第二話 鉄の、その名の由来
闇の中を走る白色が一つあり、その白色を例えるとすれば、騎士が身に着ける鎧でもあり、魂無き鎧が人世を彷徨う亡霊の様にも思える程のものだった。
その二つは、ものの見事に言い当てている様で、
しかし、何一つ当たってはいなかった。
何故なら、亡霊であれば足は動いていないはずであり、単なる鎧であればそれほど早い動きは出来ないはずだからだ。
だとすればなんだというのか、そう訊かれれば答えは一つしかない。
それは、
一人の人間だということだ。
『しかし、この身体は使いにくったりゃありゃしねぇな。
背中の加速噴射機からはガスは一斉出ないわ、
外付けのおまけもどうガスを出せばいいのか分からないわ、
なんか軽い気がするわで、もう使いにくすぎだろ。』
おかげ様で移動手段がこうして足使うしかないってどういうことだよ、いや、ほんと……。
言外で呟く様に、彼は、
レイジは夜から朝へと変わりゆく空を見ながら、駆けていた。
そうなのだ、
背中にある加速用に取り付けてあるはずのブースターをどう使えば加速できるのか、そして、『疾風』に外見が似ているこの身体、『シュツルム・アインス』の腰部左右に取り付けられている外付けブースター、そこからガスを噴射することが出来ないのだ。
それが出来ないということは、ブースターを使用しない移動方法、
つまり、
徒歩しか移動手段がない、ということである。
最初はロボットに魂を埋め込まれるとか、何それロマン……ッ!!!、
と心が滾ったものだったが、実際の欠陥を身体に刻んでしまうとその滾りは萎えてしまうのだった。
そうした問題点もレイジの気持ちが落ち込む理由の一つであったのだが、
『にしても、あの龍……、あの野郎、あとちょっとで倒せたのに、どっかに逃げやがったし』
せめて、
『せめて、あと少しいて俺がトドメ刺せてたら、今頃は報奨金とか貰って親父殿がウハウハになって修理してるってのに』
なんだかなぁ……。
と虚しく思いながら、レイジは誰も見掛けない遊歩道を駆けていく。
そうなのだ。
巨龍との戦いで、レイジが前に宿っていた身体、『シュバルツ・アイゼン』は大破した。
その身体は戦う以前の姿はなく、
左腕と頭部を失い、まだ残っていた右腕も小破ないしは中破、無事だと思われていた両脚部も大破というモノであり、もはや残骸としか表現できない状態になっていた。
そんな状態にも関わらず、何故中にいたレイジが無事かというと、
「たぶん、その機体に対する概念が違うから、じゃないかな?」
とミハエルは言っていた。
それはつまりどういうことかというと、レイジの世界では機体の頭部を破壊しただけではその機体の命は終わるわけではなく、その機体に乗る操縦者、つまりはパイロットをどうにかしない限りはその機体は死んだわけではないのだ。
この場合、『シュバルツ・アイゼン』の操縦者はレイジの魂と考えられる。
その為、機体が大破したとしても、魂が砕かれない限りは、レイジという存在そのものは生きている、ということになるらしい。
まぁ、人という概念を捨て、機体に埋め込まれてしまった以上は、こうして断言することは出来ずに、憶測で語るしかないのだが。
そうした事情もあって、今、レイジは『シュバルツ・アイゼン』から離されて、
この身体、『シュツルム・アインス』に魂を宿し動かしているのだ。
実際には、『シュバルツ・アイゼン』の修理をしようにも、レイジがいると、作業の邪魔にしかならないという、たったそれだけの理由でしかないのだが。
そんなわけで、身体の慣らしも含めて、レイジは走っているわけだが。
ふと、レイジの耳に誰かがすすり泣く様な声が聞こえる。
それを不審に思ったレイジは、走っているにも関わらずに、足を止めて周囲を見渡す。
すると、少し離れた場所で、誰かを埋葬している複数人の様子が見えた。
その様子を見てレイジは、
『……あぁ、この間の、か』
レイジたちが到着する前に、あの巨龍と交戦していた騎士だろう。
終盤、あの龍になんとか傷を負わせることは出来たが、それよりも前は傷を付けることが出来なかったのだ。
そして、レイジが参加するよりも前、それよりも前にも関わらず巨龍には傷が見られなかった。
あの龍はほぼ無傷、それに対し騎士団、一個小隊は、三十人前後の部隊員を十人前後減らした。
となれば、善戦はしたと考えるべきだろう。
三十人という数で十人弱となれば、一割ないしは三割の損耗になる。
とすれば、壊滅は避けることが出来たと、そう考えられるだろう。
ただ、壊滅は避けられたと言っても、あくまでも死ななかっただけ、だ。
命はまだあるとしても、騎士としての生命は終わったと考えるべきだろう。
『騎士団の一個小隊の全滅。
……いやはや、一個小隊でよく持ったというべきか、よく持たせたというべきか。』
分からんねぇな……。
と呟くレイジの目に、その場に合わないモノが映る。
それは、杯や食器、といった何処かで食事に行くからついでに持って行く、そんな様子で棺の中に食器が納められていく光景だった。
『……? なんで食器類を棺の中に入れるんだ? 中にいるのはもう命尽きてる野郎だってのに』
異世界の文化ってのは分からないなぁ……。
内心で首を捻りながら、レイジは再び足を動かし、闇夜の道を駆けていく。
「う~ん……、しかし、どう直したモノかなぁ……」
「無難に損傷が激しい箇所から直されては?」
「それを言ったら全部だよ?」
「まぁ……、そうですよね」
「出来れば、もう少し手加減というか、限度をというか……、
分からないかなぁ……」
日が昇り始め、暗い空が徐々に明るくなり始めたのとは反対に、暗さが際立つ室内で、
ミハエルとシュバリエの二人は、目の前の台に置かれた残骸、
もとい、大破した『シュバルツ・アイゼン』を眺めそんなことを話していた。
この状態を見れば、誰もが起動できるわけがないと思うだろうが、
しかし、この機体は、
いや、
この身体は、つい数時間前までは動いていたのだ。
そして今、この身体の持ち主は、別の身体に乗り移っている。
乗り移っている今だからこそ、早急な手直し、
もとい応急修理は必要なのだが、
しかし、ほぼ全壊に近い身体を見て何処から手を付けようか、そこを見極めるのは非常に難しいと言えるだろう。
現に、
辛うじて無事だと言えるのはまだ形が残っている右腕だけで、頭部はおろか左腕もないのだ。
両足は残ってはいるが、戦闘が出来る程ではないのは詳しく検査しなくても分かるというモノだ。
騎士団の一個小隊が生き残っただけでも奇跡としか言いようがないにも関わらず、彼は全壊してもおかしくない状態で戦い生きていたという。
ミハエル個人としては、なぜ生きているのか、そこが非常に気になるところではある。
だがしかし、現状はそれを良しとはしないだろう。
何故なら、
「こんな状態で戦ってその龍は飛ぶ元気があるんだ。いやはや、龍の強さというモノは興味深いね」
「と仰られますと、あの龍との戦いで未だに生きておられるレイジさんはどの様に例えますので?」
「普通に化け物じゃないかな?」
ほぅ?と訊いてくるシュバリエに対し、
例えば、とミハエルは言葉を続ける。
「例えば、普通の騎士連中、一個小隊の三十人が普通にやられる位の強さがあって、普通に増援が必要だと判断できる強さの龍を、たった一人で、」
ああ、
「ああ、たった一人で相手にして龍を退かせることが出来るのを化け物以外にどう例えるのか、」
つまりは、
「つまりは、そういうことだよ」
そう言ったミハエルの言葉を聞いて、
シュバリエは成る程、と呟きながら首肯をし、誰もいなかった横を見る。
「と、ミハエルさんは仰っておりますが?」
と口にしたシュバリエに対し、
『……あのな、親父殿。
俺を化け物呼ばわりするのは、少し気に入らんが妥協はしてやる』
そこには、
先程まで外にいたはずのレイジがいた。
けどな? と続けて言う。
『この身体に無理やりねじ込んでみせたのは親父殿だぜ?
俺が化け物だとすれば、あんたはそれ以上のなにか、ってことになる』
だけど、
『だけど、そりゃあんたには良くないことだろうし、俺にとっても良くないことだ』
となると、
『となると、お互いに「win-win」の関係、言うなれば「持ちつ持たれず」って関係でいようぜ、なぁ?』
とレイジが言った言葉に対し、
ミハエルはため息を吐く。
「とは言っても、ここまで壊してもいいって話にはならないと思うんだけどねぇ」
『あの場で縫い留めとくには誰かが踏ん張らないといかないだろう?そして、あの場には俺位しかいなかった。
となれば、多少の無理とか無茶は道理を吹き飛ばしてでも通さなきゃいけない』
つまりは、
『つまりは、そういうものだろう?』
なぁ? と言外で確かめる様に言うレイジに、ミハエルは肩を竦ませる。
そして、ふと思い出したかのように、
あるいは話を逸らす様に、ミハエルはレイジに訊いた。
「それで、なんだけど。どうだった、レイジ? 使いやすかったか?」
使いやすかったと答えるであろうと予想するミハエルだったが、返ってきたのは逆の言葉だった。
それは、
『あ? ……使いにくいに決まってるだろ。何言ってんだ、あんた』
「そうだろう、そうだろう。それは確かに使いにく……、えっ?」
耳を疑ったのか、確かめる様に訊いてくるミハエルに、
レイジは冷静に言葉を向ける。
『溜めは出来ねぇ、ブースターは吹かねぇ、身体を守るための盾もねぇ。
挙句の果てには遠距離ないしは中距離……いや、近距離用の射撃武器もねぇ。
そんな状態なのに誰が使いやすかったって答える? 使いにくいとしか答えられねぇじゃねぇか』
それとな、と更にレイジは続ける。
『反応速度が遅すぎる。戦闘中は無理やりどうにか出来るが、普通に動かす分には遅すぎる。
せめて、もう少し早ければ文句はないんだが……、』
どうにかならないか、とミハエルを見ながら、
レイジは言外で訴える。
「レスポンス……? えっ、それが遅いとはどういう……?」
どういうことか、そう訊いてくるミハエルの目の前に、
レイジは何も言わずに、しっかりと握られた拳を出す。
差し出された拳は、
ゆっくりと、
だがしっかりと、徐々に開いていき、
そして、完全に開かれた。
それを見せてからレイジは言葉を伝えた。
『頭が手を開けと身体に命令して開くまでこんだけ時間が掛かる。
あんたら人間の身体でも時間が掛からねぇってのに、だ』
分かるか?と言外に伝えるレイジに対し、
ミハエルは唸った。
「う~む……。その問題は気付かなかったな……。
普通に使えるから余計に、と言えるだろうけど……。
でも、あまり動かすのに時間が掛かるとなると、
それに身体が慣れてしまう可能性も無くはないか……」
『そうだな。幸い、俺はこの身体に入ってまだそんなに時間も経ってないから、慣れてはいないとは思うんだ』
だが、
『そうなると、余計に早いとこどうにか対処してくれねぇと慣れちまう』
「分かった。そういうことなら、出来る限り急いで対処しよう」
と言ったミハエルであったが、
すぐにうむむ、と、唸り出す。
「しかし、そうなると、『シュバルツ・アイゼン』、」
いや、
「こっちの修理が遅くなるけど、それでもいいかな?」
『あの龍の野郎を倒せてたら、別に遅くなってもいいと言ってもいいんだが……。
あの野郎、倒せてないからなぁ……』
「倒せていない?」
そうなのかい?と、言外に出しながらあの時現場にいたもう一人の人物、シュバリエの顔をミハエルは見る。
その問いに、彼女は首肯することで応える。
「そうですね。レイジさんの手でだいぶ痛手には出来たかと思います」
ですが、
「トドメを刺す前にレイジさんを吹き飛ばして逃げましたから」
倒せてはないでしょうね、
シュバリエはそう付け足して、ミハエルを見る。
「となると……、だ」
『……もう一回、来るだろうな』
推察を出そうとしたミハエルの言葉に、
レイジは出されるであろう予測を言った。
『自分を死の間際まで追い込んだ野郎がいる。だが、』
だが、
『そいつは身体の大半を失ってる。となれば、今度はそいつの介入はないだろう。だったら、』
だったら、
『今度こそ生意気な人間どもに痛い目を見せつけられる……』
とまぁ、
『普通はこう考えるだろうな。強い奴がいないなら余計に、ってな』
レイジの言葉を聞いて、ミハエルは思考する。
「そうなると、修理は早急に、早く終わらせた方がいいかな?」
『……出来れば。
「シュツルム・アインス」でも戦えないことはないんだが、出来れば、「シュバルツ・アイゼン」が戦いやすい』
「そうかい?」
『槍が使えるんなら……、な』
そう言うと、レイジはため息を吐いて言葉を続ける。
いいか?と言葉の頭に付けるのも忘れずに。
『いいか? 「シュツルム・アインス」は長距離移動と高機動戦に優れてるし、
武器を使って格闘戦に持ち込むより銃を撃ちまくって近距離に入ったら、
適度に蹴り飛ばした方がやりやすいんだ』
とは言っても、
『「シュツルム・アインス」の元が向こうで言うとこの「疾風」なら、って話だが』
「成る程。……でも、それはそれで問題があるんだね?」
『ああ。……そこでさっき言ったブースターが使えないって話になるんだが。
ブースターが使えないとなると、遠距離からドンパチして、近距離になったら適度に蹴り飛ばすことも出来ない。
それはそれで、戦おうにも戦いにくくてありゃしない。
「シュツルム・アインス」で戦うなら背中のランドセル、』
いや、
『ブースターの方から手を付けてもらわないと、どうにもならんってわけだ』
「でも、そうなると直すのに時間が……」
『いや、今はいい』
レイジの言葉に、
ミハエルは再び思考しようとしたが、レイジはそれを遮る様にそう言った。
その言葉に、シュバリエが疑問をぶつけた。
「どうしてです?」
『言ったろ。改良なりする前に、まずは「シュバルツ・アイゼン」を直してもらうのが先だ。
直してもらうついでに改良なり手を加えるなり、と。
そう考えれば「シュツルム・アインス」よりそっちを先にやってもらって方がいい』
「直すついでに……? えっ、直すだけじゃないのかい?」
直すだけでいいのでは?、そう思っていたであろうミハエルの疑問に、レイジは言葉を返す。
『出来たらな。
……ああ、そうだ。親父殿、一つ訊いてもいいか?』
「何をかな?」
『「シュバルツ・アイゼン」、そいつの元は「撃雷」だって言ったよな?』
「あぁ、言ったとも」
さも当然だというミハエルに、レイジは再びため息を吐きながら言う。
『戦ってるときに気が付いたんだが。
……「内部炸裂式追加装甲」、付けないで見たまんまの形で作ってるよな?』
「……、えっ? ……ウェラブル……?」
レイジの疑問を聞いて、ミハエルは何のことか理解できない様に呟き、レイジは思わず頭に手を置いてしまった。
『やっぱりかよ……っ。「内部炸裂式追加装甲」あってこその「撃雷」なのに、それがないとか……っ。
マジか……。……マジなのか……』
「えっと、レイジさん。少し訊いてもよろしいでしょうか」
二人の会話に付いてこられずに、その場に置いてきぼりになりつつあったシュバリエは、ふと感じた疑問をぶつけてみることにした。
「その……、えっと……、
ウェブラル……、」
『「内部炸裂式追加装甲」』
「そうです。その、ウェブラル・アーマーとは何なのでしょうか?
何分、そちらの方には疎いものでして」
ハハハ、と乾いた笑いをしながら、
そう疑問するシュバリエに、
まぁ、畑が違えば知らないよなと、
そう思うことにしてレイジは応える。
『簡単に言うと、外側に纏う鎧……を細分化……、
細かい部分を補助出来るようにしたもの……、かな』
「細分化した……、鎧でしょうか?」
『いや、取り付け可能の装甲……、あ~……、腰とかに剣の鞘とかぶら下げるだろ?
それを小さくして服に取り付けられるようにして持ち運べるようにした小さい板、って言ったら分かるか?』
そう言ったレイジの言葉に、シュバリエは納得したような、納得できなかったのか、曖昧な反応をする。
そこには理由があり、
「えっと……、何故そんな板が大事なのでしょうか?」
そこが分からなかったらしい。
誰もがそう思うだろう、小さい板を取り付けたところで何の役にも立たないと。
だが、レイジはその疑問に余裕をもって答える。
『まぁ、板って言ってもそれなりには厚さはあるし、そう簡単には砕けないもんだけどな』
ただ、
『こいつが面白いところはそこじゃなくてだな? 外部から衝撃を受けたら内側から外側に向かって爆発する、』
言ってみれば、
『外側に向かって炸裂するってことなんだ』
「外側に向かって……?」
レイジの言葉を聞いて、そう呟くシュバリエに、
分かったみたいだな、と思いながら、レイジは言葉を続ける。
『そうだ、衝撃を受けた外側に向かって爆発するのさ。それも内側じゃなく、な』
つまり、
『受けた衝撃を内部から装甲を爆発させ炸裂させることで損傷を減らそう、と、』
そう、
『そう考えて作られたのが「内部炸裂式追加装甲」ってなわけだ』
分かったか?と言外に問いかけるレイジに、
今度は理解できたという様にシュバリエは頷いてみせる。
と理解が出来た様なので話を戻す様に視線を戻す。
『で、話は戻るわけだが。……、親父殿。あんた、確か見よう見真似で作ったとか言ったよな?』
「えっ? えっ~……、と……」
『……言ってたよな?』
「あっはい。言いました」
レイジが追及するように、繰り返し訊くことに、
観念した様にミハエルは白旗を上げ、素直に答える。
そう答えた彼に対し、レイジはただ、さも当然といった具合で、こう要求した。
『今度は「シュバルツ・アイゼン」に、「内部炸裂式追加装甲」を取り付けてくれねぇか。
……あぁ、試作品でもいい。純正の完成品を取り付けてくれなくても構わないから。取り敢えず、試作品でいいから。頼むぜ、親父殿』
彼の要求に、
ミハエルはすぐには頷かずに、渋る様に唸った。
「うむむ……。試作品か……、
しかし、また来るとなれば試作品を作る時間があるかどうか……」
その言葉に、
レイジはあと一押しでいけそうだなと思い、
追加をする様に続ける。
『その試作品を作るのに、実験が必要なら俺がやるから!!
頼むぜ、親父殿!!
今度あの野郎がやって来た時に騎士団の連中もみんなやられちまうぜ!!』
「……全員……?」
レイジの言葉に、ミハエルが反応した。
その反応を見逃すレイジではなかった。
『ああ、全員だ!! でも、次来るまでに出来れば、どうにか、』
いや、
『なんとかなるはずだ!!』
だから、
『だから、頼むぜ、親父殿!!!』
頭を下げながら、頼み込むレイジの言葉に、
渋々ながらもという様子で、ミハエルは頷く。
そして、確かめる様に訊くのだった。
「それがあれば、どうにかなるんだね?」
どうにかなるのか、そう訊かれれば、分からないと答えてしまいそうになる、
そんな気持ちを抑えながら、レイジは答える。
『ああ。どうかしてみせる』
どうにかなるではなく、
どうにかするでもなく、
どうにかしてみせる、
自身を持ってレイジはそう答えたことに、ミハエルは不意に微笑んだ。
「だったら、頑張らないとね」
それがあったら、どうにかしてみせる、
そう答えた彼がどれほどの自信があってそう答えたのか、ミハエルには分からない。
だが、
だが、一つだけ、
一つだけ言えることがあるとすれば。
それは、
「そうだな。しない後悔よりしてみて後悔した方がいいよな」
しない後悔よりも、実際にしてみてから後悔する。
そうだ、
何もしなければ、生まれるのはただの悔いだけではあるが、
何かした後に生まれる悔いであれば、どこがどう間違って、どこをどう改善すればいいのか、
それが判明するというモノだ。
その事が分かっているからだろう、レイジは顔を上げると、
ミハエルの言葉を聞いて嬉しく思ったのか、嬉しそうに応えた。
『そうか、やってくれるか、親父殿っ!!!』
「無論だ。」
まぁ、
「私は君の親でもないし、君は私の息子でもない」
だが、
「だが、君の身体を作ったのは私だ」
であれば、
「であれば、君の頼みを聞いて、その願いを叶えるのが親の役目というもの」
そうだろう?、と
言外に伝えながら、
ウインクをする様に片目を閉じて、
レイジを見る彼に、
レイジは力強く頷いた。
『だったら、俺の想いに応えてくれたあんたに、』
ああ、
『親父殿に応えないとなっ!!』
男同士のそのやり取りを、
シュバリエは蚊帳の外で見ていた。
「レイジさん、少しお時間宜しいでしょうか?」
『……あっ? って、あんたか。どうした?』
それからすぐに作業に入ったミハエルの邪魔にならない様に、外に出たレイジであったが、背後から呼び止める声に振り返る。
そこには、先程まで中にいたシュバリエがいた。
「えっと。昨日、確か貴方様の呼び方について申されていたことを、ふと疑問に思いまして。えっと、確か『ヌル・グレート』……、でしたか?」
『ああ、言ったな。……それが?』
それがどうしたのか、
そう訊くレイジに対し、シュバリエは繰り返し質問をする。
「何故、自分の名でなく、その名前を呼ぶようにと。そう仰られたので?」
『……説明しないとダメか、それ?』
「出来れば」
出来れば、
そう答えた彼女に、レイジは肩を竦める。
『別に大したことじゃない。単に自分が「0G」って決めた名前で色々やってたら、そう呼ばれるようになった……、』
いや、
『そう呼んだヤツがいて、俺が気に入ってるんだよ』
まぁ、
『まぁ、そういう理由だな』
「『0G』……? それはどうして、です?」
何故そう決めて、
そう名乗るのか、それが理解できずにシュバリエは訊く。
その彼女の質問に、レイジは笑う様に、応える。
『なに、単に向こうの方じゃ、自分の名前を語って外でぶらついてたらすぐに身元がバレる』
だから、
『だから、本当の名前、本名じゃない名前を語らないといけねぇって話なんだがな?』
まぁ、
『「0G」って名前にしたのも理由があってな』
「それは、なんです?」
どういった理由なのか、それを聞くように訊いてくる彼女に、
レイジは再び肩を竦めながら、応える。
『なに。「0G」、そのまんまの意味で読み方は「ゼロ・ゴールド」。
言ってみれば「無価値」って意味で付けて名乗ってたんだけどな?』
いや、
『向こうでまだ生きてた頃は、俺にも夢はあったさ。
ちゃんとした夢がな。人を守りたいとか、そういうの』
でもな?
『でも、それを叶えるためにはちょいとした制度? っていうのかな。そういうものがあってな?』
「制度?」
制度という言葉に疑問を感じたのだろう、その言葉を訊いてくる彼女の言葉を、レイジは敢えて無視する。
『その制度ってのが面倒でな。
……んで、その制度に引っ掛かって夢を叶えられませんでした~、って話なんだわな、これが』
だから、
『だから、価値がない、「無価値」ってわけだな』
「『ゼロ・ゴールド』……」
無価値だと言う彼の言葉に、
シュバリエは暗い影を落としそうになるが、そこで思い出す。
「それがどうして『ヌル・グレート』、と。そうなったのですか?」
『なに。独りでうろうろしてた時に声を掛けてきた野郎が居たのさ』
そう、
『「ヌルさん」ってな』
いや、
『そう呼ばれた時には誰のこと呼んできたか全然分からなかったね。なんせ、当の本人は「無価値」だと決めてるわけだから』
だから、
『そのままどっかに行こうとしてたら、そいつが「何処に行くんですか、ヌルさん」って俺の方に寄って来たんだよ』
「貴方はその人にどう言ったのですか?」
『いや、なに。「俺の名前は『ヌル』とか呼ばないし、そう呼ぶヤツは知らない。
それにあんたのことも知らない」って答えたさ』
そしたら、
『「それじゃ、なんて言うんですか?」って、そう訊いてくるもんだから、
「『ゼロ・ゴールド』だ。分かったな?」って答えたら、そいつなんて言ったと思う?』
レイジの質問に、シュバリエはしばらく黙考し、
「……いいえ、分かりません。……何と答えたのですか?」
白旗を上げて降参した。
その反応に、
まぁ、そうだわな、
と思いながら、レイジは答える。
『「『ゼロ・ゴールド』って……、
いやいや、無価値ってそんなわけないじゃないですか!! それこそあり得ませんよ!!」って答えやがったんだ』
だから、
『だから、言ってやったんだ。「じゃあ、なんで『ヌル』なんだよ?」ってな』
そしたら、
『そしたら、「だって『0』って言ったら普通は『ゼロ』だから『ゼロ・ゴールド』、
つまりは『無価値』ってことになるでしょ?
でも、自分に『無価値』って付けるのはおかしいよな、と思いましてね? そうなると、『ゼロ』じゃない呼び方は……、って思って調べたら『ヌル』って呼び方があるじゃないですか。
となると、『0』の方は、『ヌル』になるよな、と。そう思いまして」、って言いやがったんだよ』
「そう答えられて、貴方はどう返したので?」
『いやなに。何も言えなかったね。ああ、そういう風に思うやつもいるのかってな』
だってよ、
『「自分の名前に『無価値』って付けるのはおかしいよな、」って言ったんだぜ?』
それってつまり、
『自分に価値がねぇって思ってる野郎はいない、って思ってるわけだろ?
……いやぁ、あの時の言葉は目から鱗が落ちたね。
戦えないから、守る権利もないから「無価値」だとは思うな。
「無価値」以上の価値はお前にはあるんだ、って。いやぁ、あいつの言葉には救われたね』
「では、『グレート』は何処から……?」
『なに、それもそいつが言ったのさ。
「あっ、でも、そうなると、『G』の方は『ゴールド』とかそういうのじゃない奴ですよね!?
ってことは、『グレート』……、『ヌル・グレート』さんってことですよね!!!」、ってな』
だから、
『俺はそう名乗る様にしてるのさ。「0G」じゃねぇ名前、「0G」ってな』
「成る程……、そういった理由があったのですね……」
だから、そう言っていたのかと、
シュバリエは理解できた。
自身が付けた名前でもなく、自身の親が付けた名前でもない、他人が付けた名前、
『価値がある名前』と、
そう呼ぶようにしてくれと、言っていた理由が。
……となると、レイジさんと呼ばない方がいいかしら。
シュバリエは失礼なことをしていたのではないか、その時になってようやく自身の失態を悔いていた。
なにせレイジは、片腕と頭部を失った上で、あの龍に退くことなく、
前に、
ただ前に進んでいたのだ。
そんな人物が、呼ぶようにしてくれと、そう希望していたにも関わらず、そう呼ばなかった。
となれば、
これは大変失礼なことをしていたのではないか、そう思うことは当然だとも言えたのだが、レイジは彼女がそんなことを激しく後悔し、どうしたものかと悩んでいるとはつい知らず、
……しかし、あの龍の野郎、どうしたものかな。親父殿には一応頼んどいたが、それでも間に合うかどうか厳しいだろうしな。
どう倒すべきか、
そのことを考えていたのだった。