第二十九話 鬼神、来たれり
『ミラー』の指示で森林の中へと進んできたのだが、何故かそこにいた騎士団らしき姿を確認すると、レイジたちは、進む足を緩めた。
『……何で騎士団の連中がいるの?』
「いやいや、何も知らんおいちゃんに訊くなよ、『ヌル』ちゃん」
『……訊きたくなるのが、人間だろ?』
「そうは言うが、さっきまで、おいちゃんも『ヌル』ちゃんと一緒にいて知らないんだぜ?」
そりゃ、
「おいちゃんも知りませんって、言うしかねぇよ……」
「あら? 若様?」
『ミラー』と話している最中、横から掛けられる声に、
レイジは聞いたことがある声だな、と思いながら、
そちらに振り返る。
すると、
「やはり、若様でしたか。お久しぶりです」
長い銀髪を揺らめかせる女性がいた。
甲冑姿……ではないが、鎧なり金属のパーツが見えるが、
それはあくまでも、服の上からのもので、
レイジのように金属の人型ではなく、
純正な人間だった。
レイジは、はて誰だろう?、と思っていたのだが、
少し考える。
……俺のことを若様と呼んで、お久しぶり? ……で、騎士?
ふむ?、と腕を組んで首を捻る。
「え~っと……、ゼクスは元気にしておられますか?」
そんな姿のレイジに苦笑いをしながら、
彼女はゼクスの名を出す。
そこで、ようやくレイジは、彼女が誰か気が付いた。
『シュバリエか!!! 懐かしいなぁ、おい!!!』
「若様も随分お姿が変わられまして。
後ろ姿で誰かは分かりましたが、後ろ姿が見えなければ、分かりませんよ」
ハハハ、とレイジとシュバリエの二人は話すが、
二人の関係性が全く分からない『ミラー』は、
「おい、『ヌル』ちゃん。
おいちゃんにゃ、このお嬢さんが誰か知ったこっちゃないんだが……」
『あぁ、そうだった。
「ミラー」、こいつはシュバリエって言ってな? 少し前まで親父殿のとこにいたんだ』
で、
『シュバリエ。
こいつは「ミラー」……、あ~……、今は「ミラー」ってだけで、本来はエルトって子なんだがな?』
「えっと……? つまり、どういう事なんですか?」
……ま、そうなるわな……。
こいつの説明してるだけなのに、難しく分かりにくくなるってどうなのよ、と、
レイジは内心で思いながら考える。
そのレイジを察してか、
『ミラー』が参加してくる。
「普段は、エルトって子が主導権握ってんだが、今はおいちゃん、」
あ~、
「おいちゃんの名前は『ミラー』って呼んでくれ」
そう言った直後、
「えっ? 何よ、エルトちゃん? 君の説明だと余計に分かりにくいでしょ?
いや、おいちゃんの説明すんなら、こうしか言えないっちょや。
えっ? しょうがない、急ぎだけど私が説明するから替わって?
いやいや、今説明に時間かける必要なくね?
えっ? だったら、いつ説明するの?
今じゃないなら、時間ある時とか?」
突然、一人コント……もとい、
エルトとの会話をやり出した『ミラー』を、
レイジは流し目で見ながら、シュバリエに説明する。
『……まぁ、つまりは、こういうことだ』
「なるほど……」
つまり、
「若様は人型に魂を収められておられますが、エルトという人は、エルトさん本人の魂と『ミラー』という人の魂の二つが入っておられる……、と」
そして、
「今は、『ミラー』という人が主導権を握っておいでなので、表に出ている……」
成る程、
「つまりは、そういうことですか」
『簡単に説明すると、そうなるかな?』
大雑把に理解したであろうシュバリエの説明に、レイジは頷くが、
その説明をどういう状況で理解したのか、『ミラー』が反論する。
「そういうことって、どういうことなんだよっておいちゃん的には言いたいんだけど」
なぁ、
「突っ込んだ方がいい? 突っ込まない方がいい?」
『そこ、俺に言ってんのか、シュバリエに言ってるのか、どっちか分かんねぇんだけど』
「どっちにも言ってんだよ、『ヌル』ちゃん。
言わせんな、恥ずかしい」
『どっちにも言ってんだったら、そう言えよ。そうじゃないと分からんねぇだろうが。
言わせんな、恥ずかしい』
「お二人は……、仲がよろしいんですね」
レイジと『ミラー』のやり取りを聞いて、
素直に仲が良いと思ったシュバリエであろうが、
その言葉を聞いて、
お二人は、というところで一瞬間があったことに、
……二人でいいのか、どうなのか、カウントが難しいよな。
分かる、分かる、とレイジは内心、頷いていた。
ところで、とそこでようやくレイジは話題を変えようと切り込む。
『なんでお前、ここにいんの?』
ってか、
『なんで騎士連中がいんの?』
「何故か……、それを説明すると長くなってしまうのですが……」
「三行で頼む」
三行……、どうしたらいいのか、それを考えているのだろう、
首を捻り始めたシュバリエにレイジは、
……まぁ、そこまで難しく思わなくもいいんじゃね?
と思ったが、三行で説明しろと言われて、どこで区切ったりすればいいのか、
それを考えるとすれば、難しいか、と理解した。
と、
「えっと……、演習を行い、
その途中で龍の出現情報を耳にしたので、
討伐に……、といったことでよろしいでしょうか」
……おお、三行か。
三行で説明しようと頑張って話してくるシュバリエの言葉に、
レイジは感心した。
その説明を聞いて、『ミラー』は、
「……普通に人間が討伐ってきつくね?」
「いくら難しいものであったとしても、
国に住まう人々を守るのが騎士の務めです」
『ミラー』の言葉にシュバリエが返す。
その言葉を聞いて、レイジは、
『ま、それがきつくてやりにくかったら、そんときには外野の手助けが必要になるってな』
「外野……、」
あぁ、
「『ヌル』ちゃんみたいな?」
『いや、そうは言ってねぇけど』
でもま、
『親父殿がそれをやってくれって言ったら、俺はやるつもりだけどな?』
「ハッハッハッ、言われなくても突っ込んで囮やる奴にゃ言われたかぁねぇよ」
『囮はやらんだろ』
「誰よりも先に突っ込んでかき回した上で、囮やりつつ陽動するバカがよく言うぜ」
『まぁ、先突っ込みはするけどな』
……でも、その方が楽なんだよなぁ。
一々、あとから手助けに入るよりも、
先に突っ込んでかき回していた方が楽なのは事実だ。
あとから援護に入れば、その分自身が狙われる可能性は高くなり、結果的に撃破される可能性も高くなるが、
先に突っ込んでかき回して乱しておけば、撃破されたとしても、
誰が誰で、と特定されにくくなる。
それならば、先に突っ込んでかき回していた方が楽と言えば楽である。
それが、レイジの考えなのだが、
どうにも『ミラー』はそうは考えていないらしい。
……ま、俺の後ろにゃこいつがいるから、いつでも援護してくれるって甘えられるかもしれんがな。
難儀なもんだ、とレイジが思っていると、
『ミラー』が、すんっと鼻を鳴らす音が聞こえた。
「……匂うな」
『……近いか?』
レイジの問いに、
『ミラー』は片手を上げながら、もう一度匂いを嗅ぐ。
「……近いぜ」
ああ、
「……目と鼻の先ってくらい、な」
『ミラー』がそう言い終わるか、終わらないかという微妙なタイミングで、
近くで爆風に近い、勢い強い風、……厳密には音だが、それを感じた。
そちらの方を見ようと、身体を動かすと、
何人かの騎士が吹き飛ばされ、
『……よぉ、クソッたれ。……元気にしてたか?』
数日前に戦った龍の姿が、
そこにあった。
何かを口にしたかと思った瞬間、それを理解する前に突っ込む様に走り始めるレイジを見て、『ミラー』は、瞬時にライフルを構えた。
弾丸を一発だけ錬成し、装填。
狙いを定め、
……まずは一発。
撃った。
弾丸は狙い通りに、直進していき、
しかし、
「……全身に装甲でも張ってんのかよ」
弾かれる。
くるりと身体を回しながら、
もう一度、弾丸を一発だけ錬成、排莢口を開けて装填。
回り終わると、狙いを定め、
……はい、もう一発。
撃った。
だが、これも先程と同様に、
「見事に装甲に当たるとか、どんだけよ?」
弾かれる。
弾丸を一発だけ錬成し、排莢口を開けて装填。
『硬いね』
……一回やってるから、要領は分かっちゃいるんだがな……。
あらよっと、と言外で呟きながら、
もう一回、撃った。
しかし、これもまた弾かれた。
「……もう少し柔らかくしてくれてもいいだけどねぇ……」
「……手数を増やします?」
レイジと話していた、確かシュバリエだかと言われていた気がする女性が、
声を掛けてくる。
どんな時でも支援は嬉しいものではある。
それが、劣勢であればあるほど。
しかし、
「増やしてみたところで、却って『ヌル』ちゃんの邪魔になるっていうな」
あぁ、
「出来れば、手負いのヤツを下げてくれ。
いくら掩護が得意なおいちゃんでも、手負いを狙わないようにってのは、無理だし、今は、」
一発。
排莢口を開ける。
「……『ヌル』ちゃんを援護するのに手一杯なんでな」
装填。
「……分かりました。騎士としては、不甲斐なく虚しく思いますが、」
確かに、
「若様があの龍を留めておられるのもまた事実。
なれば、早急に退散するのが今の務めと考えるべきでしょう」
頼みます、とシュバリエ……で合っていたかは分からなかったが、
彼女は頭を下げると、怪我をして動けなくなっている他の騎士の方へと向かって行った。
その様子に、
『いいの?』
エルトが疑問をぶつけてくる。
その問いに対し、『ミラー』は狙いを定め、撃ちながら、
……『ヌル』ちゃんが突っ込んで、おいちゃんがケツを守る。だったら、ここはおいちゃんらの戦場よ。
応えながら、鼻を鳴らし、
弾丸を錬成し、排莢口を開けて、
装填。
……それに。
『……それに?』
……自分の戦場を他人に掻き回されるってのは、個人的にゃ嫌いなんでね。
三歩横にずれる。
直後、
自身が立っていた場所を風が薙ぐ。
『うわぁ……』
……だから狙撃手は同じところにいたら、あかんのよ。
撃つ。
錬成し、排莢口を開け、鼻を鳴らし、
装填。
……同じとこにずっといたら、場所を覚えられて狙いを付けられる。
撃ってから、
今度は、四歩横にずれる。
『そこ、同じ場所じゃない?』
……いやいや、一歩多いから微妙に違うぜ?
撃つ。
……微妙に違えば、場所も覚えらねぇって寸法よ。
『そういうものなの?』
……因みに、おいちゃんの実体験ね?
鼻を鳴らして、弾丸を錬成し、排莢口を開ける。
装填する前に、
四歩ずれる前にいた場所を、風が薙ぐ。
……な?
『いや、な? って言われても……』
……おいちゃんの腕が良すぎるってことか……。
泣けるぜ……、とそんなことを思いながら、
ふと思う。
……『ヌル』ちゃんのマシンガンが聞こえねぇな。
『お兄さんの?』
……『ヌル』ちゃんのことだから、すぐに突撃ってことはしねぇと思うんだが……。
それにしても、射撃音が一切聴こえないということはどういう事なのだろうか、と考え、
『ミラー』はふと思う。
……そう言えば、『ヌル』ちゃん、マシンガンって持ってたか?
後方から『ミラー』が射撃を加えている音を聞きながら、装填できるように改造してから次弾を撃つ速さが上がったなと思いながら、レイジは、後悔していた。
……新しい飛び道具付けたから、って調子乗って忘れてきちまった……!!!!
そんなヘマは自分でもしないだろうと思ったのだが、
ない以上は、やってしまったと思う他ないだろう。
仕事をしていた時でさえ、何かを忘れたらいけないと思い、荷物を忘れたということはなかったのに、
なのに、だ。
いや、
何故忘れて来てしまったのか、その理由付けをすることはできる。
新しく付け加えられた武装を試したかったと思っていたっこともあっただろうし、
テュールとの邂逅で力を少し貸そうと言っていたのを無自覚で意識をして調子に乗ったのもあったかもしれない。
そういった部分もあったかもしれない。
だが、
忘れてしまったのは、
自分だ。
自分でやってしまった以上は、
どうにか挽回するほかない。
そう、
ない以上は、
ない状態で、
やるしかないのだ。
一応、射撃は『ミラー』がしてくれている。
甘えてしまうのは、如何なものかと思うが、
しかし、
……ないものは仕方ないんだよなぁ……。
ないものはないのだから、
仕方がないといえば、仕方がない。
なので、
……突っ込む……!!!
武装面では、問題はない。
接近戦での武装は、
『ツイン・マナエッジ・スピア』がある。
であれば、
……問題ねぇ……!!!
構える。
やり方は今までと変わりはない。
一度は、正面、その上段を突き、突いた反動で槍を戻し、
二度は、少し下げた正面で突き、これもまた反動を使って槍を戻す。
そのなれば、三度目は、同じように少し下げた下段を突いてみせ、
突いた勢いを上に向ければ、斬り上げとなり四度目となる。
斬り上げた終点、刃が肉体から離れれば、幾分は自由が利き、これを下に向けて回し払ってみれば、斬り払い、
つまりは、
……五連撃、ご馳走様です!!!
五度の攻撃が入ることになる。
五連撃が入るとなると、そこそこのダメージになるはずだが、
目の前の龍からは、
……五連撃が入ったってのに、効果が薄い……!!!
ダメージが入っている様には見えない。
一応、装甲に傷が入っている事から多少ダメージがある様に思えるのだが……、
……でも、少しだけなんだよなぁ……。
少しだけなのに、果たして意味があるのか怪しい所ではある。
と、レイジはふと気が付く。
……だったら、重いの一発喰らわせればよくね?
まだ、練習も何もしてない、
試作の途中の段階ではあるが、
ここにある以上は使った方が良いだろう。
そう思い、
レイジは一度、左腕に視線を下ろす。
……フェンリルさん、頼めますか?
レイジの疑問に、盾に光が灯ったような気がする。
それを応えとして、
槍に沿えていた左手を離して、
龍に向ける。
……これ、一動作入れた方が良いかな?
ロボットアニメでは、一動作を入れなくても良いとは思わなくもないが、
一動作、無駄な動きを入れた方がカッコイイということがある。
であれば、
……折角あるんだし、一回やってみるか。
一度やってみたくなるというのも男の子というモノではなかろうか。
そう結論付け、
一回、左腕を引いてから、
『ターボォォォォォォォォォ……、パンチァァァァァァァァァァァ……、』
……、
『グレネェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェドォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオ!!!』
放つ。
正確な名前などはない。
ほぼ適当でそれっぽい感じで、言ってみた。
言ってみただけだが、
……あれ? 良くね?
何かしっくり来た気がする。
放たれた左腕は、そのままの軌道を描き、直進していく。
曲がることない。
しかし、変化することない、直進的な動きというモノは、
身体をずらせば避けられることができるというモノで、
事実、
龍は身体をずらすことで、
避けた。
一方、放たれた左腕は、戻ることなく、
そのままの状態で、
ただただ直進していく。
……フェンリルさん?
そう、
戻ることがない。
……フェンリルさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああん!!!!
そのまま直進して、
過ぎて去っていく左腕に、レイジは声を出しそうになるが、
今は、戦闘中だ。
それを理解しているからこそ、声は出ることはなかった。
だが、
左腕がないのは、痛い。
いや、
戦闘中に左腕が無くなることはよくあった。
それを考えれば、別に痛くも痒くもない、……と言いたくなってしまうが、
『……ま、やるっきゃないわな』
やるしかない以上は、
仕方がない。
であれば、
と思い、右腕を振う。
刃は二つ。
しかし、武器は一つ。
そして、腕も一つ。
そう考えて、レイジはふと思う。
……武器が一つ?
あれ、もう一つあったような……?
と下を見下ろしてみれば、
……あっ、あったわ。
もう一つある武器があり、
レイジの身体は、
巨龍に、
払われた。
レイジが飛ばされるのを視界に収めながら、先程から行っている様にライフルを構えて牽制を加えているのだが、『ミラー』は、マズさを感じていた。
その感情に対し、
『……マズいの?』
エルトが疑問を向けてくる。
……『ヌル』ちゃんが吹き飛ばされたんだ。目の前で色々してくる野郎がいねぇが、遠くからしつこく狙ってくる野郎がいる。となりゃ、あとはそいつを片付ければいいってな。
『そしたら……』
……で、残ってるのは、おいちゃんらしかいねぇ。となれば……。
すんと鼻を鳴らす。
何処か土の混じった煙のような……、
そんな匂いがする。
土煙が香るということは、
……やべ。
『……一応訊くけど……、……どうしたの?』
……あいつ、こっちに来るわ。
そう判断して、動きやすいように『ミラー』は狙撃銃を担ぐのと、
龍が予測通りに、こちらに向かって動き出すのは、ほぼ同時だった。
……同時かよ……!!!
走る。
分かっている。
こちらがいくら走ろうとも、
いくら速かろうとも、
相手の方が大きいのだ。
大きければ、自然的に歩幅も大きくなり、
歩幅が大きければ、自然に速度もあがる。
ということは、いくら速く走ろうが、
相手が大きければ大きいほど、
追いつかれるのは、
当然だと言える。
これがレイジであれば、意地があるとか何とか言って、
踏み止まって迎え撃とうとするのであろうが、
自分はレイジではない。
自分がやれることは、迎撃や遊撃ではなく、
掩護。
そう、援護をする事だけだ。
故に、
……『ヌル』ちゃんみてぇに鍛えてねぇんだけどなぁ……!!!!
『いや、それ言ったら私も同じだから言わないでくれるかなぁ……!!!!?』
……身体の動かし方とかの話だから、エルトちゃんは関係ねぇと思うんだけどなぁ……!!!!
『私の身体だから関係あるんじゃないかなぁ……!!!!?』
……今動かしてるのは、おいちゃんだからエルトちゃんは関係ねぇと思うんだけどなぁ……!!!!
『……そう言われたら関係ないのかな?』
……急に冷静になるのはやめてくれねぇかなぁ……!!!!
『ミラー』は後悔していた。
元々、身体を動かすのは苦手だ。
レイジや『ダガー付き』など、
それは運動系の二人がいるからとか、そんなことは関係なく、
身体を動かすのは苦手だ。
前に出て活動するのも苦手だ。
レイジや『ダガー付き』など、
あの二人と違って、自分は前には出れない。
そう、
自分は、あの二人とは違う。
あの二人は、頭がいいのか、それとも馬鹿なのか、それは分からないが、
直感的にどこがまずいのか、
すぐに察してそこに向かって助太刀することをしている。
一応、自分も何処が危ないのか、
何処が危険なのかは、匂いで分かるといえば分かる。
しかし、それはあくまでも自分に対してのもので、
全体的なものではない。
なので、レイジや『ダガー付き』の二人とは全然違う。
まぁ、匂いで判断して、動けば全体的にやれなくもない……と思うのだが、
しかし、
……おいちゃんはそういうやり方あんまりやってないんだよなぁ……っ!!!!
『それは君のやる気の問題じゃないかな?』
……仰る通りだけんども、もうちっと言い方ってもんをだなぁ……っ!!!!
後ろから龍が走ってくる音が聞こえる。
木もそこらにあるとはいえ、
……簡単に折れてるみたいだから、障害物にゃなってねぇんだよなぁ……っ!!!!
一応、走って距離を開けようと思っても、その内に距離が詰まるのは考えなくとも分かることだ。
そして、自分の力であの龍を倒すことは出来ないというのも考えなくとも理解できる。
狙撃銃を撃ったところで、弾かれるだけというのも分かる。
弾かれるだけの状態で撃ったところで、
また弾かれて終わるに違いない。
となれば、
……時間を稼ごうにも、稼げねぇし、ダメージもそんなに入らねぇからどうにも出来ねぇ……っ!!!!
今のように逃げる以外どうにもならないし、
どうにも出来ない。
一撃で……、とはいかないが、
せめて一撃大ダメージを与える位の火力があれば、またどうにか、
とは思わなくもない。
思わなくもないが、
……今のおいちゃんじゃ、難しいんだよなぁ……っ!!!!
クソッ、と思いながら走っていく『ミラー』の後方から、
『意地があんだろうが……っ!!!!』
……、
『男の子なんだからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ……っ!!!!!!!』
レイジが気合を入れる声が聞こえた。
『……お兄さん!?』
……『ヌル』ちゃん、相も変わらず……ってところか……っ!!!!
『それってどういう……』
……それはな。
エルトに伝えようとした直後、
レイジの、
『イエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェエイ!!!!
ウィィィィィィィィィィ、アァァァァァァァァァァァァァァァ、
オゥ、ディ、エス、
ティィィィィィィィィィィィ!!!!
イエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェエイ!!!』
という声が聞こえた。
『……えっ? えっ? お兄さん?
えっ? どういうこと?』
レイジの声に理解できないように、エルトが疑問する。
まぁ、それも当然かと思いながら、
『ミラー』は、
「『ヌル』ちゃんが特攻かけるってことよ!!!!」
エルトに聞こえる様に言いながら、肩に回した狙撃銃を手元に戻す。
そして、左に身体を回しながら、
背後にいるであろう巨龍に狙いを定める様に、構える。
すると、
レイジが龍に突貫していく姿が、見えた。
『イエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェエイ!!!!
ウィィィィィィィィィィ、アァァァァァァァァァァァァァァァ、
オゥ、ディ、エス、
ティィィィィィィィィィィィ!!!!
イエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェエイ!!!!!』
弾き飛ばされた時は一瞬あれこれまずくね? と思ったモノだが、気力を沸かせるようにしながら声を出し、レイジは、こちらに背を向けている龍に突貫する。
持っている武装は槍が一本と、
胸にあるVの字の装置、
その二つがある。
一つだけではない。
二つあるのだ。
であれば、
……まだ戦える。
まだ戦えるということであり、
まだ戦えるのであれば、
……まだやれる。
まだやれるということであって、
それはつまり、
……頑張れる、ってな!!!!!
ということだ。
だったら、
『やるっきゃねぇんだよなぁ、おい!!!!』
言い切ると同時に、足を大きく踏み込む。
巨龍はこちらに背を向けている。
ならば、
……一つ!!!
隙があるということであり、
そうであれば、
攻撃が出来るということだ。
それを証明するように、レイジは正面に突く。
最初の一撃が入るのであれば、
……二つ!!!
二撃目の上段への突きが入るということだ。
入った。
とすれば、
……三つ!!!
三撃目の下段への突きが入る。
そして、刃を返してみれば、
……四つ!!!
下段から上段への切り上げになる。
それが四撃目となれば、
最後に、
……五つ!!!
上段から下段へと払う形で槍を振るってみれば、
五撃目と変わる。
五連撃、
二連でも三連でもなく、
五回の連撃だ。
五回も連撃を受けるとなれば、
気にしないという選択肢は生まれず、
自然と気になってしまうモノだ。
巨龍が振り返る。
互いが正面を向き合っての形、
相対する。
吠える。
その背に向けて、だろうか。
『ミラー』が狙撃銃を撃った音と、
先程と同じく弾かれる音が聞こえた。
その音に巨龍が反応しようと見えるが、
こちらから目を逸らすまいとしているのも事実だ。
現に、
巨龍からしてみれば、
『ミラー』を脅威だと思っている事よりも、
レイジを脅威だと思っている方が大きいのだろう。
まぁ、
……この前の時にあともう少しってとこまで追い詰められたからな……。
そう考えれば、『ミラー』よりレイジを脅威だと思うのは当たり前だと思わなくもない。
であれば、
……ここで俺がこいつを向かせて喰いますよっと。
元より、この龍はレイジの相手だ。
最初負けて逃がした相手がこうして来たのであれば、
出会った以上は、
倒す以上他ない。
だったら、
『てめぇは俺が……、』
あぁ……、
『ぶっ倒す……っ!!!!!』
向こうにいた頃にも同じことを言った気がしなくもない。
あの時は、
どういった場面だったか……。
この巨龍のような相手はいなかったはずだ。
となれば、人間か、
或いは、
と思ったところで、
巨龍が咆哮し、
こちらに向かって走り出す。
駆ける。
その動きに対し、レイジは、
その場を動かず、
ただ、ただ右手に握った槍を放り投げ、
両の腕、もちろん、左腕は肘から上がないわけだが、
それらを上に上げてから、
『ブレイズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウ……、』
……、
『ファイヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアア!!!!!』
咆哮するとともに、両腕を下ろし、胸を開く。
瞬間、
胸部のVの字から熱線が打ち出された。
レイジが何かしでかすぞと感じ取って、一応立ち位置を変えたわけだが、『ミラー』は、咆哮と共に打ち出された熱線の威力に言葉を失っていた。
威力は高い。
一応、『鬼神』を真似て作ったのだから、威力は高く、
切り札の一つとして使えるのではないかと、思ったには思った。
だが、
『……いや、お兄さん。流石にこれは……』
打ち出した熱線の線上にあった木々、
それと地面を抉り取るようにごっそりと、
掘られている。
しかも、
その箇所には熱が冷めていないように、
……真っ赤だな……。
紅い。
よくよく目を凝らしてみれば、水蒸気、
いや、
蒸気に似た薄い煙が立ち昇っているようにも見えなくはない。
その光景を見て言えることはただ一つ。
……『ヌル』ちゃん、おいちゃんが知らねぇうちに何してたんだよ……。
それだけだ。
あのまま後ろにいれば、
自分が溶けていた可能性もある。
自分の直感はまだまだ死んではいないんだなぁ、と思いながら、
巨龍の方を見る。
すると、
『……嘘……。お兄さんの、あの攻撃を受けても無事なの……?』
まだ健在の巨龍の姿があった。
一瞬、エルトの言葉通りにも見えなくもない様な気がするが……、
……いや? よく見な、エルトちゃん。いくらあの龍でも『ヌル』ちゃんの攻撃は予想できなかったみたいだぜ?
ごく一部ではあるが、赤く熱を持っている部分がある。
そこもほんの少しだけ削れているようにも思える。
となれば、
……『ヌル』ちゃんの攻撃にビビッて慌てて避けた……ってところだな。
そう推理した方が正しい様な気がする。
その一方で、
『……あれ、お兄さんは?』
……『ヌル』ちゃん? 多分、あの龍の前に……。
いた。
胸を広げた状態で、
停まっている。
止まっているのではない、
停まっているのだ。
その様子を見て、
『ミラー』は理解する。
……もしかして、今のでエネルギー全部使っちまったのか……!!?
『マズかったりする?』
……エネルギーがなければ、動けねぇからな!!!!
少し投げやり気味になりながら、応えながら、
『ミラー』は狙撃銃を構え、
撃つ。
今の『ミラー』自身に出来ることは、動けないレイジに向いている意識を少しでも他所に向けることだけだ。
こちらに向いてしまえば、自分に出来ることは先程と同じく、
逃げることしか出来ないのだが。
しかし、
……やらないよりかは、やってた方がいいってな!!!!
出来るだけでしかないが、
やれる限りはやった方が良い。
それが単なる自己満足だとしても。
それでも、『ミラー』の攻撃があまり効果がないためか、
あまり気にした様子はなく、
そのままレイジの方へと向かって行く。
効果がない、意味がない、
それだけは『ミラー』にも分かる。
それでも、
『ミラー』は弾丸を錬成し、装填する。
狙いを付けると、
撃った。
だが、
……クソッ、また弾かれるとか……っ!!!!
弾かれるのはもう既に分かり切っていることだとしても、
効果があっても良いのではないか、と思うのは勝手だろうか。
いや、
勝手だろう。
自分勝手ではある。
それでも、
……だとしても、ってな!!!!!
もう一度、弾丸を錬成し、装填する。
そして、狙いを付けた時、
巨龍がレイジに届いた。
届いてしまった。
その事の証明に、
首を下ろし、レイジの頭、
頭部に齧り付くと、
噛み砕いてみせた。
『お兄さんが……っ!!!!』
その行動にエルトは絶望したような声を出す。
しかし、『ミラー』は、
……メインカメラがやられただけだ!!!! 心配すんな、『ヌル』ちゃんがやられたわけじゃねぇ!!!!!
エルトの声に反応しながら、
巨龍に対し、撃った。
たとえ、頭部が噛み砕かれようとも、
たとえ、レイジがエネルギー切れで起動できない状態にあったとしても、
『ミラー』は、
……死ぬか。
あぁ、
……死んでたまるか!!!!
錬成。
……『ヌル』ちゃんとこうしてまた会えたんだ!!!! 会えた以上はおいちゃんだって頑張りてぇんだ!!!!
装填。
……まだ何もしてねぇのに、死んでたまるかってんだ!!!!!
狙いを付けて、
撃つ。
撃ったところで、弾かれるのは分かる。
分かり切っている。
今の自分の手持ちには貫通できるほどの高火力のものや、
高威力のものはない。
どうせ弾かれて終わるのだ。
もう何度も撃っていれば、その方程式が理解できる。
その方程式が変わることなどないことも。
だが、
いや、
だからこそ、思うのだ。
……だとしても、ってな!!!!!
と、
もう何度目か分からない錬成をしていると、
『……あれ?』
エルトがふと疑問を上げる声が聞こえる。
装填しながら、その疑問に『ミラー』は疑問を上げる。
……どうした、エルトちゃん!?
構えて、狙いを付けようとして、
……あの龍は何処に行きやがった?
エルトの疑問に、今度は『ミラー』が同じ疑問をぶつけることとなった。
と、疑問をぶつけてみたところで、
『分からないから、訊いてるんだけど』
分からないということしか、分からないのであった。
最後の最後でようやく制御が効いたので、適当に操縦桿を弄ってあの場を離れたのはいいもののアレで果たして良かったのか思いながら、巨龍を操る操縦士は、ため息を吐いた。
「帝国もこんな使いにくいヤツに人載せて操ろうだなんてよく考えつくな、って思ったもんだけど」
だけど、
「王国も王国で、よくあんな鉄人形を作ろうだなんて思ったわね」
ほんと、
「バカじゃないのかしら……」
それを相手にほとんど制御が出来ないもので戦っていたのだから、自分もバカか、と思いながら、
彼女は思う。
あの鉄人形との戦いで、巨龍の得た損傷は大きい。
一応、修理は出来るといえば出来るが、
手持ちの道具で出来るかと訊かれると、
……完全に修理となると、無理よね。
現状では、どう考えようにも道具がない。
その上、人手も自分一人のみで、
完全修理は無理だ。
「ってなると、応急修理が関の山って感じかぁ……」
関の山ってこんな感じで良かったっけ? と思いながら、
彼女はため息を吐く。
……帝国には戻ろうにも戻れないし、王国は王国で警戒してるからなぁ……。
どうしたらいいのかなぁ、と悩んでしまうのだった。