第一話 魔を祓うは鉄の
……暗いな。
暗く、
暗い、
ただの闇そのものが目の前にある。
その事実にレイジは思考する。
それは、
……天国って言うよりは地獄、か?
にしてはやけに暗いな、おい、と一人ごちになる。
自分が死んだ、その事は理解できる。
しかし、問題があるとすれば、
今、自分が何処にいるのか、ということだろう。
少なくとも、現代日本ではないのは事実だと言える。
何故なら、数分前まで『ミラー』と会話をしていて電話を切ったのは憶えているからだ。
その後に信号待ちをしていたら車が自分の方に向かって突っ込んできた、そこまでは憶えてはいる。
だが、それを返して言うのであれば、
そこから先は憶えていないということだ。
それを意識すると、
……死んじまったか……。
レイジは淡々とそう思ったのだった。
自分の死期は誰にも予測は出来ないというが、流石に若い間に車に轢かれるとは予想は出来なかった。
予想さえできていれば、古くなってしまったと扱いをされる俗に言う『ガラパゴス携帯』、略称『ガラケー』から『スマートフォン』に機種変更しておけば良かったのかもしれないと、レイジは悔やむ。
ただ、
……変えてみたところで電話相手がいねぇんだよなぁ……。
問題があるとすれば、そこだろうとレイジは考える。
電話を掛ける相手と上げてみたところで、両親、仲が良い二人の戦友、あとは数人の仕事仲間、それ位しかいなかったのだ。
であれば、携帯を変えてみたところであまり意味はないだろう。
相手と携帯電話を通じて会話が出来るのは大きな利点ではあるが、端的に言ってしまえば、それだけでしかない。
携帯電話が作られるまでには長い、途轍もなく長い時間があったのだ。
モノの始まりは恐らくは人類が大地の上に立ち、生活を送り始めたところからであろう。
互いに互いの意識を確認する為に、人は言葉を編み出した。
その言葉は生きているモノへと伝えるだけではなく、
後世へ、
未来へと伝えるために文字になった。
そして、その文字を遠くに伝える為に紙というものが生まれ、手紙というモノが出来たのだ。
しかし、その手紙を書くという作業には時間が掛かってしまい、その上、手紙を書いて相手に渡すとなれば余計に時間が掛かってしまう。
その問題を解決するために、互いの意思疎通に信号が生まれた。
その信号は、白や黒、あるいは赤や青などといった煙だ。
そうした煙などを使用したモノは信号弾へと変化して、手紙というモノは有線通信に変わった。
しかし、有線通信では自由度が限られ、扱いが非常に難しくなってしまう。
その弱点を解決するために生まれたのが、後の携帯電話の先輩であるモノ、
無線通信だ。
この無線通信、元を正せば、軍隊で使われていたモノだという。
今現在、いや、現代日本や世界中で使われているモノの多くがきっかけが兵器であったことが多い。
一般道路の建設などの現場で見掛ける岩盤を破砕する削岩機、いや、『パイルバンカー』などもそうだ。
元は軍事兵器であり、その歴史を遡れば、中世ヨーロッパや戦国時代に攻城戦等で使用された破城槌だという。
そうしたものが軍事で使われ、役目が無くなればその技術は民間へと、人の手へと下りる。
歴史とは、時の流れとは非常に残酷なモノだ。
時代の中で生まれ、
時代の中で消費され、
時代の中で消えていく。
そうした歴史の流れの中で日本で生まれたその名の通り、『日本生まれ日本育ち』の携帯電話、『ガラパゴス携帯』をレイジが愛用する。
それ自体には問題はないだろう。
愛用していたモノを多くの人たちが忘れるか、自身が忘れないで手元に取っておくか、それだけでしかないのだから。
とはまぁ、言ってみたとしても、機種変更をしてみて使ってみようと思ったところで、もう出来ないことなのだが。
ただ、『スマートフォン』は『ガラケー』よりも値段が高いのだから、仕方がないと言えば仕方なくも思える。
それはともかく、現状を確認せねばならない。
だが、しかし、今こうして何処にいるのかも分からなければ、そう思っている等と言っても笑われるだけでしかないわけだが。
というより、
……ってか、ここ、何処だよ。
そう胸の中で不満の声が出てくる。
光もなく、目の前にはただの闇しかない。
そこから場所を察しろと言えども、無理な話としか言えないのだが。
まぁ、そう思っているのも、レイジが目を開けているのか、いないのか、それ自体も把握できていないからなのだが。
意識があって、記憶がある。
ということはつまり、
……少なくとも、あの世じゃねぇ、ってことだよな。
ということになると、レイジは考える。
かつて、
そう、かつて。
誰かが言ったのも分からなくなってしまった程、昔のことである。
その昔に、誰かが言った言葉がある。
人を作る為には三つのモノが必要だ、と。
一つは肉体、
一つは自我、
一つは記憶。
その三つが、人を人として作り、人として生かしているのだ、と。
そう考えれば、レイジの中で安心感が生まれてくる。
それは、
……少なくとも、自我や記憶、そういうものは憶えてるってことだわな。
自我や記憶、少なくとも死ぬ直前の記憶でしかないが、それはあると考えてもいいな、とレイジは結論付ける。
松山レイジという自身を認識するモノがあり、松山レイジとして生きた記憶が今もこうして生きている。
ということは、少なくとも、松山レイジという人間は、自分を認識できているということだ。
となれば、
残す問題はただ一つ。
それは、
……俺が人間か、或いはそうじゃないか、ってだけだわな。
それさえ確認できれば問題はないだろう。
ここが何処で、なぜ自分なのか、それを確認するのはあとでいい。
そうだ。
それを確認するのはあとでいいのだ。
故に、レイジは身体を動かそうと、軽く身体を揺らしてみようとする。
だが、
……動かねぇ……。
何かに固定されているらしく、
ビクともしなかった。
しかし、
しかし、だ。
固定されているとは言え、そこから分かることは多い。
それは、
……少なくとも足がある生き物、軟体動物とかそういうのじゃねぇ。
骨があるということだ。
骨が無ければ液状になるだけであり、液状になれば揺れないということはない……だろう。
そうでなくとも、少なくともスライム状の生き物などという最悪のケースには陥ることはなさそうだ。
そして、骨があり固定されているということは、足元には大地があるということだ。
空中に浮かんでいるモノであれば、そうは言えないかもしれないが、少なくとも、重力があり足を着ける地があるということが分かる。
さらに言えば、重力があるということは、地球と同じ環境であるということが分かる。
重力が無ければ地に足を着ける必要もなく、足という概念も必要ないだろう。
そうであれば、とレイジは結論付ける。
……ここは地球と同じ環境の星の何処か、ってわけか。
地球と同じく重力があり、空気がある。
となれば、
レイジを閉じ込めた他人もいるということになると言えよう。
であれば、レイジが思うことはただ一つ。
それは、
……とりあえず、一発はぶん殴っておくか。
自分の状況が分からずに、説明もなければそうしよう。
その様にレイジが心の内で決めていると、身体の外側から内側に向かって、何か温かいモノが身体の中に流し込まれてくるのが感覚を通じて分かった。
……うん?なにか流し込んで?
ヒトであるなら、何かを流し込むとすれば飲み物などしか思い当たらないと、レイジには思えなかった。
だが、今感じているこの感覚は飲み物などのモノではなく、どちらかと言えば、
そう、
車に燃料を入れる際に見るガソリンに近い。
……ガソリン!? バカじゃねぇのか?!!
何を考えてやがる?!! とレイジは外にいるであろう人間の正気を疑ったが、
すぐに冷静を取り戻す。
モノに燃料を入れる、
それはつまり、モノを動かす為に燃料が必要だから入れるだけであり、入れるということは逆を言えば、
満ちてしまえば動かせるということである。
であれば、
……落ち着け、落ち着くんだ、俺。
ああ、そうだ、
……燃料が満タンになるまで待つんだ。満タンになるまで動くな、落ち着くんだ、俺。
そう。
燃料が満ち、身体が動かすことが出来れば、その時が今燃料を入れている人間の末路だ。
と思い、冷静になっていると、明かりが視界に入り込んできた。
ローリエ王国。
背後を二つの山脈、正面を大河が流れ大橋が掛かっているその国内にある研究所で、とある実験が行われていた。
いや、実験とは言わないのかもしれない。
何故なら、
……他の世界から人の魂を鉄人形に埋め込むだなんて、禁忌に近いですよね……。
人の魂そのものを埋め込もうと考えること自体が禁忌そのものだと思うのだが、研究所の所長である鉄人形の前にいる人物はそうは思ってはいないらしい。
まぁ、そう思ってみたところで、国王直々に、「やっていいよ」と、言われれば仕方ないのかもしれないな、いや、仕方なくないか。
いや、そもそもその様に思うことに至らないか。
となれば、目の前の男は普通ではないか。
……それを言ってしまえば私も、ですね……。
難儀なモノだ、という様に、腰まで伸ばした長い銀色の髪をしている少女、シュバリエは呆然とそんなことを思っていた。
清潔そうに見える白い服に袖を通してはいるが、腰に剣帯を付けて、服の内側には防具を付け軽武装をしていることから、ただの研究員ではないことが窺えた。
事実、彼女は正規の研究員ではない。
王国の力を大きくする為に、絶対に必要だと道理を無茶で吹き飛ばし、国からありったけの資金を研究費と称してふんだくったこの研究所の調査の為に来ているだけだ。
それがどういった経緯かは本人も理解できないのだが、いつの間にか正規の研究員扱いになっていた。
ただ、シュバリエ本人としては、研究員ではなく騎士として国に働きたかったので、その願望を伝えたところ、
「だったら、今回の実験が上手くいったら国王に言ってみるよ」などと、
そう言われてしまったのだ。
なので、シュバリエは仕方なく付き合っているのだが、当の本人はどう思っているのだろうか。
そんなことをふと不安に思って訊ねてみることにしてみる。
「あの、ミハエルさん。私の騎士候補推薦のお話、どうなったか御聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、その話? 大丈夫、大丈夫。ちゃんと国王陛下にはしておいたから。一応、騎士団の下っ端として働かせてくれるみたいだよ?」
い、一応……。
一応とはどれ程なのだろうか、いや、そもそもの話。
……禁術の一端に触れている私をその様な簡単な話で騎士にさせてもらえるのでしょうか。
信頼はしてもいいのかもしれないが、なかなかどうして信用したくはないと思う自分がいることに、シュバリエは心の中で苦笑する。
そんなことを考えていると、彼が鉄人形の両腕の枷を外しているのが目に映るのと同時に、ミハエルの目の前に立っている鉄人形の顔、両目に当たる部分に光が灯った。
「よし!! シュバリエ君、見たか!!! 目に光が灯ったぞ!!!」
ミハエルが興奮した様子でシュバリエに伝えてくる。
その様子は遠くでなくとも見えているので、シュバリエは何も言わずに片手を振るだけにしておく。
「よぉ~し、ここからだ。ここからが、問題だ。」
興奮する気持ちを落ち着ける様に、落ち着け、落ち着け、と小さく呟き、大きく息を吸うと、目の前にいる鉄人形にこう伝えた。
「私の言葉は聞こえるかね? 聞こえたら、右手でも左手でもいい。どちらでもいいから手を上げてくれ。」
そう伝えた直後、鉄人形の右腕が揺らぎ、
ミハエルの胴体に拳が打ち込まれた。
「ミ、ミハエルさん!?」
離れた所からこちらの様子を窺っていたらしい女性、いや、女性というにはまだ幼さがあるから少女と呼んだ方がいいか。
その少女は目の前で身体を前方に倒し、丸くなって唸っている男に声を掛ける。
その声に応える様に、目の前の団子は大丈夫だという様に片手を上げて、応える。
そして、顔を上げ、
「い、いい拳じゃないか。」
『……良くはないだろ。』
そう言ってくる団子にレイジはそう答える。
言った直後にレイジは悟った。
人のモノではない、人が発する声とは別、何処からか発せられる様に声がくぐもっていることに。
そう思うのと同時に、自分の状態を確認する。
胸、
腰、
両足、
指先、と。
そうして視線を下していくと、必ず見当たるモノがないことにレイジは疑問すると同時に、理解した。
それは、
……こ、この野郎。人の魂を人形にぶち込みやがったのかよ!!
しかもその魂が俺かよっ!!
怒鳴りたい、
怒鳴ってもう一発殴たい……っ。
逸る気持ちを落ち着かせようと深く息を吸い込もうとして……、呼吸が出来ないことにレイジは肩を落とす。
だが、時は待たないモノだ、そう冷静に思うことにして、まずは目先の状況を整理しようと、目の前で蹲っている団子、
もとい、ミハエルというらしい男だったものに声を掛けることにする。
『……で、現状は?』
「い、今すぐに、知りたいことが、それかねっ?」
言いたいことは山ほどあるが、
それはともかくとして、
現状の確認が最優先だ。
自分が撃破されて一時戦線を離れ、再び復帰した時などは特にそうだろう。
誰が何時撃破され、何処にどれだけの戦力が必要なのか。
それが分からなければ、勝てる勝負も勝てなくなってしまうからだ。
アレは確か『ミラー』達と知り合って共に戦い合う関係になった頃だったか、前線で一番槍を務め敵の進行を食い止めていた時の話だった。
一番槍を務めるということはつまり、敵の集中砲火を受けやすいということで、誰よりも早くに戦線から退避するのが早いということでもあるのだ。
そして、一旦撃破されて、戦線に戻ってきた時にはもうそこは地獄に変わっていた。
誰も援護に来ないで、『ミラー』と他の奴の二人だけで戦線を維持しているのを見た時には、申し訳ない気持ちで一杯だった。
まぁ、その後に『ミラー』の奴から、
「おぅ、飯奢れや、『ヌル』。お前、早々にくたばって俺と他ので維持してやったんだ。別にそのお礼くらいはいいよな、あぁん?」
と言われてショッピングモールのフードコートでかなり値が張る料理を注文した記憶がある。
その時に、
『情報共有は絶対必要。これ、お兄さんとの約束な!!』
と心に刻み込んだのだ。
故に、レイジにとってなぜ自分で、ここが何処なのか、それは大したことではない。
今必要なのは、
現状がどういった状況なのか、
それを知るだけでいい。
他の情報は後で聞けばいいのだから。
レイジの前に倒れている団子がよろよろとした様子で立ち上がり、人型へと変形する。
そして、眼鏡をくいっと上げて見せ、
「……それで状況説明だったよね?」
レイジは再び男の胴体に拳を打ち込んだ。
「うわぁ……。」
再び胴に拳を打ち込まれて身体を丸め倒れ込むミハエルを気の毒に思いながら、シュバリエはこのままでは話をできないと思い、鉄人形の元へと歩いて行く。
そして、声が掛けられる距離まで近付くと、そこで足を止め、
「あ、あのっ。」
『……あっ?』
虫の居所が悪かったのか、こちらに顔を向けながら低い声で返答する鉄人形に対し、
……いや、その怒り、私に向けないで貰えると有難いんですけど。
まぁ、無理ですよね、と結論付けることにして、言った。
「は、初めまして。私、ここで働かせてもらってます、シュバリエと申します。」
『あっ、どうも。』
腰を折って自己紹介をするシュバリエに対し、
鉄人形はそう言いながら軽く頭を下げる。
『俺の……、あ~、今の名前は知らないから向こうで使ってた名前で良いのか? ま、いいか。……いいよな?』
どういったモノかと悩んでいる鉄人形に、シュバリエは、
「え、えぇ、構いませんよ?」
と言った。
それを快く思ったのか、鉄人形は少し機嫌が良さそうな声で言った。
『俺の名前は、松田レイジ。知り合いからは「ヌル」なり、「グレート」なり好きに呼ばれてる。』あぁ、
『なんだったら、「ヌル・グレート」でもいいぜ?』
「それでは……、えっと、レイジさん……?」
『・・・・・・ま、それでもいいけどよぉ……。』
鉄人形、
いや、
レイジと言ったか。
彼はシュバリエが彼が呼んで欲しいと頼んだ呼び名で呼ばなかったことに、
肩を落として顔を俯かせる。
だが、そうしていたのも僅か数秒で、
『まぁ、それはあとでいいか。……で? 現状はどうなってるんだ?』
すぐに顔を上げて、説明を求める様にそう言った。
その彼の様子に、シュバリエは驚く。
何故なら、
……前の名前ということは、私と同じく人の身であったと、つまりはそういうことですか。
と思えば、
……もう落ち着かれておりますか。
人は人だ。
それは人であったという記憶が、人の姿を取っていることに安堵できるが故なのだが、目の前の彼の姿はそうではない。
人には近いが、限りなくヒトではない。
ただの、
鉄人形だ。
にも関わらず、彼は落ち着いて、現状を聞き出そうとしている。
誰もが混乱するであろう状況で、だ。
その精神力にスゴイな、と尊敬すると同時に、
……もしかして、彼は戦場に慣れている……?
常に状況が変化し、
平穏も、
何もなく変化のみがただある戦場というものに、
慣れていなければ彼の落ち着いているはずはないとシュバリエは一人そう思う。
まぁ、彼女が思っていることも間違いではない。
レイジが慣れていると見えるのは、ただ、平和ボケで戦場を楽しむために作り出した遊びに慣れているだけでしかないわけなのだが、それは彼女が知ることもないであろう。
たぶん。
きっと。
恐らく。
「……え、えっと、状況と伝えましては、魔物が出現。これを迎え撃つために騎士団から一個小隊が出ています。」
申し訳ないと思いながらそう口にするシュバリエに、
レイジは首を傾げる。
『一個小隊? ってなると、……一分隊がおおよそ五人でそれが四つだから、
……ざっと二十人くらいか?』
「そうですね。実際には一分隊が六人で五つの分隊? になりますから、合わせて三十人といったところでしょうか。」
『三十人で食い止められる……、だったら、俺を呼ぶ意味、なくね?』
意味がないだろうと言う彼に対し、
シュバリエは首を横に振る。
「いえ、そうとも言えません。ただの魔獣であれば、問題なかったのですが……。」
含みを持つ様に言う彼女に対し、
レイジはあるはずのない喉をごくりと鳴らす。
「実は、この魔獣、つい先日、とある国の騎士団を全滅に追い込む程の強さがある魔獣でして。」
えぇ、
「ですので、早急な起動が必要とされまして。」
『……うん? おい、ちょっと待て。そんなに急ぐんなら、
その騎士団の連中……、』
何かを悟った彼に、シュバリエは頷く。
「貴方が思われている通りです。」
『……んだと!!? こうしちゃいられねぇ!! とっとと出て援護しねぇと!!!
おい、てめぇ!! 俺の武器は!?』
シュバリエの言葉を聞いて、慌てる様子の彼に、シュバリエは冷静だった。
何故なら、
「レイジさん。何処に行かれると仰るのですか?」
『決まってる!! 援護に、』
ああ、
『そいつらを助けに行かねぇと!!!』
「無茶ですよ。相手は騎士団を全滅させるほどの強さがあるのですよ?
それにたかが一個小隊、三十人が、国が迎撃態勢を整えるまでの時間を稼いでいるのです。」
いいですか、
「そんな彼らの思いを踏みにじるというのですか、貴方は?」
冷静になれと、もう間に合うことはないと、ただそう口にするシュバリエに対し、レイジは首を振る。
『ああ、そうさ。これは俺の勝手だ!!
そいつらがどんな思いで戦ってるのか、俺は知らないね!!!』
だがな、
『死ぬのは簡単なんだ。生きることよりもな。』
それを、
『それを、放棄して時間を稼ぐ? ハッ、くだらねぇ! んなもんで稼げる程度のもんだったら、全滅なんざしねぇだろうさ。』
「……どういうことです?」
話の論点が違うという彼に、シュバリエは疑問の声を出す。
その疑問の声に、彼は片手に一本指を上げる様に、握ったままの拳を上げる。
その動きに遅れる様にして、指が起き上がってくる。
『……。』
その事に何かを悟ったのか、言いたそうにしていたが、彼は何も言わずに応える。
いいか、と前置きをしてから、
『ほんの三十人がバカと強い相手に戦うならにはどうすればいいと思う?』
それで、
『それで時間が稼げると思うか? たった三十人だけで?』
「まさか……。」
彼の言葉にようやく合点がいったらしいシュバリエは、
驚いた様子で反論しようとするが、
それよりも早くにレイジが口を開いた。
『……そいつは待ってるんだよ。増援に来るであろう大勢をまとめて潰すために、な。』
「まとめて……、ですか……?」
『まとめて、だろうな。』
なんせ、
『国一つ、いや、騎士団一つを食い潰せるほどの実力があれば。』
それに、
『それに、デカブツから見て見りゃ俺ら、』
いや、
『あんたら人間ってのは小さく見るだろう?
小さい集団をいちいち潰すより助けに来た連中をまとめて潰した方が早いってもんだ。』
分かったか?、と、
シュバリエに確認を取る様に言う彼に、彼女はただ、ただ驚いていた。
「なぜ……、」
『ん?』
「なぜ、貴方はほんの僅かな情報で、そんなことが分かるのですか?」
なぜ分かるのか、それが分からないという彼女に、レイジは笑う声で、こう答える。
『別に分かっちゃいないさ。ただ、』
ああ、
『ただ、逆に考えたら、……そう思っただけさ。』
「逆に?」
『ああ、逆に、だ。』
訳が分からないという彼女に、レイジは笑顔を見せる様に笑いながら応える。
戦場で相手に勝つには、幾つか条件が必要になる。
そのいくつかの条件を相手に悟られなくして、最期の締め括りにそれを暴露する。
一つは大したことがない様に見えて、一つ一つを重ね合わせた時に、何故、それを行ったのか、何故、そのタイミングでそれを行ったのか、全てが見えてくるのだ。
向こうの世界では、それを気付くことが出来ずに、レイジの国は敗北した。
相手が自国よりも大きな、大国が相手だというのに、だ。
それを反省すべきなのに、未だに反省していないということはどういうことなのか。
いや、
今考えるべきはそこではない。
そうだ、レイジがそう感じたのは、単なる偶然で、もしかすれば、レイジが感じ取り今話したことも、違うのかもしれない。
だが、
……今、分かるのはそれだけだからな。
レイジにとっては、
それだけでいい。
何故ならば、相手は余裕を持って潰そうとしているのだから。
だったら、それを読んだ上でひっくり返せばいいだけのことだ。
レイジは丸くなっている団子に、顔を向ける。
『おい、あんた。俺の武器、』
いや、
『使える武装ってどこにある?』
と武器の在り処を聞くレイジに、団子は腕を伸ばして、答えた。
「そ、そこにある倉庫に、一応は。」
『そりゃどうも。』
武器の在り処が訊ければ、それだけで事足りる。
そう思い、レイジは倉庫に向かって歩き出そうとし、
『で、シュバリエ……だったか? ……なんであんたが付いて来る?』
隣に寄り添うように、近寄ってきたシュバリエに疑問をぶつける。
だが、彼女はレイジの質問にすぐには答えずに、クスッと微笑むようにしてから、
「いえ。実は私、こう見えて騎士団に入団志望なんですよ。」
そう言ったことにレイジは分からなかったが、或いは反応することがなくとも構わないのか、彼女は言葉を続ける。
「その入団手続きをしてもらうということで、お手伝いとして働かせていたのですが、」
どうにも、
「ミハエルさんは私を手放したくはないと思っている様でして。」
そう言った彼女の言葉を聞いて、レイジは大まかではあるが理解が出来た。
要するに、
『要するに、手っ取り早くコネを作りたいがために俺に付いて来るってわけだな?
騎士を助けに行った救世主として。』
「正確には、騎士団に入りたいと願ってる少女がただで働かされていると思ってもらい、
助け出させてもらうために、ですかね。」
勝てるモノだと思っているシュバリエに、レイジは釘を刺す様に言う。
『おいおい。一応言っとくが、まだ勝てる、倒せるとは限らねぇんだぜ?
俺だってまだ起きたばっかで身体の試運転だってまだなんだ。』
それなのに、
『それなのに、んなこと言ってたら、叶わなくなっちまうぜ?』
と言ったレイジの前に、彼女は身体を軽やかに回しながら、レイジの前に出て、口元に指を当てながら応えた。
「ですが、貴方は死ぬつもりはない。
……そうでしょう?」
『まぁな。』
まぁな、と、そう応えるレイジに対し、彼女は口元を緩ませることで応えた。
「であれば、なにか策があるということ。そして、貴方はそれがある。ならば、付いて行かずにして何を果たせると言いましょうか。」
そう応えるシュバリエに対し、レイジは、
……こいつ、俺に自分の有り金、全部つぎ込みやがったな。
危険だと、
危ないことをしているな、
そう思う一方で、
頼りになる、と、
ただそう感じていた。
『あ~……、一応言っとくが、策も何もないからな?
勝てねぇと分かったら、俺と連中を放ってとっとと逃げろよ?』
「嫌ですよ、そんな。貴方を置いて、私一人だけ逃げるだなんて。
そんなことできませんよ。」
……どの口で何言ってやがる。
口で言うことと、本心で思っていることは同じとは限らない。
掩護すると、そう言って、誰も援護に来なかった時がよくあるのだ。
であれば、信用しない方が身のためだろう、
まぁ、
……頭の隅の方に置いといた方がいいかもな。
忘れない様にしておこうと、そう心の内でとどめようと、そう思っていると、倉庫の入り口に辿り着いていた。
シュバリエが道を開け、レイジが前に出て扉を開ける。
開けた直後に、目に入ってきたモノがあった。
それは、
今ここにあるはずがないモノ、
存在するわけがないモノだった。
それを現す言葉は、一つのみ。
それは、
『……「疾風」……っ。』
「えっ、『シップウ』?」
レイジが何を見て、どう呼んだのか理解できない様に、シュバリエが続ける。
だが、レイジにはその言葉に反応している余裕がなかった。
白く塗装された外装に、
腰部に取り付けられた長い棒、
外部出力ブースター、
長時間の飛翔を可能とするそれを見て、機体の顔面を見る。
その顔には未だに中に誰かが入っているわけでもなく、ただの暗闇が其処にはあっただけだった。
「ああ、それを見たのか。」
後ろから聞こえる言葉に、レイジは後ろを振り返る。
そこには、先程まで団子の様に丸まっていた男がいた。
「ミハエルさん、もう動いても?」
「ああ。……とは言っても、まだ少し痛むけどね。」
『……それよりも、だ。なんで「疾風」がここにある?』
レイジの問いに、
ミハエルはああ、と前置きを置いて、
「視たから作ってみたんだ。」
『視た……?』
「ああ、視たともさ。だからこそ、その身体に君がいる。入れるなら、慣れ親しんだ方がいいと思ったわけだ。
そうでないと拒絶反応があるかもしれないからね。」
『……慣れ親しんだ、ってことは。……まさか。』
ミハエルの言葉に、
レイジは理解した。
自分が今、何処にいるのか。
それはつまり、
『俺は……、いや、この身体は「撃雷」の……?』
「厳密には違うけどね。」
レイジの疑問に、
ミハエルは笑みで応える。
「君が『ゲキライ』と呼ぶ機体、そのままではなく、私が見よう見真似で作った力作、」
それも、
「『シュバルツ・アイゼン』!!!」
それが、
「それが、君の、」
いや、
「その身体の名前さ!!!」
どうだ、参ったかと語るミハエルに、レイジは脳内でその名前を繰り返す。
そして、
『「シュバルツ・アイゼン」……、それがこの身体の名前……。』
その名を口にする。
「とまぁ、言ってみたところで、あくまでも!!
私が見よう見真似で作っただけだから。そこは忘れないでくれ給えよ?」
勘違いしない様にと、
そう言ったミハエルに対し、レイジは頷いた。
言う。
『ってことは、あんたは俺にとっては、立派な父親、』
いや、
『「親父殿」ってわけだな。悪かったな、「親父殿」。』
そうだ、彼が無理やりねじ込んだにせよ、この身体は彼が作ったのだ。
そして、彼が名付たのであれば、そう呼ばなくてはならないだろう。
この身体にとっては、彼こそがたった一人の肉親、
『父親』なのだから。
だが、ミハエルはそう言ったレイジの言葉を恥ずかしがるように、頭を掻きながら応える。
「よしてくれ。まだ私は独身なんだぞ? そりゃ将来一緒になりたいと思う女性はいるが……、
それでも私は……。」
そう応えるミハエルに、指を差しながら隣にいる少女、シュバリエに訊く。
『……っと、「親父殿」は言っているが、シュバリエさん。
そこのところ、実際どうなんですか?』
「そうですね……。
どちらかと言えば、私は騎士団に逃げたいと思っているので断固としてお断りします。」
『お~……っと。これはまさかの目の前で拒絶……っ!!
いくら何でも、お前、少しは言い方変えようとか思わないのか?』
「まさか。」
『まさかって、お前そりゃ……、あんまりじゃないか?』
目の前で交わされる会話に、ミハエルは置いてかれていることを自覚して、話題を変えるために話を振った。
「それは、ともかく!! 今は君の武器の話だろう、レイジ!!」
『……あ? ……、ああ、そうだな。それで?俺はどれを使えばいいんだ?』
……少しムキになり過ぎじゃね?
内心でそう思いながら、問うた先で、ミハエルは二人を入り口に残したまま倉庫に入り、刃がない柄しかない槍を取って戻って来た。
槍、そう呼ぶにはいささかおかしいかもしれない。
槍ならば刃は一つのはずだ。
だが、
だが、その槍の様なモノには二つの刃、刃元となる部分があった。
それはまるで、そこから刃が現れると、そう言っている様だった。
そんなことを感じて、レイジはミハエルに訊く。
『あ~……、「親父殿」。一応、一応だけなんだが、一応訊いとくぞ?あんたまさかそれ、「ツイン・ビームエッジ・スピア」か?』
レイジの問いに、ミハエルは自信満々に笑みを作って答える。
「無論だ。……とは言っても、少し違うがね。」
いいかね?とミハエルは説明を始める。
「これは、君の世界での、
えっと、何と言ってかな……。」
『……「撃雷」。』
「そうそう。その『ゲキライ』の代名詞、『ツイン』……えっと、」
『「ツイン・ビームエッジ・スピア」。』
「そうそう、それそれ。それを見よう見真似で私なりに工夫して作ったモノだ。」
その名も、
「『ツイン・マナエッジ・スピア』だ!!」
決まったと、
そう自慢げにこちらを見る彼に、
レイジはツッコミを入れるべきかどうかを悩んで、
『……、……それで?どう使えばいいんだ?』
ツッコミを入れずに話を進めることにした。
その事に彼は一瞬、落ち込んだようだったが、すぐに気持ちを入れ替えた様子で話し出す。
「なぁ~に、簡単さ。君がいつも使う様に柄と持ち手を持てばいい。
それだけで魔力の供給が為されて使える。」
試しにほら、
とミハエルはレイジにそれを渡す。
そして、
レイジがいつも使うようにして持った瞬間、
刃がなかった二つの柄からそれぞれ一本ずつ、
計二本の刃が現れた。
『……で? 「溜め」に何秒かかる? 五秒か? それとも十秒?
……まさか一分とは言わないよな?』
そう訊いてくるレイジに、
ミハエルは笑う。
「まさか!! そんなに時間が掛かるわけがないだろう?! 君が使おうと思った瞬間には使えるさ!!」
『……、……成る程。』
レイジが言う『溜め』が何を意味するのか、
それはミハエルには分からなかった様だった。
……ま、『向こう』の方でも『撃雷』に乗ってるときは、『溜め』しなくても使えたしな。
そう言えば、そうだったなと、レイジは納得することにした。
そうだ、
『向こう』でも『撃雷』に乗って、近接武器に『ツイン・ビームエッジ・スピア』を使う際には別に『溜め』はしなくても問題はないのだ。
使う分には。
ただ、『溜め』をしない場合とした場合だと、与えるダメージ量が違う。
それが分かってからというもの、レイジは『撃雷』を使うとき、特に白兵戦だが、
互いの距離が短くなった時には、それを意識するようにしていた。
故に、それに必要な時間を訊いたわけなのだが、それは作った本人にも分からないらしい。
となれば、
……あとは実戦で感覚を掴め、ってか。
泣けるねぇ……、と口には出さずに、心のうちににしまっておくことにして、
『……それで? 他の予備兵装とかは?』
他に武器はないのかと、そう訊くレイジの言葉を聞いて、
ミハエルは、
「……、……えっ?」
少し間を空ける様に訊き返す。
その言葉に、レイジは何処か不穏な気配を感じ取ったが、
『ほら、あれだ。「マシンガン」とかそういうの。
いくら何でも槍が一本だけってのは……、流石に無理があるだろ?』
敢えて指摘せずに流すことにする。
レイジの言葉を聞いて、シュバリエが確認をする様に訊き返す。
「おや。心許ないので?」
『まぁ、な。いくら何でも槍一本で殴り合えってのはちと厳しい。相手が強いなら尚更な。
出来れば、射撃武器が一つないしは二つ……、
一つは近距離用、もう一つは遠距離用のがあれば、俺一人でもどうにかやれるとは思う。』
……ま、
『それでも相手がどんな奴でどんな戦い方をする奴か、それが分からないと話にならないわけだが。』
それで、とレイジは言葉を続ける。
『「親父殿」。コイツ以外になんか使い物になりそうなのはなんかあるか?』
何処かへ逃げる様子で背を向けているミハエルに、レイジは声を投げかける。
その言葉に、
「えっ。え、え~と……だね……。」
背をこちらに向けたまま、
数回頭を左右に振って、
剣入りの鞘を手に取ると、
こちらに振り向いて、レイジの手の上にその鞘を置く。
「『ヒート・マナエッジ・ソード』だ。
……試作の域はまだ出ていないが、使えるはずだ。たぶん。」
『……、……おい、「親父殿」。』
槍を肩に担ぎ直して、置かれた鞘を無言で左腰部にマウントさせ、ミハエルの顔を、レイジはただ見つめる。
『俺が欲しいの、格闘武器、違う。射撃武器。』
いいか?
『射撃できる武器、俺、欲しい。分かるか?』
そう訊くレイジに対し、ミハエルは目を泳がせる。
だが、レイジは目を離しはしない。
これは人の生死と、
そう、
自分の命が掛かっているのだ。
そう易々と、妥協するわけにはいけないのだ。
何かを安請け合いすれば最後、
「出来るって言ったよな? なら、やれるよな?」
と手伝ってほしい時に手伝ってはもらえなくなってしまう。
戦場にいる時なら尚更だ。
一人一人、誰が何をして、誰がどういった状況なのか、全てを把握することなど出来るわけがないのだ。
出来たとしても、それは自分の目の前で起こっていることに対しての、対処が出来るかどうか、それだけでしかない。
過去に一回だけ、『ミラー』と『ダガー付き』の二人と組んで、三人で共に戦場で戦っていた時があった。
幸い、互いの意思疎通をしていたので、自分ら三人は特に困ることはなかった。
だが、他の三人、彼らもしくは彼女らが問題だった。
一人は前線に飛び込んで、一人はなんだか訳のわからない動きをして、最後の一人は自拠点から離れることがなかった。
その時にレイジは決めたのだ、
それは、
「今後どんなことが起ころうとも互いの意志は確認しておこう。これ、お兄さんとの約束な!!」
と。
故に、今のレイジには確認を取ることが最優先事項なのだ。
いかに、自分がヒトではなく、機械の身体を手に入れたとは言っても、そこだけは譲れない。
譲ってはならないのだ。
だからこそ、レイジは確認する。
『「親父殿」。三度目は訊かないぞ。……射撃武器は何処にある?』
威圧を掛ける様に、そう訊くレイジの言葉に、渋々といった具合でミハエルは両手を上げて降参のポーズを取る。
そして、言った。
「いや。それだけだ、レイジ。」
『……、……えっ? なんだって? 悪い、よく聞こえなかった。もう一回言ってくれ。』
分かっていたことだが、確認を取らなければならない気がして、レイジは再び訊いた。
だが、繰り返される言葉は同じ言葉のみ。
「それだけだ、と私は言ったんだ。」
その言葉が耳に届くか届かないかという微妙なタイミングで、
レイジは再びミハエルの胴に拳を突き入れた。
「た、隊長!!! 本隊は、本隊から増援はまだですか?!」
「まだだ!!! まだ来ない!!!」
「し、しかし、ウェルスとダイナーの二人がやれました!!! 残りは自分らと数人だけです!!!
これ以上は我々が持ちません!!!」
「泣き言を言うな!!! 動ける我々だけで持たせるんだ!!!」
「そ、そうは言っても……っ。」
泣き言を吐く部下の気持ちも分からなくはない、
だが、
……それでもやらねばならない。
ああ、
……それが王国を守る役目である騎士であり、
緩んできた手に力を込めて隊長格の男は、剣を握り締める。
……それこそが我々の本懐なのだからっ!!!
「チェェェェェェェェェェェェス、トォォォォォォォォ!!!!」
目の前で部下を食らってきた化け物、
巨龍に己の刃を叩きつける。
だが、その結果はそれまで部下がしてきたのと同じく、ただ弾かれるだけに終わる。
「ちいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
気合を入れて、一番力が入りやすい上段からの叩き付け、傷を負わせる気持ちで、力一杯に下し叩きつけたにも関わらず、其処知らぬ顔でいる巨龍の顔を見て、男は唇を噛み締める。
……ダメか、
ダメか、と。
……やはり我々、人間程度の力では無理なのかっ。
人でない、
であれば、
世に聞く戦場で見掛けると言われる絶世の美女、
戦乙女ならば、もしくは……。
倒せるのではないか?
そう疑問した男に、巨龍が顔をこちらに向け、大口を開くのが目に映った。
その口からは、激しく燃ゆる轟炎が見える。
その後のことを想像するのは、容易にできた。
何故ならば、
自分の目の前で燃え焼かれて死んでいった者たちがいるのだから。
故に、
……ここまでか。
男はただ淡々と、
……だが、せめて。
思っていた。
……戦うことを諦めずに剣を振ったのだ。
だからこそ、と。
……我らが神たるオーディンよ。
御聞きください。
……我が魂、我が肉体、貴方が望む戦場と共にあらんことを。
聞こえているだろうか、と。
そんなことを思っていると、ふと疑問に思った。
何故、と。
何故、こちらから目を離しているのだ、と。
こちらから目を離して、
何処かを見る巨龍を見る男に、
大きな雄叫びの様な大声が耳に聞こえる。
それは、
『イェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェィ!!!
ウィィィィィィィ、アァァァァァァァ、オォォォォォォ、ディィィィィィ、エス、ティィィィィィィィィ!!!
イエェェェェェェェェェェェェェェェェェェィ!!!!』
というもので、背後に振り返ろうと、顔を横にずらしたその時、目の前を、黒の鎧が巨龍目掛けて駆けて行った。
『イェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェィ!!!
ウィィィィィィィ、アァァァァァァァ、オォォォォォォ、ディィィィィィ、エス、ティィィィィィィィィ!!!
イエェェェェェェェェェェェェェェェェェェィ!!!!』
レイジはわざと目立つ様に雄叫びを上げながら、目の前にいる巨龍に向かって駆けていく。
この身体になって分かったことがいくつかある。
それは、
……加速用のブースターが使えねぇ。
背中に背負っているバックパック、
通称、『ランドセル』と呼ばれるモノには、ガスを噴射して加速させる為のブースターが取り付いているはずであった。
だが、それを使おうとしてみたところで手ごたえは何もなく、ここまでの距離を自走、自分の足を使って走らなければならないということ、それが一つ。
加えて一つは、
……武器の有効範囲と固定表示が出来ねぇ!!
そう、
何処から何処までが武器の有効射程なのか、
そして、
目標を捕捉しているのか、
それが分からないということ。
そして、
……『ツイン・エッジ・スピア』の溜めをしてるのかが分からねぇ!!
『ツイン・マナエッジ・スピア』だったか、『ツイン・エッジ・スピア』だったかどちらが正しかったか、それは忘れた。
だが、今考えるべきことはそんなことではない。
今考えるべきは別のこと、自分にとっては何よりも大切なことだ。
しかし、それが分からなければなにもならない。
そう、『撃雷』を使っている時は、溜めが出来ているか、限界まで溜まるのにどれくらいの時間が掛かるのか、それが目に見えて分かっていたのだが、今、その目安がないのだ。
故に、
……だったら、俺の記憶で補正してやるよぉぉぉぉぉぉ!!!
記憶を頼りに、突き刺しに向かった。
距離はまだある。
近いようで遠い、そんな微妙な距離だ。
経験上では、決して届くことのない距離なのだが。
……届くか、届くかないかじゃねぇ、
そう、
届くか、届かないか。
そんなことはどうでもいい、
何故なら、
『届かせればいいんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
気合を入れて、レイジは咆哮する。
そうだ、
どんな戦場でも言えることなのだ。
届くからやる、
届かないからやらない、
それはいけないのだ。
誰もやらないから、
やり方が分からないから、
だから、やらない。
そうではないのだ。
分からないからやらない?
誰もやらないからやらない?
違う、
違うのだ、
『俺だからやるんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
レイジの咆哮と共に、
槍の先端部が巨龍の身体に触れる。
否、
触れられた。
ならば、
レイジが行うべきはただ一つ。
それは、
今まで何百回と行ってきた動作、
自分の愛機が行っていた動作だ。
その動きは、
一つ、最初は胴に刃を深く突き入れ、
二つ、次は持ち手を後ろに下げて下段を突き、
三つ、その次は再び後ろに下げて上段を突き、
四つ、そして持ち手を後ろに引き下げもう一度下段を突き刃を押し上げ、
五つ、最後に上方へ抜けた刃を上段から下段に向かって斬り払うというものだ。
切り払いとと同じく身体を後ろに下げ距離を開けることも忘れない。
五連撃、自分が『撃雷』に搭乗して何百回と繰り返してきた動作だ。
その動きを忘れるはずはない。
そう、
自分が生きている限りは忘れるはずがないのだ。
だが、
……クソッ、浅かったかっ?!
深く、身に染みる程の深い損傷を与えたはずだったにも関わらず、巨龍は深手を負ったようには見えず、レイジが何をしたのか、それが理解できない様にレイジの目には映った。
大したダメージにはなっていない、
であれば、
レイジが行うべきはただ一つ。
それは、
……もう一回、やれるか!?
もう一度、
五連撃を浴びせる、
それしかレイジの手には残されていない。
だが、
巨龍はレイジの動きを見て悟ったのか、動きを見せる。
その動きは、勢いよく身体を後ろへ、背後にと身体を向ける動きだった。
何故勢いを付けるのか、
それを、
レイジは身をもって知ることになる。
『……っ!!』
横から自身に向かってくる大振りのモノ、
太いが短い、大木の様に見えて塊ではない、大きな尻尾が向かってくる。
それから身を守るために、槍の持ち手から手を離し、左腕で左側を守ろうとする。
大振りの、巨大な、大きな丸太ほどある太さをしているモノから、
それだけのことで身を守れるはずはない。
それを証明するように、
『くっ……!!!』
レイジの身体は吹き飛ばされる。
吹き飛ばすために尻尾に掛けられた力は、大きかったようで、
レイジの身体は、
『ぐっ、がっ、うっ!!』
数回地面に身体をバウンドさせて、
横周りに一、二回回って、
動きを止めた。
完全に動きを止めたレイジを、生死を確認する為に巨龍は、顔をそちらを向ける。
動きはない、
だが、
死んだとは限らない。
事実、
『くっ、……ったく、いてぇなぁ、おい』
レイジは生きていた。
身体を起き上がらせようと、レイジは左手を地面に着かせようと、左肩を上げる。
しかし、そこから先から反応が戻って来なかった。
そのことを疑問に思いながら、今度は右手で地面を着いて、
身体を起き上がせて、
左腕があるであろう左側を見る。
だがそこには、
何もなかった。
何もない、
それはおかしいだろうとレイジは考える。
先程までそこには腕があったのだ、
それが今はない、
それが意味すること、
それは、
『おいおい、今の一発で砕かれるとか冗談言ってるんじゃねぇよ』
砕かれたということだ。
たった一回、
されど一回。
その一回で腕が砕かれた。
それが意味することは、
戦う手段がもうないということを意味している。
『……燃えるねぇ』
口があれば唇舐めているだろうな、そんなことを思いながら、レイジは立ち上がる。
左腕は何もなく、右腕には槍が一本あるだけ。
たったそれだけで、たったそれだけの武装で勝てるとは、戦えるとは誰も思わないだろう。
しかし、
それでも、
レイジは思うのだ。
勝てる、と。
戦える、と。
そう思うのだ。
決して優勢ではなく、
劣勢と、
そうとしか言えなくとも、
レイジは思うのだ。
倒せる、と。
その想いを、
腹の内から、
ただ吐き出すかの様に、
ある呪文を、勇気を奮い糾せる様に、レイジは口にする。
『意地があんだろうが……っ、』
そう言いながら、
レイジは身体を前へ、
後ろではなく、
ただ前へ、突き進むように、身体を動かす。
意地がある、それは何故か。
何故、意地があると、そう言えるのか。
それは、
『男の子なんだからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!!!!』
咆哮と共に、右の手で握る槍の先端を、
刃を巨龍へと、突き刺した。
その突きは先程よりも深く、
ただ深く、突き刺さったようだった。
それを証明するように、巨龍は悲鳴を上げる様に、声を上げる。
しかし、
レイジはたった一回で終わらせるつもりはなかった。
一回、
一回突き出せるということは、
もう一度、
突き刺せるということだ。
それを証明するように、レイジは槍を引き抜き、
今度は下段、下を突く様に、槍を下向きに向けて突き出す。
再び巨龍は悲鳴を上げる。
しかし、それだけで終わらせるつもりはレイジには、当然なかった。
再び槍を引き抜いて、今度は上段、上側に向けて、刃を突き刺した。
深く、先程と同じく、刃が深く突き刺さった。
深く突き刺さるということは、それだけ深く、それだけ痛みが通るということであり、三度目の悲鳴を上げるのも当然だと言えよう。
三度突き刺せるということは、
四度も五度も同じだということ。
事実、レイジは槍を引き抜いて、今度は下段を突き刺してから、
上段へ、
ただ上段へ、
刃を通す。
槍から伸びる刃は無限に上へ、ただ上へ伸びるわけではない。
故に、行き先が限られた刃は、肉を切り裂いて、上段から、空へ、何もない空へ上がった。
だが、その動きを止め、向きを変える者が居た。
レイジだ。
悲鳴を上げる巨龍を、ただ無視するように、上段の外側から、
下段へ、
下段の反対側の外側へと、そう向かうようにして、切り払った。
五連撃。
五つの連続した動きで、
巨龍の肉を切り裂く。
レイジの周囲を、
赤い、
ただ紅の一色のみとなった鮮血が、周囲の緑を赤に染めた。
『ハッハァァァァァァァ!!!
人間様、舐めるんじゃねぇよ、化け物のクソッたれがぁぁぁぁぁぁぁ!!』
気分がノリに乗ったレイジは、巨龍に向かってそう言って、
直後に頭部を噛まれ、巨龍はレイジの頭部を噛み砕いてみせた。
「なっ……!」
少し距離を離した場所で、シュバリエはレイジと巨龍の戦いを見ていた。
彼女の周りには、二人が来るまでの間、巨龍と戦っていたであろう多くのけが人が、騎士たちがいた。
先程まで、彼らが戦っていたのだ。
だからこそ、
だからこそ、思うのだ。
勝てないと、
勝てるはずがない、と。
まだ、
まだ武器を握れ、
武器を振えるはずなのに、彼らは胸の内で負けを認めていたのだ。
目の前で頭を砕かれて、地に膝を着く彼とは違って。
それまでは諦めずに、前を見て、戦おうとする彼を、彼の背をシュバリエは見ていた。
左腕が砕かれようとも、彼は諦めなかった。
だからこそ、
だからこそ、シュバリエは思う。
腕が砕かれようとも、
頭部が砕かれ様とも、
彼は諦めない、と。
絶望ではなく、
一方的とも思える希望の眼差しで、彼女は彼を見る。
その希望の気持ちに、
その気持ちに、
応える様に、
当然だと言うように、
彼は再び立ち上がった。
『たかがメインカメラがやられただけだ!!
こんなもんで、』
左腰部に差し込んだ鞘から、一本の剣を引き抜く。
『こんなもんで、やられるかよ、クソッたれがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
刃が赤く、
紅に燃える。
その紅は絶望のモノではない、
希望を、それを示す紅だ。
一方的だと、そう思われるだろう。
しかし、周囲にいる誰もが希望の眼差しで彼を見ている。
彼が何を言っているのか、どう意味で言っているのか、それは誰にも分からない。
だが、
ただ一つ、
ただ一つだけ分かることがある。
それは、
彼が勝利を諦めずに、
勝利を掴もうと、
そうしていることだ。
だからこそ、
シュバリエの周囲にいる騎士たちは言うのだ。
「……諦めるな」
諦めるな、と。
「……負けるな」
負けるな、と。
「……頑張れ」
頑張れ、と。
そう言うのだ。
それはまるで、自分たちにはもう掴めない希望を、彼が掴もうとしている希望に、上乗せしようと、
そうしている様に、シュバリエには思えた。
だが、
……でも、あのお方に頼むくらいしか出来ませんよね。
彼女はそう思う。
そう思ってしまう。
戦えない、
いや、
戦おうとしない自分が言える立場ではないと、
それは理解できる。
いや、
だからこそなのかもしれない。
負けるな、と。
諦めるな、と。
頑張れ、と。
そう思ってしまうのは。
そんな彼ら彼女らの思いに応える様に、彼は手に握った刃を巨龍に突き刺してみせた。
だが、その一突きで倒れる巨龍ではなかった。
その証拠に、最後の抵抗だと、そう言うように、巨龍は頭で彼を吹き飛ばす様にして、薙ぎ払った。
その薙ぎ払いの威力を示すかの様に、彼は吹き飛ばされて数回バウンドすると、そのまま動かなくなる。
そして、こちらを向くと、
巨龍は一度だけ、
一度だけこちらに向かって咆哮を上げると、
そのまま上空に身体を浮かばせ、
翼を羽ばたかせ、
まだ暗い夜空へ、
朝日が昇らない夜の空へ、
姿を消していったのだった。