第二十六話 黄昏時の決意
ある程度の目安は付けることは出来たので、それぞれがそれぞれの作業に戻っていく中、『ミラー』は、レイジと共に外に出ていた。
といっても、実際には、
「おいちゃんのやることって言ったら、ライフル弄って撃鉄付けるだけなんだよな……」
『ライフル弄るだけっていうのも俺からしたら、すげぇんだけどな』
レイジは褒めてくれるが、実際に自分が出来ることはそれ位しかないので、
『ミラー』的にはあまり気分が乗るモノではない。
一応、レイジが褒めてくれたので乗るには乗るので、
良いといえば、良いかもしれないが。
レイジは、レイジでミハエルにどんなものを取り付けるのか、
設計面で一応、話は付けたようで、
本人曰くは、
「気分変えるのに、走るって……。お前は相も変わってないから、おいちゃんは安心できるぜ」
『そうか?』
「流石、おいちゃんの知る『ヌル』ちゃんだなってな」
『そうか』
そりゃ、
『……そりゃ、どうも』
「照れんな、照れんな」
腕を伸ばしたり、腰を捻ったりとしているレイジに、
『ミラー』はそう声を掛ける。
こうして外に出て走るという習慣は、
向こうでは、いつもやっていたことらしい。
何でも、高校時代の癖とか何とか。
『そんじゃ、ちょっとコンビニ行ってくるわ』
「おぅ、行ってらっしゃい」
ストレッチ……なのかどうかは分からないが、
レイジはそれを終えて、そう言うと走り始める。
それに対して、『ミラー』はというと、
……ま、おいちゃん、することないんだよなぁ。
とりあえず、適当に座れるところを探して、
座れそうなところに、
適当に座った。
そうして座っていると、
『君は走ったりしないの?』
……あれは、『ヌル』ちゃんだけだし、『ヌル』ちゃんのペースでおいちゃんが走るってなると、おいちゃんすぐにへばるからな……。
『へぇ……。』
どうでもよさげに返事をするエルトの反応に、
『ミラー』は、ま、おいちゃんのことなんざどうでもいいわな、と、
こちらもどうでもよさげに思っていた。
『そう言えば、なんでお兄さんは走ってるの?』
……あ~、なんでだっけな。おいちゃんが聞いた話だと何でも高校時代……、要するに昔か。昔に世話になった先生にさんざん仕込まれて、癖が付いたとか言ってたっけかな?
『仕込まれたの……』
……仕込まれたっつっても、自分の気持ちを良くする方法とか、下手に下向きにならない様にとか、確かそんなんじゃなかったっけかなぁ……?
『走ることもそうなの?』
……走る……ってより外に出て歩くとか、だな。
『歩く?』
……そうそう。外に出て、外の空気を吸いながら歩いたりするのが良いんだと。因みに、『ヌル』ちゃんは歩くより、どうせ外に出て身体動かすんだったら、走った方がいいだろって言ってたっけな?
『へぇ……。そんなのがいいの?』
……らしいねぇ。
『……なんで?』
……なんで? なんでか? そりゃ、エルトちゃん、お前、あれよ、あれ。
『いや、あれって何?』
……そりゃ、お前あれよ。空気って漢字あるだろ?
『……いや、知らないけど』
……まぁ、そういう漢字があるのよ。で、その空気って漢字はな? 『空』の『気』って書くわけだが、空って漢字には『から』って読み方もあるわけよ。
『「そら」と「から」? ……えっ、二つもあるの?』
……音読みと訓読みだな。調べてみると、結構あるみたいらしいぜ。ま、そんなことはともかくよ。『空』の『気』で『空気』って読みことは、だ。からの、誰のでもない気を取り込めることになるわけだぁな。
『……読み方で、分解したら、そうなる……、のかな?』
……その気を取り込めて自分の身体に気を充満させるには、走り込んだ方が手っ取り早いってな風に教えられたみたいでな? おいちゃんは文化部だったから、あんまり知らねぇんだけど、運動部ってのは部活始めの時間に走り込みをするらしいんだわ。
『そうなの?』
……そうそう。で、自分の気力ってのを空気を吸い込むことで増やす……みたいな考えで、走り込みを何処もやっているのだから、お前も走り込む癖を付ければ、まず誰にも負けんとか言われて癖を付けられたとかって言われたんだっけかな?
『知らないの?』
……だぁから、おいちゃんは文化部だったし、そんなことは知らんって。……でもま、体育とかの授業でも授業のスタートは必ず走ったりしたから、その考えはだいたい合ってんじゃね? って思っちまうんだよな。
『それをずっと続けてるって、お兄さんは凄いんだねぇ……』
……だろ? おいちゃんもそこは『ヌル』ちゃんの誰にも負けねぇポイントだなって思ってるぜ?
そんなことをエルトと話していると、そう言えば、と気になったことがある。
……そう言えば、エルトちゃんはなんか思い出とか、仲良かった奴とかいんの?
『私のことをずっと見ていた君がそれを言うかな……』
……危ない時にゃおいちゃんが出張る様にしてたけどな。って言っても、仲が良いか悪いかなんてよぅ分からんのよ。
『でも、仲が良かった人なんていなかった気がするよ? 小さい時も仲が良かったのかどうか分からないし』
……あ~……それな~……。
エルトの返事に、『ミラー』は言葉に詰まってしまう。
一応、エルトの傍で、本当に小さい頃からずっと見て来たこちらとしては、全部知っているわけだが、それを言った方がいいかどうなのか、少し悩んでしまう。
だが、
……こういう時にゃ、『ヌル』ちゃんだったら、悩まないでやるんだろうな……。
『どういう事?』
……あぁ~、いちいち悩まないで自分がやろうと思ったことをやろうとするのかどうなのかってことよ。
『私はよく知らないけど、確かにお兄さんはそんな感じだよね』
……そこがおいちゃんが惚れた理由の一つなんだけどな。
まぁ、と言葉を続けようとして鼻先を指で弾く。
……エルトちゃんにゃ、仲が良かったのはいた気がするぜ?
『本当?』
……ずっと見てたおいちゃんの言うことが信じられないって?
『いや、そういうわけじゃないけど』
……だったら、そういうことで思っておいていいんじゃね?
『……いいのかな?』
……少なくとも、おいちゃんはエルトちゃんと仲いいと思ってるぜ?
『……いや、君とは昔からいるから』
……ハッハッハッ!! そう言われちゃなんも言えねぇな!!
確かに、いつの間にか気が付いたら、既にそこにいた存在とは、無理にでも仲良くなるような気もしなくもはない。
仲が悪くなるのが確実な気もしなくはないが。
しかし、まぁ、こちらとしては、
……子供の頃から見てるからなぁ……。
『私の方だけ見られてるって、それひどいよね……ってなるけど、これ理不尽って言うんだっけ?』
……人の考え方でそういうかどうかって変わると思うんだけどねぇ。
確かに、理不尽と思われなくもない気がする。
気が付いたら、いつの間にかいた上に、自分のことも視られている。
更には、いつでも自分と切り替わるとなれば、確かに理不尽と言われなくもない気がする。
『ミラー』的には、替わる時には一応、声を掛けたりするように心掛けてはいる……と思うのだが、
しかし、人によっては、それは意味がないと思うのだろうとは思う。
その分、エルトは特に不快に思ったりはしていないように思ってしまうが、
実際はどうかのかが分からないために何も言えることはないだろう。
これもただ単に自分の思い込みでしかないのだから。
と、『ミラー』が思っていると、
『まぁ、君に替わっている時は私が視てるからね。だから、内緒話とかあんまり意味ないから、その点良いのかな? って思うんだよね』
大丈夫だという様に、エルトが声を掛けて来る。
そう言ってくれるのは、単純に有り難かったので、
……ありがとよ、エルトちゃん。
素直に言っておくことにしておく。
『えっ? いや、お礼とか言われても……。別に、なんだかんだで君には世話になりっぱなしだし……。 それに戦闘とかの時には、君がやってくれないとやり方が分からないのとか多いし』
……ケツ叩くだけなのに、出来ねぇからなぁ、エルトちゃん。
『いや、叩くだけは出来るよ? でも、弾? を作るのとかは出来ないからさ』
……作り方だったら、おいちゃんのを見とけば分かるっしょ?
『分かるけど、どういう構造なのかが分からないんだってば』
……あ~、そう言われるとおいちゃんも確かこうなってたよなぁ……って、ほぼ適当でやってるか。
『じゃあ、ダメじゃん』
……ハッハッハッ、そうだったわ。わりぃ、わりぃ。
『別にいいよ? そんなに気にしないし』
……だとしても、よ。ありがとうよ、エルトちゃん。
ふぅ、と息を吐きながら、ふと見上げる。
そこには、遠くに浮かぶ雲と青い、
何処までも青い空が続いている。
その光景を見て、『ミラー』は、ふと思う。
……空はこんなに青いのに……ってか。
『なに? どうかしたの、君?』
……うん? なにが?
『いや、急に黄昏ちゃってるからさ。まだそんな歳じゃないでしょ?』
……そんな歳じゃねぇって、おいちゃんが若いってか。ありがとうな、エルトちゃん。
『いや、そういう意味じゃないんだけど』
……まぁ、あれよ。この前はおいちゃんはほぼ役に立てなかったけど、今度は役に立たねぇとなって、そう思っただけよ。
『それは私も、……かな?』
……ん?
『いや、君に任せっきりだから、あまりどうのこうのとは言えないんだけど。……でも、君が心の中から信用して信頼している人が、……お兄さんがここにいるんだったら、しばらくいた方がいいのかなぁって』
……そりゃ、おいちゃんには嬉しいけど、エルトちゃんはそれでいいのかい?
『今までお世話になりっぱなしだったからね。返せるタイミングっていうのが、あんまりなかったから少しでも君に恩が返せたらなぁ……って思ってただけだよ?』
……ありがとな、エルトちゃん。
『ふふっ、どういたしまして』
こういう関係性ってのも悪くないのかもなぁ……、と左目を閉じたまま『ミラー』は思った。
と、
『……あ。でも、私の身体でお兄さんに色仕掛けとかはダメだからね!』
思い出したかのように、エルトが怒り出す。
……色仕掛けって……。『ヌル』ちゃんに色仕掛けしても、アイツにゃ意味ねぇのよ……。
『そうなの?』
……昔の……それでこそ、高校時代に仕込まれた先生がな? それがもうかなりの強気で。更に言えば、それが女性だったんで、多分、その人の影響じゃねぇかなぁっておいちゃんは思ってるのよ。
『……そんなに影響する?』
……まだ向こうで生きてた頃の話なんだがな? 『ヌル』ちゃん、おいちゃんと出会う前に『ダガー付き』ってヤツと仲良くてな……。そいつ、女の子だったんだが、積極的にアプローチして手を出してもらえなかったんだと。
『……それってアプローチのやり方が変だったんじゃ……』
……因みに、アイツなりに勉強してアタックした結果、まったくの塩反応……、……あぁ、そっけない的な感じの意味ね? 塩反応で返されたんだと。
『……それだと、確かに意味ないかもね……』
……それに、おいちゃんはもともと男だって、『ヌル』ちゃん知ってるからな。おいちゃんが、エルトちゃんの身体を借りて……ってなっても、アイツにゃ意味ねぇと思うぜ?
『そうなると、お兄さん強いのかな?』
……さてな? けど、『ヌル』ちゃんは強いぜぇ? あいつ、一回強く叩かれれば、すぐ頑丈になるからな。現に、あんだけボロボロにされたってのに、もう元気に走り回ってるから……。
『それはそれですごいとよね……』
……ほんとにな……。『ヌル』ちゃんほど、根性がど根性になってる男はいねぇんじゃねぇかなぁ……。
これが人間の身体であれば、
病院に送られ、入院して……、
という感じになるのだろうが、
レイジの場合、
損害……ダメージは受けても出来る限りは受け流して、
受けるダメージ量を少なくなるように、直感で動いている節がある。
計算しながら、なのかもしれないが、
計算しながらであれば動作が鈍ってしまう可能性もなくはない。
その分、レイジの動きには鈍りはほとんどなく、
ほぼゼロに近いのでは、と思わせるモノだ。
そうなれば、あれは直感に近い……、
第六感のようなモノで判断しているといった方が良いのかもしれない。
まぁ、細かい部分は、その分野のことを一切知らない『ミラー』には分からないが。
……こうしてみると、『ヌル』ちゃんはほんとぶっ飛んでるよな……。
『そうなの?』
……基本的に、人間って生き物は受け流しってのをやらなくても十分に生きれるし、そもそも受け流しを知らん方が多いのよ。でも、『ヌル』ちゃんの場合は、高校時代の部活の顧問の先生が厳しかったおかげでほぼ毎日ヤンキー相手に受け流しとか技の練習とかやってたらしいんだわな。
『部活ってのは分からないけど、それって成立するの?』
……部活としては成立しねぇよ? だけど、『ヌル』ちゃんはそれやってたおかげで大会とか結構イケたらしい……とか言ってたっけかな? まぁ、最後は出しちゃいけない反則技を出しちまったせいで試合に出られなくなったとか言ってたような気がしなくもないけど。
『……お兄さん、すごいんだね……。いや、どうすごいのかよく分かんないけど』
……だろ? 『ヌル』ちゃんはすげぇのよ。そのおかげで、ほぼ無意識で攻撃を受け流すって域にまで研ぎ澄まされてるんだわな。いやぁ、味方だとすげぇ頼りになる存在だけど、敵になると困る存在っていねぇって思ってたけど、『ヌル』ちゃんほどいねぇ存在ってのは、まずいねぇ。
『信頼してるんだね』
……そりゃ、そうよ。お前、目の前にナイフとか武器持ったヤンキーどもがいてみ? しかも、こっちは武器無しで戦闘経験なしのおいちゃんと、これまた戦闘経験なしの『ダガー付き』の使い物にならん二人組付きで、『ヌル』ちゃんは武器無し。その状況で、おいちゃん達には指一本触れさせずにヤンキーども無力化されたら、そら、惚れますわ。
『そう聞くと、お兄さん、すごいんだねぇ……』
……『ヌル』ちゃんは、ほんと凄いのよ。あんなの見れたら、男でも女でも惚れますわ。
『……でも、結構無理してるんだね』
……『ヌル』ちゃんはなぁ……。あんまり気にしてねぇみてぇだからそこは改善できねぇとこだからな。そこはおいちゃんが出来るだけフォローしようって思ってるけど。
『……君も無理してる?』
……馬鹿言っちゃいけねぇぜ、エルトちゃん? おいちゃんはやろうと思ってやってんだ。無理な時はやらねぇさ。
『でも、あの……なんだっけ。棒をトンカチで叩いてた時とか無理してたんじゃなかったんじゃないの?』
……やれるようにやってたからな。そこはあんま考えちゃいねぇな……。
『そうなの?』
……銃ってもんがねぇからなぁ……。アレは、昔見たアニメ……特別版のヤツだったかな? それに長いパイプに弾入れてケツを叩くってのがやってたんで、とりあえずパイプ探したらあの棒しか無くてなぁ……。仕方ないんで、それのケツに弾入れてケツぶっ叩いて銃の代わりにしてたってだけなんだが……。
『今更だけど、なんでケツ? 叩いたら弾が出るの?』
……そら、銃……、弾丸には雷管ってもんがあってだな? 弾丸のケツに取り付けられてるんだよ。で、この雷管ってのは、衝撃を与えるとバネが弾けるって仕組み……じゃなかったかな?
『君もよく知らないんだね……』
……そんな人の真似して弾丸作ってケツぶっ叩いてたヤツが言うセリフかよ……。あぁ~、怖い怖い。
そう思いながら、『ミラー』は肩を竦める。
現状、自分にはすることがない。
一応、方針は決まったとは言えど、自分は武器の改良をする程度で、当面はレイジの身体の改良が済むまではすることがない。
自分で出来るところはやってもいいのかもしれないが……、
……どこがどうなってるのか、ってのは流石のおいちゃんでも分からねぇって言うな……。
『分からないモノを、よく君やろうと思ったね』
……基本構造自体は一応知ってるからな。
『そうなの?』
……何でこういう風になってんだろ? って思って調べるだろ? ほら、人間ってのは探求心の塊みたいなもんで謎があれば分かるとこまで調べたがるもんでさ。
『そう言われても、私には分からないかな……』
……ここと向こうじゃ、考え方がちげぇからなぁ……。
『そう言えば、君。よくそう言うけど、どんな感じに違うの?』
……あぁ~、それエルトちゃん、アレよ。出会い頭に人を殴ったら犯罪になるとか、警察に捕まってしょっ引かれるとか、あと、犯罪やったら刑務所に入れられて服役するとか……、あとは、文化の違い? 食文化が違うってのもあるな……。おいちゃんのいたとことエルトちゃんが生まれたとこが違うみたいな感じで。
『へぇ……。やっぱり色々違うんだねぇ……』
……まぁ、調べるだけなら犯罪にはならねぇからってので、簡単に調べたりってのはやってるぜ? おけげで鉄パイプに弾丸ツッコんでケツ叩くってのは、初めてやったけどな。
『初めてでも、やれるかやれないかってのは大きな差だと思うよ?』
……それをやったおいちゃんはすげぇって褒めてんの?
『褒め……てるのかなぁ……?』
……えっ? そこ疑問に思うとこ?
『いやだって、分かんないし』
……そう言われちゃ、おいちゃんも何も言えねぇな。
まぁ、とりあえず、現状はレイジの身体の改良が済まないことには、
何もならない。
一応、取り敢えずの形……、ということで簡単な設計図、
確かこうだった、いやいやここはこうだった、と二人で話しながら設計図は描けたとは思うので、
まぁ、簡単といえば簡単と言うしかないのだが、
簡単な設計図は描けたので、それを元に作ったらうまくいくことを祈るしかない。
……ま、『ヌル』ちゃんもいるし。久々に二人組組めたから、どうにかはなんだろ、うん。
『二組組めたらどうにかなるの?』
……『ヌル』ちゃんいたら、おいちゃんのテンションが上がるだろ? そしたら、大抵どうにかはなるのよ。
『「ダガー付き」? って人は?』
……あ~、アイツはダメだ。アイツも『ヌル』ちゃんと同じく近接系だけど、アイツとは息が合わねぇ。
『でも、お兄さんとは?』
……これが、息がぴったり合うのよ、不思議なことにな。もしかしたら、前世が夫婦とかそんなんだったのかもしれねぇな!
『……私、その間に立たされてるんだけど?』
……あ~……。
そう言われてしまうと、何も返す言葉が見つからない『ミラー』なのであった。