第二十二話 鉄の龍
『ミラー』の案内を受けながら来るであろう場所に向かっていたのだが、とりあえずの打ち合わせをし終えたレイジと『ミラー』、ティアナの三人は、そこに着く手前でレイジたちは思わぬ人物と合流する。
『……ゼクス? 何やってんだ?』
「……あん? おぅ、大将じゃねぇか。どうした、そんなに急いで」
何かをしていたのは、分からなくもないのだが、
何をしていたのかが、全く分からないレイジたちに、
どうしたのかと訊ねる右目に眼帯を掛けた女性に、
逆にレイジたちがどうしたらいいのかがよく分からなくなってしまう。
そんな中、先に動いたのは、
三人の中で、まだ出会ったばかりの女性が、
『ミラー』が動く。
「おいおい、こんな所で呑気にいたら危ないぜ?」
「危ないって……。んな危ないもんは何もないだろうが」
「何もないって……。こんな獣臭い場所で何言ってやがる」
「はぁ? 獣臭いってバカか、お前?」
二人のやり取りを見て、
レイジが再び動き出す。
『いや、それはいいんだ。……ゼクス。お前、こんな所で何やってる?』
「何って……。見て分かんねぇか、大将?」
そう言って足元を指差すゼクスの指に案内されるまま、
彼女の足元へ視線を下ろす。
そこには、
『……なんだ、この荷物?』
荷台に積まれた荷物があった。
「ちょいと運んでくれって、頼まれちまってな……。
最近は大きな依頼がないから、小遣い稼ぎにゃいいか、と思ってやってたんだよ……」
まぁ、
「大将がいるんなら、手伝ってもらおうかって思ったんだが……。
……で、大将たちは何しに来たんだ? ……ってか、こいつ、誰だ?」
『何しに……、ちと用事があって来たんだ。
こいつは、「ミラー」。こいつもちと訳アリでな。
詳しく話すには時間が掛かるから、今は流してもらうと助かる』
「こいつの嫁だ。よろしくな」
レイジの説明に、『ミラー』が乗ろうとしてくる。
が、
「大将の嫁? ……あぁ、やめとけ、やめとけ。
大将の嫁を語るには、敵が多すぎる」
ゼクスは、普通に言った。
皮肉を言うにも、普通過ぎたので、レイジは冗談でも言っているのか? と思ってしまうが、
……そんなにいなくね?
嫁候補と言える人物は少ない気がする。
仲が良いのはいるにはいるし、多いには、確かに多いとは思うが……。
……でも、そこまで言えるのは、いないよな……?
はて? と内心疑問するレイジだった。
そんなレイジの反応を知ってか知らずか、
『ミラー』は早速、話を進める。
「……で、あんたは?」
「あっ? おぅ、オレはゼクス。昔、騎士を目指して頑張ってたんだが、大将に救われてな。
騎士なんてお堅いとこは、おさらばして今は大将の手伝いってことでいさせてもらってんだ」
「は~ん、成る程、成る程。
……あんたも、ってことか」
彼女からの説明を聞いて、『ミラー』は察する。
しかし、
「あんたも、ってなんだ、も、って。
オレはちげぇよ。行くとこないから、いさせてもらってるってだけだ」
「……あ~、はいはい。そういう事にしといてやるよ」
「ちげぇって言ってんだろうが!!」
そういう事、ということで納得してしまった『ミラー』に違うと必死に言い聞かせることになってしまったゼクスであった。
二人がそうしているとレイジがようやく思考から復帰する。
『……あぁ、そうだ。おい、ゼクス。
近くで、ちと騒ぎがありそうだから、ティアナと一緒に周りの奴らを遠ざけといてくれ』
「あ? 大将は?」
『ちと騒ぎがありそうなんで、対処に来た。
他でもやれなくはなさそうなんだが……、ま、俺が対処した方が被害が少なくて済むだろうよ』
「おいちゃんも援護に入るから、一人じゃねぇぜ、『ヌル』ちゃんよ」
『助かるぜ、「ミラー」』
「へっへっへっ、惚れたヤツの弱みってヤツだな。
……気にするな」
『……了解。よろしく。』
気にするな、と言った『ミラー』に対し、
レイジは言葉を返す。
そうレイジが返事をしたことに、ゼクスとティアナの二人が首を傾げるが、
『ミラー』は口元を緩めて、片手を雑に振った。
……合ってる……、ってことでいいんだよな?
『ミラー』の反応に、恐らくはそうなんだろうと、レイジは解釈することにする。
そんなことを思っていると、
『ミラー』が再び、すん、と鼻を鳴らした。
「……匂うな」
『……どっちだ?』
来た方向は合っているのであれば、
その匂いが濃いか、
薄いか、
そのどちらかで距離の関係が分かる。
そう思って訊いたわけだが、
「……濃い方だ」
こちらを向きながら、応える『ミラー』の言葉を聴き終わるか否か、
そのタイミングで、大きな足音を四人は耳にした。
足音が聞こえた瞬間、レイジがマシンガンと呼んでいるものを構え足音が聞こえた方向へ走っていく中、『ミラー』が大きな影に向けライフルを構え、一発撃った。
しかし、
「……単発かよ……っ!!!」
クソッ、
「チャージ式じゃねぇのが使いにくいなぁ、おい!!!」
そう言いながら、動きが取れないでいるティアナに、
いや、
その横で動きを取るべきか悩んでいるゼクスに、『ミラー』は、
「ここは任せろ!! 時間を稼ぐ!!」
「は、はぁ!? 大将はともかく、お前に何が……っ!!!」
「突っ立ったままで何も出来ねぇヤツよりかは仕事は出来るさ!!!
……早く後退しろ!!! 『ヌル』ちゃんが戦いにくいだろうが!!!」
とは言いながらも、
……まぁ、『ヌル』ちゃんは後ろに使えないのがいる方が燃えてくるっていう、ある意味変態ではあるけども!!!
と思ってしまう。
そう言った意味では、二人には居て貰った方がいいかもしれないが、
それでも、何も出来ないのが二人もいると『ミラー』の方が苛立ってしまう。
レイジには悪いと思ってしまうが……。
「とにかく、お前らじゃどうにも出来ねぇ!!
お前らが後退するだけの時間は稼いでやる!!!」
もう一度構え、引き金を引こうと手を掛ける。
が、
……軽い?
先程よりも軽い感触が戻ってくることに『ミラー』は違和感を感じた。
しかし、とにかくやれることはやるしかないと考えていた『ミラー』は、
その違和感を強引に気にしないことにして、もう一度引き金を引いていた。
だが、
出させるのは弾丸ではなく、引き金が戻ってくる音と感触だけだ。
その感触で、『ミラー』は悟った。
「自動装填だけど、装填に時間が掛かるとか……!!!!」
クソッ!!、と言外で怒りの声を上げるが、
怒ったところで事態が変わるわけではない。
変わるとしたらより悪い方向に変わるだけだ。
であれば、
……狙撃場所を変えるしかねぇか……!!
一か所で留まり続ければ、狙いが自身変わった途端に簡単に撃破されてしまうが、
狙撃の度に場所を変え続ければ、
相手からは察知されにくい。
そう思って、そこから離れようとしたのだが、
「なんでお前ら、まだいるの!?」
「いや、なんでって言われても、な……。どうすればいいのか、分からなくてな……」
「だったら、早く退いてくれ!! それとも、『ヌル』ちゃんみたいに突っ込んでくか!?
一応、言っとくけど、『ヌル』ちゃんは、突っ込んで時間を稼ぐのが仕事だ!!!
だったら、その稼いでくれた時間を有効に使うしかないだろうが!!!」
と口にしながら、『ミラー』は大きな影に視線を投げる。
影を見るに、大きな身体に一対の翼があるのが分かる。
ただ、ここでは距離がある為にそれが何なのかは、具体的には分からないが、
その情報だけで判断して見るに恐らくは、
……龍か……?
足を着いて上体を上げていることから判断すると、東洋龍ではなく、西洋龍ではないかと判断できる。
東洋の龍でも二本足で立つことが出来る? そんなことは知らん。知らんけど、東洋の龍には翼なんかないだろう。あれは鰻みたいに宙で身体を動かして飛んでいるよく分からない飛行法で飛んでるからな。そんな分からんもんのことなんか知るわけないだろう。
『いや、龍の種類にせいよう? とか、とうよう? とか言われてもよく分からないって言うか……』
「二本足で立つのが西洋で、二本足で立たないで身体をうねうねさせるのが東洋だって覚えれば早いぜ、エルトちゃん!」
「お前、誰と話して……」
「だからあんたらはさっさと後退する! 『ヌル』ちゃんが前で的になってくれてるが、こっち向いたら即終了だ!」
そう叫ぶ頃にはようやくになって引き金に重さが戻って来ていた。
もう一度構え、引き絞る。
大きな影に弾丸が当たる。
しかし、
……弾かれてる……?
小さな火花が出ているのが、『ミラー』の目に移った。
すぐにもう一度、確かめようとするが、
戻ってくる感触は、
「……クソッ!!! 軽いなぁ、おい!!」
一発は一発として使われるのか、
あるいは使える容量が少ないのか。
それは『ミラー』には分からない。
だが、今分かることがあるとすれば、
……この場所から離れて、出来るだけダメージ与えるってわけだぁな!!
弾かれる以上は、大してダメージになっていないと考えられるが、
同じところに何度も当てれば、少しはダメージになってもおかしくはない。
そう思い、
一瞬、後ろを窺う。
すると、ようやく後退したのか、二人の姿が無くなっていた。
であれば、
……とっとと移動してやった方が早い、か……!!
早く移動して行動に移した方が早いというわけだ。
もう一度だけ、影の方に視線を向けると、
そこには、
「……なんだ、あれ?」
金属で加工された身体をした龍が、そこにはいた。
後方から二回の射撃が龍に入ったことから、『ミラー』は『ミラー』としての役割を果たそうとしているんだな、とレイジは考えながら、レイジはマシンガンを連射する。
とは言っても、連射で出せるのは六発だけ。
瞬く間に弾が無くなって、空撃ち音が響く。
とは言っても、弾が無くなったわけではなく、一時的に弾が無くなっただけだ。
であれば、
……踏み込んでぶっこむ!!!
サブマシンガンを持った右腕を後ろに下げ、
その代わりに左腕を上げながら、前へ、
前に、ただ踏み込む。
背中のブーストによって得た加速で、ごく僅かに前に出る速度は上がる。
その速度に驚いたのか、
影、
いや、龍は動きを止めた。
しかし、動きを止めたのは龍だけで、
レイジは動きを止めるはずもない。
そうなれば、何が起きるか。
それは、当然の如く、
……フェンリルさん、頼みます!!
『穿ち……、』
祈りを込める様に、左腕を後ろに引く。
ただそれは、右腕のように武器を下げるモノではなく、
左腕に取り付けられた物を貫かせるための動作だ。
事実、
……貫くっ!!!!
ゴウッと轟音を出したながら、勢いよく左腕が突き進む。
相手の胴に接するか、接しないかの刹那、
盾に取り付けられた二本の牙が、
僅かとはいえ、思い切り伸びた。
当たる。
だが、そこから得られる感触はなく、
火花とともに弾かれる。
そこから分かることは一つ。
それは、
……装甲張ってやがる……っ!!!
それも薄い装甲ではなく、盾に取り付いている杭打機を、
スパイクシールドのスパイク部分を弾くほどの分厚いものだ。
分厚くても、ただ平たくなっているのであればどれだけ分厚かろうとも貫くことができるはずだ。
それが弾かれるということは、
……角度が付いてるってことか……っ!!!
戦国時代、
銃に対する防御として考えられたのが、
銃に対しての回避ではなく、
鎧に角度をつけて、ただ受け流すというものだ。
平たければ受け流すこともなくただ受ければただ貫かれるだけだが、
ここに角度を付けることである程度弾の流れを変えることができる。
これは、柔道にも似ているものがある。
正面から受け止めれば、力に対して力で立ち向かわなければならないが、
これに横からほんの僅かな力を掛ければ力が掛かる向きを変えることができる。
その事を何というのか、といえば、
“受け流し”。
と呼ばれるモノだ。
因みに、柔道経験者であれば誰も出来るというモノではなく、
力の向きを観察し、察知して、それに対処する能力が問われる。
これらがなければ、たとえ柔道経験者でも受け流しは出来ない。
それを簡単に行える方法として戦国時代に確立したのが、
それまで平面的だった防具に、
角度を付ける、
というものだった。
であれば、
先程から『ミラー』がしている掩護射撃も効果が薄い可能性がある。
とすれば、どうすればいいか。
まず一つとして、声を出して気付かせるというものがあるが、
声を出したところでそれが何を指すのか、何を意味するのか、それを事前に打ち合わせしていない以上、声を出してみたところで意味などはない。
二つ目として、何かしらのサインを出してみるというものもある。
しかし、これもまた前者と同じく、事前に打ち合わせをしていない以上、何を意味するのか、何を指すのかが分からない以上、意味がない。
そして、事前に打ち合わせしていない以上は、相手の理解力に頼る以上のことはなく、それが理解できないと何も出来ず、
また、相手が分からなかった時に、攻めるのは相手ではなく、事前に打ち合わせをしていなかった自分が攻められるだけだ。
その点、『ミラー』は僅かなサインでも察してくれるほどの理解力があるとはいえ、
それは無線などの連絡手段があってこそ、発揮されるモノであって、それがないのであれば、その能力は発揮されることはない。
だとすれば、
……やれるだけ自分でやるしかねぇってわけだぁな!!
たとえ弾かるほどの分厚い装甲であったとしても、
一点を、
同じところを何度も攻撃すれば、攻撃した分だけ脆くなる可能性はある。
そう思って、レイジは身体を後ろに、
後退気味に下がりながら、右腕を上げてマシンガンを発砲する。
とは言え、六発、
たった六発だ。
弾幕として張ろうにも六発では、弾幕にもならない上に威力も低い。
撃ったところで意味などはないといえるが、
それでも、
……撃たねぇよりかはマシってな!!!
同じところに当たる確率は限りなく低いが、
撃たなければ同じところにも当たらない。
そして、
六発だけで終わるのであれば、
……フェンリルさん、頼みます!!
先程と同じようにシールドでの攻撃に移るだけだ。
再び、右腕を下げ、左腕を上げる。
そして、ブースターを吹かしながら、前に出れば巨体が前に来る。
となれば、
……穿ち、貫く……っ!!!! ってな!!!
再び、穿ち貫くだけだ。
シールドも普通の盾であれば、正面からの体当たり、
シールドバッッシュやシールドチャージなどに分類されるが、
幸いなことにレイジの左腕に装備されているのは、普通の盾ではない。
先端部に二本の牙、スパイクが取り付けられている。
更に、このスパイク部分は、普通であればただのトゲが取り付けられているだけだが、
レイジの盾は、僅かながら伸びるのだ。
そう、
これを言葉で表すのであれば、
杭打ち機のように。
因みに言っておくと、レイジは穿ち貫くことをパイルバンクと言っているが、
そんなことは全くない。
ただ単に、五感のままに言っているだけで、
言葉の意味が違うのは、分かっているが、
言葉が一番フィットするが故に使っているだけだ。
その点を注意されたい。
再び、穿った時に、先程とは違った感触をレイジは憶える。
が、
……装甲が厚すぎるだろう、おい!!!
弾かれたことに不満を抱く。
そもそも同じところに攻撃を当てるということが難しいのだが、
目標の捕捉も出来ていない状態で、目安でやっている時点で殊更に難易度は上がるというモノだ。
何となく同じところに当たるようにやっていたところで、自分と相手が動いている以上、少しずつ場所は変わってしまう。
なので、だいたい同じところに当たる様に調整しているのだ。
だとしても、
傷がひとつも付いていないということはどういうことか。
……装甲が薄かったら、それだけ機動力は高くはなる。だけど、厚かったらそれだけ機動力は低くなる。
当然の摂理だ。
軽くすればそれだけ早く動けるだろうし、
逆に重くすればそれだけ遅くなる。
二回も攻撃し、傷がついていないとなれば、それだけ装甲が厚いか、
或いは、何かしらの加工がされているか。
そのどちらかだろう。
射撃が意味を為さないのであれば、
射撃ではない方法で攻撃した方が効率的ではないか。
そうなると、と考え、
レイジは右手に持つマシンガンを下げる。
そして、代わりに持つのは一本の長い棒だ。
その棒を握り締め、一度、外側に大きく振ってから、
手前に戻し、両手で握る様に先端部を左手前に持って行き、両の手で握り締める。
すると、
二本の刃が現れる。
『楽しい楽しい、第二ラウンドといこうじゃねぇか、おい……』
前の方で聞こえていた射撃音が止んだことを不審に思い視線を移してみれば、唐突にレイジがいたあたりから二本の赤い線が現れたことに、『ミラー』は口元を上げ、レイジが本気モードに入ったことを悟った。
その事に疑問を抱いたのか、
エルトが訊いてくる。
『近接に変わった……? だけど、それだけじゃ意味ないよね……?』
「いいや、エルトちゃん。これでいいだなぁ、これで」
疑問の声に応えながら、
『ミラー』は射撃を加える。
「『ヌル』ちゃんの身体のもとになってる『撃雷』ってのは、元が近接専用の格闘型だ。おいちゃんみたいな射撃専用の射撃型じゃねぇ」
銃口を上に上げ、移動する。
「そいつが近接やろうと格闘武器を手に持った。……となりゃ、こっからは第二ラウンドってな」
『第二ラウンド……?』
「……あ~……、要するに仕切り直し、ってことだ」
『でも、それだけじゃ、どうにも……』
どうにもならない、と言おうとした台詞に被せる様に『ミラー』は言う。
「だとしても、だ。
どうにもならねぇって、言うのは誰にも出来る」
だけど、
「どうにもさせねぇってやることと、どうにかしてやるってのは誰にも出来ねぇ。
そして、それはヌルちゃんはよくやってることだ。……だったら、そいつを援護してやるのが、おいちゃんの仕事だってな」
先程の位置からある程度離れたと判断した『ミラー』は、もう一度ライフルを構える。
装甲を張って補強している龍に、恐らく『ツイン・ビームエッジ・スピア』、
『TBS』での戦闘を挑んでいるレイジの姿を視界に収める。
槍を構えた時には前進していたが、
今、ある程度後退しているということは、
五連撃の最後、切り払いをしたということだろう。
レイジが再び踏み込みに入れるタイミングを観察するに、
『TBS』特有の再チャージが終わるのが、およそ5~6秒。
その間、攻撃を受ければ、再びチャージに入らなくてはならない。
何故なら、
「……あれ、チャージングが途中のままにならねぇんだよな……」
だとしたら、ある程度、こちらに気を引付けておく必要がある。
引き金に手を置きつつ、
レイジが距離を開けながら、回避に移るのを視界に収める。
レイジの身体のもとになっている『撃雷』は、ゲーム上の分類では『格闘型』。
ブースターを吹かして進む『ブーストダッシュ』が比較的普通とされる『近距離型』よりかは短く、噴射が短い分距離も短い。
となると、
……こっちからある程度アプローチは掛けないといけませんよ、っと。
ある程度アプローチを掛けて、ある程度こちらを意識させるようにしながら、けれどもメインはレイジなので基本的にメインにならない様に注意しながら、行う必要がある。
まだ、向こうにいた時、
レイジと『ダガー付き』、そして自分の三人が『戦場』で遊ぶとき、
レイジを援護するのが自分の役目だと思っていた『ミラー』は、
レイジの方にアプローチを何度も掛けに行こうとする『ダガー付き』をレイジと遭遇する手前で何回か倒したことがあった。
その時、プレイが終わると同時に『ダガー付き』に掴み掛かられ、
「おい、『ミラー』。おぅ。なんだ、てめぇ。調子乗ってんじゃねぇぞ、おい。おぅ、てめぇ。あたしゃ、『グレート』と戦いたいんだ。てめぇに倒されに行ってんじゃねぇんだ。それをなんだ、てめぇ、おい。あたしを何度も狙うたぁ、どういう了見だぁおい。しかも、『グレート』に会う手前で何度も狙うって、てめぇ、わざと狙ってんな? なぁ? そんなにワタシと『グレート』を戦わせたくねぇってか? おぅ、なんだ? えっ、そうじゃねぇ? ちょっとはこっちの言うことを聞け? あぁん? てめぇ、調子乗ってんじゃねぇぞ? あたしはあいつと、『グレート』と戦いたい。あいつは、あたしと戦いたい。それを邪魔するなんざぁ、てめぇ、人の恋路を邪魔するクソッたれってか? おぅ、なんだ? なんか言いたいことでもあんのか? ねぇよな? あるわけねぇよな? なんで、あんだ? おぅ?」
と長いこと文句を言われたこともあった。
それ以降は、レイジと戦っているのは、あまり倒さない様にと気を付けなければならなかった。
そういうわけで、あまり集中し過ぎないようにとする癖に近いものは付いてはいるが、
今、目の前にいる龍は『ダガー付き』でも、人間でもない。
だとすれば、
……だったら、手加減する必要はねぇってな……ッ!!!
そもそも手加減する必要はない。
ただ、再び撃てるようになるまでに時間が掛かり過ぎるだけだ。
というより、先程から攻撃は続けているわけで、
一度も緩めているわけではない。
そんな中でこうしたことを考えるということは、
……単発とチャージ式じゃ、威力も違い過ぎるんだよな……。
おまけに威力が低いと来た。
威力が低ければ、その分、発射弾数を増やすなりして対応するはずが、
それができない以上は、
非常に使いにくいとしか言いようがない、俗に言うクソ武器に分けられてしまう。
まぁ、単発式でも使いようによっては連射が出来る頭がいかれた狙撃銃として使える、
『モシン・ナガン』の一例もなくはない。
しかし、アレは単発とは言っても自動ではなく、手動のシングルアクションで行なっている。
『えっ? それってそんなに早く撃てるの?』
「人によっては……、ってぇとこだな。撃っては装填、撃っては装填、ってするわけだが、どういうわけだか、マシンガンみたいに連射が出来るっていうことったぁな」
ま、
「おいちゃんはそもそも出来ないわけだが」
エルトの疑問にそう応えながら、
『ミラー』は再び構え、
撃った。
遠くの目標に命中したのが目に映るが、
……弾かれてるなぁ……。
金属部に当たっているのか、火花が出ているのが確認できる。
連射ができない以上は、
ある程度待たなくてはいけないのだが、それまで掛かる大体の時間は、
……ざっと6~7秒ってとこか?
その分移動に割くのであれば、別に気にしなくてもいいのだが、
その間は、
……『ヌル』ちゃんに対して援護ができなくなっちまうからなぁ……。
そこが問題となる。
レイジのチャージが完了するまでが5~6秒。
自分が撃てるようになるのが6~7秒。
上手いこと噛み合えば、レイジがチャージ中に一発撃って気を逸らすことも出来るわけだが、
上手く噛み合わなければ、レイジが無防備になってしまう。
掩護をする側としては、それは断じて避けたい事態ではある。
しかし、
……撃てない時には全然撃てねぇからな……。
どうしたもんだかねぇ……、と『ミラー』は言外で呟きながら、場所を変えるために歩を進める。
射撃を止めて近距離戦になってから『ミラー』が出来る限りこちらに合わせようと、わざとタイミングをずらす様に射撃が龍に当たるのを悟りながら、レイジは、三回目の踏み込みを行った。
三回目。
そう、三回目だ。
五連撃が三回となると、五×三だから、十五回の攻撃が入ったことになる。
……いや、それだとおかしいか。
正確に言うのであれば、十五回の攻撃を入れるのが今回なのであって、
まだ入っていない以上は、入ったと過去形にするのは、やはりおかしい。
事態は今現在進んでいる、現在進行形だ。
となれば、五×二の、十回が入った、という表現が正しいというべきだろう。
成る程、そうなれば過去形となるのは二回目までであり、三回目は含まれていない。
含まれてはいないのだが、
……んなこたぁ、どうでもいいってな!!
心の中でそう言いながら、
レイジは五連撃の最後の一撃、
切り払いをする。
切り払いをすれば、ある程度距離は稼げる……といっても、
所詮ある程度である。
相手が、
龍が、少しだけ前に進めば十二分に詰められる距離でしかない。
しかし、
……対人戦じゃ十分だってな……っ!!
相手の胴を掴むためには前に一歩出なくてはならず、距離を開けてみれば更に詰めなくてはならない。
更に詰めるということは、それだけ時間が稼げるということだ。
戦闘中の、前に出て更に前に出る、この二つの動作にそれぞれ一秒ずつ、
合計で二秒掛かると仮定しよう。
二秒の時間があるのなら、
相手の動作をした途端にどうするのか予測ができるだろうし、
更に一歩下がったり、反対に相手に詰め寄ることができる。
わずか二秒、
されど二秒、だ。
戦闘中に二秒、余裕が出来るのであれば、十分すぎる。
だが、相手が大きすぎる場合は、この二秒という時間は無くなる。
何故か。
何故なら、半歩、
一歩にも満たない歩で、こちらと距離を詰められるからだ。
しかし、五連撃はもう三回目だ。
五連撃が三回となれば、
そろそろダメージが出てもおかしくはない。
そうレイジが思った時、
正面に視線を向ければ、
……ようやく中身とご対面だ、ってな……!!!
厚い装甲に守られた動力炉と思われるコアが露出していた。
あとはこれを潰すだけ、と思い、レイジは槍から左手を離し、コアを殴ろうとしたが、
それよりも早くに、
龍が動いた。
左側に打撃音と衝撃。
レイジの身体は大きく右に弾かれる。
だが、距離はまだ近い。
無理やりにでも近付けば、もう一度コアを殴れる、とレイジは考えた。
三歩分の距離を一息で縮め、もう一度、左腕を構え、
『頼みます、フェンリルさん!!!』
と左腕を突き出したとき、左腕があるはずの空間を、空を切った妙な感じがして、
妙を得た。
それが気になって、左側に視線を向けてみれば、
左腕の肩から先が無くなっていた。
となると、盾とかその他諸々は何処に行ったのか、とレイジは思い、
辺りを見渡す。
すると、先程までいた場所に左肩と、左腕だったと思われる残骸、
それと形を留めたままの盾が、そこにはあった。
……良かった、無事だったか……。
その事にレイジは安堵するが、
事態は現在進行形である。
突如として動きを止めたレイジを、隙を見せたと思ったであろう、巨龍がレイジの頭部に噛み付いた。
レイジの頭部に巨龍が噛み付いたかと思った直後、頭部を噛み砕きながらレイジの身体を弾き飛ばしたことに、『ミラー』は、まだまだ巨龍が動けることに苦笑いを浮かべた。
「おいおい……。さっきまで、『ヌル』ちゃんが踏ん張ってたってのに、まだまだ元気かよ……」
レイジが何かに目標を捉えたのは、『ミラー』も分かっている。
今まで槍を使った動きだったのに対し、
先程の一瞬だけは、盾を使った突きの動きだった。
だとすれば、
……弱点がむき出しになってる……、とかかねぇ。
確証はない。
単なる推論でしかないが、
信用には値する。
何故なら、
「『ヌル』ちゃんがやろうとしてたんだからなぁ……」
ならば、彼がやろうとしていたことを自分が引き継いでもいいのではないだろうか……。
といっても、自分にはゼロ距離での近接戦闘は出来ない。
自分に出来るのは、遠距離での援護、
これだけだ。
ライフルを構える。
こちらから見えるのは、側面のみ。
レイジが見ていたであろう正面は見ることができない。
であれば、正面に移動するべきなのだろうが、
この身体は自分のモノではなく、
エルト自身のモノだ。
あまり無茶は出来ない。
とすると、
……無理のない範囲でやることをやるしかない、ってか。
そうなると、相手に捉えられやすい正面を陣取るのではなく、
身体の向きを変えた時、こちらを捕捉する前にむき出しになっているであろう核を撃ち抜く。
それが、限りなく最善であり、今取れる最良といえるだろう。
であるなら、と『ミラー』は先程と同じ戦法で入ろうとするが、
それよりも早く、
『意地があんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 男の子なんだからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
咆哮を上げながら、レイジが龍に突貫していた。
『ミラー』は一瞬、何事か理解できなかったが、
「……へっ。『ヌル』ちゃんらしいぜ……」
何も変わっていないことを理解した。
『らしい? えっ、でも、お兄さん……』
エルトが脳内で疑問符を浮かべる。
彼女の問いは最もだろう。
しかし、言ったところで意味などは持たないし、
意味を理解出来るはずもない。
だが、ここで言う事があるとすれば、
「別に頭が破壊されてるとか、そんなことは大したことじゃないのよ」
なんてったって、
「たかがメインカメラが壊れただけなんだから」
それに、
「たかがそんくらいのことで動きを止める『ヌル』ちゃんじゃねぇってな」
『でも、一回吹き飛ばされて……』
「あぁ、無理よ、無理無理。そんくらいで諦めるんだったら、気合だろうが、根性だろうが、ど根性って言葉なんざ存在しねぇってな」
『ミラー』は知っている。
彼が一回撃破されても、何回も同じ方向に、同じ場所に出撃して攻撃を加え続けたことを。
例え、他のプレイヤーからターゲットを取られるカモ扱いされようとも、
レイジは諦めるということはしなかった。
撃破されることが分かっていようとも。
だからこそ、
「おいちゃんはアイツに惹かれたのかもしれねぇな……」
ならばこそ、
「『ヌル』ちゃんには無理させるわけにゃいかんわな!!!」
トリガーに指を置く。
感触は戻っている。
……あとは撃つだけ、か。
撃てるのは一発だけ、
そして、再び撃てるようになるまでは時間が掛かる。
照準器が付いていないので、狙いを付けるのは目測で、
だが、予備弾がないので弾倉が空というのは有難い。
いや、
有難くはあるが、弾倉に似せたのが取り付けられているので、
それなりには重さはあるとするべきか。
つまり、ある程度は重い。
レイジが正面を陣取っているせいで、
龍は態勢を変えようとしない。
厄介なことだな……、と思っていると、
再び五連撃の最後、
切り払いをすると、レイジが動きを止めた。
「エネルギー切れ!? ったく、無理するのも加減しろっての!!」
とぼやくと同時に、龍がレイジの身体を突き飛ばした。
そして、周囲を見渡す様に身体を動かした。
その動きを見て、『ミラー』は隙を見出す。
こちらを見るように体の正面をこちらに向けた時、
ためらわず、引き金を引いた。
銃声。
しかし、
「……クソッ、弾かれたか!!!」
これだから目測は難しい。
だが、それが危険と判断したのか、
龍は素早く翼を広げると、
何処かへ飛んでいってしまった。
ごく僅かに見れた正面、
翼を広げて飛んでいくまでの刹那の時間、
そのごくわずかの時間に見れた光景を思い出す。
……コックピット、だよな、アレ?
何故かコックピットが取り付けられて、人が乗っていたのだ。