第三話 幼き少女は白鋼と出会う
「……あのさ、レイジ。……ちょっと訊いていいかな?」
『……、……あ? どうした、親父殿?』
作業に専念していたミハエルであったが、何かをふと疑問に思ったのか、
何も物言わぬ機体から顔を外すと、レイジの方を向いて、こう言ってきた。
「あのさ。この前、一から作って欲しいって君は言ってたけどさ」
『あ~……、そう言えば、そんなこと言ったな。それが?』
それがどうしたのか、そう訊いてくるレイジの言葉に、ミハエルはため息を吐きたくなる気持ちを抑えて、レイジに訊いた。
「正直言うと、これ。一から作ってたらまた来た時に間に合わないと思うんだけど。そこのところ、どう思う?」
その質問に、レイジはすぐには言葉を返さずに、
あるであろう頭を使って、考える。
この間、奇襲をかけてきたあの巨龍は、あの時以来、来ていない。
しかし、
現状は倒してはいない。
倒していないとなれば、またいつ来るか、それが分からないとなるのだが。
この前の戦闘で受けた傷をどれほど回復することが出来るのか、レイジたちが龍ではないのでそれが分からない。
それでも、
再び来るのは分かっている。
であれば、修理に掛ける時間は少ない方がいいだろうと、そう結論付けた方がいいというモノだ。
となると、
レイジからはこう言う他ないというモノだ。
『あ~……、それだったら、今は直す方に専念してもらっていいと思うぞ。俺的には一から直して装甲を付けて貰いたいところだが……。と言ったところで、』
まぁ、
『親父殿一人でやってもらってるから偉そうには何も言えないんだけどな』
「あぁ、うん。まぁ、個人的にはレイジのやりたい様にやらせてやるのが、親の務めだとは思うんだけど、さ」
ただ、
「見ての通り、一から作るとなるとどう考えても間に合わないよね?って話になると思うんだよね……」
こんな感じに、と手を広げながら、ミハエルは手元を広げて見せる。
そこには、完成には程遠い、
ただの骨組みと、適当な大きさに切られ、それぞれの部位となるであろう細かいパーツが無造作に置かれていた。
いや、一見すると、無造作に置かれている様にも見えなくもないが、レイジには分かる。
各部位に取り付けるであろう部品を、分かりやすく集めているということに。
ただ、悲しいかな、
それらのパーツはそこに置かれているだけであって、
骨組みに取り付けられているわけではなかった。
そうなのだ。
これはミハエル一人だけでは、
決して間に合うモノではない。
まだ一つ一つの出来ている部位を直し、足りていない所を継ぎ足した方が早い。
それはバカでも分かることだが、ミハエルはレイジの頼んだ通りに応えようとしているだけなのだ。
そこをどうこう指摘する権利は、今のレイジにはない。
何故なら、今のレイジは彼に依頼する立場であり、その依頼に応える、そんな関係だからだ。
それを証明するように、ミハエルがいる場所からそれほど離れていない場所には、
レイジの背中のユニット、
噴射式加速装置、レイジの世界での呼び名で言えば、
『ランドセル』と呼ばれるそれがあった。
『しかし、悪いな。「シュバルツ・アイゼン」の修理で忙しいってのに、噴射式加速装置の調整も頼んじまって』
「いやいや、構わないよ」
レイジの言葉に、ミハエルはさも当然だと、
怒ることはおろか、そう笑う様に言葉を続けた。
「今は国の方からあれしろ、これしろ、とか依頼も要請もないからね。暇つぶしにはちょうどいいのさ」
たまには、頭も使わないといけないしね、とミハエルはレイジに笑みを返すが、
……暇つぶし、ってどう見ても暇つぶしの域を普通に超えてはいませんかねぇ……?
レイジはそんなことを思いながら、心の中では首を捻っていた。
しかし、そうしていたのもほんの僅かなことであり、
……ま、本人が暇つぶしって言うならいいか。
果たしてそう思っていいのか、第三者がいたら誰もがそう思いそうであったが、
レイジは良しとして、気にしないことにした。
そうは言っても、
『今はあの龍の野郎を倒すのが先だし……。
今は調整とかの応急処置をやってくれれば、
後はどうにかするぜ、親父殿?』
……どちらかと言えば、どうにかなる、ってのが正しいだろうがな。
口ではそう言いながらも、心の内ではそう思ってしまう。
そんな自分がいることにレイジはため息を吐きたくなってしまう。
だが、
だが、今はそんなことをしている場合ではない。
それをミハエルも分かっているからか、レイジの言葉に頷くと、
「分かったよ。……でも、すまないね。僕一人だけだと、どうしても遅くなってしまうんだ。
もう一、二人、人手があればどうにかなるとは思うんだけど……、どうにもね」
『別にそこには文句は言わないさ。息子の我が儘に付き合ってくれるってだけで、』
ああ、
『そう思ってくれるだけでも、嬉しいってもんさ』
「そうかい?」
『ああ、そうだとも』
ミハエルの質問に、レイジは肯定する。
『まぁ、その想いに応えるってのが託された側の責任だ。別に気にしちゃいねぇさ』
……ま、あの野郎を撤退させるとこまで追い込めたんだ。今度は潰してやるさ。
そうなると、次はどれほど壊れるか、それが予測できない所なのだが、
そこは仕方ないと、レイジはそう思うことにした。
そうして、レイジは手元に視線を落とす。
そこには、紙に描かれた複数の長方形が組み合わさったモノと、立体的に描かれたモノがあった。
それを見る様に、
ミハエルがこちらの手元を見る様にして、覗き込んできた。
「それで? 手元のそれはなんだい?」
『これか?これはコイツとそいつの……、
専用武器というか……、ほら、この前言ったろ? 射撃武器がねぇ、って』
「……ああ~……。そう言えば……、そんなこと言ってたっけ?」
……いや、そこ訊くとこじゃねぇだろ。
この前、とは言っても、つい数日前に話した事にも関わらず、それを忘れている様に言ったミハエルに対し、レイジは心の中でツッコミを入れる。
しかし、
……ま、人間、忘れる時は忘れるから仕方ないか。
と考え方を改める様に、そう考えることにしたのだった。
そう考えることにして、
『そうそう。コイツの参考元は「疾風」だろ?
そうなると、両手で使えて固定しなきゃいけねぇって武器じゃない方がいいと思ってな。
だとすると、連射出来て機動性を確保できそうな「サブマシンガン」の方がいいんじゃねぇかって。
そう思って描いてみたんだよ』
ま、
『俺の記憶を頼りに「こんな感じだったんじゃないかなぁ~……」、
って思いながら描いてみたってだけだから、問題点は多いだろうけどな』
「いやいや、何を言ってるんだ!!
記憶を頼りしてこれだけのモノをしっかりと描けるだけでも十分なのに!!!」
謙遜した様子で言うレイジに、
ミハエルは、それはおかしいだろうと、そう応える。
だが、そう言われた当の本人は、
……でも、実際に形にしてみないと問題が分からないんだよなぁ。
不安に思っていたのだった。
そんなレイジを他所に、
ミハエルはもう一つの、異なる形をしたモノを指差した。
「となると、それは……?」
『ああ。これは、もう片方の……、』
ほら、
『そいつの武器だな。そいつのデザイン元は「撃雷」だろ?
となると、牽制用の射撃武器がいると思ってな。
こっちは一応、「サブマシンガン」よりも重くて反動がデカいから片手持ちはちと難しいんだよな』
とは言っても、
『あくまでも、こいつは牽制用でその場に固定するようなものであって、
これだけで倒せるような火力がないんだよな……』
「えっ、そうなのかい?」
『ああ』
レイジの発言に疑問を感じたミハエルの言葉に、
頷いた。
『「撃雷」は元が近接特化、』
言ってみれば、
『格闘戦が主体だ。近接格闘で本領を発揮できる、そんな機体だ』
だったら、
『ただの牽制用の射撃武器になるのも道理と言えば道理だろう?』
「そうかな?」
『そういうものだと、俺は思うがね』
レイジに言われ、そういうものなのだろう、と思うようにしたのか、ミハエルは何も言わなくなる。
だが、それほど時を経たずに、疑問に思ったのかレイジに疑問をぶつける。
「……あれ?そうなると、その『サブ』……」
『……「サブマシンガン」?』
「そうそう、それそれ。それは牽制用じゃないのかい?」
その疑問に、
レイジは静かに、
だが、
ミハエルに聞こえる様にわざと息を大きく吸い込むような呼吸音を出すと、
吸い込んだ息を吐き出す様に、答えた。
『お前は何を言ってるんだ?』
あのな?
『さっきも言った通り、「サブマシンガン」は「マシンガン」より反動は少ない代わりに、威力がないんだ。
そんな使い物にならない武器が牽制以上に役立てると思うか? ……うん?』
「つ、使い方次第じゃ……、
使えるんじゃないかなぁ~……」
『使えねぇよ』
第一、
『この「サブマシンガン」は、近付くまでの時間を稼ぐってのが目的の武器だ。
射撃して遠くに行かない、行かせない、逃がさないための武器なんだよ。
そんな武器が牽制用以外の目的があると思うか?』
ハッ。
『んなもんねぇに決まってるだろ。
逃がさない様にして近付いたら蹴り飛ばす……、
ってのが「疾風」の戦い方なんだから』
「で、でも、その……「シップウ」?」
『yes、「疾風」』
「うん、ありがとう。その、「シップウ」っていうのにも近接用の武器はあるんだろ?」
『あるにはあるが……、近接距離に踏み込んで蹴り飛ばした方が早いからな、「疾風」は』
昔、そのことで『ミラー』と口論になった記憶がレイジの脳内に蘇る。
当時、『疾風』の配信が決定して多くの「プレイヤー」が使う様になったのだが、
『近接距離なら近接武器を使えば良くね?』派と、
『んなもん使うより蹴り飛ばした方が早い』派、
『それよりブースター吹かしながら射撃武器使えば良いんじゃね?』派、
その三つの派閥に分かれていた。
因みに、
レイジは『それよりブースター吹かしながら射撃武器使えば良いんじゃね?』派であったのだが、
近接距離で使えるタックルが蹴りだと分かってからは、『んなもん使うより蹴り飛ばした方が早い』派に鞍替えをし、
『ミラー』は、『んなもん使うより蹴り飛ばした方が早い』派だったが、
『それよりブースター吹かしながら射撃武器使えば良いんじゃね?』派に鞍替えをしていた。
それに追加して言うのなら、
『ダガー付き』は「持ってないからどちらとも言えない」と言っていたのだが。
まぁ、『ダガー付き』は参加時期が配布終了時というわけで遅かったから仕方ないと言えば仕方ないのだが。
閑話休題。
そのおかげで、『疾風』が使える『宇宙ステージ』になる度に、
レイジが『疾風』で相手を蹴り飛ばしては『ミラー』が後でその事に文句を言うという状態が度々起きていた。
レイジの言い分としては、
「折角、蹴り飛ばせるなら蹴り飛ばした方がいいじゃん」というもので、
それに対して『ミラー』は、
「蹴り飛ばそうにも近接距離まで接近しないと意味がないだろ? そうなると、ブースターを吹かして射撃武器使った方がいいじゃん」というものだった。
とは言っても、
……ま、最終的には蹴り飛ばすからどっちでも構わないんだけどな。
という結論になるわけだが。
しかし、そうなると、
何故三つの派閥が出来るのか、そこがレイジにとっては理解は出来ない。
実際の所、
『近距離なら近接武器使えば良くね?』派と、
『んなもん使うより蹴り飛ばした方が早い』派、
その二つの派閥しかないように思えてはならないわけだが……。
しかし、
そこを無視すると、
今度は『それよりブースター吹かしながら射撃武器使えば良くね?』と言ってくる外野がいるのだ。
実際に『ミラー』という鞍替えした者もいる。
その度に、戦闘終了後に口論となるわけだが。
しかし、
今はそんなことはどうでもいいだろう。
そんなことについてどうの、こうの、考えるよりも決めなければならないことがある。
それは、
『んで、親父殿。
これに似たモノって、こっちの世界にあるのか?
いや、ほら、この前外に出た時にチラッと見ただけでしかないんだけれども、弓とかそういうのも見たことがないんだが』
という質問に対し、
ミハエルは腕を組むと、脳から記憶を絞り出す様に唸った。
「う~ん……、どうだったかな……。一応、弓矢の類はあるにはある、
と記憶してはいるんだけど、レイジが描いたモノに似てる形のはなかったような……」
『……もしかして、ボーガン、』
ああ、
『弓を簡易的に持ちやすくしたヤツとかないのか……?』
「ないねぇ……」
『マジかよ……』
ミハエルの言葉を聞いて、レイジは肩を落とし項垂れる。
『おいおい、ボーガンもないとあれば文化レベル、相当低くね?
剣と……、よくて魔法だけって、んな低い技術レベルでどうやってあの龍の野郎と戦えばいいんだよ……。
いくら何でも射撃武器無しで戦えってそりゃ、きつすぎだろ……。プレイするにしても、んなきつい制限ある戦いしてたらきつすぎてすぐに萎えちまうぞ……』
と言うレイジの言葉に、
「えっ。もしかして、それがないとかなり戦いにくかったりする?」
とミハエルは訊いてくる。
その質問に応える様に、レイジは頷く。
『戦いにくいなんてもんじゃねぇよ……。
射撃武器無しの近接武器しか使えないクソゲー仕様じゃ、
勝てる戦いも勝てねぇよ……』
「クソゲー……?」
レイジの台詞にミハエルは首を傾げる様にそう訊いてくるが、
そこにはあえて反応せずに、レイジは考える。
現状の装備と言えば、剣と槍のみで、近接戦闘しか出来ないという、将棋で言うところの、『詰み』の状態、
いや、
『詰み』一歩手前に近い状態だ。
何故ならば、射撃武器があるから近接武器があって、近接戦が出来るという前提があるはずなのに、
その、そもそもの前提がないということになる。
戦いの歴史は進化の歴史である。
必要であると思うからこそ作り使って、
不必要になればそのレベルを下げて、
その道具の製造権を民間に下す。
そうして、多くのモノが作られ、進化してきたのだ。
破城槌然り、
無線通信然り、である。
にも関わらず、それがないと来た。
そうなったら、人間はどう出るか。
他者を生かすために自分を殺すか、
自分を生かすために他者を殺すか、
それ位しか選択肢は無くなってしまうだろう。
今はまだ、レイジは知らないが、魔法というモノがあるからどうにか出来るかもしれない。
だが、
それが使えなくなったら、
それが使えない状況になった時になったら、
その時はどうするのか。
否、
……普通だったら、どうにかする為に足掻くわな。
何時か、
何時か訪れるであろうその時に備えておく、
それが人間というモノのはずだ。
だが、ここでは、それを予測することもしないのだろうか。
生きているのであれば、それに備えておくというのが、当たり前だというのに、その当たり前が出来ないという。
これを逆説的に言うのなら、
そのもしもの時に対抗できるなにかがある、
そういうことなのだろう、とレイジは考える。
とは言えども、
……まぁ、親父殿はその時に備えて、俺を喚んで中に入れたんだろうな。
と考える。
何故レイジなのか、
そこは良くは分からないが、
今分かることは、ミハエルが必要だと思ってレイジを喚んで、機体の中に入れた。
そして、まだレイジの用事は終わってはいない。
何時来るかも分からない巨龍を倒すか、それよりも後に来るであろう脅威に備えてなのか、そこは分からないとしても。
であれば、後は簡単なことだ。
『あぁ~……、今は忙しくてどうにもならねぇとは思うんだが』
「うん? どうした、レイジ?」
『いや、なに。試作品でも一応作っておいてはくれないか?
射撃が出来るのと出来ないとじゃ、全然違うからな』
「作っておけばいいのかい? なら、すぐに出来ると思うけど」
『そうだよな、すぐに出来るわけ……、
……えっ?』
すぐに出来るわけがない、
そう言おうとしたのか、レイジは言葉を切って、確認するようにミハエルに訊く。
『えっ、今すぐにその作業に取り掛かれるのか?』
「いや、そうじゃないけど。単に作れるかどうかって問題なら問題ないって話じゃないの?」
『いや、まぁ、そういう話なんだけどな』
……どうにも調子が狂うな。
どうしたものかとレイジは頭に手を置いて、頭を掻く動作をする。
その動作を見て、ミハエルは笑った。
「なに、単純な話さ。僕が喚んで君が応えてくれた」
だったら、
「僕の願いに応えてくれた礼はするべきだろう? 君が自分の身を売ってまで応えてくれたなら尚更だ」
違うかな?と、言外に視線で語り掛けてくるミハエルに、
レイジは、
……ま、ただ単に、俺が戦える場所をくれたから暴れてるだけなんだけどな。
目の前に自分よりも巨大で強い存在がいる、
それに対し自分の周りには自分よりも弱い者しかいない、
であれば、
その強さに挑み、抗おうと、そうしてみようというのは、人間ならば誰しもがそうではないだろうか。
それが、
戦えぬ身で戦場に恋心を抱いていれば尚のこと。
戦う権利も義務も何もない人間が、
戦えるようになった、
ただそれだけでしかない。
それだけでしかないのだ。
ミハエルはそこに価値を付けようとしてくれている、
戦えなかった男を、戦えるように、と。
彼は応えようとしている。
であれば、自分は何をすべきか、レイジはそれを考える。
たとえ、
それが、
もう既に答えなど出ていることであろうとも。
「う~ん……。この構造とか分かりにくいな……。レイジ、この部分、どうなってるか、分かるかい?」
『あっ? ……あぁ、それか。それは確かこんな風になってた気が……』
それからしばらく経ち、ミハエルは『シュバルツ・アイゼン』の修理の息抜きと称して、今はレイジの記憶を頼りに、設計図に書き起こしたモノを作ろうとしていた。
とは言っても、知識のないモノが書き起こして作ろうとしているのだ、全てとは言わなくとも、一からのスタートになる。
なので、
ひとまずは形だけでもとなったのだが……。
「でも、そうなると、今度は発射機構に問題が起きないかな?」
『あぁ~……、そっちは考えてなかったな。
そうなると、……どうすればいいんだ?』
そこは職人気質の血が騒ぐというもので、一切の妥協など許されるはずもなかった。
一つ問題を解決しては、
また新たな問題が発生し、
それを解決するために解決策を考える。
人の数が多ければ、完成までの時間は短くはなるだろうが、
ここにいるのはレイジとミハエルの二人だけ、
『試行錯誤』の時間も多くなるということだ。
『あ~、くそ。せめて発射機構のところを魔力かなんかで……、
例えば魔法で弾とか撃つとか……、そういう魔法とかないのか?』
「魔法かい? ……でも、そうなると発射機構とかそういうのは要らないことになると思うけど」
『……何?』
面倒くさくなってきたのかそうぼやく様に誰にでも訊くわけでもなく、ただ呟かれたレイジの言葉に、
ミハエルが反応する。
『おい、ちょっと待て。ちょっと待て、親父殿。今あんた、発射機構とか要らないとか言ったか?』
「……えっ? うん、言ったけど」
『因みにその発射機構ってのは……、このバネとかで複雑にしてることを言ってるんだよな?』
「ま、まぁ、そのバネって言ったっけ? それの役目を風の魔法で補って、弾を、」
そうだな、
「それぞれの属性で作った弾を撃ち出せる様にしたらいいんじゃないかな?
そうすれば、詠唱が不要になるわけだから、攻撃までの時間短縮とか出来ると思うんだけど」
『……一応、訊いとくんだが。魔法士とかの職業とかってあるのか?』
「職業? ハハハ、ないよ、そんなの」
そもそも、
「魔法士ってのは頭の中で色々思考しなくちゃいけないから普通の人からは変な目で見られるんだ」
おかげで、
「ボクが何をどうやってどう作ってるのか、
それを知ろうとするのはほとんどいなくてシュバリエ君みたいな将来有望な子が派遣されて手伝ってくれるんだけどね」
おかげで、商売上がったりだよ。
やれやれと言いたそうに両手を上げて、ミハエルは肩を竦める。
その様子を見てレイジは、
……向こうの方でもだったが、新しいことをやろうとするヤツを変な目で見て遠ざけるのは何処も一緒か。
人間って何処に居ても変わらねぇもんだなぁ、と、独りしみじみそう感じていた。
その思考にどこか違うようなモノも混じっている気がしなくもなかったが。
しかし、他人と少し違うだけで排除しようとするのは、何処も同じらしい。
レイジや『ミラー』はいじめを受けたということはなかったが、
『ダガー付き』は学校などでいじめなどを受けていたと、彼女は言っていたのを思い出す。
彼女は仕事をしていた二人とは違って、
まだ学生、
高校生だったと記憶している。
長い間いじめを受けて、その鬱憤を晴らすために戦場に足を踏み入れた……らしい。
そのせいも確かにあったのかもしれない。
彼女がよく使っていた機体、『サラマンダー改』は、通常近接攻撃は三回までしか出来ず、同じ格闘型機体でも追加攻撃と呼ばれる格闘攻撃のコンボの数秒ではない数フレーム内にコマンドを入れると実行できるシステムがあるのだが、追加攻撃をした後に通常攻撃でコンボがいれることが出来たのだ。
そのおかげで、『撃雷』に乗る前に散々な目に遭ったのだが。
三回攻撃後に、
追加攻撃、
そして更に三回攻撃という、
計七回の攻撃を受けていたのだから。
『撃雷』を使うようになってからは、初撃の攻撃に合わせる様にトリガーを離せば、一回は弾かれるがその後は更に踏み出して攻撃を加えることが出来たのでよく使うようになっていたのだが。
ただ、初撃重ねるタイミングがずれると悲惨なことになっていた。
おかげで、レイジも彼女も互いに戦い合う仲間、
言わば、
ライバルと言える関係だったとは思うが、そこまで言えたのかは実際には分からない。
ただ、
彼女とそれに近い関係になってからは、
いじめに遭ったと彼女の口からは聞くことは少なくなった気がする。
ただまぁ、レイジがこちらに来てからは、其処らを知ることは出来ないので分からないのだが。
しかし、
『しかし、まぁ、あんたも大変だな。えぇ、親父殿?』
「うん? そう思うのかい?」
『そりゃ、そうだろう。新しいことを取り組もうとしてるのに、それを応援せずにのけ者にするってんだから。
俺がいた所でも、同じようなことされてたヤツがいたが……、
それでも、必死に前を向こうとしてたんだからな。呑気に生きてただけの俺よりそいつは苦労してんだ』
そして、
『あんたも同じ分の苦労をしてるんだ。
だったら、ご苦労様って言うのは当たり前だろう?』
ま、俺には何もないがな。
皮肉げにレイジはそう言いながら、
ミハエルの肩を軽く叩き、
立ち上がる。
『まぁ、俺は戦えればそれだけで満足できる男だからな。
そういう意味では感謝してるぜ、親父殿。
戦えねぇと思ってたら、戦えるようにしてくれたんだからな』
とは言っても、
『戦うための武器が無けりゃ話になんねぇわけだがな?』
「あ~、そこは大丈夫。一応、基本構造の改善案は出たから。
あとは君の設計図を基に組み立てて調整するだけだ。一回作ってしまえば、あとは改善するだけだから、早いよぉ?」
『へっ、期待して待っておくぜ』
やれやれ、と両手を上げて肩を竦めようとした時だった。
入り口の扉が勢い良く開かれたのは。
「おお!!! 遂に完成したか!!!
この前の戦闘の際に動いていたらしいが……、うん? なんだ、この機体は?
話に聞いていたモノと色も形も随分と違うみたいだが」
扉が開かれると同時に聞こえてきたのは、如何にも恰幅の良さそうな、
金に五月蠅そうな太い体系をしているだろう男の声だった。
「シ、シヴァレース卿!! な、何故ここに?! 今日ここに来られるという話は聞いてませんが!?」
「ははは、いやなに。我が愛しき愛娘、ヒュンフがな、何処から聞いたのか、
貴公が作ったという鉄人形を見たいと我が儘を言ってな。いや、すまなんだ」
「は、はぁ」
何言ってるんだコイツ、と言いたそうな顔を、
レイジの後ろにいるであろう、
男性に向けてミハエルは話す。
その間に、身動き一つせずにじっと固まったままのレイジに、男性は疑問の視線をぶつける。
声に出さず、目で疑問をぶつけることに、
彼も同じように思っているんだと、それとこれはどちらかと俺に命令するように言ってるよなと、
そうレイジは理解した。
その二人の無言のやり取りを知ってか知らずか、恰幅のいい丸々肥えた男が、
髪を後ろで結った幼子の手を繋いで、レイジの近くまで連れてやって来る。
「どうだい、ヒュンフ? これが王国で秘密裏に開発を進めている対魔獣の切り札、その一機だ。
その名も……、えっと、何と言ったかな?」
「この機体は『シュツルム・アインス』と呼びます。もう一機の方、『シュバルツ・アイゼン』の方は先日の戦闘の損傷が激しく、
現在急ぎで直してはおりますが……、修理に時間がまだ掛かるかと」
「なんだとっ?! それではいかんではないかっ!!
ヒュンフはこの機体が動いているところが見たいと言っているのだぞ!!
それを貴様……っ!!! またあの龍が襲撃に来たらどうするつもりだ!!」
「し、しかしですね……。私一人で全てを行っている状態ではいくら何でも……。
それに、前回の戦闘で問題点も幾らか判明しまして……。
一応、そちらの改良も踏まえ修理を急いでいますが、次に間に合うのかと仰られますと……。
一人だけでは少し難しいかと」
……あんた、さっきまですることがなくて暇つぶしには云々とか言ってたじゃねぇか。
先程の会話で言っていたこととは正反対のことを言うミハエルに、ツッコミを入れそうになったレイジであったが、そうしたい気持ちを抑える。
そうだ、
今の俺はただの人形、
鉄で出来た人形なんだ、
そう思うことにする。
「人員の補給か……。しかし、今は騎士団の人員も足りぬ故、ここに派遣するというのもな。
うむむ……、難しいな」
唸るような声を出して、
悩む男にレイジは、
……成る程な。コイツはここに人員を割きたくない、けど、割かなきゃいけないからどうしようかと。そう思ってるわけか。
と何を悩んでるのかを自分で考えてみた。
この前の戦闘での被害は、
一個小隊、
全三十人のうち、
数名の殉職という形になっているはずだ。
事実、
レイジが参戦してからは、
あの龍の目はレイジのみに注がれていたからだ。
数名の被害だけ、
それだけで済んでいるはずなのに、何を隠そうというのか、レイジはそこを考え、鼻で笑いそうになった。
……つまり、コイツも親父殿の敵ってわけか。
戦闘で破損しそれを修理するのに、時間と人員が必要。
そして、要請しているのも関わらず、それに応えようとしないのであれば、次の襲来でより多くの被害が起きた際に、ミハエルのせいにするのが目に見える。
『何故、修理を間に合わなかった!! 何故、それが出来なかった!! 人員も時間も足りていたはずだろう?!』、と。
人員を送らなかったのは自分なのにも関わらずに、それが出来て当たり前だと言う。
そして、
それが出来なかったのであれば、必要がないと切り捨てる。
汚いやり方ではあるが、同時に良く行われるごく自然のやり方だ。
上に立つ者は、下の人間の言葉に耳を貸さない。
そして、問題が起きると下の責任にする、
全く、
……そういうのは何処の世界も同じかよ、やってらんねぇなぁ、おい。
嫌になって、息を吐き出したくなる気持ちを抑える。
今の状況で、ミハエルは、レイジに黙っていろと目で言ったのだ。
であれば、
今、レイジが状況をひっくり返すために、
何かを口にしたり、行動したりするのは、得策ではない。
失策にしかなり得ない。
そこが、
……面倒くせぇなぁ、おい。
簡単ではないのが、腹立たしい。
目の前に敵がいるのなら、その敵を倒せばいい、それくらい簡単な方がレイジにとっては非常に分かりやすいし、やりやすいのだが、実際はそうではないのが実に腹立たしい。
そんなレイジに近付いて、下から覗き込んでくる姿があった。
その姿になんだ、とレイジはそちらを見る様に顔は動かさずに、意識をそちらに向ける。
背丈は小さく、服も小さい。
だが、その服にはどこか気品さが感じられる。
それを見て感じられるのは、
この少女は何処かの金持ちの家出身かな、と思える位だろう。
洗濯もせずにそのままでしていれば、
服は汚れていって、買った時のそのままの状態を維持することは出来ないだろう。
レイジもそうだ。
洗濯というモノは面倒なモノであり、どれだけその工程を省略するか、服を着る際に出来るだけ楽で過ごしやすさを重視して、限りなく少なく、限りなく汚さずに、それだけを意識していたモノだ。
そうやって過ごした時だったか、
ある時、『ダガー付き』に言われたのだ、
「あのさ、『グレート』。こう、言うのはアレだし、嫌だと思うんだけどさ。
……もう少し、こう、服とか意識した方がいいんじゃないの?
いや、私は『グレート』の彼女でも何でもないから嫌に思うかもしれないけどさ。
……でも、せめて人と会う時くらい気を使った方がいいんじゃないかなぁ」
まぁ、私が男だったら気にしないだろうけど、私、女なんだよね。
そう付け加える様に言われてからは、
多少は気に掛けるようにしていた。
部屋で過ごすような服装ではなく、外出用に少しカッコを付けようとしたりはしていたのだ。
しかし、それは無理だった。
カッコを付けようと、
何かしようとすると、
面倒くさいと、そう思ってしまうことが何よりも早く優先されてしまうのだ。
そう思うと、
やはり、女性という生き物はスゴイな、と、目の前にいる幼子を見てレイジはそう思ってしまうのだった。
そうだ、
自分の身なりを整えようと、そう思ってのことだろう、長いであろう白が目立つ髪を頭の後ろで、大きめの赤いリボンで結っていた。
髪を結わえることがないそのままの状態ではなく、だ。
レイジは髪を長く伸ばしたこともなければ、髪を結わえたことない。
その理由は実に簡単だった。
面倒くさい。
その一言で全てが片付く。
そうすると、思うことがある。
女性だから髪を伸ばすのか伸ばさないのか、そこが気になって『ダガー付き』に、彼女に訊いたことがある。
だが、彼女はその質問に、短い髪を揺らし、微笑みながらこう答えたのだ。
「だって、『グレート』は短い方が好きでしょ? だから、短くしてるんだけど。
それに髪が長いと戦いにくいし、見にくいったりゃありゃしない。戦うなら髪は短くしないと」
それに、
「アニメとかで髪が長い人がパイロットやってたりするアニメって少ないでしょ?
だからなんだけど」
その答えに、
「お前、深夜帯のロボットアニメとか見てみ? 普通に髪長い人出てるから。短い方が少ないから」
と言うと、
「私、まだ未成年なんですけど。未成年に深夜アニメ勧めるとか、学業に支障出るでしょ。
それで成績が落ちたらどう責任取ってくれるんですか? えぇ?
答えて下さいよ、『グレート』さん?」
と言って迫ってきたあの時は、
正直言ってしまうと、非常に危なかった。
まだ成長途中の小さい身長で、身体があった当時、大きな大人が小さな子供相手に如何わしいことをしていたと見られて、通報され牢屋に入られかねかった。
まだ、会話を大きめの声でしていた為に周りにいた人間は誤解しなかった……と思いたいが。
閑話休題。
とすると、
目の前にいる少女は、自分の身体に対して、非常に気を回さなければならないはずだと考えられなくもない。
そうなると、
……小さいのに大変なことだな。
思わず『ご苦労様です』と声が出てしまいそうになるのを、意識をして声からは出さないでおく。
今、声を出してしまえば、ミハエルの苦労を無に帰してしまう。
……我慢だ、我慢。
早いところ、何処かに行ってくれないかな、と、
素直にレイジが思っていると、
「おとうさま。このきたい、うごくのですか?」
「うん? どうだったかな。……動くのかね?」
少女の疑問に答えられなかったのか、シヴァレースという男はミハエルにそう訊いた。
訊かれたのなら、
答えね訳にはいかないだろう、
やれやれと半ばやけくそ気味になってか、ミハエルは少し嫌そうな声で答える。
「えぇ、動きますよ。
ただ……、まぁ……、
今は少し調整に手間取っておりまして。今すぐに……、と申されますと、難しいかと」
……まぁ、動いてもいいってんならすぐにでも動けるがな。
ミハエルの答えに、
レイジは内心でそう思うのと同時に鼻で笑いそうになったが、
すぐに現状を思い出し、
黙った。
「しかし、そうなるとこれは何の姿勢を取っているんだ? 何と言うか、
こう……、うん、肩を竦めている様に見えなくもないのだが」
シヴァレースのその言葉を聞いて、しまった!!! とレイジは今更ながらに自分が取っていた姿勢を思い出した。
ミハエルと二人きりの状態で話していて、ちょうど自分が立ち上がって両手を上げて肩を竦めていたままの姿勢で固まっていたのだ。
そこを指摘されると、切り返しが難しいとレイジは思っていたのだが、
どう切り返すか、
そこが気になって、ミハエルの返事に耳を傾ける。
すると、
「あぁ、それですか。いやなに、全体的な調査は出来たのですが、細かな動きが出来るのか、それについて調べていなかったことを思い出しまして。
……えぇ。
そう思ってその様にしたのですが」
「あ、ああ。……成る程。そういうことか。……そうだな、調べることは大切なことだ。
国の方であれやこれやどう考えても無駄だと思っていたところから資金を作ったのだ。
きちんと調べ、きちんと動けるようにして貰わなくては困る。
他国は『魔装機甲』等と言う大型のモノを作っているらしいが、我が国ではそれを生み出す資金もないからな。
出せと言われて出せるとしても、金ではなく食料しかないからな、王国は。
他国が攻めてきた時の対抗策が無くてはどうにもならん」
なので、
「準備は怠るなよ? 時間と資金は出来る限りこちらで用意はするが、人材と魔獣は解決できんからな。」
「はい、心得ています。出来る限り早くに解決しましょう」
「そうか、頼んだぞ。……ほら、ヒュンフ。こっちにおいで。うちに帰ろうか」
「はい、おとうさま」
ミハエルの肩を叩いて、用事は終わったと満足した様子でシヴァレースと少女は部屋を後にする。
そして、二人が外に出た時、
少女は、
ヒュンフと呼ばれた少女は、レイジを見てきた。
髪の色とは異なる紅く、
紅い瞳でしっかりと。
扉が閉まるまで、レイジは何も考えられなかった。
その瞳はどこか悲しい様で、
同時に望みを託すように、
希望を見ていた様に、
そう見えたからだった。
そんなレイジとは打って変わって、ミハエルは二人の姿が見えなくなると、どっと疲れた様に深いため息を吐いた。
「はぁ~……。疲れたぁ~……。
なんでこのタイミングで宰相様がいらっしゃるんだか。
まだ修理だって終わってないのに、今来たらどうしてくれるんだ。今来て国が亡んだらいくらボクでも諦めるよ。ねぇ、レイジ?」
半ば文句を言うように、ミハエルはそう言葉を吐き出し、レイジに同意を求める様に、そう訊く。
だが、
レイジはその問いに答えることはなく、ただ先程と同様に立っているだけだった。
「レイジ?」
『……あ、ああ。……どうした、親父殿?』
意識があるのか、それが気になった様にもう一度レイジにミハエルは訊いてくる。
そう訊かれてレイジは意識を元に戻したのだった。
「大丈夫かい?」
『ああ、大丈夫だ』
大丈夫、
そう応えながらレイジは右の手のひらを握り締め拳を作り、再び開く。
その反応は誰がどう見ても遅いと感じ取れるモノだったが、レイジは気にせずに言葉を続ける。
『ああ、大丈夫だとも』
「そうかい?あまり状態が優れない様だったら少し休むかい?」
『ハッ。人間様が「人でなし」の心配してるんじゃねぇよ。
休むんだったら、あんたが休みな、親父殿』
「はっはっはっ。言うねぇ、レイジ」
『ハッ、誰がだよ』
そう言いながら、レイジは続ける。
『んで、さっきのは誰だ、親父殿?』
「えっ? ああ、この国の宰相様だよ。金の使い方に関してはあの人の右に出る人はいないね。
うん、……これは断言できるとも」
『宰相? そう言えば、なんか言ってたな。
うちの方じゃ、金はなくとも食料だけはあるって』
「ああ、言ってたね。僕もそこだけは同意するよ」
なんせ、
「他の国だと対魔獣用に『魔装機甲』なんて大きいもの作って騎士団なんてほとんど形だけになってるし」
『ああ、そうそう』
そう言ったミハエルの言葉に、
思い出したようにレイジは言うと、彼に疑問をぶつける。
『さっきも聞いたんだが、その「魔装」……?』
「『魔装機甲』?」
『そうそう、それそれ。……その「魔装機甲」ってなんだ?
俺、ここに来てから聞いたことないんだが』
レイジの質問に、
「まぁ、言わない様にしてたからね」
と最初に口にしてから、
言葉を続けた。
「『魔装機甲』ってのは、ここ最近になってから、急に登場しだしたモノでね?
大きさは結構あって、」
ほら、
「この前戦った龍がいただろ?
ボクも話を聞いただけだから詳しくは知らないけど、それより小さいか、丁度か、それ位の大きさがあるらしいんだ。
……ただ、それだけ大きいとなると少し問題があってね?」
『整備の人材と、それを置く場所か』
「おっ? 分かるかい?」
『まぁな。ついでに言えば、それを整備する時間と部品の量、』
それと、
『それが使うであろう武器の置き場とそれに乗る部隊員、』
あとは、
『それを動かすためだけの燃料』
まぁ、
『今考え付くのはそれ位か? それらがなけりゃ、どうにもならねぇだろうしな』
確かめる様にそう訊いてきたレイジに対し、
ミハエルは手を叩くことで応えた。
「そうだね。他にもいくつかあるだろうけど、おおまかな問題点と言えば、それ位かな?」
そうだね、
「対魔獣用とは聞こえはいいんだが、これがどうにも金の出費がバカにならない金食い虫らしくてね?」
幸い、
「ここで作るとなると、それだけ大きいのを作る必要がないんだよね?」
実際、
「魔獣被害というモノは騎士団で、……あ~、人の力で対処が可能なモノが多かったし」
まぁ、
「そのおかげで人も来ない鼻つまみ者が一人寂しく引き篭もってるわけなんだけどね?」
『一人って言ってもシュバリエがいるじゃねぇか』
「まぁ、そうなんだけど。……彼女は例外さ。
国からの要請で来ただけだし。彼女が望んで来たわけじゃないんだよね」
『そんなもんかね?』
「そんなもんだね」
レイジの問いに、
ミハエルは肩を竦めながらそう言った。
『となると、本格的にヤバいな。
あの龍の野郎が今度来たら次こそ騎士団は全滅しかねんぞ』
「まぁ、その為に君がいて、」
ミハエルは自分の手元にある機体を手で叩く。
「これがあるわけだから」
ミハエルにそう言われて、
レイジは鼻で笑う。
『ハッ。泣けるねぇ……』
そう言うと、
レイジはどこか遠くを見る様に、視線をずらす。
その顔には、
普通の人間の様に、
二つの瞳はなく、ただ、薄いようでいて分厚いゴーグル能なモノがあるだけだ。
そのおかげで、
彼がどんな顔をして、どんなことを考えているのかそんなことを周りに思わせないのだが。
だが、そうしていたのもほんの僅かであり、すぐに顔を戻してこう言ったのだった。
『まぁ、どうにかするために、
今を足掻いてやってるんだ。今後悔するより、後で後悔した方がまだマシ、』
ああ、
『そうだろ、親父殿?』
「そうだね。今を楽しく、忙しくして、実際にやってから後で後悔した方が良さそうだ」
先に悔いるよりもね、と、
レイジに笑う様にミハエルはそう言ったのだった。