瞬間には、その答えが出ていた。
それは、右の肩を掴もうとするモノであり、掴んだ途端にレイジは踏み込みながら、右足を大きく上げたのだ。
その動きは、獲物を刈り取る死神の大鎌の様に誰からも映るモノであった。
事実、
レイジの右手が男の肩に触れ、その肩を押し出しながら男の体勢が崩れていく。
そして、身体の重心を右足で取ろうとした直後、レイジが振り上げた大鎌、振り上がった右足が男の足を刈った。
……まずは、一人。
型にも嵌ってないのに投げなきゃならんって骨が折れるな、これ、と思いながらも、
……ま、別に試合じゃねぇから問題はないだろうけどな。
それを言ったら死合いなわけだが、
……ったく、泣けるねぇ、おい。
肩を竦めたくなる気持ちを抑え、振り返る。
後ろにはもう誰もいない、あとは前にいる三人のみ、そう思って見れば、
先程斬りかかってきたであろう男が剣を上段から振り降ろそうとしているのが視界に映り、
……その動きの対処をこっちは型の講習の時に教えられてるんだよ!!!
ご馳走様です!! と、そう言いたくなる気持ちを抑え、
今度は左腕を眼前に構え、身体を押し出す。
レイジの動きに、男は一度振り下ろす腕を止める。
だが、時は止まることなく、進み続けるだけだ。
それを証明するように、レイジが眼前に構えた左腕は相手の持ち腕を握り、
大きく円を描く様に外に振るわれ、その動きに呼応するようにレイジの右手が大きく外側から相手の腰を掴む。
その動きを殺すことなく、左足を地面に打ち込み、右足を大きく外側に回す。
そして、腰を捻るように、上体をそのままに半身を大きく回す結果となり、男の上体とレイジの上体が接するか否か、その微妙なタイミングで、レイジは下半身をそのままに、上体を回した。
その結果、男の身体はレイジの腕に支えられるように宙を舞い、
刹那、
地に落ちた。
今度は身体から手を離さずに、相手が地面と触れ合ったのを見ると、身体を元に戻す。
これで三人が地に倒れ、
残すは、
……二人だけ、ってな。
僅かな時間で三人が地に伏せ、立っているのはレイジただ一人。
それを武器を使って倒したのではなく、
武器を使わずして、の結果だ。
その事実に、男二人は恐怖する。
武器を持たない鉄の身体を持つ男、それに武装した者たちが劣勢に立たされている、恐怖を感じぬはずがなかった。
事実、
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
恐怖に心が負けた男が声を上げながら、ナイフを片手に突っ込む。
その男に、
レイジはただ、
『はっ』
鼻で笑った。
『なっちゃねぇ。
なっちゃねぇぜ、新参者。そう易々と突っ込んで来たら、』
ため息を吐く様にそう言いながら、レイジは再び身体を前に押し出す。
その動きは早くもなく、遅くもない。
ただ前に出すという動きであったが、さほどの時間を掛けることなく、二人は互いの手が当たるほどの距離まで詰め寄っていて、男が突き刺そうとナイフを逆手に持ち替え、
レイジは身体が当たるほんの僅かな距離だけ加速する。
そして、
首後ろをレイジが掴むと同時に、左脇下に左手をねじ込むように差し込んで、そのままの勢いで男の上体を左に引きながら、右足を大きく振り上げ、
先程刈り取った様に、振り下ろした。
結果、恐怖に心が負けた男の身体は、先程の男たちと同じように地に伏せることになった。
『どうぞ投げて下さいませって、言ってるのと同じだぞ。
……まぁ、もう投げちまったが』
そう言いながら、
『……で? あんたは戦うのかい?』
ま、無理だろうけどな、と、言外で口にしているレイジの言葉に、
「そ、それがなんだ!!! 抜いた剣を収めろと、そう言うのか、貴様!!!」
『……さぁな。……でも、普通に抜いた剣を放り投げるってのも選択肢にあると思うんだが?』
男の言葉に、
当たり前だろ、という様に、レイジは男に訊いた。
しかし、その様な言葉が男に届くわけもなく、
「貴様を倒せば問題あるまい!!! 斬り倒してくれるわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そう叫びながら抜き身の小剣を構え、男はレイジに向かってくる。
その行動に、
……面倒くさいねぇ。
と思いながらも、男の行動の理由も分からなくないのも事実であった。
倒れたのは四人で、まだ立っているのは一人だけ。
しかし、
立ち向かってくるのはレイジただ一人のみ。
であれば、
レイジを倒せば問題ないということになる。
実に分かりやすい理由ではあるが、実に面倒であるのも事実であり、
……泣けるぜ。
そうレイジが思ってしまうのも事実と言えるだろう。
面倒が重なってしまえば、誰もがやりたくないとは思うはずだ。
それは、嫌味も皮肉でもない。
だが、立ち向かってくるのも事実、そこにどういったモノがあるのか、
それを考えようとして、
……面倒くせぇ。
レイジは考えるのをやめた。
レイジがそんなことを思っていると、いつの間にか男の姿がレイジの意識に映り込んでくる。
小剣、
いや、
ダガーと呼んだ方がいいだろうか。
ナイフよりかは刃は大きく太い、
だが、
剣と呼ぶにしては刀身は短く汚れが目立つ。
柄に入った傷が際立つ様に見えるということは、
それだけ手入れを怠っているということか。
少なくとも怠ることなく、手入れに勤しんでいるということではないだろう。
とすれば差し込むにしては不適合となるわけだが、男はそれを気にした様子はなく、挿し込む様に構えて駆けてくる。
……正面から突っ込んできますかね、そこ。
もうちとは冷静に考えた方がいいとは思うがね、と、レイジは心の中でそんなことを呟いた。
だが、
何も動きを取らずにそのままにしておくことは出来ないだろう、そう思い刃が触れる数舜前に、
レイジは左手で刃の持ち手を弾き、相手の胸元を右手で相手の持ち手側を抑え、掴み上げる。
そして、
右足を後ろに弾き、前に戻すのに合わせ、身体を回す。
その回転に抗おうとする男の身体を、腰を押し上げることで相手の身体を上げて、
跳ね回す。
その結果は言わずもがな、地に背を落とすことになった。
背負うのではなく、払うのでもない。
それは、
担ぎ、
腰に乗せ、
足を払う、
一つの動きではなく、
三つの動きを合わせた動き、
言うなれば、
山に吹き荒れる嵐、
そう、
『山嵐』、
と呼んだ方がいいだろうか。
事実、レイジが投げた周りには砂煙が待っており、彼の姿を確認することは出来なかった。
「若様……」
立ち向かってきた男を彼が投げたところをこの目で見ていた少女、
シュバリエは彼の安否を気にしていた。
とは言っても、彼に立ち向かった男は地に伏せ、彼は倒れてはいない。
であるのなら、無事なのだろうと心の中では思えるが、この目で確認しなくては心が穏やかになることはないだろう。
そう思いながら、己の近くで守る様に背後に回していた幼子、彼女の方を見る。
「ご無事ですか、ヒュンフお嬢様」
「えっ。う、うん、わたしはだいじょうぶ……、です。だけど、ゼクスさんが……」
目に映るところで倒れている女性、
彼女を気遣う様に幼子は、ヒュンフは心配するような声を出す。
……お嬢様はご立派ですね。
自分の心配をせずに、他人を気遣う。
そこに優しさを感じると同時に、
その優しさを失わせるのだろうな、と、
その未来を予想し、唇を噛む。
しかし、彼女を安心させるように、シュバリエは彼女の頭に手を置いて語り掛ける。
「大丈夫ですよ、お嬢様。あの程度で倒される程、ゼクスは怠っておりませんわ」
その証拠に、ほら、と、
顔を向けてみれば、手がピクリと動くのが目にとれた。
そのことに安堵したのか、彼女の口元に笑みが浮かぶ。
外に出たい、
という彼女の願いを叶えるために護衛として二人だけで来たのが間違いだったか、
そう後悔し始めたのが、つい先ほどまでのことで。
今は、二人だけでよかったとシュバリエは思っていたのだが、その安心の理由足りうる彼の姿が見えない。
そのことに疑問を感じたシュバリエが顔を上げ、視線を向けると、
「……えっ」
思わぬものが目に映り、見間違いかと思って二、三度、目を瞬かせる。
そこには、
一つの白い箱、
いや、
一つの四角い物体があった。
その形は、
まるで、
両の膝を地に着けて、腰を折り頭を地に着ける、
といった動作を取れば取れなくはないものだと思わせるものだった。