第二十八話 鬼神、起動
取り敢えずの改良を加えて取り敢えずの装備が加えられたことで取り敢えずの問題点を出してみようということで、取り敢えずの形ということで取り敢えず改良された元の身体に戻ることになったわけだが、『ミラー』は、一方で撃鉄を加える作業をしていた。
『……君は、お兄さんの方を見てなくていいの?』
……『ヌル』ちゃんが戻ったら、戻ったですぐ戦闘に入るだろうから、先に準備しておかないといけないだろ?
『それはそうかもしれないけどさ……』
……それに、『ヌル』ちゃんがイケるって思ったらイケるんじゃね? 問題点を出さなきゃいけないってのも間違ってないわけだし。
まぁ、と一息を付ける様に、一瞬後ろを見る。
……『ヌル』ちゃんが頑張ろうと、力一杯気合入れてやろうとしてんだ。おいちゃんも頑張らねぇといけないっしょ?
『そうなると、戦う手段増やした方がいいって君は考えてるわけだ』
……やる時にやれないとなったら、『ヌル』ちゃん、困るからねぇ……。
『お兄さんの場合は、それでもやる時はやると思うけど』
……だからさ。ただでさえ『ヌル』ちゃんは無理してんのに無理してないふりして無理に突っ込もうとする悪い癖がありやがる。それだったら、『ヌル』ちゃんが無理しないようにおいちゃんがやるしかないっしょ?
『……君がやらなきゃいけないのは変だと思うけど?』
……って言われてもなぁ。おいちゃんがいる以上はやらんといけないっしょ?
まぁ、
……この身体はエルトちゃんのだから、あんまり傷物にしないように気を付けはするけどさ。
『まぁ、お兄さんの力になれたら、……私も嬉しいけど』
そう言葉を向けてくるエルトに、
『ミラー』は違和感を覚えた。
レイジと『ミラー』はもう既に何年……、何か月もの付き合いがあるから『ミラー』がレイジの力になりたいというのは分からなくもないが、
エルトとレイジは、まだ数日の付き合いでしかない。
そんな短さで、力になれたら……、というのはおかしいのではないか。
と思ったが、『ミラー』的には、
この身体はエルト自身のもので、
『ミラー』がレイジと一緒にいたいと思っていてもエルトが離れると言ってしまえば、
そこで途切れる運命にある。
エルトがいると言うか、移動すると言うか、
そのどちらかを選ぶのは、エルトにあって、『ミラー』にはない。
ただ、エルトがそう言ってくれるのは『ミラー』にとっては非常に嬉しいことで、
……エルトちゃんがそう言てくれるのは、おいちゃんにゃ嬉しいことだ。
だから、
……ありがとう。
『き、君から感謝の言葉を聞くと、なんか嫌な感じがするんだけど』
……やってくれて、それが嬉しかったら、感謝するっしょ? つまりは、そういう事だと思うんだけど?
『そうなんだろうけどさ……』
まぁ、と言外に呟きながら、外側を固定する。
……感謝してることには変わりないからな。
ある程度の固定が出来たことで、
軽く動作確認をしてみることにした。
最初に排莢口を開け、
軽く弾を持った体で作った手で空の弾を装填し、
口を閉める。
弾を銃に装填すれば、
銃を上に向けて照準を覗き込んで、
引き金を握り、
引く。
そうすれば、
カチッと軽く何かが叩く音が聞こえた。
にやりと口元を緩めつつ、
また排莢口を開けて、
銃を手元に戻す。
「……まぁ、これで当面の問題はクリアできたかな?」
「それで、解決できるんなら大将の問題も解決して欲しいもんだがな?」
『ミラー』の呟きに対して、
反応する声が聞こえる。
そちらの方に視線を向けてみれば、
自分とは逆の目、
右目に眼帯をしている白髪の女性がいた。
名前は確か……、
「……どなたさんだっけ?」
「ゼクスだ」
自己紹介もしたのに、人の名前忘れるなよ、
と言外で呟く彼女に、
『ミラー』は思い出す。
「あぁ~……。なんか運んでた人か……」
「何かってなんだよ!」
「いやだって、おいちゃん中身知らねぇし」
「……ま、大将にも教えてねぇからな」
どっちにしろ、
「あん時には話してる時間もなかったわけだが」
そう言ってから、一旦話を区切る様に黙ってから、
此方の手元を見た。
「で? そういうお前は何やってんだ?」
「銃のケツに、撃鉄付ける簡単な作業だけど?」
「そういや、親方となんか話してたな……」
「……親方?」
「ミハエルの旦那だ。大将の父方だから、一回変な呼び方になってたのが気になったみたいでな……。
どうしようか思ってた時に、そう言えば、こういう呼び方もあるよな……ってなったんだ」
「へぇ……」
……おいちゃんには関係ないか。
関係があると言ってもエルトか、レイジのどちらかしかない以上、
関係があるもないもあまり関係ないわけだが。
「……で? うまくいったのか?」
「取り敢えず、取り付けは出来たってとこだ。
あとは実践あるのみってところなんだがなぁ……」
「なんだが?」
「一応、動作はしてるみたいだから使えなくはないんだが……。
どれ位持つのか……。
それが分からねぇんだよなぁ……」
「なかなか難しそうだな」
「そこに惹かれるんだよ……」
「オレにゃ分からん」
「そんなポンポン分かる方がおかしいんだけどな?」
「……親方のことか」
「あの人もあの人でおかしいんだよな……」
「あとは……、……お嬢か」
「お嬢?」
あぁ、
「ティアナとかって言ってた子?」
「いや、ティアナ嬢じゃねぇよ」
軽く手を振りながら、
否定する。
「……ヒュンフ嬢だ」
「ヒュンフ……、」
あ~……、
「あのお嬢さんか。そう言えば、『ヌル』ちゃんのこと、お兄様~、とか呼んでたな」
「ヒュンフ嬢も、大将になんか曲を教わっただかで仲良くなったんだよ」
「……曲?」
……『ヌル』ちゃん、曲なんか弾けたか?
どちらかと言えば、小学校とか中学校でもうまく出来なかったが為、
苦手意識が付いてしまって、楽器とは距離を取っていた様な……。
『お兄さんってそうなの?』
……楽器見るだけで、俺には無理だな、とか反対に、楽器やってるヤツは尊敬するとかって言ってた気がするな……。
『お兄さんって苦手なものなさそうなイメージだけど』
……人間苦手なもんはあるもんでな。おいちゃんだって楽器は苦手だし、近接やろうと突っ込めないしな。
『いや、君、やれなくないでしょ?』
……攻撃が出来るんなら、射撃で済まそうって思っちまうんだよなぁ……。
『……お兄さんは?』
……『ヌル』ちゃんは、基本突っ込んでかき回して倒すって口でな。おいちゃんとは違うんだよ。逆に射撃してるといつの間にか突っ込んで暴れてるっていう近接中毒者なんだし……。
その分、援護しやすいがな、と、独り言ちながら、
『ミラー』は気になったことを訊く。
「……で? 『ヌル』ちゃんは何の曲を教えたんだ?」
「何だっけな……。ヒュンフ嬢に直接聞いたわけじゃねぇからな……」
「駄目じゃねぇか」
「うっせぇ」
……曲、曲か……。
何教えたんだろう、と思いながら、
ふと周囲を見渡す。
すると、離れたところにポツンとピアノ……らしきものが目に映った。
……ピアノで弾けそうな曲……なんかあるか?
おいちゃん……は知ってるかどうかは分からないとして、
『ヌル』ちゃんが知ってそうな曲で、
ピアノでも弾けそうな曲……。
なんだろうか、と『ミラー』は考える。
すると、脳裏にふとメロディが流れる。
「ラァ……、リィ……、ア……」
そうそう、
確かこんな感じだ。
「レペ、ラァ……ズグリィズ……」
脳内で曲が流れる。
だが、気が付く。
「……ラーズグリーズはピアノじゃ無理だろ」
『ラーズグリーズ?』
エルトの疑問に、『ミラー』は笑う。
そりゃ、そうだ。
知らない人には何のことだか、分かるはずもないだろう。
……北欧神話……、あぁ、向こうでいうとこの北欧ってとこの神話って意味な? その神話に出てくる戦乙女の一人……、の名前だ。
『ヴァルキリー?』
……何だっけな? 気高き戦士と共に、戦に行く乙女っていう意味だから戦乙女ってことだと思うんだが……、その一人にラーズグリーズって名前の戦乙女がいるんだわな。
『へぇ……』
……因みに、戦乙女一人一人には、それぞれ意味があってな? レギンレイヴは『神々から忘れられた者』、ゲイラヘズは『槍を投げる者』、シグルドリーヴァは『勝利をもたらす者』だっけな?
『覚えてないの?』
……興味本位で調べただけで、そんなにはっきり覚えてなんだわ、これが。まぁ、おいちゃんより『ヌル』ちゃんの方がよく調べてたと思うから、基本的に戦乙女に関しては『ヌル』ちゃんに訊いた方が早いっていうな。
『お兄さん、すごいんだねぇ……』
……『ヌル』ちゃんはおいちゃんと比べたら、そりゃすげぇよ……。おいちゃん、デスクワーク専門だけど、『ヌル』ちゃん山師で身体動かすことに関しちゃおいちゃんよりも早いからな。
『へぇ……。……で、そのなんだっけ?』
……ラーズグリーズ?
『そうそう、それそれ』
……確か、『ヌル』ちゃんから教えてもらったんだよ。……えっと、確か……。
う~ん、と下顎に手を置いて考える。
ランドグリーズは『槍を壊す者』とか言っていた様な気がする。
となれば、グリーズという言葉には『壊す者』という意味がある……はずだ。
とすれば、
……『予定を壊す者』?
『何それ?』
違う、もっとカッコいい感じだったはずだ。
予定よりもカッコいい感じの言葉……、
となれば、
……『計画を壊す者』かっ!!!
『「計画を壊す者」?』
……そうそう。神々の計画……『神々の黄昏』ってのを壊す感じの意味合いだった……気がする。
そうだ。
確か、歌の意味にも反映されていた気がする。
……ラーズグリーズはやってくる。
『そりゃ、やってくるでしょ』
確かに、そうか、と『ミラー』は考える。
やってくる、では少しおかしい。
もう少し詩的な表現だったはずだ。
となれば、
……ラーズグリーズは現れる……。
そうだ。
……歴史が大きく変わる時、ラーズグリーズは現れる。
『そうなの?』
……初めには漆黒の悪魔として。悪魔はその力をもって、大地に死を降り注ぎ、やがて死ぬ。
『……えっ』
……しばしの眠りの後、ラーズグリーズは再び現れる。
『もう一回?』
……今度は、英雄として……だったっけっかな?
『いや、何で覚えてないのさ』
……そりゃ、おいちゃんだって年取るんだぜ? いつまでも覚えちゃいねぇって。
『でも、そういう歌があるんだね』
……マニアな奴なら誰でも知ってるだろうけど、まずあんまり知らないってヤツが多いけどな。
『……どっち?』
……知ってる奴にゃ、分かるってこと。
そんなことをエルトと話していると、
ゼクスが感心したようにこちらを見ていることに気が付いた。
「なによ」
「いや、大したことじゃねぇんだが……」
なんだ、
「お前もラーズグリーズを知ってるのか」
「そりゃ、知ってるでしょうよ」
といってもまぁ、
「おいちゃんは『ヌル』ちゃんに勧められて、知った口だけどな?」
「ラーズグリーズってそんなに有名なのか?」
「知ってる人は知ってるってだけの話だけど……、有名かどうかって訊かれるとおいちゃんにゃてんで分からんわな」
「そしたら、なんだ。たまたま知ってたってだけか」
「何だって何よ」
「いやな? ヒュンフ嬢に大将が曲教えてたんだが、そん時に何だこれ、って訊いた時があってな?」
「ほうほう」
「そん時に、大将がラーズグリーズの曲だって言ってたんだよ」
まぁ、
「曲教えるって言っても何処をどう押せとかじゃなくて、ほとんど歌詞を歌いながら、ヒュンフ嬢に弾かせてたって感じだけどな?」
ゼクスの言葉に、
『ミラー』は納得する。
「まぁ、『ヌル』ちゃん、オタマジャクシが苦手だって言ってからな。そうなるのは、分かる気がするぜ……」
『オタマジャクシ?』
……楽譜な? 因みに、おいちゃんもオタマジャクシはてんで分からん口でな……。
『いや、そこはどうでもいいかな……』
……なによ、それ。
『だって、今はお兄さんの話で、君の話は全然してないじゃん』
……それは確かに、そうだけんども……。
と、そんなことを思いながらも、
ふと思ったことがある。
それは、
「……なんでヒュンフ……さん? が関係してくるんだ?」
「それは、お前……。……まぁ、なんだ。色々あったんだよ」
「色々?」
「おうよ。……色々だ」
ま、
「その色々あったおかげで、ヒュンフ嬢は大将からその曲を教わって、事なきを得たんでより仲良くなったってわけだわな」
「……全然分かんねぇんだけど」
「……色々、……あったからな」
……色々ってなんだろうな?
わからない、わからないな、と『ミラー』は思ってしまう。
その一方で、エルトが、
『色々……っていったら、それは……色々じゃないの?』
……色々ってなによ?
『えっ』
……いやだから、色々って何さ?
『……色々じゃないの?』
……その色々が分からんって話をしてるんだよ。
『……でも、お兄さんは男の人で、ヒュンフさんは女の人でしょ?』
……女の子だけどな?
言いたいことは、まぁ、分からなくもない。
分からなくもないが、
レイジにアタックして、散々な結果に終わった『ダガー付き』という結果を知っている『ミラー』としては、
男と女が会ってしまえば、
発展するという単純明快な方程式は組み立てることができない。
なので、『ミラー』は色々といわれた所で、
色々とは何なのか、としか思えないわけで、
エルトの色々とは何なのか、『ミラー』には何のことを言っているのか、
全く分からなかった。
『ミラー』達が色々とは何を指すのかについて話し合っている、その外側でミハエルの手によって改良された新たな身体に付くために、レイジは、コア部分を移す作業を受けていた。
それを意識出来ているのか、と訊かれれば、
意識などは出来るはずもなく、
ただ目を覚ましている時には、
「相も変わらず、何故か実家になってるんだよなぁ……」
何でだろうな、と呟くレイジの前には、鮮やかな毛並みをしている巨大な銀狼がいる。
レイジの言葉に、銀狼は軽く喉を鳴らす。
「まぁ、なんだ」
あの、
「フェンリルさん、この前は……、すみません」
銀狼に対し、レイジは頭を下げる。
「どうにも、自分は熱くなると突っ込んじまう癖があるみたいで」
申し訳ない、と言外で付け加えるレイジの言葉に、銀狼は、
喉を鳴らした。
銀狼が何を言っているのか、それが分からないのが難しい所だ。
ここに、テュールがいれば、銀狼が何を言っているのか、
それが分かりやすくなるのだろうが、
……ま、いつまでも師匠に頼りっきりってのも弟子みたいな感じだといけねぇよな。
今いない人物に頼るというのも、
それはそれでどうかという話になってしまう。
何となく……、
多分こう言っているんだろうな、と思うことにするしかない……ということになるのだろうか。
それはそれでどうなんだろうな、と思いながら、
顔を上げる。
「今度は、親父殿……、」
あ~……、
「向こうの自分の親父代わり……、というか自分の機体の身体を作ってくれた人なんですけど」
銀狼は喉を鳴らす。
相槌……のようなものだろうか。
言葉を続ける。
「その人に頼んで、一応は改良……して、左腕を打ち出せるようにはなりました」
分からないという様に、銀狼は首を傾ける。
「なんで、右腕じゃなくて左腕なんだって思いますよね?」
えっと、
「右腕だと一応、自分の利き腕が右腕なんで、打ち出した後にいざ使おうとした時にすぐに使えないんじゃないかって思ったのが一点。
左腕だとスパイクシールド……、」
あ~……、
「フェンリルさんが宿っておいでる盾のことなんですけどね?」
宿っておいでるとはなんなんだろうか、と自分で言っておいて疑問に思ってしまうが、
今は、説明だ。
「スパイクシールドがあるんで、まぁ、少しだけ……、いや、少しとは言わないか……。
だいぶ威力が上がるんじゃないかと思いまして」
それに、
「フェンリルさんが宿っているのなら、自分みたいな余計な意思が邪魔しないでお任せできるんじゃないかなぁ……、と思いまして」
どうでしょう……、と銀狼の顔を窺ってみる。
一応、不満……、ではなさそうに見えなくもないが、
自分では何分分からない。
まだ付き合い始めて数日……、
いや、
こうしてお互いがお互いを見合って話をするというのは、
何気に今回が初めてだ。
初めて会話をするのに、そんなにすぐに分かるモノではない。
第一、
……こういう初対面って時はよく言葉ミスるからな……。
こういう話し方で合っているのかもよく分からない状態で、
説明しろというのも難しく思えてくる。
まぁ、お互いに分かりやすい言葉での説明というと、
「つまり、あの龍の野郎をぶん殴ることができるようになった……って話なんですけど」
分かりますかね?、と言外で呟き、
顔色を窺ってみる。
そこで初めて、レイジの言っていることがどういう事か、納得ができた様で、
少し驚いた様子でこちらを見ていた……気がする。
「ぶん殴れる……、場合によってはぶっ飛ばせるかと思いますよ?」
ぶっ飛ばせるという言葉を聞いて、興味深そうに銀狼が近付いて来た。
……せ、狭い。
ただでさえ、田舎の……、特にこれと言って何もない実家の中だ。
広いと言っても、ほんの……、猫の額程の畑がある程度で、
それを広いというのは、中々難儀があるというもので。
一応、大人四人が座れる程度の広さはあるにはあるが、
大人何人分かが分からない程の巨体がそんな場所にいれば、
息が詰まるほどの圧迫感は感じてしまう。
そんな狭さであるのに、
……なんで、師匠は横になれたんだ……?
一度、来た時に何故か横になっていたテュールの姿を思い出す。
テュール本人としては、フェンリルとは仲が良かった……ように見える。
とするなら、
あの性格だ、
気を許しているから、横にもなれるということなのではなかろうか。
それに対して、自分はといえば、
敵対ではない今でさえなお、警戒している……ということになるのだろうか。
まぁ、お互いが顔を見合わせて話す……ほぼ一方的にだが、
というのは今回が初めてということになるのだろう。
前回はテュールがいたためにちゃんとしたモノとは数えない方が良いと思えた。
しかし、
……コミュニケーションってどうやればいいんだろう?
どういう風にコミュニケーションを取ればいいのか、
それが分からないのが、難点だ。
人の言葉は分かる様子から、
一応、言葉で伝えることは出来る……と思いたい。
だが、言った言葉に対して、
フェンリルが取った行動がどういう意味を持つのか、
それが分からない。
そうなると、こちらだけのほぼ一方向のみとなりかねないし、
それでは、コミュニケーションも取れない。
であれば、一種の暴力と思われても仕方ないのではなかろうか。
……ってなると、だ。
レイジは考える。
この状態で、分かることはあの龍をぶっ飛ばせるといった時にフェンリルが反応したことだ。
その時だけ、フェンリルは少し驚いた……様に見えた。
のであれば、一応、その話題は分からなくもない……と考えてもおかしくはない。
おかしくはないのだが……。
……ずっと戦闘の話ばっかしてるわけにもいかないしな……。
どうすればいいのだろうか……。
こちらからの言葉は一応理解できているようではある。
そうなれば、一応、どういった感じになりそうなのか、
それを伝えた方が良いだろう。
であれば、
「あぁ~……。フェンリルさん。今、外の方で俺の身体……、」
あ~……、
「『シュバルツ・アイゼン』って名前の機体なんですが」
こくりと頷いた……ように見えた。
続ける。
「その機体の……、全面改修……、目的みたいな感じで、今、改良をしてまして」
えぇ。
「それが一応の目処が付いたところなんで、今、その機体の方に移してる最中なんですよ」
頷いた。
続ける。
「で、その機体なんですがね?」
えぇ。
「さっき言った左腕が打ち出せるようになるのと、胸部からビーム……」
いや、
「熱線……っていった方がいいのか?」
まぁ、
「高火力の光線が出る様に武装を付け加えたんですよ」
頷いた。
続ける。
「ただまぁ、何分試作してぶっつけ本番になると思うのでやりにくい部分は多々あるかと思いますが、」
あの、
「今更こう言うのってどうかなって思うんですけど……」
……、
「すみません、俺に力を貸してください! 俺一人の力じゃあの龍の野郎には打ち勝てないんです!」
頭を下げる。
話す順番を間違えた気がするが、
言うべきことは言ったと思う。
最初のコミュニケーションとしては、
伝えるべきことを伝えられはした。
フェンリルも理解を示す様に頷いたりもしていた。
それを理解と受け取るのは、
こちらからの一方的なものなのかもしれない。
だとしても、
……言ってないと、言っておくのじゃ全然違うからな……。
そう思っての行動だったが、
これが合っているのか、
それが全く分からない上に、
フェンリルからの反応がないのが気になる。
反応がないのに顔を上げるのは些かどうなのだろうと思ってしまうが、
言ってから少し時間は経っている。
であれば、
顔を上げても別に失礼には当たらないのでは、と思い、
レイジは顔を上げる。
すると、
フェンリルはこちらではなく、
何故か後ろを見ており、
レイジもフェンリルの身体越しにそちらを覗いてみれば、
「……っふ。ふっふっふっふっ。己一人の力では勝てんから、力を貸せとは、まぁ、当然ではあるがの。しかし、頼む相手がフェンリルとは……。……っかっかっか! いかん、いかん。これは笑いが収まらん……」
暫く留守にすると言っていたはずのテュール本人がいた。
なので、
レイジはとりあえず声を掛けてみることにする。
「えっと……、何してんすか、師匠」
「おっ? おぉ、儂か?」
まぁなんじゃ、
「幾ら友とは言えど、心持ちちと不安に感じての。様子を見に来たわけじゃが」
「なんか遠くとか言ってませんでしたっけ?」
「遠くは遠くじゃが、おまんが考えとるほど遠くではなか」
「そうなんです?」
「遠くは遠くではある」
じゃが、
「近いと言えば近いからの。別に距離なんぞ、大した問題ではなか」
ま、
「こうした精神での接し合いであれば、こうしていつでも会えるんじゃが、肉体でのというと、難しいからの……」
「それじゃ、こうして会う分には……」
「おぉ、そうじゃ。問題はないということじゃの」
と言うテュールの口元には笑みが浮かんでいる。
「しっかし……。儂が思ったほど、悪くはない様じゃの、おんしら」
「そう……ですかね?」
「悪ければ、フェンリルのヤツが出合い頭に暴れとる。それがないっちゅうことは、わるぅはないちゅうこっちゃろうが」
違うかの?、と言外で訊いてくるテュールの言葉を聞いて、
レイジはフェンリルを見る。
「そうなんです?」
「いや、そこで訊いても分からんじゃろ」
「でも、訊かないと分かんないじゃないですか」
「まぁ、そうじゃがの」
まぁ、
「別にレイジ。おまんのことは好いておるようじゃから、問題ないじゃろ」
「……分かるんです?」
「かっかっかっ、どうせこの前みたく突っ込んだりしたんじゃろ?」
「まぁ……、やりましたね」
「そげんこつ、無理して守ろうとする輩を嫌いにはなりはせなんだ」
分かるじゃろ?、と言外で呟きながら、
こちらを見るテュールの言葉に、
レイジは首を傾げる。
「そういうもんなんです?」
「儂ら神という生き物はの。無理をせずしてやろうとする輩は好まぬが、
無理をしてでもやろうとする輩は好む癖がある」
まぁ、
「そういった意味で言うと、おまんは神に好かれやすい性格じゃと言えよう」
「そう言われると、嫌な感じに聞こえますね……」
「まぁ、ロキやヘラには好かれんじゃろうがな」
あれは、
「儂ら神の中でも中々癖があるからのぅ」
そういう意味じゃと、
「儂やトールの童からは好かれような」
「トールって人には会ったことないですね」
「あやつはあやつで中々難儀じゃからのぅ……」
「そういう意味だと、師匠も変わらないんじゃ……」
「何を言う。あやつは雷を使いおるし、ミョルニルなんぞ使いおる」
それに対して、
「儂は、拳を使うのみよ」
ほれ、
「違うであろう?」
「いや、それ武器を使うか使わないかってだけって話じゃ……」
それに、
「師匠の場合は、拳に炎纏わせてるじゃないですか」
「それはそれ、
これはこれよ」
まぁ、
「なんじゃ。あれこれ考えんでも、おまんはおまんのやり方でやればよい」
さすれば、
「儂のような輩がおまんを助けようとするじゃろうて」
それに、
「儂みたく触発された輩も力を貸すじゃろうしの」
「そういうもんですかね」
「そういうもんじゃ」
そうそう、
「おまんに言うたかもしれんが、おまんに与えた『テイワズ』の『ルーン』じゃが」
あれはの?
「おまんが己の正義を行う限りは勝利を与えるというものでの」
「自分の……?」
己の正義? どういう意味だろうか、とレイジは疑問を抱く。
が、レイジが考えるよりも早く、
「おまんがこれはいかん、それはどうか、あれは正しい、と思うたことじゃの」
テュールが答えを言ってしまう。
「いかん、って思うのは、自分の正義じゃないってことですか?」
「それはどうか、と思うておるのも己の正義とは違うやもしれんから、心せい」
まぁ、
「要するに、正しいと思うたことをおまんはしておれば、あとは勝手に勝利が付いてくる……、」
おぅ、
「おまんが迷わずに正しいと思うたことをしておれば、良い。それだけのことよな」
「なにそれつよい」
「おまんが迷うておれば、力は発揮されんがの」
「ってことは、自分が迷わずに一直線で突っ走っている限りは問題ないと」
「それがおまんの正義である限りは、っちゅう条件付きじゃがの」
……なにそれきつい。
テュールに言われ、レイジは頭を抱えそうになった。
そもそも自分の正義と言われて、何が正義なのか、
それ自体がよく分かっていないのに、己の正義を貫き続けなければならないという条件が出て来た。
よく分からないモノがより分からなくなってしまったということだけはよく分かった気がしなくものないが、
……それでもよく分かんねぇんだよなぁ……。
そう考えた場合、テュールが言っていた通りに、
これはダメ、それはどうか、あれは正しい、というものを指針にした方が良いのかもしれない。
「……ってか、これはダメって言っても、他人からしてみればこれは正しいって思ってるんですよね……」
「じゃが、いかんと思っておるのはおまんじゃから、いかんと思うておる限りは、それはおまんにとっては正義ではなかっちゅうこっちゃ」
ちゃうんか? と言外で訊いてくるテュールの言葉に、
レイジはハッとする。
「つまり、自分の正義を貫くということは……」
「戦いっちゅうもんは、所詮は正義と正義とぶつかり合いよ」
そこに、
「無事を願う気持ちもこれもやはり正義よな」
「無事を願う……」
……そうか。
「勝利を掴むってことは、無事に帰ってくるってことなんですよね」
「帰って来ねば、負けたっちゅうことじゃからのぅ」
「それだったら、勝利を願った方がいいですね」
「じゃろ? じゃから、儂の『ルーン』を刻んだ武器を使うて戦うわけじゃな」
「師匠の『ルーン』を描いた石とかを持たせるのも、そういったことがあるんですかね?」
「なんじゃ? おまん、持たしてくれる相手がおったのか?」
なかなか愛いなやつよな、と言外で呟きながら、
テュールは近付いて、レイジの横腹を突いてくる。
「まぁ、……いましたけど」
「ハッハッハッ!!! したらば、おまんに『ルーン』を渡さんでも良かったか!!!」
「それはそれ、これはこれ……ってことにならないですかね」
「おっ? まぁ、おまんがそげん言うんじゃったら、別に構わんがの」
「ってことは、これも大事にしてて良かったってことか……」
そう言いながら、レイジはポケットを探る。
そして、手を抜いて開いてみれば、
手の中には二つの石がある。
一つはテュールが言っていた『テイワズ』の『ルーン文字』が刻まれた石で、
もう一つが、
「ほぅ、『シゲル』か」
かっかっかっ、
「儂の『ルーン』とバルドルの『ルーン』を渡すとは……。レイジ、おまん、好かれとるのぅ」
「知ってるんですか、師匠」
「知っとるか、知らんか、そげな意味で言うがやったら、無論知っちょる」
というより、
「儂ら神っちゅうもんが知らんことがあるがやったら、いかんやろうが。うん?
……まぁ、儂が知らんことはあったとしても、オーディンの隻眼めは全て視えちょるし、全て知っちょるだろうよ」
……いや、それ知らないってことでいいんじゃ……。
そこどうなんだろう、とレイジは思った。
「『シゲル』の『ルーン』は、の」
「えっと……、太陽と勝利でしたっけ?」
「それと、活力じゃの」
まぁ、
「勝利を求む者にとっては十二分の効果があろうて」
「そういうもんですかね」
「そういうものさな」
ま、
「それはさておいて、としてじゃな」
とテュールは話を元に戻す様に言った。
「少なくとも、おまんから頼まれれば儂は力を貸すし、フェンリルも力を貸そうぞ。
その証拠に、おまんの傍におるんじゃかろうからの」
のぅ、と言いながら、
テュールはフェンリルに視線で問う。
その視線に対し、
唸り声を出すことで応えた。
「ほれ、その通りじゃと言うておる」
じゃから、
「安心せい、レイジや」
「……って言われても、安心できないんですけど」
というより、
「自分の力だと不足が多いんじゃないかと思うんですけど……」
「だとしても、よ」
ええか、
「おまんは確かに力不足やもしれん。
じゃが、おまんに儂らが力を貸したい、力になりたいと思っておる」
さすれば、
「おまんは自身の力不足を嘆くよりも、儂らの力を使う事のみを考えよ。
不足しとると思うておる分は、後で身に付けれるじゃろうて」
「大丈夫ですかね……」
「おまん、赤子の時から何でもできたのかえ?」
「出来なかった……と思います」
「じゃったら、問題なかろうよ。
人は人じゃが、儂らは神。
人が生きた時間より長う生きよる神から見れば、おまんら人は赤子も同じ。
頼る時は儂ら年寄りに頼るとええ」
「いや、それは確かに……。
ありがとうございます、師匠」
見た目が普通の女性なのに、自分で年寄りと言う女性を果たして年上だと思えるのかどうか……。
そこは少し複雑だなぁ……、と思いながら、レイジはテュールに感謝の言葉を贈る。
その言葉に、テュールは、
「構わん、構わん」
軽く払うように、手を振った。
一応は、聞いてくれてる……と思いたい。
思えば、職場でありがとうございます、と言うとテュールのように構わん、構わん、と言いながら、手を振る年上の先輩がいたものだが、
あれは一応、分かったということで良かったのだろうか。
今思えば、結局あれはどういう意味だったのか、それを聞きそびれてしまった。
まぁ、
突然の事故に遭ってしまった以上は仕方がないのだが。
……そう思うことにしておこうか……。いや、分からないけど。
分からない以上は、分からないので、勝手な解釈をした時には少し意味がずれて来たり、としなくもないが、
そう思うことでしか進まない時があるのであれば、
そう思うしか出来ないのだろう。
であれば、
「えっと……。とりあえず、師匠もフェンリルさんも力を貸してくれるということでいいんです?」
「おぅ。構わんぞ」
そう言うても、
「儂はすぐに行ける位置にはおらんのでの。おまんらで、対処するやもしれん」
じゃったら、
「先に力を貸しておこうかの」
そう言いながら、テュールはほれ、と言いながら、片手を差し出す。
「えっと……?」
「儂が力を貸せるのは、儂の『ルーン』が描かれたモノしかいかんが、反対にそれだけであれば、少しは力を貸せるというモノよ」
という返事で、レイジは察した。
……つまり、『テイワズ』の『ルーン文字』が描いてある方を寄越せと仰っていらっしゃる?
ついこの間、テュールからは『テイワズ』の『ルーン』を渡された……気もしなくもないのだが、
まぁ、やってくれるというのであれば、やってくれた方がいいか。
そう思うことにして、『テイワズ』の『ルーン文字』が刻まれた石を渡す。
渡されたテュールは特に何もすることはなく、
数秒間、ぎゅっと握っていたかと思うと、
「ほれ。これで少しはマシになろうよ」
と返してくる。
「……えっ?」
「ん?」
「いや、あの、師匠」
「おぅ」
「えっ、それただ握っただけじゃ……」
「何言うとるんぞ、おまんは」
ええか?
「そりゃ人間なんぞが握ったところで何も起きん」
じゃが、
「儂は、人間とは異なる神ぞ?
神が力を与えるのに、何か特別なことがいるかえ?
うん? いらんじゃろうが? ちゃうんか?」
「いや、まぁ……、そうかもしれないですけど……」
「じゃったら、問題ないじゃろうが」
ほれ、と呟きながら、返してくるテュールに、
……問題あるんじゃないかなぁ……。
どうなんだろう、と思いながら、レイジは受け取る。
直後、
レイジは、身体が揺らいだ感覚に襲われた。
その様子を見て、テュールは軽く頷いた。
「そろそろ、現実に戻った方がよいじゃろう」
ん、
「フェンリルや。こやつは少し不器用な所が多くあるが、出来る限り力を貸してやってくれんか。
儂は、力を貸そうにも『ルーン』に多少魔力を込めてやる位しか出来ん故な」
頼めるか、と言外に訊くテュールに対し、
フェンリルは軽く喉を鳴らして、テュールに身体を寄せることで応えた。
「そうか、そうか。
任せろ、か。
……頼むぞ。こやつは儂のことを神とは呼ばず、師匠と呼ぶ変わり者故な。
そうそうに失いとうはない」
「……そんなに変わり者ですかね?」
「魂は人じゃが、姿が鉄の人形というのはなかなかおらんじゃろうて」
「そりゃ、まぁ、そうかもしれませんけど」
どうなのかなぁ、と考えるレイジの身体を、
今度は強めの揺れが襲った。
身体を揺らぐレイジを見ながら、
テュールは微笑む。
「そろそろ、じゃな。
今度会う時はまたこうして会うか、現実の方で会おうぞ」
「……会えますか?」
「いつでも」
あぁ、
「それこそ、何処でもじゃな」
故に、
「安心せい、レイジ。
おんしが思うておるほど、儂は弱くない故な」
じゃから、
「行ってこい」
行って来い、と言いながら、テュールはレイジの身体を、
ポン、と軽く指で突いてみせる。
刹那、
レイジの意識と身体は、その空間から消えてしまった。
寝ている間にテュールに会って何かを言われた気がしなくもないのだが、何を言われたのかよく思い出せないまま、レイジは、身体を起こした。
「起きたか、レイジ。
どんな感じだい?」
『どんな……って言われてもな』
……どんな感じだ?
軽く下を見てみる。
胸の所に何かが取り付けられているのは、分かる。
右腕を見る。
右腕は変わったところは特にはない。
左腕を見る。
……ごつい?
肘から上……、そこから少し太くなったように見えなくもない。
スパイクシールドは相も変わらず、
狼のペイントがされており、
……今回も頼みます、フェンリルさん。
取り敢えず、挨拶をしておく。
「よぅ、『ヌル』ちゃん。
気分はどうだい?」
『まぁまぁ、って具合だな。
お前の方は如何だ、「ミラー」?』
「おいちゃんの方もとりあえず形にはなった……って感じだ」
ま、
「実際にやってみねぇと分からねぇけどな?」
『それだけ言えるってことは、ほぼやれるってことだな?』
「へっへっへっ。おいちゃんにあんま頼るんじゃねぇよぉ、『ヌル』ちゃん」
ま、
「そんなに頼ってくれるなら、おいちゃんも頑張るけどな」
と言いながら、『ミラー』はライフルを肩にかける。
……準備は出来たってことだな。
あとは出たとこ勝負といったところで、
最終的にどうなるか、
それはまだ分からない。
だが、
……だとしても。
だとしても。
……やるしかねぇ。
やるしかない。
やるしかないのだから、
やれる人間がどうにかするしかない。
それをいちいち考えても仕方ないわけなのだが、
……泣けるぜ。
ついついため息を吐きたくなってしまうが、
状況はそれを許さない。
唐突に『ミラー』が鼻を鳴らすと、
指で鼻を弾き、顔を上げる。
そして、
「……匂うな」
『……この前のか?』
「匂いとしては、この前嗅いだのと同じ……だな」
『……そうか』
それじゃ、
『……行くとするか』
「ご一緒するぜ、『ヌル』ちゃん」
レイジと『ミラー』の二人は、
戦いに向かって行った。